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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
序章 A Tear In The Rainy Town

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雨降る街の枯れた涙―④―



 紅い外套(コート)の戦士――ロック――の眼差しの先で、“ガンビー“がブルースに、成人の胴程の両腕を振り下ろそうとしていた。


 危機的状況が迫る中、サキの目にはロックが焦っていない様に見えた。


 ロックの目に映るブルースも溜息を付いたが、落胆の色は皆無。


「ロック、女の子にそんなこと振っても、答えられる訳ないじゃない」


 鈴を転がした様な声と共に、両腕の槌を構える“ガンビー“の胸から突起物が生えた。


 轟炎が巨猿の体の中で、炎花を彩る。


 “ガンビー“が盛大な花弁になり、土瀝青(アスファルト)の上に()()を散らした。


 異形の散華の背後に立つのは、一人の女性。


 赤く癖毛の掛かった二房の長髪は、闇夜を照らす松明(たいまつ)


 (つや)のある髪は、火の粉で更に(きらめ)いていた。


 橙色のインナーとレギンスは、彼女の鍛えられた四肢を弛みなく包んでいる。


 丸い肩当てと、菱形(ひしがた)の膝当ては硬質というよりは、サキの目の前に立つ女性の持つ強靭さを引き立てている。


 女性の瞳は、インナーの上に纏う、赤い拳闘用の洋袴(ズボン)と共に炎の様に明るい。


「ブルース、ロックに教えたこと……“ガンビー“は、“クァトロ“を(けしか)けて()()()()()()って忘れたの?」


「そうだぞ、ブルース」


「ロックもブルースに絡まない。ただ、ブルースの脚が()()()()()なところは、()()()()()()()()が、()()()()()()()は認める」


 炎の陰影で映える女性――炎が弱まり整った目鼻立ちで褐色肌とわかる――が、ロックとブルースを交互にいさめる。


「キャニス、そこに同意するな」


「大丈夫……どの”ウィッカー・マン”の頭でも、そのムカつく足癖の悪さは変わらない――というか、あなた達がバカなやり取りしている所為で、こっちは遅れているんだからね」


 炎の肩当てとトンファーの褐色の女性――キャニスが顎で示した先から男性が現れた。


 サキと同じ外骨格を身にまとっていた。


 ただ、彼女と異なる点は、(かぶと)と外骨格が、銀色だったことである。


 そして、銀色の男は、長さ2メートルの銀色の(むち)を左手に束ね、(かぶと)の顔面を覆う樹脂越しに浮かぶ黒瞳は何処か黒曜石の凛とした輝きを彷彿させた。


「スコットランド以来だね……ブルース、ロック君」


 日本人男性は、(こけ)色と紅色、それぞれの戦士に笑みを浮かべ、サキに目を向ける。


「ナオトさ……いえ、ハシモト隊長」


 知己(ちき)からの眼差しに、思わず口から出かけた場違いな敬称を、サキは呑み込んだ。


 彼女は中腰から背筋を伸ばし、構えていた電子励起(れいき)銃で立て筒を取る。


 ナオト=ハシモト。


 ”電子励起(れいき)銃を提供した側”の人間で、サキの上司。


 同時に、()()()()()()()をよく知る顔なじみの人物でもある。


 彼の背後には、犬耳の黒(かぶと)と、白い装甲を身に着けた一団が続いていた。


 (かぶと)の強化透明樹脂から薄っすら見える顔は、男女の性は愚か、肌の色も年齢も様々な者たちで構成されている。


 異なる顔が見え隠れするが、サキと同じ白黒二色の突撃銃(アサルトライフル)を構えていた。


 ”ワールド・シェパード社”。


 サキの所属する組織は、“クァトロ“や“ガンビー“を始めとした、”ウィッカー・マン”対策の専門家集団として、世界にその名を馳せている。


 しかし、その中で、微かにさざめく言葉がサキの耳に入って来る。


深紅の外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド!?」


「“ワイルド・ハント“の生き残り」


 口々に噂する犬耳の群れの視線が、赤い外套(コート)のロックに向いた。


 視線に混ざるのは、驚きと畏怖(いふ)


 二種類の視線に混じる感情から、微かな敵意も醸し出されている。


 様々な感情の(はら)んだ言葉の大きな断片を、サキの耳が拾い上げた。


 “ワイルド・ハント“。


 北欧神話の主神オーディン、又はアヴァロンへ渡ったアーサー王などの英雄が地上での悪しき魂の狩りを楽しむ西洋の百鬼夜行――もとい、百()夜行の名を持つ伝承を指す。


 現在は”ワールド・シェパード社”も対応に苦慮した欧州戦線を指す言葉として、もっぱら有名となっていた。


 バンクーバーで、サキたちが直面している事態すらも(かす)むほどの”ウィッカー・マン”の襲来事件が数か月前に欧州で起き、それを鎮圧したのが「深紅の外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド」と称された戦士と言われている。


 だが、サキはその戦士が目の前にいる青年ということが信じられなかった。


 集団の困惑の声色を、ナオトの毅然とした声が制した。


「カワカミさん、状況を」


 サキは、ナオトに促され、手短に報告を行う。


 一人の日本人女性である隊員を助けた後、ロックと邂逅(かいこう)したこと。


 ブルースがその後に合流し、”ウィッカー・マン”が自分の周りで集まりだしたことを、サキが話し終えると、


「こっちもキャニス君に助けられて、どうにかガスタウンから抜けた。ウィリアムス隊員は、カラスマ校長と共にトリアージされた生存者を病院に搬送している。そして、市外移送の手続きに追われている」


 ナオトは表情を硬くして、


「東ヘイスティング通り(ストリート)の壁を飛び越えて、シーモア通り(ストリート)まで進めてきた。市街南部の”ウィッカー・マン”も集ってきた。思ったよりも活動的過ぎる」


 ”ウィッカー・マン”は、少し前まで、“壁の向こう“側であるバンクーバー東部と南部に分布していた。


 本来、動くことはあっても南部と東部の壁から、越えることは無い筈である。


「もしかしたら、ブルース達の話していたことと関係があるのかもしれない」


 サキは、ナオトの言葉に息を呑む。


 それは”ウィッカー・マン”は自分たちとは、知る由のない理由で動いていたという事実。


 しかも、それはブルース達の側から、()()()()()()()


 サキの好奇心は、不謹慎と思いつつも、目の前で起きている惨状から、その原因に向き始めた。


「何かが“アナーシュト・ベハ“を提供している……だが、どうやって? 今まで動いていなかったのにか?」


 ロックが、疑問と共に降り立った。


 彼に続いて、銀鏡色の“クァトロ“が、サキの目の前に一体落ちる。


 悶える銀鏡色の“四つん這い“の左胸は、無粋に作られた橙の穴の炎を明滅させて、消えた。


「それに、ロックとサキちゃんへ”ウィッカー・マン”が集まりだしたのも気になるわね」


 キャニスが疑問の視線を、サキとロックに向けた。


 その眼差しをロックは振り払う様に、


「ナオト。俺、ブルースとキャニスで、”ウィッカー・マン”を掃討するから、そこのサキを連れて、ここから逃げ――」


 ロックの口はから二の句ではなく、盛大に溜息が吐き出された。


 サキたちの後ろに“クァトロ“の群れと、その背後に控えていた“ガンビー“の集団が迫っていたために。

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© 2025 アイセル

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