姦計―⑥―
ロックを嘲っていたカイルの顔は、蒼白となっていた。
隣のアンティパスから、感情が消え失せる。
彼の目に映るロックの顔は、怒りと驚きが同居していた。
二つの炎柱が青白く輝き、残り火と言わんばかりに破裂し天に昇る。
青白く放たれた炎が照らすのは、月白色の女性。
肩を露出し、胸部と肢体は夜色に覆われ、三者の視線の交錯する場所で浮いていた。
首筋までを覆う髪は朧月夜を思わせ、雨雲に覆われた夜でも陰らない下弦の月の双眸がロックを射抜く。
「……リリス」
ロックは翼剣“ブラック・クイーン“を構え、リリスを見据える。
雨天の空を背に、青白く浮かぶ真昼の月を思わせる女性。
ロックは隙を伺っていたが、彼女の傍で浮かぶ双翼の姿が飛び込んだ。
黒と白の双翼の表面に、少女の彫刻がそれぞれ刻まれている。
黒には短髪、白にはガレア帽に描写された二人の女性に、ロックは見覚えがあった。
「サキの“命熱波”……前に見た時よりも力が上がってやがる」
「使えるモノとして、漸く、その形に収まった。スコットランドではやってくれたな……」
リリスは、地表に降り立つ。
黒と白の翼は、光を放つ。
二枚の羽衣に変え、リリスの腰を包み込んだ。
「我の手足として動くはずのファンから逆流したエネルギーを直に受けて、空を漂うしかなかった。雷の中で分解と結合を繰り返す……あの痛み。お前にも味合わせてやりたかったぞ!」
ロックの目の前のリリスは、三日月の様な唇を歪ませながら、悔恨を紡いだ。
「雲の中……“救世の剣”の爆発に晒されても、死なねぇのかよ……」
ロックが苦々しく吐き捨て、リリスは笑った。
月の女の感情に呼応するように、腰に覆われた二色の羽衣が風無き夜に大きくうねる。
「死ぬわけがない。そもそも、私もまた“命熱波”だ。分解と結合を繰り返しても死ねん。そもそも、あの救世の剣は“リア・ファイル“で作られたのだ。それに入っていて、この時を待っていたわ!!」
それでも、ロックには今の状況の説明が付かなかった。
「だが、あの時の爆発で、“救世の剣“は愚か、“命熱波”も無傷で済む訳がない。“命熱波”にも痛覚はあるし、回復しなければ能力も使えない」
ライラとヴァージニアも、グランヴィル・アイランドでの雨の時、像を歪ませながら戦っていた。
その上、選ばれた宿主を使わないと、物理現象に干渉できない。
”命熱波”も宿主の損傷が激しくなると、自分の熱力を使って回復せざるを得ない。
無論、宿主から再生能力を前借するので、長期的には、“命熱波”が宿主の寿命を縮めることに繋がる。
だから、許容範囲の損傷を超えると、宿主を維持させる為に“命熱波”は活動を停止するのだ。
「そもそも、“救世の剣“には、環境を変える程のエネルギーがある。それを逆流させたモノを上回り、回復の為の熱源なんてあるわけが――!?」
ロックは、言葉を紡いで戦慄した。
海水の沸点は水のそれよりも、高い。
太陽の熱で海水が蒸発し、潜熱が生まれる。
潜熱は外気に触れ、雲を形成する。
熱源となった雲は、転向力に動かされ、気圧差が低気圧を作り、風雨を起こす。
その中心にリリスがいたのだ。
宙に浮かぶリリスの背にある空が、青白い燐光を放ちながら、落ちてくる。
燐光を放つそれは、まるで磨き上げ切った名剣の剣先の様に、目を焼くほどの輝きがバンクーバーに広がった。
青白い剣先に光が集っている。
外気温との差で水蒸気が上がり、青白い光が血肉の様に蠢いていた。
「この雨が続いていたのは、テメェの仕業か!?」
「我の超微細機械を含んで、な……ロック、気づいているはずだ」
リリスの言い回しを咀嚼し、ロックは怒りの余り、声を失った。
“命熱波”は“リア・ファイル“の記憶貯蔵を活かした、起動子にして、生体認証機構である。
端的に言うと、人格を基にした電子生命。
リリスは雨雲の熱源を得て、活動することが可能になった。
リリスの超微細機械を含んだ雨水を”ウィッカー・マン”が浴びたら、どうなるか。
答えは、“首なし騎士”の活動開始と“シーモア通り“に流入した”ウィッカー・マン”が物語っていた。
「”ウィッカー・マン”も”命熱波”を餌にしている。そして、破壊される度にリリスに向かっていく」
“命熱波”の塊である”ウィッカー・マン”がバンクーバーに流れ込み、ロック達が倒す度に、その魂がリリスの傷を癒す。
サロメの言う“燔祭”そのものだ。
リリスの月の双眼に映るロックは、皮肉な結果に怒りで犬歯を突き立てる。
「“命熱波”の人格の記憶が……活発になっている。だから、君の心と体が違うことに納得できたのか!?」
アンティパスの言葉に、ロックは自らに起きていた異変を認める。
だが、彼の言葉は、もう一つの重大な事実も導き出していた。
その事実を一つずつ確認しながらロックは、
「サキを守る二人の“命熱波”……人格が姿を描いて、浮かび上がるほど強かった。あれは……テメェ対策だったのか!?」
リリスの“リア・ファイル“が、雨として降りそそいでいるバンクーバーでは、サキの”命熱波”は相当過敏だったろう。
ロックもリリスの“リア・ファイル“を有していた故に、ライラとヴァージニアから、攻撃を受けたのだ。
息を呑んでロックは、
「……サキを乗っ取るにはライラとヴァージニアを黙らせる必要があった」
「ロック。お前のあの時の攻撃で、サキを守る”命熱波”を弱らせることが出来た。“ウィッカー・マン”やサロメの呼び寄せた“鬼火“と言われる男からも、エネルギーを得られ、やっとサキへのプロテクトが解けた。だから、こうして手足を以て……こういうことが出来る」
リリスの巻かれた黒と白の羽衣が波打ち、閃光が走る。
ロックとアンティパスの前で、最後の人型の炎柱――カイル=ウィリアムスだったモノ――が大きく立った。
「しかし……それだけでは、十分ではない」
リリスは、双眸にそれぞれ、ロックの全身を映すほど肉迫。
カイルを焼き尽くした位置からの音もない移動は、アンティパスすらも気づかない。
「アンティパス……そういう名前だったが、その体がそんな風に動ければ申し分ないな」
リリスは、ロックから灰褐色の戦士へ一瞥し、くつくつと笑った。
彼女の嘲笑に、アンティパスの顔が曇る。
ロックは、彼の沈黙が恐れから来るものではないことを知っていた。
「アンティパス、逃げろ!」
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