草の根―②―
4月11日 上万作市内 地自労専用ホテル“鶴亀” 講堂 午後7時22分
“上万作の武装化に反対する市民の緊急集会”。
原田 龍之助の目の前に広がる横断幕。
その下の小演台で女性が熱弁を垂れている。
うなじが隠れ、顔を覆うほどの短い茶髪の女性。
彼女の背後のスクリーンに流れるのは、龍之助の友人の姿だった。
『河上サキさんのカナダでの活躍で、この国の地位は上がったでしょう。しかし、それと引き換えに、我が国の平和主義が脅かされつつあります!!』
映写幕に映るのは――報道番組の録画だろうか――その切り抜きである。
映像の中の河上サキは、黒地のタイツに胴や手足を守る白い装甲と犬耳兜に包まれていた。
同じ格好をした犬耳兜の軍勢に混ざりながら、彼女が四足歩行の“ウィッカー・マン”に白い突撃銃で攻撃している様子が映る。
小演台の女性が息を詰まらせると、映写幕の内容が変わる。
今度は、河上サキが官邸の中で、小綺麗で細身の壮年男性と握手を交わしていた。
『特定秘密法の強行採決を行い、安保改悪を行った首相、渡瀬 大二郎による“ウィッカー・マン”に対する防衛とともに、国民を戦争に駆り出そうとしています!!」
小演台の女性の目には涙が満ち、声には震えながらも怒りに溢れていた。
「皆さん、上万作の声が聞こえるでしょうか。渡瀬政権によって望まぬ戦いに巻き込まれていく、その悲鳴が!! そして、一人の少女を厚顔無恥にも政治的に祀り上げる情けない政府の姿!! それを正していきましょう!!」
女性は口を押え、涙を拭いながら、龍之助から見て小演台の左側に移動。
彼女が途中、悲しみで足を止める。
そして、駆け寄った中年女性二人に抱えられながら、控え席に座った。
彼女の感情の発露はまだ続いている。
入れ替わりに、男が小演台に立つ。
「雑賀 多恵さん、ありがとうございました。彼女は、河竹市において“ワールド・シェパード”社により、行政改革の名の下に行われる職員たちや消防団員への住民自治に反した暴力が行われていることへの怒り、を訴えていただきました」
地方自治労働組合――通称、“地自労”――という“地方公務員組合”に加盟している司会の眼鏡を掛けた執行委員の男性が謝辞を述べた。
彼の視線が、次の演説者の登壇を促す。
龍之助の目の前の三脚に据えられたカメラのレンズは――時間が押していたのか――眼鏡の男の歯切れの悪い声と、かすかに歪む口元を見逃さない。
微かに焦りを見せた男の後に続いたのは、龍之助の知る人物だった。
「皆さん、こんばんは。“S.P.E.A.R”の代表、秋津 澄香です」
“S.P.E.A.R.”――“学生による政治参画、行動と改革(Students in Political Engagement, Action and Restoration)”――の頭文字から取られた政治団体である。
2012年の第二次渡瀬政権への反対を行うデモをきっかけに結成された、政治団体である。
長髪を二房に分けて結んだ少女の凛とした声が、マイクを伝って大人たちに広がっていった。
「“ウィッカー・マン”が現れて以来、世界は混沌としています。渡瀬政権による安保改革、特殊秘密法の強行採決に始まり、”ワールド・シェパード”社が日本に現れて以来、それは加速しています」
秋津についてのイメージは、龍之助が学校で目にする彼女とそれほど変わらない。
しかし、政治的な言動を繰り返すことに、龍之助は戸惑いがないと言えばウソになった。
「しかし、希望もあります。欧州に現れた救世主、紅き外套の守護者、彼がカナダに現れました!!」
秋津の背後の“映写幕”に映る、紅い外套を着た少年。
彼の雨に濡れる金髪に、真冬の月夜を映す湖面を思わせる碧眼。
龍之助は不謹慎ながらも、震えた。
恐怖にではない。
彼と相まみえた時の、血の滾り――強敵に巡り合えたことの歓喜だった。
「しかし、そんな彼のもたらした平和を踏みにじる様に“グランヴィル協定”を渡瀬政権は、軍拡の口実に使おうとしています!」
“グランヴィル協定”。
龍之助は、”ブライトン・ロック”社と”ワールド・シェパード”社を中心に作られた“対ウィッカー・マン用技術”の開発を進めるための枠組みというのは聞いている。
その基準が“太平洋経済戦略連携協定(TPTP)”加盟国に波及されるというが、
秋津は声を溜めて、
「日本政府の“ウィッカー・マン関係”の事件は、災害対策基本法と武力攻撃事態法からなる、消防法等で対処をしていますが、渡瀬内閣はグランヴィル協定を“防衛費1%枠”の抜け穴にしようとしています」
秋津の背後の“映写幕”に円グラフが表示。
そして、円グラフは動き出し、政府支出の内訳が抽出される。
“ワールド・シェパード”社との協力関係の予算が羅列された。
「確かに、河上サキさんの活躍により“バンクーバー・コネクション”は解決されました。“ウィッカー・マン”による被害もあります。しかし、それを口実に彼女を祀り上げ、我が国の軍事化に繋げるのは明らかに誤っています!!」
彼女の背後にライトアップされる。
ドレスを着た三人の女性が槍を囲むイラスト。
それぞれ、赤、白、青緑に覆われていた。
「上万作には平和が必要です。誰もが納得し、理解し享受できる平和が! 紅き外套の守護者、彼と歩む……その平和が!」
秋津の声が爆発する。
「一緒に平和を作りましょう。そのためには、“紅き外套の守護者”と河上サキさん、私達十代の力が必要です。渡瀬政権にノーを突きつけましょう!! ありがとうございました!!」
秋津の演説が終わる。
彼女の力強さに、呼応するかのように割れるような拍手が会場を覆った。
歓声が静まるのを待たず、龍之助は三脚の付いたカメラを片付け始める。
「お疲れ様です」
背後から掛かる女性の声。
龍之助は、感情の起伏を不意に覚える。
“紅き外套の守護者”と接した時とは程遠いものだった。
「三条」
三条の労いの声に反し、龍之助の中で内心は沸々と煮えたぎるものに溢れている。
「おなかに何かを入れた方が良いですよ……その方が落ち着きますから?」
「お前のいないときに、そうする」
壁に掛けていた黒いカメラと三脚を、それぞれのケースに入れる龍之助は、
「ついでに言うと、お前たちと一緒の空気も吸いたくない」
心を見透かす言動を取る三条に向かず、龍之助は周りを見渡す。
小演台の前に、広がる円卓。
その数は、間隔は空けているものの、講堂の中を占めている。
卓上には、肉類や魚介類だけでなく、酒類も豊富にあった。
「渡瀬政権の政策が富裕層向けであることを批判しながら、そいつと同じものを食べるのに疑問を持たない奴らとは、特に」
龍之助は吐き捨てて、三条に向き合う。
三条は、ピンクのパンツスーツに包まれていた。
顔の笑みのあつらえた感が、龍之助にひしひしと伝わる。
「私たちは、地元住民と共に運動をしています。彼らと同じものを食し、飲むことに意味はあります」
三条は、携帯通信端末に内蔵された応答式人工知能の定型文を思わせる返答を出す。
彼女の眼には、感情を前にしても動じない、士業独特の冷たさがあった。
「そして」
三条が言葉を唐突に切った。
彼女の向けた冷徹な視線から、龍之助は右目から痛みを覚える。
「あなたは、私たちと共に戦うこと。それを同意された筈ですから、最低、私たちの気持ちを汲んでほしいものです」
三条の目を細めた笑み。
微かに開いた彼女の眼に、激しくなっていく痛みに歯を食いしばる龍之助の顔の姿が映った。
「あらあら、三条さん……また、そいつ?」
軽薄な男の声が三条の背後から聞こえた。
男は三条の肩から顔を出し、龍之助の顔を覗き込む。
顎髭を生やしているサル顔。
細眼から見える、目の白い部分は少ない。
加えて、目の周りは中年男性特有の疲れがある反面、若々しい口元という不均衡さと馴れ馴れしさが、龍之助の生理的嫌悪感を励起させた。
「山土師」――!!」
「もうさん付けは諦めているけど、メシでも食ったら? 地自労が負担してくれた地元の食材で弁当も持って帰れるから、お得だよ?」
龍之助の苦悶を分かっているのか、目線から楽しんでいる様に見える。
優位さからくる加虐を嗜む、そういう目だった。
「貴様の政治運動で『ここは人の住む土地じゃない』と言ったのを忘れたとは言わせないぞ!!」
龍之助の激昂と共に、痛みが全身を駆け巡る。
痛みが頭部と腕から、右半身から全体に広がったのが、もう一巡したように思えた。
「公務員組合や貴様ら“政治に声を張り上げ隊”……“S.P.E.A.R”とか言っているが、結局はお前ら活動家が裏から操っているだけの茶番だな!」
痛みで龍之助が膝をつくと、
「協力だよ……。そして、オレは土地の問題点を言っただけで、メシについては一言も批判していない。モノは言いようってやつさ」
山土師の言葉と共に、右肩に衝撃を感じた。
山土師が左足を龍之助の肩に乗っけたのだ。
龍之助の背が180cm代で、山土師160cm代なので、
「そうしないと目を合わせて話せない時点で、滑稽だな?」
龍之助の嘲りに、山土師が激高。
踏みつけた右脚で、龍之助の頭を蹴ろうとするが、
『やめて!! リュウちゃんから離れて!!』
三条の顔が微かに歪んだ。
赤いワンピースを着た少女が、龍之助の前に現れる。
文字通り、突如として。
その姿は、陽炎の様に触れれば消える儚い霞の様だった。
予告なく現れたからか、山土師が面食らう。
「スカして、色気づいて……最悪だぜ。ついでに言うと、今日の飯は豪勢なのか、ハーブの臭いがきついな……」
サル顔が吐き捨て、龍之助たちから離れる。
三条の顔に、感情の揺らぎはない。
それどころか、慣れた様に肩をすくめた。
反して、赤い少女は感情の発露を隠そうともしない。
「アイ、もういい。大丈夫だ」
龍之助の制する声に、赤い少女が振り向く。
彼女の涙ににじんだ眼の中に映る、龍之助。
その目は怒りと共に、微かに滲む少年の眼。
「何の用だ。飯の報せだけに来たわけじゃないだろ?」
龍之助の一言ともに、アイという少女が消える。
三条が口を開こうとしたが、
「原田くん、来てくれていたんだ」
先ほどの壇上にいた秋津がそこにいた。
「秋津……」
「恥ずかしいな……あまり話せなくて、緊張してたし……って、ごめんなさい!」
秋津は龍之助以外の、三条と山土師の姿を失念していて頭を下げる。
三条と山土師は、笑顔で返す。
それから、三条は、
「お知り合いが来ているわ。色々と溜まるものがあるみたい」
「お前らの方ではないのか?」
龍之助は、カメラのカバンの隣に立てかけている棒状の物を右手に持つ。
その長さは、彼の背より頭一つ分、突き出ていた。
「原田くん、大丈夫?」
秋津は龍之助の顔を覗き込む。
彼女の眼に映る龍之助の顔は、痛みで憔悴し切っていた。
「大丈夫だ。ありがとう」
秋津に礼を言って、龍之助は講堂を後にした。
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