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第二十四話 新居を買う(いや、中古ですから)

 冒険者ギルドの紹介で、不動産屋さんに来てもらった。

 不動産屋さんは、ころころと丸い体形で、儲かっていそうなちょび髭のおじさんである。

不動産屋は普通の人間で、冒険者ギルドから商業ギルドへ話が回り、商業ギルドの紹介で来てくれた。

 まったく、たらいまわしかよ。

 マリエ、しっかりしろ、と思ったらどうやらセクトがあるらしい。


「う~ん、こりゃあ思ったよりひどいなあ。」

 不動産屋さんも、びっくりの状態らしい。

 オイゲンの工房は、ひさしが折れたり、戸板が外れたりと、かなりひどい状態…はっきり言ってあばら家だった。

「人が住めるようなもんじゃないなあ。」

 俺のつぶやきに、不動産屋は振り向いた。

「しかしお客さん、職人街の一等地ですぜ、少しは考えてくださいよ。」

 そりゃまあ、土地を考えたらな。

 だが、土地ってものは、王国のものだ。

 ここで言うなら、マゼランの殿さまのものだよ。

 売買できるのは、上もんだけなんだから。



「そうは言ってもなあ。これで金貨一枚は高いぜ~。」

「う!それは…」

「こんだけ修理するとなると、いくらかかるんだ?金貨一枚くらいじゃ、すぐ飛ぶんじゃないのか?」

 この前の獲物が一気に来たので、俺の懐には金貨三枚近くあるんだけどな。

「そうですねえ。」

 不動産屋も思案顔だ。

「おまえさんのところで治してくれるのか?」

 とりあえず、俺は聞いてみた。

 どうせそんなことはせんだろう。

「これをですか?う~ん。」

「治してくれるなら、金貨一枚出してもいいけどさ。」

「これをなおして、金貨一枚ではアシが出ますよ。金貨二枚はほしいですね。」

 不動産屋も引きさがらない。



「おいおい、それじゃちっともマケてないじゃん。金貨一枚と銀板二枚でどうだ?」

「せめて、金貨一枚と銀板八枚はほしいですよ。」

 なかなか言うね。

「じゃあいい。いらない。」

「ちょ!ちょっと待ってくださいよ!」

「もういらん。」

「そう言わないで、もう少しお話を…」

「だって、話にならんもん。」

「ええ~?」



 俺は、いいことを思いついたのだ。

「じゃあ、この家銀板八枚でどうだ?修理は自分でする。」

「は・はちまい…わかりました、それでいいです。」

「よし、じゃあ、書類にしてくれ。金は即金で払う。」

「ちょっと待ってくださいね、これが仮の登記書です。ここにサインしてください。はい、これで売り渡しは完了です。」

「あとで、正式な書類がくるんだな。」

「ええ、お持ちします。」

「ありがとう、これが代金だ。」

「いま、領収書を書きます。」

 こうして、俺はボロ家を銀板八枚で手に入れた。



「兄ちゃん、あの家どうするんだ?」

 俺は、ラルを連れて西門に向かっていた。

「なおすさ、それじゃなきゃ暮らせないだろ。」

「だから、それをどうやって?」

「ここで待ってろ。」

 ラルはまだ何も証明書がない、門を出ると入るのに手間がかかる。

 俺は、ラルを置いて門の外に出た。

 外には難民の群れが、所在なげに座り込んでいる。

 俺は、難民を見渡して、声をかけた。



「この中に大工はいるか?いるなら前に出てくれ。」

 数人が手をあげて前に出た。

「俺は、家をなおしたい。手伝ってくれるなら賃金か、飯を出すがどうだ?」

「材料はあるのか?道具は?」

 中の一人が聞く。

「まあ、そこそこあるさ、材料はなければ商業ギルドで買う。それは心配いらない。」

「ならばやらせてくれ。三日間何も食ってない。」

「そうか、おまえ家族は?」

「女房と子供が一人。」

「わかった、連れてこい、掃除をする人もいるんだ。」

「ありがたい。」

 そいつはさっそく戻って行った。



「お、おれも仕事をくれ!」

「俺も!」

「じゃあ、大工は三人でいい。お前とおまえだ、家族はいるか?」

「いない。」

「俺も、はぐれてしまった。」

「じゃあいい、ついてこい。」

 俺は、五人を伴って東門に入る。

「こいつらの入場税だ。」

 俺は、銅貨を五枚払って門を通った。

 もちろん、門番には小銭を握らせたさ。

「そいつら、どうするんだ?」

「俺の家をなおすんだ。人手がいるからな。」

「うまいこと考えたな、安くなおせるか?」

「それはやってみないとな。」



 五人とラルを連れて、市場で古着と履物を買う。

 なにしろ、魔物にひっかかれて、背中なんかほとんど布がないんだ。

 大工はゼノと言った。

 屋台の串焼きを全員に食わせて、落ち着くのを待つ。

「ゼノ、あんたが頭になって、家の修復を頼む。とにかくあばら家で寝るに寝られないんだ。」

「わかった、すまんが商業ギルドに登録する銀貨を貸してくれ。」

「そう言えばそうだな、俺も行こう。ラルも商業ギルドに登録する。」

「俺も?」

「なんか証明書ないと、門の出入りもできんだろ。」

「う・うん。」

「なに、お前にも働いてもらうさ。銀貨一枚ぶんはな。」

「う~。」

 ラルはなぜか、頭を抱え込んだ。



「ちなみに予算は?」

「金貨一枚。」

「へ?」

「金貨一枚だ。だから心配するな、ゼノの人夫賃も入ってる。そこの二人も。」

「アルだ。」

「テオ。」

「女房のサリーと娘のニコだ。」

「娘はいくつだ?」

「八歳。」

「そうか、掃除の手伝いぐらいできるよな。」

「できるよ!」

 ニコは、笑顔で答えた。



 串焼きのタレで、顔が汚れている。

「よくここまで逃げられたな、こんな小さい子連れて。」

「必死だったさ、みんなやられた。ユフラテ、あんたが助けに来てくれたことを、俺は見て知ってるぞ。」

「そうか。」

「強いなあんたは、あの虎の冒険者も強かったが。」

「ああ、アランな、Cクラスだからな。」

「あんたも?」

「いや、俺はDクラスさ、入ったばっかだからな。」

「Dクラスって、うそだろ!あの強さで!」

 アルが、悲鳴のように言う。



「ま、それはいい。金が足りなきゃまた稼いで来るさ。だから、俺の家をなおしてくれ。」

 三人は真顔でうなずいた。

「サリーは、みんなの飯を作ることと、家の掃除をする。まあ、おいおい考えようぜ。」

「は、はい。」

 屋台で買った粥の器も返し、古着をもってチグリスの家の裏に着いた。

「じゃあ、ここで風呂にはいれよ、サリーとニコが先だな。」

「風呂?」

「ああ、中で湯が沸いてるから、体を洗え。三日も走って砂だらけだろう。」

 五人は改めて自分の格好を見て、残念な顔になった。

 サリーは三〇がらみで美人ってほどでもないが、まあ愛嬌のある顔をしている。

 ニコは親父に似たのか?眉が若干太いがまあ、かわいい。

 二人を中に入れて、俺は焚口でまきをくべた。



「こいつを俺の家にも作ろうと思うんだ。」

「ふうん、まあこの骨組みなら簡単だな。」

「たのむよ、中の湯舟は俺が作る。土魔法が使えるから。」

「そうか、それはありがたい。仕事が早いからな。」

 オイゲンのあばら家をなおす計画は、風呂場の前で相談した。

「とにかく、人の家にすることが重要だ。なにしろ、そこらじゅうが壊れていて、立っているだけみたいなもんだからな。」

「一から立て直すってのは?」

「まあ、材料は悪くないみたいだし、隙間風が入ったり、雨漏りしなきゃいい。そのうち、金ためていい家にするさ。」

「金貨一枚ってのは多くもあり、少なくもあるからな。まずは屋根を見て、壁や建具はその後で行こう。」

 ゼノの言葉に、アルとテオもうなずく。



 なんだかんだ言っても、こいつらの名前って結構長い。

 アルはアルベルト、テオはテオドールと言うんだってさ。

 なかなか洒落てるじゃないか。



 オイゲンの家は、やっぱり鍛冶工房と一体で、二階建ての馬小屋つき三〇〇坪くらいの土地。

 内容を聞くと良さげだが、つまるところはガタが来ている。

 だから安かったんだが、柱なんかは結構太くて、家具もかなり残っている。

 オイゲンは、酒が過ぎて体を壊し、(ドワーフには珍しいことだったようだが)親戚を頼って別の町に行ったそうだ。

 二階の部屋は五つもあって、六畳間くらいの部屋が四つと階段の吹き抜けのかまちがある。

 一階は、工房が突き出ていて、その奥に台所、リビング、寝室がある。

 俺一人なら、一階だけで暮らしていけそうだ。



 サリーとニコが風呂から出てきた。

「どうだ、さっぱりしたか?」

「ええ、こんな貴族みたいな贅沢してもいいんですか?」

「贅沢か?大きな鍋でお湯沸かしただけさ。」

「おにいちゃん、ありがとう!」

 二人は、古着だがさっぱりした格好になっている。

「よし、じゃああんたらも入るんだ。ちゃんと石鹸で体を洗ってから湯船に入るんだぞ。」

 俺は、風呂に湯を足してやる。

 このあたりは風呂に入る習慣は、あんまないらしいので、マゼランはけっこう汗臭い。

 風呂に入ってこざっぱりした服を着れば、みんなまともに見えるもんだ。



 俺は全員を連れて、商業ギルドに向かった。

「大工さんですか?まあ、うちでもいいですが、職人ギルドのほうが良くないですか?」

「いや、今後のこともあるから、こっちでいい。全員のカードを作ってくれないか、ニコの分も。」

「六枚ですか?」

「いや、俺も欲しいんだけど。」

「ああ、ユフラテさんは、冒険者カードに上乗せです。」

「料金は?」

「こちらは、銅版五枚ですね、全部で銀貨三枚です。」

「あらら、安い。」

「冒険者は、すぐにカードをなくしてくるので、高めなんですよ。」

 受付嬢の言葉に、変に納得している。



「よっしゃ、そしたら家を見て、必要なものを商業ギルドで注文しよう。」

「たのむよ。」

 ゼノの言葉に、俺は全面的に賛同した。


「ユフラテ、釘がいるだろう。これもってけ。」

 横合いからチグリスが声をかけてきた。

「おう、あんがとチグリス。ゼノとテオとアルだ、こっちはサリーとニコ。」

「おう、災難だったな。」

「なんとか生きてますよ。」

「おいらラルだ、よろしくな。」

「おう、ユフラテはあんまこっちのことがわからん、よくしてやってくれ。」


「あとで、なんか持ってくよ。」

 チコが、チグリスの横から顔を出した。

「ああ、ありがとう、たのむよ。」


 俺たちは、そろってオイゲンのあばら家にやってきた。

「こりゃあ…」

 全員が息をのむあばら家。

「ま、まあ、柱は五寸か、しっかりしてるな、カネ(直角のこと。)は狂ってないようだ、これなら十分使える。テオ柱に筋違い入れるぞ。」

「ああ、わかった。」

「アル、壁はどうだ?」

「隙間に目地込みする必要があるな、屋根はどうかな…」

「待て待て、筋違入れてからのほうが安全だ、どうも信用できんしな。」

「おっと、そうしよう。」

「こっちに、少しだが木材があるんだ。」

 俺は、ゼノを連れて奥に向かった。

「そうか、ドアとか穴の開いたやつはむしって替えるぞ。」

「ああ、それでいい。」


 西門の周りには、難民の群れがいてめんどくさいので、俺は反対の門に向かった。

 もちろん、食い物の確保だ。

 森に行けば、ウサギやウルフがごろごろしている。

「チコ、森に行くけど注文あるか?」

「いいよー、獲れたもんでなんとかするから。」

「わかった、見繕ってくるよ。」

 どうせ、皮袋に入れてくれば大したことではない。

 こうなると、ルイラの恩恵は計り知れないな。

 門を出ると、やはりまわりには畑が広がっていて、点々と家もあったりする。

 そのむこうは草原で、五〇〇メートル向こうに森がある。

 広葉樹の森は、延々と広がっていて、一部針葉樹が固まっているところもある。

 俺は、いい天気だし口笛吹きながら、メイスを担いで歩いている。

 こういう時は乗り物が欲しいな、移動時間が短縮できる。

 生憎、この辺では馬が一番速いんだけど。

 王都の兵隊の中には、ワイバーンに乗る騎竜隊と言うのがあるそうだ。


 速いんだろうかね?


 草原に入って、風魔法であたりの気配を探る。

 いるいる…前方三〇〇メートルにウサギが二匹。

 おあつらえ向きにこっちには気が付いていないようだ。

 そっと草を分けて近寄る。

 どうせウサギだ、気がつけば襲ってくるんだから逃げたりはしないだろうけどな。

「それでも、先手が取れるならその方がいいってことさ。」

 無詠唱のマジックアローを二本放つ。

 こいつは無音だし、早いから便利だ。

 もちろん、照準補正が入っているので、狙いは外れずウサギの眉間を貫く。


 おそらく、あいつらは自分が死んだことも知らないだろう。


 そそくさとウサギを皮袋に入れると、森のすぐ横にでっかい気配。

「なんだ?」

 少し顔をあげて、遠くを伺うと、ウシ?

「つか、でかくない?」

 とにかく、体重一トンは超えてそうな、バイソンが立っている。

 それも複数。

 これは怖い。

 追いかけられたら、逃げ切れないんじゃないか?

 そばには小さな子牛も見える。

 親の横で呑気に草を食んでいる。

「あれ、家で飼ったら、ミルク取れないかな?」



 そうのんきな話でもなさそうだ、親がこっちに気が付いたようだよ。

「うわ!子供獲りに来たんとちゃうって!」

 そんな声は聞こえてもわからんわな。

 牛は巨大な角をこちらに向けて突進してくる。

「はや!」

 二〇〇メートルなんて、なかったかのごとく目の前に迫るバイソン!

 逃げられないとわかったので、かえって落ち着いた。

 タイミングを計って、ウシの眉間にメイスを叩き込む。

 こっちゃこれが全力だ!

 がきん!と音がして、ウシはメイスを食らったが、そのまままっすぐに突き抜ける。

 俺は、左によけて角は食らわなかったが、少し袖が破けた。



「くっそう、固てェな!」

 俺はメイスを構えなおす。

 牛は、すこしだけよろけたが、方向を戻して襲いかかる。

「もういっちょう!」

 ごきい!

 ものすごい音がして、メイスの先が牛の頭にめり込んだ。

 反動で目玉が飛び出しちゃったよ、怖いなあ。

 そのおかげで、親牛は横向きにどおっと倒れた。

「回収回収、こりゃ食いでがあるなあ。」


 なんて、のんきに構えていたら出てくる出てくる、森の中からバイソンの群れ。

 三〇頭くらいいるんじゃないか?

 草食動物のくせに、気が荒いんだよ、こいつらは!

 しかも、群れで攻撃してきやがる。

「あ~あ、見逃してくれる気はないみたいだな…」

 ひときわ大きな個体が、前足で土を蹴りながらダッシュの瞬間を待っている。

 来るぞ来るぞ…

「マジックアロー!」

 無詠唱の矢を立て続けに放つ。

 がいんがいんと音がするが、なかなか刺さらないじゃないか!



 俺の魔術がつたないのか、あいつのアタマが固いのか!


 おそらく両方!

「アイスランス!」

 五秒詠唱のふっとい氷の槍。

 こいつでどうだ!

 ざくりと音がして、やっと牛の眉間に突き刺さってくれた。

 なんで俺がアタマばっかし狙うかと言うと、ほかの所に傷をつけると、買い取りが安くなるんだよ。

 皮を使うところが減るんだってさ。


 よし、こいつで行くぞ。

「アイスラーンス!」

 三〇頭全部倒せるかわからんが、この際皮がどうの言ってられない。

 数が多すぎるので、乱れ打ち気味にランスを打ち込む。

 どうせ、照準なんかいいかげんでけっこうだ。

 固まっているんだから、うちゃ当たる。

 乱れ打ちすぎた、全部死んでるがグスグスじゃん。

「まあいい、回収してと、子牛は逃げてないなー。」

 全部で四二頭。大猟だ~。

 腰が抜けたか、ぶるぶる震えている。

 俺は、皮袋からロープを出して、子牛の首に巻いた。

「ほら、来いよ。」

 なんとか尻を持ち上げて、小さな子牛を引っ張って戻ることにした。

 子牛も、二~三回ケツ蹴飛ばしてやったら動き出したからな。

 大きな角も、けっこう需要があるんだってさ。


 武器屋で、ナイフを一〇本ほど買い込んで、西の門に向かう。


 今日の大猟は、神様のおめぐみだろうさ。


 門の前には、やはり中に入れない難民の群れが、所在無げに座り込んでいる。


「おい、だれか代表者はいるのか?」

 そのへんのおっさんに声をかけた。

「なんだあんたは、さっきのにいちゃんじゃないか。」

「ああ、あんたは代表者か?」

「いや、ヘルムさん、こいつが話があるってさ。」

「ああ、なんじゃ?」

 五〇がらみの白髪の勝ったおっさんが前に出た。

「わりい、なにもないがこれでも食ってくれ。」

 俺は、ウシを三〇頭出して、ヘルム爺さんの前に積んだ。

 あんまりうまくもないが、ゴブもあるだけ積んだ。

 けち臭いこと言ってられるか。

 俺は冒険者だ、欲しければ獲ってくる。

「牛か!」

「ほら、解体用のナイフもある、今日の所はこれでも食わしてやってくれ。」

「あ!ありがたい、みんな!くいもんもらったぞ!解体するから集まってくれ。」

 わっと殺到する難民。

「皮はよけといてくれ、あとで使う。」

「ああ、すまんな礼を言うよ。」

「なに、獲れ過ぎた獲物さ、心配するな。」


 俺が東門に戻りかけると、向こうから馬に乗った、赤い服の男がやってきた。

 従者を一〇人ぐらい従えて、ころっと太った目つきの鋭い男だ。

 一目でお友達になりたくないな。

 こいつは、見かけによらず使い手だ。

「おいおまえ。」

「おれ?」

「そうだ、おまえでおじゃる。余計なことをするな、難民などここにとどまられても困るであろう。」

「そうはおっしゃいますがね、三日もなにも食わないで走って来たんですよ、どこかに行くにしても空腹じゃ動けませんよ。」

「それは、ワシのあずかり知らぬことでおじゃる。ワシの町の前で、うろうろすることは許さんでおじゃる。」

 なんだこいつ、義理も人情もないやつだな。



「おじさんだれよ。」



「こら!領主様だ!マゼラン伯爵様だ!」

 おつきの兵隊が、勝手に答える。

 うっとおしい。

「ウチの殿様かい?魔物が二〇〇匹も攻めてきたのに、兵隊の一人も出さなかった…」

「出さなかったのではないのじゃ!準備していたのでおじゃる。」

「出さなかったことにかわりはないさ!それで俺やアランに任せて、ほったらかしたと。」

「おまえがでおじゃるか?」

「ほかに誰がいる?あんたがもたもたしてるうちに、オーク鬼が城門を破ったら、おもしろいことになっていたな。」

 俺は、獰猛な笑いを乗せて、伯爵を見上げてやった。

「なんでおじゃる?」

「オーク鬼は二〇匹以上いた、その上オークキングみたいなやつが一匹混じっていて、苦労したぜ。」


「オークキング…」

「あんなのが襲ってきたら、この町もおしまいだったな。」

「…」

 殿様の顔がじゃっかん蒼くなった。


「ま、兵隊さんが優秀だから、そんなのへでもねぇよなー。」

 俺は、さっき吠えてた兵隊に目をくれた。

 兵隊は兜に隠れてはいるが、顔色がすっと白くなった。

「言いよるのう、お前もそれなりの覚悟があるんでおじゃるな。」


 殿様、こんどは顔が赤くなってる、おまえさんは歩行者信号かっちゅうの。


「はあ?殿様ぁ俺にケンカ売る気かよ。この町の兵隊を全滅させる気か?俺は強いぞ。」

「おい、若造!きさま伯爵様に向かって!」

 腰巾着が、馬の前に出た。

「やるかい?」

 俺は、メイスを持ち上げて、兵士に詰め寄った。

「まあよい、お前たち、それを食べたら、そうそうにここを立ち去るでおじゃる。ここには、お前たちを食べさせるほどの食料はないのじゃ。」

「ないのか?」

「あまり備蓄はないでおじゃる。そろそろ麦の収穫だしのう。」

 殿様は、困ったように眉毛を下げた。マジか?

「そうかい?殿様は丸いがな。」

「ふん、貴族とはこういうものでおじゃる。王都に救援を求めておるでおじゃる。」



「ああ、それなら商隊が王都に向かったので、報告は頼んだぜ。」

「ふん、余計なことを。まあよいでおじゃろう、ならばそのうち王都から兵士も来ようでの。おまえが倒したので、魔物もいないのでおじゃろう?」

「まあ、街道筋はわからんが。」

「ならば、町に戻っても心配はあるまいのう。自分たちの町に帰るがよい。」

 殿様は、ふっと笑いをもらすと馬を返す、言いたいことを言った。

「殿様、せめて麦粥くらいだしてやったら?」

「おまえが食わしているではないか。」

「一食だけさ。」

「まあよい、町に帰るなら麦粥など出してやろうほどに。」

「さすが殿様、かっこいい!」

「ふん。」

 殿様は、少し顔を赤らめると、髭をこすって帰って行った。


「おまえ、いい気になるなよ。」

 兵隊の隊長さんは、俺を睨みつけて殿様の後を追った。

 おまえなんか一〇〇人来たって、平気だよ!

 おどしにもならないでおじゃる。

「う~ん、ちょっとな~。」

「若い人、いいのかい?」

 ヘルム爺さんが、心配そうに声をかけたが、どうせおれもあんたらと一緒で、帰る家もない。

「いいかどうかはわからんが、言っちまったもんはしょうあんめえ。さあ、みんな食えよ。」


 俺は、ちょっと心配ごとがあるので、早々に職人街に戻った。

「うし~?」

 チコとニコは、俺の連れている子牛にびっくりしている。

「牛獲ってきたが、喰うか?」

「食うよ!どこ?まさか、この子?」

 チコが、子牛を指さして聞く。

「いや、親牛はここにある。」

 袋から出すと、みんなびっくりしている。

「ひ~ふ~一二頭!こんなに食べ切れないじゃない。ギルドに卸したら?食べる分だけもらってきて。足一本くらい。」

「そうか、じゃあギルドに行ってくるよ。ああ、ウサギが二匹いる。」

「そいつは、こっちで捌くわ。置いて行って。」

「ん。」


 ギルドに行くと、受付嬢に呼ばれた。

「ユフラテさん、ギルドマスターの部屋に行ってください。」

「はあ?めんどくさいなあ。じゃあ、コステロ、これ測ってよ。」

 俺は、床に牛を下した。

 一〇頭。

「またこんなでっかいのもってくる~!」

 ギルドマスターの部屋に行くと、顔の悪いいや顔色の悪いおっさんがいた。

「ユフラテか、おまえ、伯爵ともめたって?」

「もめてねぇよ、ちょっと牛が獲れ過ぎたから、難民にくれてやっただけじゃん。そしたら殿様が来て、難民にどっかいけって言うのさ。」

「そりゃ、あの伯爵なら言うだろうな。」

「だから、メシぐらい出せよって言ってやっただけじゃん。」

「だけじゃんって、お前もたいがい口が悪いな。」

 マルコは、肩をすくめてみせた。やっぱ、こいつも冒険者アガリだな。

 ハラん中は、似たようなこと思ってる。


「自分だけいいもん食って、ころころ太ってるやつは許せないんだよ。」



「それはわかるが、トラブルはギルドにも影響する、自重しろ。」

「わかったよ、どうせこの町は出るつもりだ。」

「どこへ行く?」

「ああ、ちょっと気になるから、レジオの町に行ってくる。魔物が全部こっちに来たかわからんからさ。」

「そんなこたあ王国の仕事だろう。」

「王国の軍隊が出たって噂は聞こえてこないぞ。ギルマス!」

 俺はギルドマスターをねめつけた。

「そりゃあ、昨日の今日だからな。」

「それじゃ遅いんじゃないかな?いやな予感がする。」

「嫌な予感?」

「ああ、ここのセコイ殿様は、気に入らんが、災いを自ら招き入れることもないさ。」

 そう、あれが最後の一匹だとは思えない。

「そういうことか。」


「本音を言えば、チコとチグリスが無事なら、俺に文句はねえ。」

「なるほど、まあ、トラブルを回避するにはいいかもしれんな。」

「ああ、だから俺はレジオの町まで旅してくるよ。」

「まあ、アランが向かった方向だから、心配はいらんだろうが、途中から街道が分かれるから、気を付けろ。」

「わかった、善は急げだな。チグリスに相談する。」

「ああ、そうしろ。俺は、トラブルの種が減ってありがたい。」

「ちぇっ、弱腰だな、ギルマス。」

「そう言うな、事務方にまわると、保守的になるんだよ。」

「へっ、またくるでおじゃる。」


 俺はギルドを出て、職人街に向かった。

「レジオ?ユフラテ行っちゃうの?」

「ああこれから、レジオに行ってくる。」

「帰ってくるのか?」

「ああ、もちろんだ。」

 俺は確信をもってうなずいた。

 ここが俺の住む街だ。

「歩いているうちに、忘れ病ももどるかもしれんし。」

「そうか、引き留めはせんが、お守り代わりにそのメイスはくれてやる。」

「ありがとう、大事にするよ。」


「せっかく買った家はどうするの?」

「ああ、そいつはゼノたちがなおして住むさ。ギルドカード持ってるんだから、この町で商売できるし。」

「それでいいの?」

「いいさ。そのうち自分で仕事を見つけるだろ?俺だっていずれはここに帰るよ。それまでには、家もきれいになおっているだろうさ。」

 それを聞いて、チコは安心したようだ。



「チグリス、ちょっといいか?」

「ああ。」

 俺はチグリスを連れて外に出た。

「さっき、ちょっと殿様ともめてんだ、しばらくほとぼりを冷ますつもりで、旅に出るんだ。あとの始末は頼む。」

「へん、伯爵も職人街にゃ手を出せんさ。万が一の時は、おれが何とかする。」

「すまない、それからこれは牛を売った金だ、預かってくれ。」

 皮袋(魔法がかかってない。)に入った金貨を、チグリスに渡す。

「どうするんだ?」

「ゼノたちが、困るといけないので、残していくのさ。ラルの暮らしもあるし。」

「わかった、あいつらの世話も心配するな。」

「すまん、せっかく恩返しできると思ったのにな。」

「なに、そいつは十分にもらったさ。お前のおかげでずいぶん楽しかった。」

「…」


 俺たちは、家に戻った。

「チコ!その辺から皮袋出してくれ。」

「これでいい?」

 職人の家である、商売用の皮袋はいくつもある。(金銭のやり取りには、皮袋を使うんですよ。)

「これでいい?五枚くらいあるよ。」

「よしよし、これでいい。」

 俺は、テーブルに乗せられた皮袋の上に手をかざした。

 横合いからチコが覗き込んでいる。

 俺の手から、魔力の流れが、皮袋に向かって放たれる。

 でも、そんなもんけっこうな魔術師でないかぎり、見えるもんじゃねえけど。

 やがて、皮袋は『魔法の皮袋』に変わった。

「容量は家1軒分のが五枚か、これなら使い勝手がよかろう、チコ、これはしまっておいてくれ。何かの時に使えるだろう。」



 それが、夜逃げの荷物を入れるときでもな~。



「すっごい、簡単に作るね!」

「まあな、ルイラの教え方がうまかったんじゃないのか?これぐらいすぐできるよ。」

「ユフラテは、それで商売ができるよ。」

「まあ、こいつは何かあったとき、商人にでも売ればいいさ、なにがしかの金になる。」

「ありがとうユフラテ。」

「ラルのこと、頼む。あいつは天涯孤独だ、ほかに頼る人もいないから。」

「大丈夫よ、ごはんくらい食べさせてあげるわよ。」

「すまない、こいつを預けておくよ。」

 俺は、銀貨の入った袋をチコに持たせた。

 チグリスに渡したものとは別だ。

「どうするの?」

「ああ、あいつが腹空かせていたら、なんか食わせてやってくれ。」

「心配性ね、まかせて。」


 俺は、家に向かった。



「ゼノ!どこだ。」

「ああ、ここだよ。」

 二階からゼノが下りてきた。

「すまん、急にレジオに行くことになった、家のことは任せてもいいか?」

「レジオ?あそこは魔物であふれているぞ。」

「それが本当か、確認に行ってくる。少し留守にするが、その間はみんなでここに住んでいてくれるか?」

「それはかまわないが…危ないぞ。」

「だいじょうぶだ、危険になったら逃げるさ。それから、これはバイソンの肉だ、みんなで食べてくれ。」

「うお!ウシか、ありがたい。ああ、馬小屋に小さい馬車があったからなおしておいたぞ。」

「へえ、どれどれ?」

 馬小屋には、横幅が五尺で行きが一間くらいの小さな馬車があった。

 上にかんたんに幌が立っている。

「これは使い勝手がよさそうだから、なにかの商売につかえそうだろ?」

「本当だ、ロバでも買ってくるかな。」


「ユフラテー、いるか?」

 母屋からチグリスの声がする。

「裏だ、こっちだよ。」

「おお、ここか。」

 チグリスも厩にやってきた。

「ほう、これはいい馬車だな、おまえが?」

「ああ、ちょっと壊れていたから、なおしてみた。」

「いいできじゃないか、車軸もしっかりしている。幌があるから、雨が降っても安心だな。」

「これでレジオまで行けるかな?」

「そうだな、のんびり行っても二日で着く。そうだ、この前買った若いロバを使え。」

「ええ?」

「うちに三匹もいらんし、この馬車ならロバ一匹でも十分だろう。」

「そうかな?」

「お前のロバだ、遠慮なく使えよ。」

 変に遠慮しても悪いしな、使うことにした。



「兄ちゃん!、レジオに行くなら俺も連れて行ってくれよ。」

 ラルがすがるような目で俺を見る。

「だめだ、危ない。」

「兄ちゃんがいれば、危ないことなんかないよ、それに馬車のめんどう見る奴がいるだろ。」

「それもそうだな、おれは馬車が使えない。」

「しょうがねえ兄ちゃんだな、馬車のことはまかせとけよ。」

 なし崩し的に、ラルが着いてくることになった、まあなんとかなるか。

「ラル、このナイフを持って行け、俺が鍛えたやつだから、よく切れるぞ。」

「うわー!いいのかおっちゃん!」

「いいさ、こいつでロバを守れ。」

「うん!」

 初めての自分のナイフに、一〇歳のラルは舞い上がった。


「ユフラテ、六尺とメイスのほかに、こいつを持って行け。」

 チグリスが出したのは、反りの入った片刃の剣。どう見てもそれは、カタナだった。

「これは…」

「いい出来だ、ちょっとやそっとじゃ刃こぼれしないぞ。」

「すまん、俺が欲しかったのはこれだよ!大事に使う。」

 ちょっとうるっと来た!

 むしろで巻いて馬車に隠す。

「ユフラテさん、家のことはまかしてくれ、帰るまでにしっかりなおしておく。」

「ああ、心配してないよ。ゼノは、俺が戻るまでこの家を管理してくれ。ここを根城に商売初めてもいいしな。アルとテオも、ここに住んでいいぞ。」

「いいのか?」

 テオが俺の顔を見る。

「レジオに帰ることができなきゃ、どっかで暮らさなきゃならんだろ?しばらくは、ここにいればいいさ。」

「すまない、ユフラテ。」

「ありがとうユフラテ。」

「サリー、こいつらが家を汚さないように、よく見張ってくれよ。」

「まかせて。」

「まかせて。」

 ニコも、両手を握って答えた。


 鹿島立ちではないが、午後でもすぐに走り出す。


 俺は、一枚の金貨をゼノに握らせて、家の修理を任せることにした。

「こんなに信用していいのか?」

「それ持って逃げたなら、それはそれでいい。俺の見る目がなかったってことさ。」

「ちぇっ、堂々とそういうことを言うな。逃げられなくなる。」

「はは、そうだな。それから、これは道具袋だ、厩一軒分くらい入る。テオとアルにもあるぞ。」

「おい!これ一個で金貨五枚はするぞ。」

「いいじゃん、あるものは使え。これがあれば、重い道具を持って歩かなくてもすむぞ。」

「そりゃあ、これだけデカければ、材料だって簡単に運べるしな。」

「この町で大工するなら、それもありだろ。道具だって増える。」

「ありがてえ、この恩はかならず返す。」

「気にするな、俺の気まぐれだ。」

「ばかやろう、恩義には恩義で返すのが漢ってもんだ。」

 ゼノは目にいっぱいの泪をたたえて言う。


「俺も、がんばるよ。」

 テオは、情けなく眉毛を下げた。

「…」

 アルは、なにも言えない。

「サリー、この袋にはまだ牛が二頭入っている、みんなに食わしてやってくれ。」

「ユフラテさん。」

 俺は、そのまま馬車の御者台上がった。

「ユフラテ、気を付けてね。」

 チコも見送る。

「帰ってこい。」

 チグリスは、手を差し出した。

「帰ってくるさ、オヤジ。」

「よせやい。」

 職人街の広場で別れ、東門を目指して走り出した。

 

 レジオが襲われてから二日、まだ生きているものはいるのか?

 ここからは、時間との戦いだな。


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