第一部 告白 5/15
次の日の昼休み、やっぱり愁は私に話しかけてこなかった。
分かっていたはずなのだが、どうにも、これは嫌な感じだっ
た。昨日まではそれほど話したいと思っていたわけでもない
のに。私はどこか愁のことをあきらめていたのだろうか。あ
いつは変わってしまったのだ、もう話せる相手じゃないんだっ
て。でも、昨日話してみて、それが違うような気がした。一
年前のあいつと話しているのとなんら変わりないように思え
たのだ。もし、違和感があるとすればそれはあいつのさらに
延びた背丈と日本人離れした外見だろうといまは思う。
もっと、いまの愁が知りたい。たとえ、それでずいぶんあ
いつが変わっていることに気づいたとしても、それがなんだ
というのだろう。私と愁はあんなにも仲が良かったではない
か。
そう思うとなぜだか急に愁が憎らしくなった。そもそも、
あいつが私に話しかけてこないのが悪いのだ。私は自分が話
しかけられない腹立たしさをいつのまにか愁に向けていた。
私から話しかけるなんて、そんなの絶対にムリだ。だって、
あいつはあんなにも遠いじゃないか。
――痛っ……。
切り替えそうとしたところで私は足首をひねってしまった。
どうも、私は愁に気をとられすぎてしまったらしい。
「おい!? 大丈夫か?」
倒れ込む音に異変を感じたのか、あんなにも遠かった愁が
いまはこんなにも近くにいた。
「足やったのか?」
「あぁ、そうみたいだ。大丈夫だ、すぐ歩け……っ!?」
情けなかった。愁がやってきたのに私は立つことさえでき
なかった。
「肩かせよ? 保健室ま連れてってやる」
愁はそう言って無遠慮に私の肩に手を回した。あのときの
ように。私はそれが嬉しかったはずなのに、自分でも驚くほ
ど強く、その手をはらった。
「……よせ」
「あ、……わりぃ」
話さない間に愁との間に確かに溝はできていた。そうか……
もう、私は女なのだ。こんなときになって、それを思い知ると
は思いもしなかった。
「……別にいい」私がそう言うと愁は困ったようにそっぽを
向いてしまった。それから、ちょっと待ってろ、とだけ言い残
して倉庫の方へかけていった。
「わりぃ、待たせたな?」
「な、なんなのだ、それは?」
「なにって、荷台だよ?」
私は思わず身をのけぞった。まさか、こいつ。
「保健室すぐそこだろ?段差もねぇし、これに腰かけろよ?
引いてやるから」
「なっ!?なにを言っているのだ!? おまえバカか!?」
私は我慢できずに叫んでしまった。こいつの優しさはやっ
ぱり私にとっては恐怖だ。
「るせぇ、ほら、腫れてきてんじゃねぇか。早くしろよ?」
「……」見えもしないのにこいつは本当、強情な奴だ。
「大丈夫か?」
「あぁ」私は結局、台車の上に揺られて保健室まで向かっ
た。誰にも見られなかったことが、せめてもの救いだった。
「思えば、おまえは相当お節介な奴だったな」
「そうだったっけ?」
「あぁ、そうだ。覚えていないのか? 初等部のころ、上級
生がコート使ってて、私は拗ねたのだ。そうしたら、おまえは
ボールがいっぱい入ったかごを持ってきて、それで何をするの
かと思ったら、おまえという奴は」
「はは、あったな、確かに。ありゃ、柊がいなかったら、き
つかった」
あれほどひどい目に遭ったのに笑い事じゃないだろうと私は
言ってやりたかったが、もう、昔のことだ。いまさらとやかく
言うのはやめよう。
「ほんとに、いつもなにかあるとこうしてくれたな? 愁は。
おまえ、どうしてだ?」
私は湿布をして包帯を巻いてもらうのが恥ずかしくて唐突に
こんなことを聞いてしまった。
「さぁな。世話のかかる妹がいたからかな?」
助かった。彼が答えるまで私は気が気じゃなかった。でも、
やっぱり、少し残念だ。
「爽香か? ふふ、そういえば、爽香とも久しぶりに話せた
な」私がそう言いかけたところで、隣のベッドのカーテンがふ
いにあいた。
「……悪かったわね。世話がかかって。なによ?」