光路―①―
2017年4月10日 尾道松江線 広島県と島根県の県境 午後8時34分
眼前の“銀鬼”の頭に、河上サキは一閃を振り下ろした。
“銀鬼”の裂けた双眸に、少女の姿が映る。
一房に結んだ黒髪、黒真珠の双眸。
身体能力を高めるために纏う白い全身タイツに、身体の関節を覆う蒼い装甲。
河上サキは、”銀鬼”の目に映る自分を認めた。
彼女は一呼吸と共に右手の得物に力を籠める。
“銀鬼”の両断された頭から胴体が、音を立てながら真っ二つ。
“銀鬼”の分離した頭部の眼が、サキではなく夜空の星を映した。
大きく開いた”銀鬼”の腹部から漏れた青白い光が、夜空に上る。
サキは、青い残滓を見送りながら周囲を見渡した。
対向二車線を、遮光目的で植えられた植物に仕切られた高速道路。
広島県と島根県の境界というが、星空の庭は些末事を気にせず広がっている。
境界なき夜の帳に覆われているからか、サキの目の前の存在のおかげか車は一台も通っていない。
しかし、車や人だかりがサービスエリアに集まっている。
色々な世代がいたが、中でも目を引いたのは撮影機械を抱えた大人たち。
黒い犬耳兜と白い装甲を身に着けた大人たちが、報道陣を制止している。
“銀鬼”に出くわすこと自体、稀有な経験だ。
事の推移を見つめるサービスエリアからの視線が、“銀鬼”を屠ったサキに突き刺さる。
広島から島根へ向かう往路側に立つと、サキは右手の得物に視線を移した。
軽機関銃の引き金を模した把手から伸びる、銃剣というには大きすぎる片刃。
蒼き刃の煌きが、夜の帳に水面を広げる。
“フェイス”。
“信念”と名づけられた己の武器を見て、サキの内の鼓動が早まる。
それが心強さなのか、力への陶酔か。
彼女の中に答えはない。
しかし、この場を切り抜ける良き伴侶。
それに恵まれたことに感謝しつつ、
――あと、二体。
屠った一体目の残骸の向こう側にいる、もう二体の“銀鬼”をサキは見据えた。
全長3m。
手足が木の幹ほどの分厚さで、頭部から一対の角が生えている。
角は、どこか北欧のヴァイキングの兜の様に左右それぞれが外側に反っていた。
“ブロムリー・ブロウラーズ”。
“銀鬼”の名は、英国の古典的喜劇番組から得た異形――“ウィッカー・マン”である。
大猩々を思わせる、3m弱の巨体の“ガンビー”と腕力重視であることは変わらない。
しかし、“ブロムリーの暴れん坊”がガンビーよりも秀でている点は、
『硬すぎだよ、コイツら!!』
言葉の主は、サキではない。
サキの右側に浮いている、同い年を思わせる女性。
凹凸のはっきりした肢体の上を覆うベストから溢れる谷間は、同性のサキですら赤面を覚えるほど艶めかしい。
されど、うなじが見えるほどの髪の長さと大きく円らな瞳という幼さも加わり、更に艶めかしさが増していた。
“ライラ”。
サキの守護者にして、命熱波と言う“生命力”が顕現された存在である。
『“ガンビー”と違って、若干、防御力特化型ですからね』
古代のローマ兵の鶏冠の兜を纏う女性がサキの左側に現れる。
こちらの眼は鋭く、大人びた印象が漂わせていた。
“ヴァージニア”。
サキのもう一人の守護者である”命熱波”は”ライラ”の苛立っている様子とは対照的に冷静である。
その眼の鋭さは、凛とした女性らしさと猛禽の獰猛さが同居していた。
「でも、あなた達のおかげで弱点がわかるし、助かっているよ!!」
サキの眼に映る二体の“ブロムリー・ブロウラーズ”。
巨体の中心に見える恒星を思わせる輝き。
サキの聞くところによると、“ウィッカー・マン”の急所らしい。
無論、常人の眼には見えない。
サキに内在していた二体の“命熱波”によるものらしい。
その体質を自覚したのは、少し前のことだが。
『じゃあ、私たちもサキに応えないとね!!』
“ライラ”が言葉と共に、消える。
前進していた二体目の“ブロムリー・ブロウラー”の前に、彼女は躍り出た。
彼女の右の細腕が“細剣”に変わる。
“銀鬼”の鎧の間に”ライラ”の右の細剣が入り込んだ。
急所ともいえるウィッカー・マンの恒星を穿つ、音なき刺突。
光が”銀鬼”の鎧からあふれ出し、発破音が続いた。
二体目の“ブロムリー・ブロウラー”の鎧が引きはがれる。
爆破で吹き飛んだ”銀鬼”の四肢に視界を覆われる”ライラ”。
視界が晴れ、突如として”ライラ”の目の前に右の剛腕が飛び出た。
“三体目のブロムリー・ブロウラー”から放たれた攻撃に虚を突かれる形で、“ライラ”が口の端を引きつらせる。
『”ライラ”!!』
拳の咢が食らいつく寸前の“ライラ”に向け、サキは駆ける。
彼女の前で短髪の守護者が、“銀鬼”の拳圧で霧散した。
守護者の身を護ろうと焦ったサキを、三体目のブロムリー・ブロウラーに放たれた光が引き止める。
もう一人の守護者――“ヴァージニア”――の弓に変わった右手からの光の矢に、
『サキ、足を止めるので、その間に攻撃を加えてください!』
冷静さを取り戻し、“フェイス”を構えるサキ。
しかし、踏み込もうとした彼女の足は止まる。
“銀鬼”に恐れをなしたわけではない。
三体目の背後にいた存在に気を取られたのだ。
ここにいるはずのない少年に。
――龍之助!?
短く切りそろえた黒髪の少年。
眼鏡の奥から見える鋭い眼差し。
強靭な四肢を覆う清涼感を覚える白い長袖シャツと、デニムのスキニーパンツ。
背の高さも重なり、初めは第一印象の鋭利さに戸惑う者が多い。
彼女は、近寄りがたい彼の中にある不器用な優しさを知っていた。
だからこそ、サキは目の前の冷徹さを醸し出す彼に戸惑いを覚える。
しかし、それが“銀鬼”に付け入る隙を与えてしまった。
「サキ!!」
“ヴァージニア”が叫び、再度姿を現した“ライラ”がサキの目の前に躍り出る。
“銀鬼”の迫りくる巨体から放たれる右の剛腕が、守護者の行動より速い。
サキを覆う拳。
その衝撃の旋風が頬を撫でた。
凪が訪れ、“銀鬼”の眼が彼女を捉える。
不思議なことだが、サキの顔には死を目前にした恐怖の色が無い。
涙すらもない。
安堵を覚えた、微笑みに満ちた顔。
それが、“紅黒”の疾風によってもたらされたからだ。
“銀鬼”の腹の恒星が、縦二つに割れる。
サキを捉えた“銀鬼”の双眸が分かれ、夜空と二体の残骸を映して崩れた。
「まったく呆け方に磨きがかかるな、サキ?」
サキの目の前の声。
紅い外套を纏い、紅黒の刃を手にした少年からだった。
両腕と腰を覆う革帯の留め具は、炎の残滓。
夜になびく金髪は月を思わせ、碧眼は月を映す湖を思わせる。
そんな彼の双眸に映るサキは、
「腰は抜かしてないけど……ロック、そのこと?」
バンクーバーで出会った時とは違い、サキは立っていた。
ロックの瞳の中で、得物を持つ彼女が前を見据えている。
「口も立って来た……かよ」
乱暴なロックの口調だが、どこか嬉しそうに吐き捨てた。
彼の双眸の湖面が、サキから逸れる。
サキから背を向けたロックが、
「リュウノスケ=ハラダ、だな?」
ロックの口から出た名前に、サキは息を呑む。
“ブロムリー・ブロウラーズ”の残骸の向こうにいる、少年――龍之助のフルネームだ。
しかし、サキの思う龍之助とロックの見据える人物が一致しない。
不一致の原因は、龍之助の構える成人男性の背ほどある矛槍にあった。
柄と一体化した突撃銃。
その穂先は、燃える炎か荒ぶる波を思わせる。
そんな荒々しくも物騒な得物を持つ彼の姿に、サキは到底受け入れられなかった。
ロックから問われた龍之助からの応えはない。
一歩下がる龍之助に、ロックが動く。
上半身を覆った紅い外套に覆われた両肘を突き出し、龍之助の構えを崩した。
肉と骨を打つ音が、夜の静寂を切り裂く。
頭部を狙う龍之助の左上段回し蹴りを、ロックが右腕で防いだ。
「これ以上ない、自己紹介だ!!」
ロックの吐き捨てる言葉に、沈黙を保つ龍之助。
龍之助が、突如としてロックの眼前から消えた。
左足を伸ばし、地表まで右ひざを曲げる龍之助。
遠心力で得物の槍をロックの右足に狙いを定めた。
しかし、アスファルトの破砕音が龍之助の槍の一振りを防ぐ。
ロックの右足を守ったのは、直角三角形というよりは、それよりも柔和なイメージを持つ――翼を模した剣だった。
翼剣の付け根の籠状護拳はロックの拳どころか肘をも覆い、炎とも空を切る弾丸を思わせる。
「その武器……」
「まさか“命導巧”を見たことないとでも言いたそうだな?」
戸惑う龍之助に、鼻を鳴らして答えるロック。
“命導巧”。
スコットランド・ゲール語で“送電網”から付けられた武器。
ロックの右手の得物――翼剣“ブラック・クイーン”――に眼をやる。
「“セオリー・オブ・ア・デッドマン”……テメェと共に漏れなく、指名手配だ!!」
サキの知る親友が何故その武器を持つのか。
立ち上がりつつある龍之助の腹に、彼女の問いを吹き飛ばすロックの右脚がぶち込まれる。
ロックの繰り出した赤い靴のつま先が、龍之助の腹をあばらごと破砕するとサキは疑わなかった。
龍之助が“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の銃把を振り下ろす。
右脚と銃把の激突で空気が振動。
龍之助が反動で、ロックからの距離を稼ぐ。
「逃がすかよ!!」
ロックの右手が、翼剣の籠状護拳と剣を繋ぐ大きな鍔に伸びる。
鐔には、現地の太陽神と父なる神の融合を表すケルト十字が描かれていた。
それが割れると、半自動装填式の拳銃が飛び出す。
ロックが右手で掴むと、龍之助に向けた。
夜の静寂を切り裂く銃弾が、龍之助に牙を剥く。
ケルト十字の鍔に銃を収め、翼剣と共にロックは龍之助に追撃を仕掛けた。
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