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スタイリッシュな怪盗の卵が、義賊江戸小僧に盗みを習ふこと

作者: 野月 逢生

 ざんざと雨が降っている。


 しかし、雨は冷たいが、男の懐は温かった。


 巾着の中には5円ほど入っている。


 昨夜、明治政府に媚を売る、高利貸からちょいと拝借したものだ。


 男は髷を撫でつけた。髪結いに行ったのは三日前。そろそろ行かねば。


「だが、髪結いも今度こそ商売替えをすると抜かしてたな。なにが、文明開化だ」


 江戸がトウキヨウになって、二十年あまり。髷を結っている者もめっきりいない。


 男は、江戸小僧と呼ばれる盗人だった。貧乏人に金を投げ入れることもたびたびあるため、義賊と呼ばれている。


 盗んだ後には、とくせんと書かれた半紙が一枚。


 故に彼は徳川の残党と目され、先年作られた警察という奉行所のような処に特に目をつけられていた。


 男が盗人になったのは秩禄処分が行われた明治9年。士族への手当を一括に支払い、あとは好きなとやれと放り出した頃からである。


「小栗様が生きおられれば」


 男は江戸末期に斬首された幕府の勘定奉行の下で働いた一人であった。


 上司の顰に倣い、幾ばくか外国語も判る。しかし明治政府には彼の席は無かった。



 一人歩いていると誰かつけてくる者がいる。


 男はくるりと振り向いてつけてくる者の脇を駆け抜けようとした。


 その腕が取られた。とっさに男は得意の柔術で相手を投げ飛ばす。


 離れようとして懐の金がないことに気が付いた。振り向けば投げた相手が巾着を握っていた。


「何者だ」


「アナタトオナジ」


 奇妙な節回し、声も高い。よく見ると鼻が高く色が白い。一見そうとは見えないが、異人である。


「キノウのカネカシにイッタら、サキニアナタいた」


 男は気付かなかった。不覚である。


「で、盗人から盗もうってわけか」


 盗られた金に未練はない。またどこぞで盗めばいいだけだ。


「その金をどうするつもりだ」


「ビ・アンシェ、ハンぶハマズシヒト」


「ダコー」


「オー・ララ、ヴーパレ・フラン?」


「ウィ、アンプ」


 幕府はフランスと密接な関係にあった。簡単な会話なら男はフランス語で話せた。


 相手はまくし立ててから盗った金を差し出す。


「コノオカネでワタシにヴォリとジュードーオシエテ、シル・ブプレ」


 男から盗った金で自分に盗みを教えろと言ってきた。可笑しな話だ。


 しかし、男は目の前の異人に興味がでてきた。


「ウィ、ダコー」


 差し出された金を受け取る。異人はまだ少年に近い年頃のようだ。


「フランスのどこから流れてきた?」


「あ、ル・セーヌ」


 後の大怪盗の名。が、男に未来は見えない。


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