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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第四章 A Night For The Knives

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刃夜―⑨―

 ブルースとナオトは、ケネスの肩をそれぞれ抱えて、昇降機に乗っていた。


 念のため、研究用の遮光眼鏡で目を隠し、タオルや布で腕と脚も拘束することも忘れない。


 ケネスを倒した後、研究室に繋がる非常出口――電子制御されているもの全て――を、ブルースは開けた。


 事態が収束しても、地下から携帯通信端末(スマートフォン)が通じない。


 電子通信も制限されていたので、“解錠“が必然的に無事であることを伝える手段の代わりである。


 また、ブルースは非常出口の制御を行う際に、”命熱波(アナーシュト・ベハ)”使い用の、回復水を口にした。


 その後、3袋、(こけ)色の外套(コート)に入れておいた。


 ケネスが、”ブライトン・ロック社”の施設に潜入したとなると、ロックもサロメから攻撃を受けているかもしれない。


 度重なる猛攻を乗り切る為の備えは可能な限り、用意しておく必要があった。


『ケネスだが……どうする?』


 犬耳(かぶと)越しのナオトからの疑問。


「そっちが生け捕った証として、渡す。それから、俺らの監視下だ。カイルも文句言わない筈だ」


 ブルースは答えながら、”エクスキューズ”の男を見る。


 肩を抱えられたケネスの口角から流れ落ちた、吐瀉物の筋に霜が付いていた。


 目隠しで寝ているのか分からないが、意識を失っていて、揺らしても起きない。


 階数の扉が地上を表す、G表記となり、扉が開く。


 “鬼火“ケネスを両脇から抱えたブルースとナオトは、早々と図書館を抜け、入り口に向かった。


 犬耳の一団が、ハーバーセンタービルの入り口で立っている。


 その先頭には、焦げ茶色の髪が目立つ、市警のジャケットを纏ったレイナーズ警部もいた。


 しかし雨が強くなったのか、犬耳(かぶと)の集団は愚か、警部の顔が少し霞んでいる。


「ありがとう、警部。皆、このケネス通称、鬼火を拘束して――」


 ブルースの脇に出たナオトは、言葉を紡げなかった。


 言葉よりも先に、一団に電子励起(れいき)銃を突き付けられたからだ。


『ブルース=グザヴィアー=バルト、ナオト=ハシモト……あなた方を、“鬼火“ケネスと共に拘束します。罪状は、情報隠匿、及びTPTP提携国への毀損行為――TPTP基本法違反である』


 TPTP基本法。


 利益追求の為に、外部との敵対勢力の接触を禁止する法案である。


 しかし、経済協力を基準にしている為、対象は限定されている筈だった。


 ブルースの疑問を他所に、犬耳の一団の背後で、陽炎が揺らぐ。


 空気の揺らぎに包まれたそれは、4メートルの陰影を作り出した。


 陰影の数は6つ。


 (かに)の甲羅に、細い手足が生えていた様だった。


 甲羅を覆う一筋の紅い光は、得物を目の前にして輝く唇を思わせる。


「まさか……噂だと思っていたが、人型戦車“蹄鉄“」


 ナオトの言葉に、ブルースは内心毒気づいた。


 TPTPによる”ウィッカー・マン”対策は、実質、”ブライトン・ロック社”中心と言っても良い。


 それをよく思わない者による独自の兵器を開発の動きがあると、ブルースは聞いたことがあった。


 犬耳の一団と共に、制服の警察官も押し寄せてきた。


 レイナーズ警部は、ブルースとナオトと視線を交わす。


 目を伏せ、首を左右に振り、協力関係が行き詰まったことを無言で示した。


「バンクーバー市警と”ワールド・シェパード社”の協力関係……ここまで、作れたのか」


 ブルースの驚愕(きょうがく)に、


『お互い様だ』


 夜の闇に(うごめ)く甲羅から、加工された電子音声が雨の路上に響いた。


「カイル隊員……」


 隣でナオトは、声を静めながら見据える。


 その様子は、来るべき時が来たと、覚悟しているように噛み締めている。


『この際、隠し事はなしだ。お前たちが、TPTP加盟国の利益を損ねる為に、望楼(ヴェルヴェデーレ)と手を組んでいるのも分かっている。加えて、そちらのロック=ハイロウズによって、何人かの隊員が負傷された。少なくとも訴える用意はある。他に()()()()()()()は無いか?』


 カイルの口から紡がれる状況をブルースは考えた。


 ロックが、弟とその連れと接触をしようとした時、”ワールド・シェパード社”がその二人を拘束しようとして、彼が反撃をしたのだろう。


 それは、ブルースの隠すべき秘密に値しなかった。


「いや、ある――正確には、二つの質問だ」


 カイルの声に、ブルースは声を上げた。


「死んだ(かに)を食ったことがあるか? ()()()()()()()()()()()?」


 隣のナオトはブルースの陽気な問いに戸惑う。


 すると、ブルースは、足元が震えたのを感じた。


 地響きは、間もなく、周りのナオトと“蹄鉄“に乗ったカイルにも伝わったようで、周囲がどよめき始める。


 彼は、構える”ワールド・シェパード社”と警察に、拘束されたケネスを放り投げた。


 戸惑いながら受け取る隊員の傍で、鉄の(かに)は地団駄を大きく踏む。


 突然の地響きに、血の気を引かれたナオトをブルースは精いっぱい引いて、走った。


 走り抜けるブルース達の背後で、爆発音が路地を包みこむ。


 液体窒素のタンクは、殆ど閉じられていた。


 ケネスは、ブルース達を引き付け、高圧ガスによる窒息で葬るつもりだったのだろう。


 しかし、ブルースが非常扉を開けたのは、通信の為だけでは無かった。


 膨張した液体窒素は、大気に触れることで、体積を更に増大させる。


 長時間放置された液体窒素は、“液体酸素“に置換される。


 液体酸素の沸点は、摂氏マイナス183度。


 窒素より少し沸点が高いが、不安定な物質で、炭素などの有機物と反応して爆発を起こす。


 ブルースの声はおろか、カイルの電子変換された避難指示の指示も、化学爆発の轟音と共に消えた。


 液体窒素の膨張圧力と空気の爆発が、間欠泉の如く路地のマンホールを打ち上げる。


 地下空間の崩壊から解放された圧力で発生した熱力(エネルギー)が、図書館と路地に大きな(ひび)を刻んだ。


 ”ワールド・シェパード社”と警察が現場を離れようとしたが、路地の(ひび)の侵食に足を取られる。


 ブルースは、ナオトの足を右腕、左手で彼の背中を支えて跳躍。


 ブルース達の立っていた、西(ウエスト)ヘイスティング通り(ストリート)の路地に大きな穴が開く。


 隊員たち、警官たちに鋼鉄の甲殻類は、白い水蒸気で互解した道路に吸い込まれていった。

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© 2025 アイセル

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