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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第七章 Flux

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流転―⑤―

 だが、喜びと悦楽に染まっていたリリスの、月白色の眼が大きく開く。


 デュラハンの中にいた偉丈夫が、リリスの首を掴んできたのだ。


 アンティパスの依代だった短髪の偉丈夫から、赤黒い炎が滲み出る。


 デュラハンの割れた胸から赤と青の奔流を浴びながら、()()()()()()()()()()()()はリリスに力強い抱擁を返した。


 赤と青の光で熱せられた窯に、偉丈夫が入れ替わりに、リリスを押し込む。


 リリスと入れ替わり、外に背を向けた偉丈夫の眼が、茫然と立ち尽くすロックを映した。


 彼の視線に、ロックは()()()()を覚えると、


「リリス……テメェ、俺とファンを“救世の剣“にぶち込んだことがあったな」


 偉丈夫の右腕にリリスの喉を圧し潰されながら、語り掛けるロックを見下ろす。


 彼の言葉を聞いて、リリスは驚愕に藻掻き、足掻いていた。


 口から何かを出そうとするが、男の右手がリリスの喉を塞いでいるので、言葉を紡げない。


「“救世の剣“のエネルギーを使って、俺の”命熱波(アナーシュト・ベハ)”の()()()()()()を元に、俺の体を作り替えようとした。ファンもテメェの体にして、俺たちを作り替えた際に出るエネルギーを使って、世界も滅ぼそうとした」


 リリスは“()()()“の()()()()()()を取り出すには、ロックの“ブラック・クイーン“の超微細機械(ナノマシン)と適合する()()が必要――つまり、ファンだった。


「ファンは、何故か知らないが……()()()()()作られた。遺伝情報は、俺やサミュエルと似通るところは、どんな風の吹き回しか全く無かった」


 高出力の熱力(エネルギー)に晒されながら、リリスは偉丈夫の腕から逃れるために、上体を揺らした。


 リリスが目を見開きながら、ロックを見下ろしている。


「それにも関わらず、俺の”命熱波(アナーシュト・ベハ)”を構成する“リア・ファイル“と、命導巧(ウェイル・ベオ)の所有者の記憶と適合するファンは、テメェの()()()()()()()


 ロックの目の前で、リリスの求める男の()()が、大型”ウィッカー・マン”の窯から放たれる熱で壊れていく。


「しかし、ファンは俺を助ける為に、その融合で発せられた莫大(ばくだい)なエネルギーを逆流させ、“救世の剣“を爆破させた」


 ファンの肉体に入っていたリリスは、当然無傷で済む訳が無い。


「事実、俺も……その巻き添えで、()()()()()死んだ!」


 逆流させる為にファンを貫いたロックも、その時の熱入出量に耐えられなかった。


 ワイルド・ハント事件の時、ファンは肉体を失いながらも“命熱波(アナーシュト・ベハ)”となり、ロックの肉体の再構成を行った。


 ”命熱波(アナーシュト・ベハ)”になると言うことは、“ナノマシン:リア・ファイル“として、ロックの操るそれに含まれることを意味する。


 ロックはその身に、()()()()()()()()()()()ファンを宿すことになった。


「ファンは、俺の“ブラック・クイーン“を通して、体内電気の回路も複製し、俺を再生させた」


 ファンにとって、ロックの”命熱波(アナーシュト・ベハ)”の()()は容易だった。


「テメェが俺から得た”命熱波(アナーシュト・ベハ)”は、俺の“()()()()()()()……“()()()()()()()()()()()なんだよ!!」


 魂として、人を操り運命を翻弄する魔性――リリス。


 だが、ロックの中にある、彼女を分けた魂の性質までは皮肉にも見抜けなかったのだ。


 リリスを抑えつける偉丈夫は右腕だけを残し、やがてそれも天の一部に含まれていく。


 その中に潜んでいた赤黒い炎が、アンティパスの依代だった男の場所に留まると、ロックの体に向かってきた。


 壊れた赤黒い鎧が、ロックの周囲で輝いて粒子を撒き散らして消える。


 ロックは、大型”ウィッカー・マン”の恒星に目を向けた。


 月白色の魔性――リリス――の入っているサキの肉体には傷一つも付いていない。


 だが、三日月の様な瞳が、肩呼吸で開閉している口と呼応するように、大きく開閉していた。


 巨大人型”ウィッカー・マン”の足元が不意に(うごめ)く。


 “リア・ファイル“と青白い”命熱波(アナーシュト・ベハ)”を差し出していた”ウィッカー・マン”が、白銀の流動物と化した。


 白銀の流れが二つに分かれ、一方が津波としてロックに向かう。


 やがて、小波群が“クァトロ“となり、大きなうねりが“ガンビー“を作った。


 ロックは、翼剣を振るい“クァトロ“の胸部を、“ガンビー“に向けて吹っ飛ばす。


 “四つん這い“に視界を覆われた“ガンビー“に向け、紅い外套(コート)を翻しながら、跳躍。


 翼剣を背中から振り下ろして、“ガンビー“の頭部を“クァトロ“の胴体諸共、縦に両断した。


 銀鏡の大猩々(ゴリラ)と“四つん這い“の背後で、ロックは銀色の水溜りが揺れているのを見つける。


 水溜りが奔流となり、扁桃(アーモンド)頭の人型――“フル・フロンタル“――が飛び出してきた。


 その数、三体。


 ロックは、一体の扁桃(アーモンド)頭の額から上を、胴体から切り離す。


 二体目と三体目は、胴を左右それぞれに、薙いだ。


 飛び交う、扁桃(アーモンド)頭の胴体や“四つん這い“の四肢。


 それらを吹き飛ばす突風が、ロックの紅い外套(コート)を撫でた。


 ロックは“ブラック・クイーン“の籠状護拳(バスケットヒルト)を左手に持ち替え、二発目の突風を弾きながら左に(かわ)す。


 突風の担い手に向け、


「流行り事やお洒落には疎いが、()()()は流石にあり得ないぜ……サロメ」


 赤い唾帽子とドレスを着た象牙眼の女の右腕が、銀鏡色に大きく肥大している。


 その大きさは、()()()()()()()程の大きさ――“ガンビー“のそれだった。


「浅慮ですね。見た目だけで……私がそれを選ぶと思いますか?」


 サロメは象牙眼を蛇の瞳孔の様に、小さくさせながら、年輪を重ねた木の幹の様な右腕をロックに向けた。


 サロメから放たれた右の剛腕から、“クァトロ“の両顎が飛び出す。


 陰電子の牙がロックの胸を掠り、青白い光に色彩を奪われて黒くなった血を浴びた。


「通販番組の多機能ナイフ並みに、器用貧乏な攻撃だな」


 ロックは吐き捨てながら、サロメを探す。


 赤いドレスの象牙眼の魔女は、既に彼の視界に拾える場所から姿が消え――否、姿は見えないがそこにいた。


『サロメが立っている』と()()()()()()()()()()()には、クァトロの胴体と四本足が生えている。


 首なし“クァトロ“の胴体の上には、紅いドレスのサロメの胴体が聳え立っていた。“ガンビー“の右腕が、騎乗槍(ランス)の様に、ロックに向けて切っ先を向けている。


 その姿は、伝説に登場する人馬(ケンタウロス)


 サロメの胴を生やした“クァトロ“の足元では、“フル・フロンタル“が潰され、一体一体を“クァトロ“の四肢の蹄に刷り込んでいった。


「機能性と共に、目を引く外見のサロメです」


「もう……言葉も出ねぇな」


 “フル・フロンタル“で作られた四足で、大地を踏みにじりながら、サロメは血を吐き捨てたロックに向かう。


「サロメ、ロック=ハイロウズを捕まえろ。この灼熱で、()()()()()()()()()()()()命熱波(アナーシュト・ベハ)”を引きずり出してやる!!」


 リリスの声が雨天に響くと、バラード湾から大きな瀝青(コールタール)色の波が(うごめ)く。


 リリスの入った、60メートルの大型”ウィッカー・マン”が、一歩を踏み出したからだ。


 一歩から作られた津波に呑まれながらも、サロメの一部になり損ねた”ウィッカー・マン”は、青白い光を送り続ける。


 光がまるで、巨人を縛る鎖の様に四肢に纏わりついていた。


 光と瀝青(コールタール)に染まった波が立ち上がり、バラード湾に面した廃工場を覆う。


 廃工場を呑み込んだ津波が、ロックと”ウィッカー・マン”にも襲いかかった。


 大水に流されながら、ロックは、サロメの放った“ガンビー“の右腕から逃れる。


 足元を波に取られる紅い外套(コート)の戦士に向け、象牙眼の魔女は“クァトロ“の下半身で波に乗り追撃。


 ロックは流れた“ガンビー“の背に乗り、右足を叩きつけて飛んだ。


 “クァトロ“の胴体を波の下にしながら、サロメはロックに向け、“ガンビー“の幹の様な右腕を突き出す。


 ロックは“頂き砕く一振りクルーン・セーイディフ“を振りかざし、銀色の大猩々(ゴリラ)の拳の上から叩きつけた。


 “頂き砕く一振りクルーン・セーイディフ“の強化された攻撃が、サロメから隆起した銀腕を散らす。


 だが、“フル・フロンタル“もサロメの四本の脚部から、迸って飛び出した。


 扁桃(アーモンド)の人形は、流される”ウィッカー・マン”をサロメの胴体が取り込みながら、瀝青(コールタール)の海を白銀に変える。


 ロックの紅い外套(コート)を同色に染めんと、白銀の流体が覆った。


 白銀の海に足を取られたロックに、水面から人間の上半身を残したサロメが迫る。


 散らばった”ウィッカー・マン”を呑み込みながら大きくなる、人馬のサロメの背後で、青白い太陽が照り出した。


 太陽は、巨大な”ウィッカー・マン”の胸部で怒りと笑みの混ざったリリスから放たれている。


 月白色の太陽は、まるで異界からの夜明けを表しているようだった。


 極東に伝わる生を奪う黄泉路の淑女を思わせる、死の光。


 だが、リリスの駆る巨大”ウィッカー・マン”は、この世にある全ての生命力を奪う獰猛な熱源にも関わらず、海から地上への一歩を踏み出せなかった。


 青白い光とは別の、閃光と轟音が巨大”ウィッカー・マン”の歩みを奪う。


 ”ウィッカー・マン”を取り込み、騎兵と化したサロメの“四つん這い“から生やした胴体は背後を見る間も与えられなかった。


 多条の光が、サロメの腰から下の“四つん這い”を貫く。


 ロックは巨大な人型”ウィッカー・マン”と、銀鏡の人馬(ケンタウロス)と化したサロメを貫いた光源を探した。


 バラード湾を臨む廃工場の屋根に、人影を見つける。


 青白い”ウィッカー・マン”からの光が、犬耳の輪郭を浮かび上がらせた。


 その陰影に戸惑う間もなく、今度はロックの耳朶に震えた空気が伝わる。


 超微細機械(ナノマシン)同士が衝突をした目を貫く光ではなく、金属を弾いた際に出る、燃焼反応の火花が青白い光の幕で咲いた。


 犬耳の陰影から放たれる無数の電子励起(れいき)銃と、”ウィッカー・マン”に効果があるとは思えない、突撃銃(アサルトライフル)の弾幕も、銀鏡と青白に染まりきった夜の帳を駆け抜ける。


「皆、撃ちまくれ! TPTP関連法なんて気にするな!」


 その担い手の側に立つ、焦げ茶色の髪の男はバンクーバー市警の印の入ったジャケットを纏っている。


 彼の傍には、樹脂製の防御(かぶと)を纏い同じ腕章を付けた人影が多数。


 暗がりで性はおろか、外見や年齢も不明。


 しかし、彼らの手にした軽機関銃(サブマシンガン)突撃銃(アサルトライフル)が、波に打ち上げられたばかりの“クァトロ“に火を吹いた。


 装甲は貫かれなかったが、足元の流れに足を取られ、硝煙反応から放たれた銃撃によって、海に押し戻される。


「レイナード警部、“四つん這い“の“ウィッカー・マン:クァトロ“は、左胸部を狙って撃つんだ!」


 ロックの聞き覚えのある声――ナオト――からの号令で、焦げ茶色の髪のレイナードと呼ばれた警察関係者は、半自動装填(セミオートマチック)式拳銃で“銀色の四つん這い“に狙いを定める。


 バンクーバー市警から放たれた銃弾が一斉に、立ち直した“クァトロ“の群れの移動を押し留めた。


 警官たちの銃撃の背後から、電子励起(れいき)銃の陰電子放射で滑走した弾丸が、“クァトロ“を海に押し戻す。


 激痛を表しているのか、“四つん這い“達は、両顎(りょうあご)を大きく開けて、雲が晴れたら見えるであろう月に向けて吼えた。


 犬耳(かぶと)の兵士と警官たちが駆け付け、ロックを背に各々の得物の威力を奮う。


「ロック、無事か!?」


 銀色の甲冑の日本人が振り返りながら、尋ねた。


「ナオト……その言葉遣い、ブルース達に聞かせてやりたい」


 訝し気にしている銀色の甲冑の戦士の隣に、もう一人男が立つ。


 焦げ茶色の髪が特徴的な警部で、胸の名前には“レイナーズ“と書かれていた。


深紅の外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド……ナオトさんより、話は伺っています。バンクーバーの危機を乗り越える手伝いをさせて下さい」


 焦げ茶色の男の頼みに、声を上げようとした。


 ”ウィッカー・マン”の殺傷力として彼らの手持ちでは、不十分と言おうとしたが、


「図体のでかい“ガンビー“は、真ん中を狙って。“フル・フロンタル“は、全身が凶器だから好きなようにして!」


 少女の声がすると、ロックの前に降り立った。


「シャロン……どういうことだ!?」


 水と白の三角帽の少女に、ロックは食って掛からんとするが、


「ロック、アンタはサキを助けたいんでしょ。皆が道を作るから、リリスにぶちかましてやって。()()()()()()()()、早く!!」


 シャロンに促された方角に目を向けると、海に足を付けたまま動かない、巨大”ウィッカー・マン”が佇んでいる。


 リリスは、険しい顔付きで闖入者たちを、巨大”ウィッカー・マン”の心臓部から見下ろしていた。


「リリス、貴女は早く――!?」


 ロックの前に立ち塞がったサロメの口を、電子励起(れいき)銃が塞ぐ。


 それを号砲に、銃撃が一斉にサロメと、巨大”ウィッカー・マン”の心臓部に向かった。


“ウィッカー・マン”がサロメを守る為に、囲い始める。


「ロックを行かせてはならない、絶対に!!」


 黄金と翡翠(ひすい)の光が、怒りと困惑に染まるサロメに降りかかる。


「おい、サロメ……あれだけ“燔祭“と言っておいて、()()()()()()()()()()()()()()()?」


「兄さんを振り回して、シャロンも足蹴にして……。サロメ、“燔祭“用に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ブルースとサミュエルが、人馬と化したサロメに飛び掛かる。


 サロメを守る様に、“クァトロ“の波が(こけ)色と飴色の二戦士を迎え撃つ。


 しかし、その波に乗る、紅いトレーナーの少女の滑輪板(スケートボード)が、掻き分けた。


 シャロンに踏みつけられた“クァトロ“に、電子励起(れいき)銃と銃弾が撃ち込まれる。


 “ウィッカー・マン”の視界から消えた道を、ロックは走り出した。

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© 2025 アイセル

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