草の根―③―
地自労組合員専用のホテル、鶴亀。
瀬戸内海に面した場所に建てられたためか、客室から見える海の風景は組合員にも好評である。
しかし、外に出た龍之助の目は別の物を映していた。
――相変わらず、夜でも分かるな……。
暗く染まったコールタールの様な夜に浮かぶ船のシルエット。
一つではない船影が、夜の海を覆う。
ホテルの客室からは見えない、大小問わず幾つもの船が投棄された港の跡地――通称、“船の墓場”。
夜の闇に覆われた船の墓標を背に立つ人の影が一つ。
目にした瞬間、龍之助の右頬を熱が横切る。
――右か……なら次は――!!
龍之助は考えて、素早く左に動く。
石、硝子と混凝土の炸裂音が、龍之助の背後で響いた。
遅れて、右頬を掠る熱源の残滓を感じる。
「悪くない動きじゃないか」
暗がりに覆われた男が、街灯とホテルの入り口の光に照らされる。
そこにいたのは、寸胴の男。
背の高さは龍之助の肩ほどある。
だが、横に広い体形のせいか見た目よりも、低く見える。
「“スコット決死隊”のオーツ」
瓦礫の奥から三条の声がした。
「“命熱波”は“命炎者”、“命導巧”は二対の分銅型“アンダー・プレッシャー”」
彼女の声が、更なる衝撃でかき消された。
「おい、外野は引っ込んでな!!」
低く、どこかくぐもった声で、オーツと言われた男は外野へ分銅を放つ。
「あとでテメェらとは遊んでやる。ただ、今は目の前のメガネのガキに用がある」
龍之助はオーツの言葉に矛槍を突き出す。
「ディンズデールとシリックの分、たっぷり礼はさせてもらうぜ?」
「どっちか分からないが、“槍使い”の一人分で十分だ!!」
衝撃と破壊の化身の二対の円柱を両肩から上に浮かせたオーツ。
円柱の大きさは――性別は不明だが――人間の頭蓋骨ほどある。
オーツが口元の歪んだ笑みを見せると、龍之助は駆けた。
槍の穂先の下に右手を添え、オーツの顔に狙いを定める。
しかし、頭蓋骨の大きさの分銅が龍之助の足元の地面を抉った。
左脚を蹴り、右へ移動。
龍之助から見て、オーツの左側へ回り込む。
オーツの左側で、淡い青色の光が浮かんだ。
龍之助は、槍を横一文字に構える。
足元の地面を抉った分銅が飛び掛かってきた。
龍之助は槍の把手で食い止める。
分銅の向こう側のオーツ。
彼の笑みが、口角を大きく上げる。
つまり、確信に満ちたもの。
龍之助は、後ろへ下がった。
土煙が龍之助の立っていた場所で昇る。
その正体は、もう一つの頭蓋骨大の分銅。
それぞれ分銅の淡い青色の光が、オーツから伸びている。
「ディンズデールとシリックを倒すだけはあるな。“スパイニー”の前哨戦として、申し分ないぜ!!」
龍之助は、オーツの言葉に首をかしげていると、
「“スコット決死隊”は“ハリネズミ”にご執心ですからね」
三条が龍之助の心の疑問への回答を出す。
「訳が分からないが……つまり、俺は当て馬と聞こえるが?」
冷徹に言い返すが、
「どちらにしても、オーツのいる“政治をまともにしたい市民の会”は、あなたの後ろにいる私たちたちが目当てだから、警備としては間違ってはないですね」
――ああ言えばこう言うな。
だが、オーツという男にとって会合の襲撃という任務の優先度は低い。
龍之助は思考して、矛槍型”命導巧”の“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の穂先をオーツに向ける。
彼の周囲が霧に覆われた。
「目くらましか!?」
オーツが右手首を利かせる。
頭部の大きさの分銅の一つが、龍之助の上から迫ってきた。
龍之助は、矛槍の穂先を斬り上げる。
彼の周りの水蒸気が液体に変わり、空へ昇る滝となった。
滝が水龍となり、頭上からの分銅を弾き飛ばす。
“蒼海の翼”。
三条が言うには”命熱波”と”命導巧”により発動する“疑似物理現象”の一種である。
龍之助の出した“疑似物理現象”は、水を主に使うもの。
三条から、龍之助は水に特化したものと言われたが、
――使えるものは、使う!!
龍之助は、あくまで攻撃の手段としての用途に集中する。
龍之助の出した水の結界に怖気づくことなく、オーツが次の行動に出ていた。
片割れの分銅が、龍之助の右側から襲来。
彼の頭を食らいつかんと飛び込む。
龍之助は、突き上げた矛槍を時計回りに薙いだ。
穂先の水龍が矛槍の軌道に沿って、龍之助の周囲を舞う。
龍の尾が二つ目の分銅の進行を遮った。
水龍の胴体の向こう側で、オーツが口を歪ませる。
龍之助がそれを認めると、槍の穂先を分銅型“命導巧”使いに改めて向けた。
水龍が消え、龍之助の前で液体の盾となる。
液体の盾となっていた水流が一直線に並び、オーツに突進。
水の槍がオーツの額を捉える。
しかし、オーツの口の右端の歪み。
悔しさではなく、獲物を捉えた肉食獣のそれだった。
龍之助が反応するよりも早く、少し前に放たれた一番目の分銅が、後頭部に食らいつく。
「おりゃぁぁぁ!!」
放たれた気合は、龍之助の物ではない。
跳躍して飛び蹴りを放つ少年がオーツの目に映る。
青年の右脚が、オーツの分銅を蹴飛ばした。
炎の煌きを思わせるパーカーに、灰色の膝丈までのショートパンツを纏った青年。
そして、炎を思わせる色で染めた前髪と爛々とした双眸で龍之助を背中合わせになった。
その青年のことは、龍之助が一番よく知っている。
同時に会いたくもない男だった。
「ボケっとするんじゃねぇよ、龍之助?」
「一平……」
龍之助は、背中合わせに立つ男の名前を不意に呟いた。
「”命熱波”使いが二人……もしかして、シリックを倒したのは――」
オーツの眼は、一平という闖入者に釘付けとなっていた。
一平の両手には、機関銃の弾倉が突き出た鋼鉄製の手甲が装備されている。
オーツは二つの分銅を戻しつつ、
「何、わかったよ……」
オーツは夜空に向かってしゃべり出した。
龍之助が目を凝らすと、オーツの両耳に黒い物体が見える。
無線かもしれない。
龍之助が考えていると。突如としてオーツが目の前から消えた。
「去ったようですね……」
三条が龍之助に近づいてくるが、
「もう時間だ。帰らせてもらうぞ」
龍之助は足早に立ち去る。
そして、騒ぎを聞きつけた参加者の声が大きくなり始めた。
「おい、龍之助!!」
「関わるな、俺に」
背後からの一平の声を振り払い、龍之助は歩き続ける。
静寂の留まる場所にたどり着き、夜空の星空に照らされる龍之助。
「これでいい……これで」
一人呟き、その言葉は夜空に消えていった。
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