第六話 あっちはあっち・こっちはこっち
いよいよ令和元年も終わりですね。
次の日になると、人数が増えていた。
ジャックとレミーの後ろに、ヨールとマルソーが居る。
「なにやってんのよ、お前らベテランが。」
と言っても、どちらも二年くらいのものらしい。
「いや~だってYO~、ジャックとレミーが銀板もらったんだもんよ、どうしてそうなったか気になったんだYO。」
「おまえなあ、それで二人についてきたのかよ。」
「そうだYO~」
「アホ、マルソー、お前はなんだよ。」
「いや~、ウサギ獲りの秘訣をば~。」
「なんだよ。ベテランがやるようなことか?」
「まあそう言うな、お前は成長株なんだから、どうやってウサギを獲るのか興味があるんだよ。」
「まあいい、じゃあ今日はこの五人でやるんだな。」
「待ってください。」
「はあ?」
「私も参加してよろしいですか?」
顔を出したのは、ギルドの受付主任、マリエだ。
「なんで、ギルドの偉い人が、おれに着いてくるかな?」
「ええ、ユフラテさんのウサギ獲りに興味があって。」
「それで、ギルドの受付業務ほっぽらかして、着いてくるのか?」
「ええ、今日はお休みですし、お小遣い稼ぎにいこうかと。」
「あんだよ、冒険者登録してるのか?」
「はい、これでもDクラス冒険者ですよ。」
「へ~、そんな上のクラスなら、一人で稼げよ。」
「まあそうおっしゃらずに、連れて行ってくださいよ。」
ギルドのやつら、何を考えてるんだ?
「…まあいい、じゃあこの六人で行くんだな。
なぜか、草原に変な一行がやってきた。
下級冒険者たちが、集まってウサギを狩るんだ。
ウサギと言っても、一匹が四〇キロ前後もある大型肉食獣で、気性が荒い。
人間を見ると、敵認定して襲ってくる。
前歯の一撃は強力で、筋力も強い。
森と草原の境目あたりが、いちばん生息数が多い。
と言っても、そんなに簡単に見つかるような生き物でもない。
だから奇襲を喰らってやられる冒険者も後を絶たない。
さっそく森の境目に向けて、波を送ってみる。
「ハズレか、この辺にはいないかな?」
「どうしたんですか?」
マリエが聞いてきた。
「いや、この辺にウサギは居ないようだ。」
「どうしてわかるんですか?」
「風魔法で、その辺を探っているんだよ。」
「へえ~、私にもできるかしら?」
「さあ?俺のだって完璧じゃないし。」
「ふうん。」
マリエは、鼻を鳴らして下がった。
もう少し歩くと、薬草を見つけたので摘んで、リュックに入れる。
「あら、薬草?」
「ああ、これだってEクラスには重要な収入だからな。」
「わりと地味にかせぐのね。」
「そりゃそうさ、楽して金が手に入るわけがない。」
マリエは、いちいち探りを入れる。
まるで素人のような調査だな。
「…いた、みんな気をつけろ、あっちにウサギだ。」
みんな指差した方向に、一斉に顔を向ける。
「まずは、早く見つけることが重要だ。」
「その早く見つける方法がないんですけどね。」
マリエがぼそりと言う。
いちいち神経に触る女だな。
こういうやつ嫌いなんだけどな。
俺はみんなを後ろに下がらせて、おもむろに石を投げつけた。
ごきん
「うきゃ!」
怒ってる怒ってる。
ウサギのヤツ、だれがぶつけたかわかったらしい。
一目散にこちらに向かって走っている。
さあ、すぐ来るぞ。
俺は、にやりと笑う余裕がある。
「穴。」
ぼそっとつぶやいて、俺の前に一メートル・スクエアの穴を掘る。
深さはやはり一メートル。
手ぶらで、ひらひらと手を振ると、間違いなくこちらに向かっている。
あ、ほかのウサギが気がついたかな?
後ろ手にメイスを隠して、ウサギを待っていると、やっと手前の草がガサガサ言った。
「ひ!」
マリエの声がする。
んだよ、おめぇDクラスじゃねえのかよ。
職員割引だな、ちくしょうめ。
ウサギは俺の目の前の穴に気がついて止まろうとしたが、走る速さが災いして止まれない。
もんどりうって、アタマから落ちた。
「ぐぎゃ!」
「あらら?」
頭を打ったらしい、ふらふら顔を出した。
「ヨール!槍で喉を突け!」
「よ、YO~。」
ぶすぶすと浅い突きを何度も入れるから、ウサギの首の周りは傷だらけだ。
やがてぐったりと崩れた。
「つっつき過ぎだ!毛皮が悪くなったじゃないか。」
「だってYO~。」
「腰がすわってねえんだよ。」
「YO~。」
そんな悲しそうな顔をしてもだめだぞ。
そう言っている間に、もう一匹走ってきた。
こいつはうまく穴を飛び越えたが、着地した場所では俺のメイスが待っている。
かきん!
斜め打ち下ろしの、メイスのヘッドは狙いどおり、ウサギのあごをとらえた。
ふらふらと腰が砕ける。
「マルソー、喉を切れ!」
「お、おう。」
ぐさぐさ。
「だから、何度も切るな!毛皮が傷つくだろう。一気に切るんだ。」
血だらけの毛皮がもったいない。
二匹は、そばの木につるして血抜きをする。
「ユフラテ、その穴、どうやったんですか?」
マリエが、ウサギを吊るしている横から聞いてきた。
「あ?俺の土魔法だよ。」
「土魔法?これが?」
「なんだよ、落とし穴知らないのか?」
「いや、知っていますけど、こんな使い方…」
「土ボコできれば、こんなもの簡単に掘れるだろう。」
「簡単じゃないですよ、こんな大きさ。」
「そうか?」
俺は、枝の下に穴を掘って、ウサギの血を落としている。
「あと何匹欲しいんだ?」
「あと一匹持ち帰るのがやっとだよ。」
マルソーが、昨日のことを思い出して言う。
「荷車が必要だな。」
「ギルドで借りてくればよかったですね。」
二匹とも、四〇キロ台の大きさだ、二人でもけっこうきつい。
「じゃあ、あと一匹にしよう。」
「つぎはあたしがやるよ。」
レミーが前に出てきた。
「そうか、うまくできるか?」
「落とし穴に誘導するんだね。」
「ああ、度胸決めろ。」
「はいっ!」
レミーは、剣を握り締めた。
「肩に力が入りすぎだ、待つ間は緊張しつつ、力を抜け。」
「はい!」
う~ん、ウサギ顔出さないな。
「待てよレミー、ウサギの気配がない。」
はふ~と、息を吐くレミー。
「草原も広いからなあ。」
ジャックも周りを見回している。
「そうそう都合よく出てきたりしないもんだな。」
マルソーも、油断なく警戒している。
「YO~。」
ヨールは相変わらず間抜けだな。
「間抜けはひどいYO~」
「お前らの武器は、ウサギには向いてないなあ。」
「そう?」
「身を守るなら、短剣で十分だろう?なんでブロードソードなんて必要なんだ?」
「だって、伝説の勇者とか、みんな持ってるじゃない。」
「勇者かどうかはしらんが、体力あっての剣じゃないの?おまえ、それ振り回されてるじゃないか。」
「う、確かに重い。」
「ヨールの槍が一番マシだよ。間合いが遠いと、自分の身に被害が少ない。」
「YO~」
「喜ぶな、気合が足りないから、刺さりが浅くて止めになってない。」
「YO~」
「腰をすえて、一撃で屠る気合を込めるんだ。」
「…」
「マルソーも、腰が引けてるから、切る深さが足りない。」
「うう。」
「ウサギは、毛皮も価値のうちなんだから、もっと考えて止めを刺せ。」
「へい…」
「そのへんも踏まえて、次の獲物はしっかり獲るんだぞ。」
「「「はい」」」
「なんだかユフラテが先生みたいね。」
「あんたも、ウサギぐらいにビビるな。Dランクなんだろう。」
「ひ」
「落ち着いて、相手を見極めろ。」
「はい」
なんであたしが、こんなのに言われてるのよ。
マリエは、むっとした。
「来たぞ、え?ウサギじゃない。」
「ええ?」
「ヤバい、ウルフだ。」
「ええ?ウルフ?」
「こうなると一匹じゃないよな。」
五人は顔を見合わせている。
「みんな集まって、しっかり警戒しろ。丸くなって、背中を合わせるんだ。」
「「「はい!」」」
マリエが出遅れている。
「目をつぶるんじゃないぞ、しっかり相手の急所をねらえ!」
「「はい!」」
うっはあ、出てきたよしかもグレーウルフだ。
ブラックウルフより、一回り大きい。
どっしりした前足は、しっかり太い。
「俺はいいが、後ろが心配だな。」
「なんとかします。ユフラテは前に集中して!」
マリエが気丈に言う。
「まかせた。」
ぐいっとメイスを引いて、ウルフを待つ。
「ぐわ!」
ウルフが吼えて、一気に二匹が飛び掛ってきた。
俺は、前の一匹を思い切り打ち下ろして地面に叩きつけて、その足でぐっと下がった。
それに追従して前に出るウルフのアゴを、下から救い上げる。
二匹は、声も出せずに昏倒した。
「ヨール!思い切り喉を突け!」
「YO!」
ぐさりと、二番目の喉に槍の穂先が突き立った。
「できたYO!」
「よし!」
一匹目は、俺のメイスが頭をカチ割ってる。
三匹目は横から回って、マリエとレミーを狙う。
「まかせて!」
マリエが短剣を水平に薙ぐ。
ウルフが顔を振って、それをかわす。
「でええ!」
レミーのソードが、横からウルフの腹を突いた。
ざくりと刺さるが、致命傷ではない。
「ジャック!」
「おう!」
首の上から、思い切りたたきつけたブロードソードは、首の骨で止まった。
「切れ味の悪い剣だな!」
俺はあきれた。
「ほっとけ!」
「まだ居るぞ!」
マルソーが注意を促す。
「ほい!」
ごきん!
もう一匹、頭蓋骨をヘチ割って、耳と鼻から血を噴出させる。
即死でないと、すぐに襲い掛かって来るんだよ。
次のやつが来た!
「まだまだ!」
ごん、ごきん!
横面はたいてから、あごをたたき上げて、アバラにトンカチをぶち込む。
めきめきと音を立てたアバラは、肺にささって、ウルフが口から血を吐く。
藪からレミーめがけて飛び掛るやつがいる。
「うぎゃー!」
腕に噛み付こうとしたので、レミーが手を引くと剣をがきんと噛んだ。
「せい!」
マリエの短剣が、上からウルフの首に刺さる。
「ごべごべ」
ウルフが血を吐いて沈んだ。
「これで終わりか?」
ジャックが言う。
「終わりのようだな。」
俺も、周囲を警戒しながら、ウルフを小突いて確認している。
隠れてみていたやつは、逃げ出したようだ。
まずは安心。
「ふう。」
全員が息を吐いて、弛緩した。
〆て六匹。
「う~ん、どうしようこんなに。」
「荷車を、いえ馬車が必要ですね。」
「そうだな。」
「取りに行きましょう、レミー・ジャック、いっしょに。」
「あたし?」
「ええ、ここで見張っているものが必要でしょう?」
「うう…わかったわ。」
「おう、いそいで行こう。」
殲滅した訳ではないので、いつ戻ってくるかもわからない。
ここは、言い合っている場合ではないだろう。
三人は、ちょっと駆け足で、城門を目指した。
ほんの五〇〇メートルが遠い。
「ほえ~。」
マリエが二人を連れてその場を離れると、ヨールはしりもちをついた。
「ヨール、さっきの突きは気合が入ったいい突きだったぞ。」
「ユフラテは、よく見てる余裕があるYO。」
「声をかけた手前、筋は見るさ。次の攻撃もあるからな。」
「YO~」
「マルソー、刃こぼれしたろう。」
「ああ、首の骨が意外と硬かった。」
「しゃあねえな、ウルフの皮で買えるかなあ?」
「まあ、安物だ。」
俺は、ウルフの足にロープを縛って、木の枝に吊るしている。
「手伝うよ。」
マルソーもヨールもウルフを吊り上げる。
「おまえ、すげえ力だなあ、けっこう大きいぞこいつ。」
「そうだな、まあこのくらいは。」
「ユフラテは力持ちなんだYO」
「ちげえねえ。」
六匹吊ると、かなりくたびれた。
「ウサギだけじゃなくて、よかったな。」
「ああ、大もうけだな。特にグレーウルフは森の奥に住んでるし。」
「なんでこんなところに出てきたんだYO」
「わからんが、なにかこいつらの嫌いなやつが出たのかな?」
「ブラックより強いのに?トロールかオーガでも住み着いたかYO」
「そうかもしれんな、ギルドに言っておこう。」
俺たちは、その場で座り込んで、マリエたちの馬車を待った。
五〇〇メートルを急いで通り過ぎ、マリエは城門にたどり着いた。
「どうした、マリエ。」
門兵は、息を切らすマリエに声をかけた。
「いま、グレーウルフが出たの。」
「そりゃあ大変だな。」
「いえ、ほぼ全滅させたから大丈夫。」
「へえ、お前たちでかい?」
「いいえ、ユフラテやほかの人と。」
「そうか。」
「馬車を取りに行くから、急ぐわ。」
「おおう、大もうけだな。」
「そうね、あとよろしく。」
マリエとレミーは足早に門をくぐった。
ジャックは一瞬振り向いてユフラテを探した。
「まあ、あいつなら大丈夫だな。」
ギルドの裏に回り、馬車を出す。
馬車受付も、マリエがいるから顔パスでいける。
「なにが獲れたんだ?」
馬車受付は、興味津々で聞いてくる。
「ウサギよ。」
「そりゃあいい。」
パカパカと馬車に揺られながらレミーはマリエに聞いた。
「ウルフのことは言わないの?」
「ギルドの中で言うことよ。」
レミーとジャックは、顔を見合わせた。
マリエたちの馬車は城門をくぐり、門兵に手を振られて現場に向かう。
外は乾いていて、土煙を残しながら進んだ。
マゼランの周りは、あまり道路が整備されていないんだ。
雨が降るとぬかるんで、通行がしづらい。
王都の周りには石で舗装された、いい道があるんだってさ。
マゼランの殿さまは、もう少し流通に力を入れないと、発展しないよ。
閑話休題
快調に走る馬車は、程なく現場に着いた。
ユフラテたちは、のんびりと水など飲みながら待っていた。
「お待たせ。」
「いや、それほども待ってねえよ。おっつー。」
「馬車に載ってたから、疲れてもないわよ。」
そんな軽口をききながら、馬車から降りた。
「よっしゃ載せるか~。」
ユフラテは、のんきにそう言って、ウルフを枝から下ろしはじめる。
ヨールとマルソーも二人がかりでウルフを下ろした。
「本当にユフラテは力持ちね。」
マリエが言うと、ユフラテは笑っている。
どさりとウルフを乗せると、荷馬車がきしむ。
ウルフ六匹はけっこうな重量だったようだ。
そのうえウサギが二匹。
これは、駆け出し冒険者にとってはけっこうな稼ぎだろう。
馬車代を引いても、みんなの懐は潤う。
「みんなで馬車を押しながら帰るぞ。」
ユフラテは、朗らかにそう言って馬車の後ろに陣取った。
本当に馬車を押して、マゼランの町まで帰ってきたのだった。
ウルフは毛皮が銀貨二枚で、肉は銀貨一枚くらいになった。
都合銀貨十八枚。
ウサギは銀貨二枚半で、肉が銀貨二枚になった。
都合九枚。
三十六枚の銀貨を前にして、みんなは固まってしまった。
「すげえ、こんなに銀貨が…」
マルソーですら見たことがないらしい。
「六人だから、ひとりあたま銀貨六枚だ。」
そう言って、ユフラテは無造作に各々の前に銀貨を積んだ。
「あたしも?」
「マリエだって働いたじゃん。」
「う・うん…」
「今日は、みんなよくがんばったじゃないか。」
「ええまあ、そうね。」
「ウサギの獲り方もわかってきたし、稼ぎはいいし、言うことないわ。」
レミーは、金髪を揺らして喜んだ。
「これで五日は飲めるYO」
ヨールは相変わらずね。
「俺も、宿代に困らない、すげえな。」
ジャック、志が低い。
「…」
マルソーは黙って懐に入れた。
「ユフラテは、これでいいのか?」
いまさらでしょう、マルソー。
「こう言うのは、平等がいいんだよ、ほらみんな懐に入れろ。」
そう言ってユフラテは、六枚の銀貨をポケットに入れた。
「今日はここまでにしよう。」
ユフラテの声に、みんな立ち上がった。
「ユフラテ、明日も教えてもらえる?」
レミーは、振り返って言う。
「ああ、いいよ。」
「明日は、最初から馬車もって行こうよ。」
「それがいいかもな。」
マルソーも乗り気だ。
いつのまにか、パーティーみたいになってる。
初心者パーティーみたいな、即席の集まり。
でも、指導者がいいと、こんなに稼いで見せるのね。
マリエは、銀貨を懐に入れながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
自分だって、ここまで指導はできない。
彼は、どうやってこんなことを覚えたんだろう。
ギルドとしては、彼を逸材とみるのか、それとも…
こうして一日つきあってみると、特に変なところもない。
付き合いやすい人間なんだけど。
マスターの盗賊対策に使ったやりかたは、容認できないようなところがある。
ギルドとしては、うまくいってくれたのでよかったが、ほかの冒険者みたいに殺されてたらどうしたんだろう?
私としては、このままいい冒険者になってもらいたいと思う。
…と言うか、冒険者としては逸材と見るべきだろう。
剣士としての才能も、落ち着きのある冷静な対応は目を見張るものがある。
マスターのように、単に気に入らないから磨り潰すと言うのとは違うと思う。
これは、少し考え直す必要があるわ。
そう言えば、マスターは伯爵に呼ばれて、かなり叱責を受けたようなので、それに拘っているのか?
器の小さい男だ。
あれでも、以前はCクラスの猛者だったのだが、体制になると保守的になるのは、歴代のマスターと同じだわ。
もう少し、冒険者の側に立って考えてやればいいのに。
そんなことを考えながら、マリエはユフラテの背中を見つめていた。
さてさて、話がややこしくなってきましたが。