コカイン
太陽光のせいでスマートフォンの画面が見にくく、僕は喫茶店に入ることにした。長く外にいたのでじんわりと汗をかいていた。席に案内されるなり上着を脱いだ。予想外に暖かい日だ。
僕に用意された席は窓際で観葉植物が日光を遮断していた。店内の空調もちょうどいい。上機嫌でスマホゲームをしながら、女性の店員に頼んだカフェラテを待つ。画面が色彩を放つ。それに合わせてイヤホンから楽し気な音楽が聞こえてくる。カフェラテはすぐに届いた。テーブルに置かれたコップに一瞥をやり、スマホをその横に置いて、一呼吸した。さきほどから妙に僕は落ち着いている。
ちびちびとカフェラテを飲みながらゲームを再開する。店内の客はカップルやサラリーマンの集団が目立っていて僕はその中で珍しい独りの客だった。忙しくはないが精いっぱいだという風に店員はそこらを動き回っている。僕が入店してから何組かの客が入ったようだった。その中に身長二メートルもあろうかと思われる大男が混じっているのが見えた。その男は派手なポロシャツにジーンズといったいでたちで胴体もでかくこの喫茶店には恐ろしく不似合いな容貌をしていた。僕はちらちらと彼の方を見ていた。
半分ほどカフェラテを飲み終えた時、調子がおかしくなった。ハイになった。カップがゆらゆらテーブルの上を浮遊している。僕はあの大男とダンスをしたら楽しそうだと思う。イヤホンを外すと、店内のセンスのいい音楽が耳の中で反響した。さきほどのサラリーマンの集団の中の一人がにやにや笑ってこっちを見ている。いや、にらみつけられているのだろうか。さほど気にならない。僕は大男のテーブルに運ばれてきた大皿に視線を集中させていた。
今まで見たことのない綺麗な大皿だった。急にそれが欲しいという願望が沸き上がった。
僕はカフェラテを飲み干すと、レジの方には行かずに上着を右腕にかけ、大男の方へと近づいて行った。角刈りの頭が食事をする度にわずかに動いている。店内の奥のサラリーマンが僕を指さして同僚になにか囁いている。
僕は大男の横に立ち、真っ白い大皿を凝視した。
突然、そばで立ち止まったにも関わらず、その男はしばらく僕の存在に気付かなかった。店内の音楽が一瞬止んだ。
「お前を、逮捕する」
大男の口から言葉が漏れた。
「何が起こっているんだ!一体何が!」
コカインが僕の血肉を蝕んでいた。ぞろぞろと僕の周りに人だかりができた。それはただの集団ではなく、あらかじめ予定された動きによって僕を捉えようとする捜査員たちだった。
サラリーマンではなく、彼らは僕を標的とする麻薬Gメンだった。もがいている僕たちを見て、無関係な人々は好奇の表情をしている。おかしくないのか。店員まで笑っている。カウンターで背を向けている女と目が合った。彼女がカフェラテを持ってきた。彼女がコカインを盛った?
こんな店に入るんじゃなかった。カフェラテもひどい味だった。こんなことになるなら日射病になるまで外で立っていた方がまだましだっただろう。