混迷―①―
4月13日 上万作学園前の通学路 午前8時24分
堀川 一は、胸の高まりを覚えていた。
「なあ、あの話……本当か?」
隣の少年――薄い茶色の髪をしている――が訝しそうに、国広に問う。
「同田貫君、分からないけど、本当だとしたら凄いことだよ!」
「本当にそうだったら、なんでって話だよな……」
同田貫は疑問を投げかける。
男子学生のブレザーを纏う堀川達に合わせて、その周囲の人だかりも同じ方角を目指していた。
色々な靴が土瀝青を蹴り、堀川と同田貫の足音も消していく。
堀川が見渡すと、様々な年齢の男女がいる。
しかし、両腕に付けているモノを見てこちら側と気づいた。
羊の頭蓋、それを囲う円環。
禍々しくもあるが、何故か愛しく思える。
身に着けていると、どこか自分の半身と堀川は考えずにはいられなかった。
堀川と同田貫という二人と周囲が、朝から走る理由。
それは、登録していた会話用SNSからの着信だった。
「というか、"紅き外套の守護者"が俺たちの高校にいるって、未だに信じられないよな……」
"政治をまともにしたい市民の会"――通称、"政市会"のSNSアカウントから一報が届いた。
それは、"バンクーバー・コネクション"を解決した紅き外套の守護者が上万作学園の生徒であるというのだ。
同田貫の戸惑いに、堀川は、
「そうだね……でも、凄いよ! 世界的に有名な人が隣にいるってのはすごいワクワクする!!」
堀川と同田貫は、今年17歳になる。
学年で言えば高校二年生だ。
しかし、
「クラスとしては、俺はI組、堀川はV組……IX組というのは離れすぎだろ……」
同田貫が呆れて言うが。
「でも、同じ学校というだけでも凄いよ、同田貫くん!」
「大きく考えりゃそうだけど……でも、"紅き外套の守護者"、ウチの会員を手酷くぶちのめさなかったか?」
同田貫の言葉に、
「あの三人が悪いに決まっているよ……そりゃ、"お見送り"とか"デンサヨ"にやられたからってあの仕返しは良くないよ……」
堀川は断言した。
"紅き外套の守護者"にやられた三人は、どちらかと言うと不満を身近なもので当たり散らす――言わば、チンピラの様な奴らだ。
しかも、生活弱者への攻撃も楽しんでいる節がある。
彼らのせいで起きた炎上も二度や三度ではなかった。
「生活保護の様な支援は、ちゃんと必要とした相手に支払われるべきだよ……受給者そのものを攻撃は流石にやり過ぎだけど」
堀川の言葉に、
「ま、世話にならんように心がけよう」
同田貫は曖昧にして、両腕に目をはせた。
「それに、これ着けろって……」
堀川の隣の同田貫は、首を傾げていると、
「会長が言っていたよ……『あいつ等も武装しているから、気を付けろ!!』って」
同田貫は、堀川の隣で納得したようだった。
会長の警戒する相手――それは、"政治に声を張り上げ隊"――"政声隊"、としかない。
「こっちの権利をあいつ等が妨害して、しかも得物を持って来るというのは、結構自分勝手なことだね」
「全くだ……」
堀川と同田貫は口々に不満を漏らす。
「もっとも、アイツらの言うことやすること自体……納得できるものがないからね」
堀川の語気が、無意識のうちに強くなる。
左翼の連中に碌なやつはいない。
それは、彼が子どもの頃の経験から学んだことだった。
「そういや、お前のおじいさん……被爆者だったよな……」
同田貫が不意に聞いてきた。
「十代のころ、広島でね……」
何でも祖父は十代半ば、広島で原爆の被害に遭ったらしい。
彼が被害を語ろうとすると、決まって助けられず見殺しにしてしまった人のところで、壊れたレコードの様に決まってその下りを繰り返す。
「被爆者だって言われて、色々……」
堀川の顔が、同田貫の眼の中で曇る。
祖父から聞いた話だが、まず、原爆症はうつると言われた。
原爆症は白血病を伴い、髪の毛が抜けることがある。
そして、当然外見によるいじめもあった。
当然、差別の対象は出自にも及ぶ。
結婚や就職が出来なかった人もいた。
「でも、現金だよね……そんなじいちゃんに、式典に来てほしいって……」
被爆者の高齢化に伴い、歴史の保存のための資料が必要となった。
祖父にも白羽の矢が立った。
8月6日の平和式典にも招待された。
堀川も当然、出席した。
「それなのに、あいつ等――!!」
黙とうのサイレンが鳴り響く中、それを無視した反戦活動家による大声。
戦争の怒りでもない。
悲しみでもない。
ただ、腹に溜めた政権への批判。
「じいちゃん、みんなを出汁にした……左翼活動家が! 黙とうの時に大騒ぎして……」
「あいつ等らしいな……」
同田貫が隣で同意を示す。
誰かを出汁にしないと、何も言えない。
「左翼だって……戦時中に同士を売ったり、戦争を礼賛していたのに反戦活動家になったり……」
堀川は子どもながらに色々調べた。
左翼の戦時中の偽転向の話は、彼の中で平和を叫ぶ大人たちへの疑念を憎悪に変えた。
そんな奴らに、祖父の思いは踏みにじられた。
その堀川の怒りが、"政市会"と結びつくのに時間は掛からなかった。
彼らを同士として、祖父への侮辱をしておきながら平和を訴える厚顔無恥が許せなかった。
「でも、"張り上げ隊"か"S.P.E.A.R."と……紅き外套の守護者が接触しているとか?」
同田貫は堀川の隣でふと呟く。
出所は不明だが、その中には彼と"S.P.E.A.R."を始めとした"政声隊"と接触をしていることも書かれていた。
「だから、早く行って説得しなきゃ、だよ!」
堀川は更に駆け足で進む。
"政治をまともにしたい市民の会"代表の尾咲は、一報の中に"紅き外套の守護者"への説得を含めて居た。
同田貫と他の"政市会"のメンバーは、紅き外套の守護者の名前が、ロック=ハイロウズというのも聞いていた。
堀川と同田貫は、あの金髪碧眼の転校生の情報は得ていたので、探すのに困らないだろう。
そう考えていたが、その甘さを呪った。
件の金髪碧眼の男子生徒は、校門前にいた。
先客――"政治に声を張り上げ隊"――と共に。
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