光路―②―
だが、サキは唐突に冷気を感じ取る。
季節としては、4月の初旬。
寒さをまだ感じる。
しかし、カナダのバンクーバーほどではない。
しかし、口腔に入った冷たい空気に、サキの全身が警鐘を鳴らす。
ロックの翼剣の切っ先が龍之助に届く寸前。
白い霧が龍之助の周りに発生した。
ロックの眼に宿る警戒の色。
すかさず翼剣“ブラック・クイーン”の“籠状護拳”に包まれた右拳を突き出す。
ロックの右腕に斥力が掛かり、龍之助から吹き飛んだ。
両脚を大地に踏みしめ、体勢を整えるロック。
距離を稼いだロックに向け、龍之助が矛槍“セオリー・オブ・ア・デッドマン”を構える。
ロックと彼を結ぶように、土瀝青が濡れていた。
サキは疑問に思ったが、目の前の光景でその答えを得る。
白い冷気が宿り始める龍之助の矛槍“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の穂先。
蒼い輝きを放ちながら、ロックに二撃目が放たれた。
槍の穂先から出たのは“加圧水流”による弾撃――つまり、水。
“加圧水流”の一撃がロックに迫る。
ロックは、再度右手の“ブラック・クイーン”の刀身を突き出し、矛槍からの水の弾丸を受けた。
“疑似物理現象”。
“命導巧”は――サキの聞くところによると――“ナノマシン:リア・ファイル”を操作し、森羅万象に干渉できるという。
炎を出すために空気中の酸素を助燃材にし“リア・ファイル”が火薬を作る。
火薬を気化燃料とすることも可能だ。
龍之助の場合、“セオリー・オブ・ア・デッドマン”は周囲の空気を冷やすことで水を作り出せる様である。
水の弾撃への防御をロックが取った瞬間、龍之助が彼の懐に飛び込む。
銃把から伸びる“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の柄が、ロックの頭部右側を捉えた。
“ブラック・クイーン”の刀身を右側に移動させ、ロックが打撃を防ぐ。
サキの目の前で、一瞬だが龍之助の身体が揺れる。
その動きは、陽炎を思わせた。
ロックが大きく目を見開き、咄嗟に両腕で顔面を覆う。
前に突き出した右の逆手で構える“ブラック・クイーン”が、“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の穂先の突き上げを防いだ。
サキの目の前で、ロックの顔が苦痛で歪む。
致命的な一撃は避けられたが、衝撃を食らったようだ。
ロックの口から苦悶に満ちた声が漏れる。
矛槍の突き上げを防ぎ切った後のロックの“ブラック・クイーン”越しの両腕の壁。
一瞬出来た胴の隙間に、龍之助の右中段回し蹴りがロックに炸裂した。
「クソッタレ!!」
ロックが吐き捨て、龍之助の右脚を左腕で抱える。
彼の持つ“ブラック・クイーン”のケルト十字の鍔から伸びる刀身そのものが、サキの視界から消えた。
ロックは眼にも留めず、龍之助の顎に向けて籠状護拳越しの殴打で応戦する。
ロックの護拳に覆われた右拳は、龍之助に届かなかった。
龍之助は、ロックの左腕の拘束を解くために跳躍。
下がりながら、上段の左回し蹴りをロックに放った。
頭への攻撃を避けるために、龍之助の右腕をロックが離す。
龍之助が拘束から解放され、地面に落ちることなく左脚で立った。
ロックは龍之助が矛槍を構え直した隙に、右の逆手で持つ“ブラック・クイーン”の籠状護拳で殴りつける。
刀身と共に、水蒸気が冷やされた白い霧が出た。
霧に覆われながら、ロックの翼剣の一撃目が龍之助の構えた“セオリー・オブ・ア・デッドマン”に命中。
ロックの勢いは止まるどころか増していった。
“籠状護拳”越しから殴った勢いで、ロックの飛び右回し蹴りが龍之助の鎖骨を捉える。
ロックの二撃目の蹴りを躱し、龍之助が後退。
回し蹴りの勢いで、ロックの跳躍の高度が増した。
ロックの猛禽類を思わせる目が、地上にいる龍之助の目線と交錯する。
それが、ロックの間合いに入った瞬間だった。
右回し蹴りを放った後、“翼剣”を逆手から順手に持ち替える。
ロックを覆う霧が消えた。
霧がロックの“翼剣”を包むと、水の刃を作る。
龍之助に水撃の唐竹割を振り下ろした。
矛槍を横に構え、龍之助が斬撃を受ける。
ロックの斬撃は龍之助の頭部から全身を揺らし、蹈鞴を踏ませた。
ロックが地上に降り立つと、龍之助に向けて突進を仕掛ける。
右の逆手に構えた“ブラック・クイーン”を前にして、両腕で頭部を覆いながら龍之助の懐に潜った。
龍之助は、態勢を整えたが、ロックはすでに目の前にいる。
間髪入れず“セオリー・オブ・ア・デッドマン”を横に突き出し、ロックに応戦。
ロックは腰を使い、右肘に乗せた“ブラック・クイーン”の護拳を龍之助の矛槍を上から叩き落す。
龍之助は彼の攻撃で“セオリー・オブ・ア・デッドマン”を落とす寸前で両手に留める。
しかし、ロックの腰に乗せた翼剣の突き上げにより、龍之助は矛槍を持ちながら懐を空けてしまった。
ロックはその隙間に、上半身を捻って繰り出した左の突きを見舞う。
龍之助は辛うじて避けるが、顔を掠った衝撃に後ずさった。
ロックは右半身を後ろに切った龍之助の腹に向けて、左直蹴りで追撃。
“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の銃身で、龍之助はロックの左の蹴りを叩き落そうとした。
しかし、龍之助は上半身への防御を解いてしまったので、ロックの籠状護拳越しの右拳を許した。
龍之助はロックの拳打を後退しながら矛槍でいなす。
しかし、サキと彼の目の前に紅い外套の戦士の姿はない。
サキがロックの姿を再度視認した時は、衝撃音と共に吹っ飛ぶ龍之助を目撃してからだった。
再度ロックが見えなくなると、空間の破裂音が数発鳴る。
見えない衝撃を龍之助は防ぎながら後退した。
不可視の爆発が四回鳴った後で、龍之助は膝をつく。
ロックは龍之助に向けて、順手の一太刀による追撃を仕掛けた。
しかし、ロックはそれを止める。
ロックの龍之助を見る眼は、獲物を狙うそれではない。
サキは、ロックの垣間見たものに、思わず息を漏らした。
ロックの目の前で、体を矛槍で支えながら、うずくまる龍之助。
その右目から右腕にかけて、青い燐光を放っている。
まるで、右半分が爬虫類の鱗を思わせた。
龍之助は脂汗を流しながら呻いていた。
しかし、サキの目の前のロックは、
「“ブラック・クイーン”が動かない!? テメェ、その眼は……何をしやがった!?」
ロックは龍之助に向けて、狼狽を漏らす。
『アイツ、干渉を受けている!?』
短髪のサキの守護者である”ライラ”が驚愕している。
『あの眼……あり得ない、サキ……彼がなぜ、あの眼を所有しているのですか!?』
ヴァージニアは、龍之助へ視線を向けて、サキに問う。
「待って、わからない……何が起きているの!?」
サキは混乱を隠せない。
友人がこの場にいることはおろか、カナダで知り合った恩人に狙われている。
この状況だけで、サキの手に余る事態だった。
『……止めて、リュウちゃんに手を……』
年端もいかない少女の声。
それが、龍之助から聞こえた。
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