姦計―①―
午後9時57分
エリザベスは、目の前の存在に驚きはしなかった。
怒りが心から生じることもない。
あるのは、恐れるべき時が来たと言う事実の認識だけだった。
「ガブリエル、久しいな」
リリスから発せられた一言は、プレストンと、エリザベスの個人警備隊に”ワールド・シェパード社”の戦闘員に再度銃を構えさせる。
「やめろ!」
エリザベスの凛とした一言が、周囲に響いた。
「私たちでは、殺せない……死体が増えるだけだ」
「物分かりが良い……いや、良すぎるな」
リリスは足を宙に置いて、苦々しく吐き捨てたエリザベスに嘲笑を込めた。
「どちらも殺したくないからな……ここにいる者達もその肉体の持ち主もな」
エリザベスは口の端を微かに吊り上げながら、サキを乗っ取ったリリスを見据える。
「殺したくない……不思議だな」
腕を広げ、革帯で引き締まる胸部の谷間を強調しながら、リリスは笑った。
「我がこの肉体を手に入れることは、あの時のダンディーで宣言していた。数ある肉体の中で、適性があった……つまり」
音もなく、エリザベスの眼がリリスの顔を大きく映す。
エリザベスの鼻の当たる距離で、吐息を浴びせながら、
「我に選ばれた時点で、この肉体は我の物。元の持ち主は死んでいるのと同意語だ」
「違うな……リリス」
エリザベスは鼻で笑う。
「死んでいるのは、お前だ。肉体を捨て、確固たる個も無く、誰かの肉体を通してしか、この世のモノに触れられない。しかも、特定の人物を怖がらせて従わせて、な。サロメにしても、ホステルにしても……お前たちは、自分の死から都合よく逃げているだけだ」
「“蔵書庫の天使“……その一人である、お前も、同じようなものだろう?」
エリザベスは、リリスから出た言葉を噛み締めた。
プレストンの戸惑う目に、微かに口を歪ませた自分が映る。
「そうだ。同類だ。“UNTOLD“に踏み込んでいるからな。しかし、不思議だ。『お前とは違う!』と断言できる」
エリザベスが言葉を発する度に思い浮かべたのが、サキだった。
自分の行動原理は、殆どサロメやリリスと変わらない。
アニカも指摘していた。
だが、それでもサキは認めてくれた事実がある。
エリザベス=ガブリエル=マックスウェル――“エリー“という存在を。
「私は、人間だ。お前が求めるサキやロック=ハイロウズも。常に、生きることと人間であることに向き合い、そうあろうと願っている。私は、彼らを見届ける。一人の人間として……」
「なら、見届けろ……。お前の言う“人間“たちが、我の前で、変えられない運命に屈服する……その姿をな」
エリザベスを遮る様に、リリスから光の泉が湧き出た。
一陣の風が吹き、光は薄い布を作る。
左右対称で、黒と白。
黒い顔は、短髪の女性。
白い顔は、ローマ歩兵の兜を身に着けていた。
二つの盾は翼の様に広がり、リリスの浮く高度を上げる。
親友の体を乗っ取ったリリスは、蠢き始めた雲に呑まれていった。
「プレストン、行くぞ……”ワールド・シェパード社”とオラクル語学学校にも教えてやらないとな」
老執事が付き従い、エリザベスは護衛に向け、
「ワイルド・ハントを超える惨劇が起きる、と」
午後 10時01分
『ブルース、君は……色々と魅力的過ぎるんだよ?』
「羨ましい? 日本では、こう言うのを“モテ期“って言うんじゃない?」
ブルースの頬を暴風が撫でる。
散発的な熱波と熱風が、苔色の外套を靡かせ、彼の雨に濡れた体を温めた。
耳に付けた小型の中近距離通信機器と、そこから伝わるナオトの音声諸共、風雨がブルースを流し飛ばさんと叩きつけている。
『少なくとも、それは多くの異性、または同性から好意を抱かれること前提じゃないかな?』
「俺の目の前にあるのは、違う?」
ブルースの眼前には、三体の蟹の胴体が雨に濡れた土瀝青の路地を滑走で迫ってくる。
その内の二体の胴体から伸びる長く畳まれた脚部が、雨に打たれていた。
最後の一体の持つ異常に発達させた肩部、腕部と拳が、ブルースの目を引く。
”ワールド・シェパード社”と警察の合同で開発したと言われる、対”ウィッカー・マン”兵器――“蹄鉄“。
蟹の甲羅の様な操縦部の胴体と、それを支える多脚を含め全高、約4メートル。
胴体から延びる一対の排気口が、“蹄鉄“に見えるのが由来である。
ブルースも現物を今日まで目にしたことは無かったが、現在の人海戦術に変わる兵装であるという情報を得ていた。
丈夫な機械の外骨格に、”ウィッカー・マン”を押し飛ばすほどの馬力を持つ内燃機関によって、格闘戦も行える。
また、蹄鉄の種類によっては、小型噴進爆弾も搭載していると言われていた。
その結果、個人の持ち得る単純な火力は倍増。
機体ごとで異なる特徴を活かし、戦略の幅を広げることを期待されている。
“蹄鉄“の名前は、アメリカ独立戦争で活躍した“ラ・ファイエット広場“の傭兵から取られていた。
長い脚を畳んだ二体は、跳躍型“ラ・ファイエット“。
肩と腕が肥大化した機体は、格闘型“コシュチュシュコ“。
もう2,3種類あった筈だが、ブルースはその名前を思い出せなかった。
それに、カイルの乗っていた機体が見当たらない。
ロックの追跡で、何体か行ったのかもしれない。
ナオトに持たせたブルースの携帯通信端末を通じて、少し前に警告を送信しておいた。
“コシュチュシュコ“の鋼鉄の手が、思案する彼に迫る。
”命熱波”の高出力電場と磁場の障壁で、ブルースの頭部に掠らないよう、両腕の剣で受け流した。
ブルースの前方――つまり、ナオトの運転する車の背後――では、”ワールド・シェパード社”の装甲車や警察車両が、警告灯とサイレンを鳴らしていた。
「ウィッカー・マンを倒す」と言う人類の悲願の兵器と謳われているが、紅く光る警告灯に照らされた鋼鉄の蟹は、無差別に血の色を求めている様に見える。
『ブルース……ロボットの学習プログラムで鬱に近い状態にすることが出来るというのは聞いたことあるけど、性別があると言うのは聞いたことが無いよ』
そういって、ブルースの“足元“が大きく揺れる。
大きく揺れたSUVをかすめる飛翔体。
彼から見て左側の歩行者用路地で、大きな小型噴進爆弾の種が植えられ、化学燃焼の炎の花が咲いた。
「……ナオト、運転が少し怪しくない?」
『韓国製のSUVはおろか、左ハンドルに乗ったことないから……腹筋に来ると危うくなる』
あくまで、独立独歩なナオトの受け答えに、ブルースは前から来る飛翔体に身を低くした。
当たるとは思っていなかった。
ただ、爆発の衝撃と足元のナオトの蛇行運転に振り落とされんように、足に力を入れていた。
「無駄口止めるから……俺が武器を使える程度の安全運転でお願いね?」
ブルースは、二丁のヘヴンズ・ドライヴを構える。
ナオトの運転する青いSUVの上に、ブルースは立っていた。
SUVは婦女暴行しようとしていた韓国人の馬鹿坊ちゃん共から、ふんだくったものである。
ヤコボから鍵をくすねた後、被害者女性たちは”ワールド・シェパード社”と警察に無事保護された。
警察が女性たちを確保した瞬間、”ワールド・シェパード社”からの銃撃を合図にブルースとナオトは、非売品の韓国製SUV車に乗って逃げた。
バンクーバーでは、非常事態の為、緊急車両及び特別指定された車両以外の通行が禁止。
市街の非該当車両は、脇に止められ、持ち主が全くいない状態で放置されていた。
渋滞のない道路での走行という面では、不便はないが”ワールド・シェパード社”と警察が逃げ場まで与えてくれる筈も無い。
ブルース達は、止まることなく追いかけられている。
ついでに言うと、蹄鉄と”ワールド・シェパード社”の装備に丸腰同然のSUVを守れる力を持つブルースが、雨風と疾走する車から生じる冷気に晒されることになった。
『英国の車番組で、韓国車を煙草かサンドイッチと同じ値段と宣ったり、白色家電くっ付けて揶揄していたけど……意外と丈夫だね、これ』
「異文化理解、大いに結構!! だけど、俺の耐久性は考えるほど高くないことも理解して欲しいかな!?」
ナオトの場違いな驚嘆に、SUVの上で仰天するブルースの前に警察車両が二台接近。
分かれて挟撃を仕掛けようとして、ブルースから見て右からの車両がナオトの運転席へ向けて幅を寄せる。
ナオトの進行方向の左側に車両が滑り込み、ブルースの視界の前後左右が大きく流れた。
大きな振動が足から伝わったのを確認すると、SUVの前方左から一台目の警察車両の前方を抉る。
ナオトが左へ把手を切ったのか、その勢いでSUV右後方が反時計回りに回転。
右側に滑り込んだ警察車両の衝突の衝撃で、SUVは回転を維持しながら前方に飛んだ。
『凄いね……SUVだけあって耐久性抜群だ』
「というか、俺の三半規管の耐久値は、確実に擦り減っているんですけど!?」
目まぐるしく変わる周囲が収まると、ブルースの体幹が足元から大きく揺れる。
吹き飛ばされたナオトの青いSUVが、路地へ乱暴に着地した。
その衝撃が車の屋根に密着した両足にも伝わる。
SUVの後ろで二台の警察車両が、車体を凹ませて減速する姿をブルースは見送った。
しかし、蹄鉄に内蔵された加速装置で滑走する“コシュチュシコ“が強肩を振るわせながら、二台の警察車両を吹き飛ばして肉迫。
強肩から右腕が伸び、ブルースを空振り。
突き出した左腕が車後方を、掠った。
『まずいな……スマホのニュースサイトに、僕たちが車両泥棒をしたことが流れている』
「あと一つ言うと、スマホ見ていたことによる“前方不注意事故“や“危険運転“も速報されそうだから、前見て!?」
ナオトからの通話に、ブルースは泣きださんばかりにショーテルを突き出した。
態勢を整える為に、コシュチュシコが減速。
小型噴進爆弾の群れが、強肩の鉄蟹を覆いながら飛来してきた。
コシュチュシコの背後から噴進爆弾の排出煙を昇らせながら、二台の“ラ・ファイエット”が躍り出る。
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