姦計―②―
ブルースは、ヘヴンズ・ドライヴのナノ銃弾から放った強力な電磁場を車の屋根の上に展開。
破壊された小型噴進爆弾の爆音と熱波の幕が、三体の蹄鉄と追跡車両に下りた。
だが、蹄鉄と車両は蛇行させながら、ブルース達の乗るSUVに食いつく。
「上のヘリを見ろ。ご丁寧に、軍隊まで出て来やがった!」
ブルースの目視で、2カナダドル硬貨の大きさで浮かぶ、軍用ヘリが見える。
都市部に迫る高度で飛んでいた。
『ブルース、君にはこの車を、最優先で守ってもらわなければならない』
「それも正しいけど、俺の命の優先順位も少し上げてくれない!?」
耳に付けた中距離無線通信機からの、ナオトの声にブルースは絹を裂かんほどの叫びを上げた。
ブルースの靴の裏では、超微細機械で強化された分子間力を発するナノ繊維が車の屋根に張り付いている。
トッケイヤモリが足の裏に持つ、いわゆる“ラメラ”というものだ
ラメラは、大きさ5ミクロン、長さ100ミクロン強の剛毛で、先端が多数に分かれた箆の形である。
箆の先端は、幅と長さがそれぞれ0.2ミクロンの三角形が一本の剛毛に100個から1000個存在すると言われ、トッケイヤモリには650万本と言われている。
そこから生み出せる接着力は、理論上、剛毛を面の垂直に動かして40マイクロニュートン。
水面に動かした場合は、200マイクロニュートンとなる。
ヤモリ一体の体重グラムにつき1ニュートン掛かり、自分の脚一本で全体を支えられる。
全身の場合は、接着面で1300ニュートンの重さを支えられる。
飛び交う電子の磁場で生じる分子間力は、50から60ミリジュールの付着力を持つ。
つまり、どんな分子にもくっつく為、接着面が広がるとその力は加算される。
ブルースの力は、やもりよろしく全身でへばりついてはいないが、6000から7000ニュートンの人間砲塔と化している。
車両の後ろに迫っている人型戦車に、“ヘヴンズ・ドライヴ“から銃弾を放った。
空気抵抗を無視し、加速化されたナノ加工銃弾は、衝撃波を伴って3体の蹄鉄の胴体に向かう。
だが、鉄の蟹を弾く雨粒と共に弾丸は宙を舞った。
『ブルース、今走っている道だが……パークドライブだ。もしかしたら……』
耳に付けた中距離無線通信機から伝わるナオトの声に、ブルースは考える。
軍のヘリコプターの動き、交通規制された路地に、背後は警察車両と”ワールド・シェパード社”の車両と“蹄鉄“。
「橋にたどり着いたら不味いな」
パークドライブを抜けたライオンズゲート橋の向こう側は、”ワールド・シェパード社”の拠点がある。
このままでは、袋の鼠だった。
ブルースは、ヘヴンズ・ドライヴの照準を警察車両に向け、発砲してナノ加工弾をばら撒く。
狙いを定めることは、出来ない。
どれだけ無から有を作れ、空気抵抗をゼロに出来る力を発しても、転向力は変えられないからだ。
銃弾が、弾道を逸れつつも、背後の車両と二足歩行兵器に向かう。
警察車両と”ワールド・シェパード社”の装甲車の車体表面を削り、タイヤを撃ち抜いた。
それぞれの車両の車輪のゴム部分が破裂し、蛇行。
後続車両は、先行する蛇行車の波に呑まれ、事故車の渦を作った。
『ブルース、回り込まれた!』
ナオトの叫びに、ブルースは振り返り、SUVの進行方向に目を向ける。
車両前方に“蹄鉄“――ラ・ファイエット――が一機、降り立った。
ブルースは、“ヘヴンズ・ドライヴ“の弾丸で、“ラ・ファイエット“の脚部の関節部分を狙った。
両脚へ放たれるナノ強化弾丸は、右脚部を貫いた。
しかし、大きな胴体は倒れない。
ブルースが脚部に目を向けると、“蹄鉄”“ラ・ファイエット”の脚部の走行キャタピラで、土瀝青の路地を滑走していた。
ブルースの後ろ髪を、突風が撫でる。
コシュチュシュコの腕が、SUVの屋根の上を潰さんと、振り返り様のブルースを捉えた。
伸びる鉄腕の拳は、成人男性の胴体の大きさ。
解体現場のショベルが振り回す鉄球と同じ速さというおまけ付きである。
ブルースは、足についていたナノ繊毛を引き剥がしながら避けた。
右半身を大きく切って右足を引いたので、左足と左半身だけで“コシュチュシコ“と対面になる。
ブルースは、左脚一本で上体を大きくのけ反らせた。
彼の腹の上を、鉄球拳の微風が擽る。
同時に肉迫してくる人型兵器を避けんと、ブルースの足元の車が反時計回りにドリフト。
急襲と急な方向転換に絶えられず、ブルースは左脚一本で振り回される。
脚一本で体を支えるブルースは思わず、コシュチュシュコの突き出した右腕にしがみついた。
肥大化した両肩の蹄鉄が、上半身を左右に振り回しても、トッケイヤモリの接着力のお陰で落ちない。
ショーテルで、ブルースの両手が塞がっている為、両腕を交差させて鉄腕に引っ付いている。
蹄鉄からの攻撃を受けない反面、ブルースも攻撃が出来なかった。
状況を頭で整理していると、ブルースは背筋が凍り付く。
「もしかして……」
ブルースのごちた言葉と戸惑いが、衝撃でかき消される。
ブルースのしがみ付いた鉄の腕が、ナオトのSUVの背後に放たれたのだ。
コシュチュシュコの鋼鉄の拳が放たれるとともに、苔色の外套の戦士は、超微細機械で作られた両腕のラメラを消す。
拳の放った反動で、宙を舞い、両手から腰の後ろに“ヘヴンズ・ドライヴ“を留めた。
引き戻された鉄蟹の剛腕に、ブルースは右腕一本を掛ける。
肩部発達型“蹄鉄“の機械仕掛けの右拳は、ナオトのSUVに届かなかった。
鉄塊から離れたSUVは、逆時計回りに大きく回転。
前から迫る“ラ・ファイエット“の左側を、SUVは回転から生まれた推力で抜けた。
コシュチュシュコの行き場を失った拳は、ラ・ファイエットの甲羅胴体に迫る。
当たる寸前、ブルースは、その時に得た衝撃の反動で、脚を振り子にした。
右腕を離して跳躍し、大きく二体の人型兵器を離れる。
警察車両のボンネットに、苔色の外套の背を盛大にぶつけて着地した。
警官は、飛んできたブルースに驚いてハンドルを大きく切る。
車体の先端は、三時の方向を振り切り回転滑走を行う。
ブルースの壊したパトカーが路地を蛇行させられ、後続の警察車両を阻んだ。
減速する警察車両を突き飛ばしながら、”ワールド・シェパード社”の車両がブルースに迫る。
窓越しから、電子励起銃が覗いていた。
壊れながらも惰性で走るパトカーの屋根に上り、目の前の光景にブルースは息を呑む。
”ワールド・シェパード社”側にいる筈の襲撃者が、いなかったからだ。
それは、二体目の“ラ・ファイエット“。
その姿を見つけた時は、大きく距離を離してナオトのSUVの上を飛んでいた。
更に、先ほど殴り合った二体の蹄鉄もナオトの駆るSUVを、視界に入れる。
ブルースの目の前で、ナオトの駆る青いSUVが、三体の死んだ蟹に囲まれていた。
彼は、両腕の銃を前方と背後に狙いを定める。
二丁拳銃自体は、命中精度は高くない。
相手の注意を引くのが関の山である。
引き金に指を掛けた時、ブルースの背後が黄金色の輝きに照らされた。
ブルースが後ろを振り返る。
”ワールド・シェパード社”と警察車両が背後の火柱に茫然とし、速度を落とし始める。
しかし、速度を落とし始めた車両を一台ずつ爆炎が呑み込んでいった。
警察の灯す警告灯よりも煌く炎柱が路地の幅一杯に広がる。
円柱の中心には、左半身が銀色に染まる男――ケネスが浮いていた。
「さあて、サロメ! お望み通りかましてやるぜ!!」
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