第一部 告白 3/15
――晴天の一日です、か。ふん、天気予報のペテン師め、
大雨ではないか。
私は今朝の天気予報士に文句を言いながら、下駄箱からど
す黒い空を睨んでいた。飛行機の轟音がさらに私を挑発する。
顧問と話していたら、意外と遅くなってしまった。あいつ
の言うことはどうにも納得がいかない。まったく……イライ
ラする。
友達はもうみんな帰ってしまったのだろうか。しまったな、
まさか、こんなに雨が降ってくるとは。
「ん、使えよ」母さんに電話をかけようとして、ケータイ
を取り出したときだった。隣から長身の男が傘をこちらによ
こしてきた。
この男はとても見覚えがある。あぁ、愁だ。初等部で一緒
にバスケをしていたな。でも、もうずいぶんと昔のことのよ
うだ。だいたい、こいつはこんなにチャラい奴じゃなかった。
ブレザーを着ないで勝手にポロシャツを着ているし、髪は逆
立ててパーマをあてている。おまけに髪どころか眉毛も脱色
しているし、おまえ、いったいいま何人だ。こいつが笑った
ら、きっと牙でもみせそうだ。本当にすべてが校則違反のよ
うな奴だった。もともと、守るような奴ではなかったが……。
「これ、やるよ」
「えっ……いいのか?」でも、感じはあのときのままだ。
いきなり話しかけてきた愁に始めこそ驚いたが、あんまりに
もそれが自然だったので、私もなんとか言葉を返すことがで
きた。
「あぁ。ボロのビニールだし、気にすんな」
「そ、そうか……悪いな」そういえば、初等部のときもよ
くこういうことがあったな。傘じゃないにしても、何かしら
私が抜けているときにそれを補ってくれたのが、愁だ。でも、
私はそれに対してあまりいい印象を持っていなかった気がす
る。
「ん、じゃあな」
そうこう記憶をたどっている間に愁は鞄から折りたたみ
傘も出さずにそのまま帰ろうとした。愁は結局、私がいま受
け取った傘しか持っていないのだ。
「……っちょ、ちょっと待て!おまえ、傘は?」
「いいよ、男は濡れても困んねぇし」
そうだ、こいつの優しさはいつも一方的で、私をひどく
困らせたから、だから、私はこいつのそういうところが好き
ではなかったのだ。
「そういうわけにはいかないだろ?」
「そうよ、兄さん?」
そのまま雨のなかに身を投げようとした愁を妹らしきひと
が引きとどめた。ポロシャツをつまむ姿はなんとなく恋人同
士に見えて、それが私は嫌だった。でも、たぶん、私にはそ
の一瞬だけでそれほど仲がよく見えてしまったのだろう。
「そんなボロ貸したって国嶋さんが困るだけでしょ?」
なんだ……あいつじゃないか、ずいぶんと懐かしいな。そ
うか、あの子は爽香だったのだ。髪を長くして、毛先にパー
マをあてているし、それなりに背も伸びているからずいぶん
と大人びて見えるが、そうだ、あの子は爽香なのだ。
私は先ほどまでの不快が嘘のように消えた。だって、あの
子は愁の妹なのだ。
爽香も愁と一緒にバスケをしていたが、彼女は中等部にあ
がるとそれをやめてしまった。いまは確か、テニスをしてい
るらしい。
クラスも違うから全然見なかったけれど、ずいぶんと可愛
くなったものだ。私が男なら、きっと飛びつきたくもなるも
のだろう。
ただ、私は爽香が苦手だった。愁と私が一緒にいることを
とにかく嫌がったから、彼女からすれば、私はいつも攻撃の
的だったのだ。
「ボロって……おまえ、まだ結構いけるぞ、それ?」
「そういう問題じゃないの。はい、国嶋さん、私のを使っ
て?」
「……っ!? え、いいのか?」
私は答えながらも心臓が止まりそうになった。まさか、
爽香にまでこんなふうに話しかけられるとは思いもしなかっ
たのだ。今日はなにかまるで過去に来てしまったかのようだっ
た。
「えぇ、いいわ。それなら恥ずかしくないでしょ?」
「別に、そういうわけでは……」
「あ、兄さん、私ちょっと遅くなるから。兄さんはちゃん
と真っすぐに帰ってね?」
「おぅ、てか、待ってよっか?」
「いいの。そんなに遅くならないから」
私は本当に過去を見ているかのようだった。二人の感じが
まるであのときと同じに思えたのだ。