第一部 告白 4/15
そう思うと……ふと、私は疑問を抱いた。この二人は、い
や、愁は本当に変わってしまったのだろうか。学校内では去
年、バスケ部が起こした暴力事件から愁に対してひどい噂が
たっているけれど。確か、東門だったかな。バスケ部の上級
生と愁たちが殴りあいの喧嘩を始めたのは。特に愁が複数人
の上級生を負傷させてしまったから、それ以来、みんな怖がっ
てあいつに近づかなくなったのだ。
でも、噂は噂だ。愁は確かによく暴れる奴だったが、そん
なに怖い奴じゃない。当時の私も信じなかったが、いまの私
だって、校内に広まる噂を信じていない。噂に出てくる愁は、
いたずらにに尾鰭がついてできあがった、実態とはかけ離れ
た化け物なのだ。でも、そうは思っても、結局、私は愁を信
じていないのだろう。だって、いままで声をかけなかったの
も、いま身体がこうして驚いているのも、その証拠だろうか
ら。
私は愁と仲が良かったはずだ。ふいに、自分の気持ちがと
ても歯がゆくなってきた。私はそう思うと、急に愁と話がし
たくなった。でも、できるだろうか。いまの私に、いまの愁
に。
「あ、おい」
「なに?」
「……これ、いいのか?」
「えぇ。私、折りたたみ持ってるから」
「そうか……すまないな」
「兄さんに言ってあげて? じゃあね」
――あいかわらず、あっさりした奴だな、爽香は。
何もなかったかのように爽香は廊下の陰に消えていった。
愁と二人きりになった。こいつともう一度、話がしたい。
そう思うのに、それなのに、なんなのだ、これは。味わった
ことのない感覚に迫られている。愁と二人でいると、凄く気
まずい。昔はこんなのじゃなかったのに。もっとこう……、
一緒にいると楽しかったはずだ。それなのに、どうして。
「はは、おれかっこわりぃな。じゃ」
「あ、愁!」私は行ってしまう彼を引き留めようと、ふい
に、あのときと同じ呼び名をしてしまった。私はなぜだか恥
ずかしくなってきた。あのときといまは違う。こんな呼び方
をしてしまっていいのだろうか。
「愁……、だよな? 愁で、いいか?」私は本当に恥ずか
しくて、愁のことを少し忘れているふりをした。
「あぁ、おれも国嶋のままでいいか?」
驚いた。彼も同じように思っているらしかった。でも、そ
れは少し、嬉しい気がした。彼も空白の期間を越えて、私と
同じように戸惑っているのだ。やっぱり、愁だ。
「あぁ、名字は変わっていない。でも、久しぶりだな。こ
うやって話すの」
「確かにな。そういえば、こっちあがってから、一度も喋っ
てなかったっけ? 元気か?」
どうしてだろう。彼の何気ない、たったの一言で私は胸が
熱くなった。熱くなりすぎて、私は無遠慮に確信に触れてし
まった。
「おまえこそ、平気か?」言った後で慌てて口を塞いだが、
もう遅かった。
「……はは、平気って何だよ?」
愁の乾いた声が痛い。
「あ、すまない……別に深い意味はないのだ。忘れてくれ」
私は大馬鹿者だ。彼との立ち位置が戻ったわけでもないの
に、私はあのときの位置から彼に話しかけてしまった。慣れ
慣れしいと思われたかも知れない。私はそれを消してしまい
たくて、いまの距離を自覚していることを告げたくて、話題
を替えようとした。でも、私は彼がバスケをしていること意
外なにも知らなかった。
「バスケ続けているのだよな? 部活は楽しいか?」
「どうだかな、別にかわんねぇよ。じゃな?」
もっと話してみたかった。たぶん、明日になればまたあい
つはひとりスリーの練習をするのだろう。もう、話かけては
もらえないかもしれない。用は済んだのだから。今日はたま
たまだったのだ。先ほどの天気予報士に心のなかでお礼を言っ
た。
おまえの嘘はたまにはひとを幸せにするのだな。