光路―③―
サキの目の前で青い燐光に混じる、赤い光。
それに包まれた少女――歳としては、九歳くらいだろうか。
しかし、彼女は周りの混乱に目を振らず、ただ一点を見つめる。
赤い少女の視線の先にいるのは、妙齢の女。
桜色のパンツスーツに身を纏い、髪の毛は肩ほどまでで揃えている。
化粧は薄めで、切れ長の眼は刀を思わせる輝きがあった。
「弁護士の……三条、千賀子?」
サキはよく彼女のことを知っていた。
少なくとも、左寄りの護憲派弁護士としてだが。
「願ってもない、大物だな」
吐き捨てるのは、ロック。
「どっちかと言うと、賞金首が集っている中で金が多い方は、サンジョウだからな!!」
龍之助から標的を変えて、ロックは三条に迫る。
“命導巧”が使えないのか、刃を消し籠状護拳と柄だけにして腰の後ろに掛けている。
両腕で作る鉢金の隙間から、三条の出方を伺うロック。
左腕で額を守りつつ力を精一杯乗せた右腕の一撃を、彼は三条に向けて放つ。
紅黒の弾丸が三条の細面を穿とうとした。
しかし、ロックが舌打ちをする。
ロックの拳が、ひと際大きい両手の甲に塞がれたのだ。
この場にいる、一番背の高い者は龍之助だ。
三条の前にある片手は、龍之助を覆えるほど大きい。
松明に照らされた黄金を思わせる輝きに照らされた両掌が、三条を包んだ。
「思ったよりも節操がないですね、“紅き外套の守護者”、ロック=ハイロウズ?」
「情けなく呻いている奴よりも、悪名高い奴の方に殴りがいを覚えるだけだ!!」
ロックの獰猛な笑みに、感情のない感嘆で答える三条。
「少なくとも、色々欧州で引っ掻き回してくれた活動家への荒療治はぶん殴るか目を抉るかの、どちらかというのは相場で決まっているからな!」
「あら、怖い……痛みが少ないのはどちらかしら?」
巨大な掌の障壁を解かれる中で、三条。
「痛みすら感じないなら、眼窩の奥にある脳ごと目を抉る、だな!!」
ロックが背後の”命導巧”に右手をやる。
鍔から出した、半自動装填式の銃口を巨大な手の間にいる三条に向けた。
しかし、ロックの敵意に鳴動するように巨大な右の掌から方陣が浮かぶ。
大きな円の中に描かれた幾何学は、どこか炎を連想させた。
引き金を引くが、ロックの銃が空を撃つ。
ロックは、彼の背ほどある炎の模様の方陣を見て、舌打ちをして下がる。
三条を守る大きな右手の前の方陣が赤く輝いた。
空気を焼く臭いが、サキの鼻孔を突く。
その瞬間、夜を焼き尽くさん業火がロックを覆った。
ロックが後退したことで、彼の立っていた土瀝青の地表に焦げ跡が刻まれた。
ロックは三条を見据えながら、左足で小さく飛んで移動。
ロックを照らす炎の煌き。
その光源は、人型の炎の塊だった。
三条の隣で佇む、炎の人。
彼女はロックの敵意に動じることなく、龍之助だけでなくサキも見据えた。
「“ゲッシュ”による、人工”命熱波”かよ!?」
苦虫を嚙み潰したようにロックが吐き捨てた。
彼女がサキたちにも見えるように、左腕を突き出す。
大きな左手も、それに呼応するように掌を開く。
「逃げろ!!」
ロックの叫びと共に、三条の眼前で方陣が展開。
青白い方陣と共に、水蒸気が冷気となる。
集まった冷気が、今度は氷に覆われた人型を作った。
人型は雄叫びを上げると、周囲に氷柱が現れる。
その数は、サキとロックの視界を覆い始めた。
「眼窩を貫くなら、こういうのが相応しいのではなくて?」
三条の言葉と共に放たれる、氷柱群。
高速道路をあっという間に覆い、路上のウィッカー・マンの残骸も弾き飛ばした。
“ライラ”と“ヴァージニア”が、サキの前に出る。
不可視の壁が展開されたかのように、氷柱群が衝突して粉砕されていった。
“磁向防”。
“命熱波”を励起させた熱力で、生じた障壁である。
「“ライラ”、“ヴァージニア”!!」
二人の名前と共に、サキは躍り出る。
右手の“フェイス”を構えて、引き金を引く。
”ライラ”の右手に光が灯り、“フェイス”も鳴動するように蒼く輝いた。
左上から右下へ一振りして、斬閃が氷柱の弾幕を薙ぎ払う。
サキは氷の人型へ迫り、“フェイス”の一太刀を浴びせた。
しかし、サキへ向けた氷柱の第二陣が、氷の人型の足元に控えていた。
『サキ!!』
”ヴァージニア”が変形させた右腕の弓を引く。
光の一閃が氷柱を砕き、閃光が疾走った。
”ヴァージニア”の閃光の一擲が氷の人型を貫く。
守護者と敵を媒介にした光の爆発が、三条だけでなく龍之助とロックも照らす。
「“命熱波”の反応も、まあまあ――!?」
サキに警戒をして、三条の前に炎の人型が立ちはだかる。
炎の化身からの業火がサキを焼き尽くすと思われたが、アスファルトに大きく逸れる。
三条が怪訝な表情を浮かべるが、
「テメェの目ん玉がお留守だぜ!!」
紅い外套がピンクのパンツスーツの女の前でなびく。
三条の右の頭蓋に、ロックの紅黒の翼剣が振り下ろされた。
ロックの一太刀が、三条を護る炎の人型の肩にめり込む。
“ブラック・クイーン”の紅黒の刃の奔流が、炎の疑似“命熱波”をかき消した。
三条の眼窩だけでなく鼻梁をも両断せんとする、“翼剣”の黒い刀身からの斬撃。
だが、ロックの一閃が大きな右手の甲に妨げられる。
三条が、上空から強襲したロックを認めた。
ロックの眼と三条の眼が交錯し、彼は獰猛な笑みを浮かべる。
ロックを阻む大きな右手を、紅黒の波動が覆った。
刹那、紅黒の爆轟が。三条を覆う大きな手の甲の皮膚を抉る。
ピンクスーツの女を覆う右手の甲から、機械仕掛けの配線や部品が剥き出しになった。
戸惑う三条に、ロックが紅黒の風として肉迫。
「リュウノスケ=ハラダ!!」
ロックの苦々しく吐き出した少年の名前。
彼が、矛槍“セオリー・オブ・デッドマン”を突き出し、ロックの籠状護拳による殴打を止めた。
ロックの反応と龍之助の献身に、一瞥もせず三条は虚空に消える。
ロックに目もくれず、龍之助がサキに目を向けた。
彼の眼鏡越しの両眼がサキの姿を映し、目を伏せる。
三条に続く様に、漆黒の闇に消えた。
「龍之助……」
サキが呟くと、
「助かった、サキ」
突如としてロックの感謝に、サキは戸惑いながらも振り向いた。
「面倒なのが来るので、オレは去る。また後でな」
そういって、ロックの前に現れた梯子に右手を掴む。
上に目をやると、サキ達を見下ろす様にヘリコプターが上空で待機していた。
サキの戸惑いの声を放つ前に、ロックがヘリコプターの梯子を駆けのぼる。
紅い外套を翻してヘリコプターに、ロックが乗り込んだ。
呆然とするサキを尻目に、ロックを乗せたヘリコプターは星空に消えていく。
いろいろな考えを整理しようとしたが、サキの周囲をワールド・シェパードの犬型兜と装甲にまとった集団が溢れた。
彼らをかき分けんとする、報道陣との押し合いが発生する。
サキはひとまず、“ワールド・シェパード”社の兵士に導かれながら、疲れに身を任せた。
まどろみの中、サキはロックと龍之助のことを考える。
いろいろな情報で頭が熱くなりながら、サキはまどろみに落ちていった。
しかし、眠りの深みに落ちる直前、彼女の鼻孔をくすぐる香りが訪れる。
――パセリ、セージ、ローズマリーにタイム?
まどろみの沼に落ちる寸前、“四種の香草”の香りとともに見えた大きな人影。
戸惑う間もなく、人影に見守られながら、サキは眠りについた。
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