第一部 告白 7/15
「彩香? 彩香、起きなさい。彩香?」
「うるさいぞ、愁……っ!? 母さん!?」
「もう、なに寝ぼけているの? この子ったら。帰るわよ」
「……もう薬はいいのか?」
「えぇ、もらってきたわ。良かったわね? 軽い捻挫で」
「あ、あぁ」私は母さんに連れられて病院にきていた。まっ
たく、愁の奴、保険医を呼んでくるとか言って母さんを呼び
やがった。母さんに直接電話したのは保険医だろうが、あい
つがひとりでにこんなことするものか。まったく、お節介な
奴だ。
しかし、困ったものだ。母さんはまだなにも言わないが、
私が愁と呼んだのをきっと聞いていたはずだ。困った……本
当に、まったく、あいつのせいで。
帰りの車のなかで、私は爽香の言葉を思い返していた。
――兄さんのこと……友達だなんて思ったことあるの?
まったく、どうしてあいつの持っている言葉はこうも私の
血を上らせるのだ。あいつの言いたいことはだいたい分かっ
ている。あいつは私が愁のことを好きだと見抜いているのだ。
童顔で垂れ目で背が低くて、あのころは年齢を言われなけ
れば年下に見えていたのに、あいつの考えていることは私よ
りずいぶんとませていた。いまだってまだこんなこと信じて
いないのに、あいつはそれを私が気づく前から見抜いていた。
だから、私を愁から遠ざけようとしたのだ。
好きなんて煩わしい。でも、愁に好きだと言われたとした
ら、それも私は煩わしいと感じるのだろうか。そんなわけは
ない。結局、煩わしいのはその相手があいつじゃないからだ。
ただ、それだけだ。
どうも変だ。さっきまでただまた仲良くなりたいと思って
いただけなのに、爽香のせいで話がずいぶんと飛躍していた。
でも、そもそも、爽香の話が本当ならあいつがそんなこと
言うわけがないではないか。私と同じで告白を煩わしいと思っ
ているのなら。
でも、私はそう思うと少し悲しかった。あいつはじゃぁ、
私がそれをしたら、煩わしいと思うのだろうか。
目の前がなにもかも不快だ。こんな気持ち初めてだ。
「ねぇ、彩香? なにかあったの?」
私が黙っていると、母さんが話しかけてきた。
「いや……、なにも」
「そう?お母さんにも話してくれないのね」
母さんとはずっと仲のいい親子だと思っている。私は母さ
んのことが好きだし、母さんも私のことを好いてくれている
と思う。だから、こうやって拗ねられると私に黙秘権はもう
ないに等しかった。
「今日、ある奴と話したんだ。そいつとは初等部では仲が
良かったのだが、中等部にあがってからは一度も話したこと
がなかった。でも、昨日、傘がなくて困っていたら、そいつ
が貸してくれて……」
「そう、良い子じゃない?」
「あぁ。でも、よく分からないのだ。そいつ確かにいい奴
だったんだけど、もう一年も話していなかったから」
「それなら、またお友達になればいいんじゃない?」
「そんな簡単にいくわけないだろう?だいたいクラスも
違うし、今さらなにを話したらいいのかさっぱり分からない」
「傘のお礼はちゃんと言えたの?」
「いや……まだだ」
「それなら、まずお礼に行けばいいと思うわ」
「あぁ、でも、お礼を言ったあと、私はなにを話したらい
いのだ?」
「もう、彩香ったら。いったいどうしちゃったの?あんな
にも無鉄砲な子だったじゃない?」
嫌なときに信号につかまったなと思った。
「……もしかして、その子、お昼一緒にバスケしている子
だったりして?」母さんのにやけた顔が間近に迫った。
「うるさい!一緒にはやってない。言っただろ?あいつは
私が反面使いだしたら、コートを替えやがったんだ」
「ふふ、そうだったわね?でも、お母さんにはまるで分ら
ないわ」
「なにがだ?お昼にバスケを始めたのもコートを替えられ
てあんなに落ち込んでいたのも、その子のこときっと彩香が
好きだからじゃないの?」
「なっ!? なにを言っているのだ!? そうじゃない!
あいつとはただ……友達でずっと仲が良かったから、ちょっ
と話してみたかっただけだ」
母さんにはたいていのことは話しているが、愁のことにつ
いては名前を伏せていた。それから、好きだということも。
「ふふ、そうだったわね。彩香は好きっていわれるの嫌い
だったものね?」
「……あぁ、そうだ」
「でも、その子が言ってくれたとしたら、彩香はそれでも
嫌なのかしら?」
「ありえない」私はもう少しで危うく、それなら、さっき
も考えたし、答えは既に出ていると言いそうだった。
「ふふ、そう。お母さんにはその子も彩香のこと気に入っ
てくれてると思うけどな」
「もってなんだ!? 私は別に」
「じゃぁ、その子の片思いね?」
「ありえない」
「もう、いつからそんなに悲観的な子になっちゃったの?
そんな彩香好きじゃないわ」
「別に好いてくれ、なんて言ってない」
「もう、この子ったら。とにかく、お礼だけはちゃんと言
うのよ?」
「……あぁ、そんなの分かってる」
でも、そもそもお礼なんてどうやって言ったらいいのだ。
声をかけるタイミングさえ私にはわからない。というより、
どうしてこんなに私が悩まなくちゃならないのだ。まったく、
あいつは。それよりも、あいつは明日もちゃんと学校に来る
のだろうか。たまに昼休みも顔を見せないことがあるから、
私はそれが心配だった。




