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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第四章 A Night For The Knives

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刃夜ー⑧ー

 入口の壁沿いにいるナオトを、3体の“クァトロ“が囲んでいた。


 ブルースは、ケネスのいる立ち位置に続く順路――つまり、8x8の柱の中心部から走る。


 しかし、ブルースの目の前で、ナオトを囲む三体に光が広がった。


 入り口側の“クァトロ“の(あぎと)が、ナオトが両手で束ねた(むち)に遮られ、電子の牙が散光。


 咬みつき攻撃を防いだので、彼は二体に背後を見せてしまう。


 ブルースは、命導巧(ウェイル・ベオ)を構え、引き金を引いた。


 ナオトの方角に向かって放電。


 ナオトの周囲を液体窒素の気化白煙に変えた。


 酸素を篭めた、雷袖一触キェアンガル・タラナッフによる銃撃である。


 空気に触れた圧力膨張で、ナオトに煙幕を張ったのだ。


「”ウィッカー・マン”の皮膚を使った、マイクロ波反射……陳腐すぎて、面白くない」


 ブルースが、ケネスに向けて吐き捨てる。


 ”ウィッカー・マン”の皮膚は、金属製だ。


 電子レンジに、アルミ箔を入れると火花が出るのと同じで、金属は電磁波を反射する。


 ケネスの発火能力の熱源であるマイクロ波は脳波に乗せるが、一人か一体にしか照射が出来ない。


 それなら、反射物があればどうなるだろうか。


 ケネスは”ウィッカー・マン”の反射する皮膚を利用した反射で、相手に殺熱視線を送ることが出来る。


「そりゃ、直ぐに殺し尽くしたら面白くねぇだろうよ……ブルース? 笑わす側が笑わされたら、面白くもねぇよな。()()()()()()()()()()愉快なんだよ!」


 ケネスの弾ける様な嘲笑を前に、ブルースは二振りのヴンズ・ドライヴを逆手に持ち帰る。


 右足を引いて、右手の刃を見せつけながら、ブルースは左へ半身を切った。


 切った左半身から左脚を後ろに下げながら、腰を入れて突き出した左の刃でケネスの顔を映す。


 左の刀身を上に、右のそれが振れる寸前ですれ違わせながら、


()()()()()()()の間違いだろ?」


 ブルースは、左右それぞれを上下に据えた三日月刀を、入れ替えながら、


「空港の遺体でも、皮膚が泡立って焼けたのが一体だけだ。ついでに聞くと、”ウィッカー・マン”転移に使った熱力(エネルギー)はどうした。熱力(エネルギー)量なら、()()宿()()()()()()()()それもあるだろ? それを使えば、俺たちもすぐ焼き払えるんじゃないのか?」


 バンクーバーで起きていた、発火現象自体、普通の橙色の炎で焼かれたものと、青色で焼かれたものがある。


 前者がマイクロ波照射。


 ケネスの“エクスキューズ”の能力で言えば、こちらの攻撃である。


 後者は、プラズマと体内放電。


 青色の炎は、炎色反応で言えば、波長の短い高温度によるものだ。


 逆手に構えた半月刃の上下を入れ替えながら、ブルースは足運びを行う。


「答えは簡単だ。マイクロ波をこっそり使うのは、お前の力だ。それは変わらん。”ウィッカー・マン”の転移と侵入。それはお前のじゃない……()()()()()()()()()()()だからだ!」


 ブルースが断言しながら、足で内から半月を描きながら移動。


 それが、ケネスの笑いのツボにはまったのか、嘲笑を顔から爆発させた。


 上体を曲げ、腹を抱えたケネスは、


「分かったからって、どうなんだよ……。それより、空気の心配が先じゃねぇの? 俺は発火能力だから、酸素位、既に体内で作っている。お仲間は、装甲を纏っているが”ウィッカー・マン”の皮膚から出来ている以上、何れ喰われる。酸素を用意していても、ここにある窒素で、お前も何れ窒息する」


 笑いで呼吸を詰まらせながら、事実を述べるケネス。


 彼の銀色の左顔面とその中の有機的な輝きが、ブルースの背後から迫る、“クァトロ“を二体映した。


 “四つん這い“の跳躍に、ブルースは大きく膝を曲げる。


 飛び越えた一体目の前脚を、左のショーテルを、時計回りで一体の胸部を切り離した。その反動で、右手のショーテルを逆手から持ち替えながら、二体目も分断。


 ブルースは左右の刃を交差させながら、ケネスを凝視。


「ケネス、さっきから俺に恨みをぶちまけている割に、俺への攻撃を”ウィッカー・マン”に任せて、マイクロ波照射を行っていないけど……?」


「そういう話術は、お前の得意技だよな……少なくとも、窒息するだろうが、テメェは()()()()()()()のは、情報を得ているからな」


 ケネスの言葉に、ブルースは息を呑んだ。


――サロメからか……。


 そもそも、情報と言えるのは、確実に「()()()」に近いものから、吹き込まれているということだ。


()()()()奴なら、周りを苦しめればいい。どうせ、遅かれ早かれ死ぬんだ。テメェの苦しんだ顔で、笑わせてくれよ」


 ケネスの宣告と共に、ブルースは左から風を感じた。


 液体窒素に包まれた白煙を纏った“ウィッカー・マン:クァトロ“の(あぎと)が、彼の左首筋を捉える。


 ブルースは、“クァトロ“と逆方向に右足を置き、“ヘヴンズ・ドライヴ“の(つば)から覗く銃口を突きだした。


 雷袖一触キェアンガル・タラナッフの銃弾が、“クァトロ“の左胸を貫く。 


 すると、“クァトロ“の叫び声の代わりに放たれた、黄色の爆発と白煙が彼を包み込んだ。


「何やってんだ、テメェ。圧縮空気には、酸素や水素だけでなく、窒素も含まれている。窒素の圧縮は、アンモニアを作り、その中に酸素を放り込んだら爆発。分かりやすく言うと、()()に囲まれてんだよ。しかも、自分に煙幕を張る為に銃を撃つなんて、馬鹿かテメェ?」


 液体窒素の圧縮により、火薬の原料となるアンモニアが出来ることくらい、ブルースは承知している。


 しかし、ケネスは重大な事実を見落としていた。


「悪趣味だな……。だが、生憎、長く生きている分、特技もあってね。()()()()()()()()。それと、俺の話術が特別なわけじゃないぜ……お前の口が、()()()()()だけだ」


 ケネスは(いぶか)し気に、顔をゆがめる。


 右半分が銀色の顔に、緊迫の色が染まり始めた。


 研究施設全体にいた”ウィッカー・マン”は、12体。


 道中の2体は、ブルースとナオトの二人で倒した。


 残り10体の内、2体はケネスの傍にいる。


 5体はブルースが倒した。


 ナオトに向かった3体は?


「で、『()()()()()()()()()()()』って……ケネス?」


 ブルースの言葉と共に、白煙から銀流が飛ぶ。


 ケネスの右側に立っていた、“ウィッカー・マン:クァトロ“の頭部に突き刺さった銀流の正体は、3本の短剣。


 白煙が、一陣の風に舞い上がると、殴打音が響く。


 殴打されたのは、短剣の突き刺さった”ウィッカー・マン”。


 しかも、その左胸が、鎖に繋がった“クァトロ“の上顎(うわあご)の牙で潰されていた。


 ケネスは咄嗟に右腕を上げるが、巻き上がった白煙が逃さない。


 叫び声を上げる前に、白煙に包まれた上顎(うわあご)の牙が、ケネスの右腕を貫いた。


 弾けた笑いのケネスの顔の表情筋が、引き()る。


 収縮したケネスの表情筋からの視線が、白煙の向こうにいる背骨の(むち)を持ったナオトとその足元に奪われた。


 うつ伏せで倒れている三体の“ウィッカー・マン:クァトロ”。


 左胸には、短刀がそれぞれに突き刺さっていた。


「”ウィッカー・マン”を”命熱波(アナーシュト・ベハ)”使いでもない、人間が倒す……そんなことがあってたまるか!?」


 ケネスが叫びながら、腕にめり込んだ“クァトロ“の上顎を右腕から引き剥がそうとする。


 ズタズタに裂かれたトレーナーの右袖に食らいついた“クァトロ“の頭を、銀色の左手が掴んだ。


 痛さと悔しさに滲ませたケネスの視線が、ナオトを再度捉える。


 ケネスの加熱視線を覚ったブルースの動きは軽い。


 しかし、ケネスの傍を守る二体目の“クァトロ“の動きも速い。


 左手のショーテルから放つ単振動の刃は、前脚を二つ切断。


 懐に潜り込み、ショーテルの半月刃の先端を左胸に突き出した。


 ブルースは背中で、前脚を失った“クァトロ“を退け、二本のショーテルを左手に持ち替える。


 右ポケットから取り出したものを投げた。


 ナオトに気を取られたケネスの左顔面に、黄色の塊が弾けた。


 投げられたのは、液体窒素で凍結したバナナ。


 ブルースが休憩室を散策していた時に、一本拝借したのだ。


 凍結した果実を投げつけられ、ケネスの体は教会の鐘の様に全身を揺らす。


 刹那、揺れる体が前のめりにされた。


 右腕に食い込んだ上顎(うわあご)を取ることは叶わなかったケネスの顔は、液体窒素で凍った床に口づけをさせられる。


 ナオトの(むち)による引き寄せで、顔面を叩きつけられたケネスの顔面は紅く染まり、口から前歯が雹の様に落ちた。


 白煙と霜に包まれた床を、鮮やかな赤が踊る。


 悔恨の顔に染まるケネスは、膝を付けながら、上目遣いでナオトを見上げた。


 ナオトに映るケネスの血みどろの顔は、()()()()で見る予定だったのだろう。


 だが、”命熱波(アナーシュト・ベハ)”使いでなく、()()に優位を見せつけられることが、彼の”エクスキューズ”として歪んだ自己顕示欲が許さないようだ。


「”ワールド・シェパード社”は、隊員たちが”ウィッカー・マン”と戦いやすくする為に実戦と研究を重ねている。その武器を扱えるようにしないとね……」


 ナオトはそう言うと、(むち)を強く引いた。


 今度は、フード付きパーカーの左腕に(むち)が絡み、強制的に仰向けにさせられた。


 その衝撃と痛打が、後頭部を襲う。


 ブルースは、”ワールド・シェパード社”の専務であるナオトを敵にして、尊敬すべき味方だと思っている。


 人間の意地ではなく、“知恵“を重視。


 知恵を活かす為に、知識を貪欲に得ようとする。


 その為には、前線を駆けることも厭わない。


――ビリー=クライヴも一目置くはずだ。


 人類の敵と言う、”ウィッカー・マン”とそれに続く“UNTOLD”、”命熱波(アナーシュト・ベハ)”使いをビリーは敵視していたが、そんな彼もナオトの言葉だけには、耳を傾けた。


 視野の広い者にして、行動できる日本人青年の信念は、”ブライトン・ロック社”と関わり、理解を深めようとした。


ナオトの姿勢は、”ウィッカー・マン”を憎む“ビリー=クライヴ“を、ただの戦闘狂に終わらせなかった。


「なら、ビリーと同じだ。武器が開発されれば、僕も試す。少なくとも、試作品で死ぬなら、僕一人で十分だ」


 用兵術としては、不十分な決意である。


 しかし、経営者、技術者にして開拓者としては申し分ない覚悟だった。


 ブルースは今までの戦いで見た、彼の信念から来る強さを買っている。


 ロックとは別の意味で、未来を切り開くと考えて。


「僕たち人間は、乗り越えられる。その犠牲が、僕で済むなら安いもんだ」


 人間として、等身大でどこまでも足掻くこと。それが、ナオトの強さだった。


 しかし、彼の誇りに満ちた顔が消える。


 対して、ナオトの足元で仰向けとなったケネスの顔は、ブルースを蔑んだ視点と同じものを見せていた。


「そして、お前は俺も殺せない」


 ブルースが言うと、ケネスは視線を大きく逸らした。


 それから、両手で頭を抱えながら悶え始める。


 声にならないブルースへの殺意を叫び声に乗せ、ケネスは再びうつ伏せた。


「助かったよ。ブルース」


 ナオトが溜息と共にブルースへ礼を短く言った。


 ケネスに向き合っていた時、ブルースも攻撃を仕掛けていた。


 空気を介して伝わる媒質は、電波だけではない。


 ()()()()()、波である。


 ブルースは、金月刃雷(コラン・ジャラナッフ)で単振動を放つショーテルを、交差させて音を出していた。


 人間の可聴域は20ヘルツから20000ヘルツ。


 可聴域を超えて、聞こえない音としては、低周波音や高周波音と呼ばれている。


 LRADという指向性――相手に直接伝える――兵器の低周波音を、“ヘヴンズ・ドライヴ“を交差させながら、ケネスに当てていたのだ。


 その威力は、“()()()()()()()()()()()“程である。


 ケネスは電磁波を使ったものだが、ブルースはそれだけでなく、空間を伝わる全ての波を操ることが出来た。


 それが、”命熱波(アナーシュト・ベハ)”使いのブルースとしての強さである。


 ブルースの布石に次ぐ、布石にケネスはこちらを上目遣いに睨みつけた。


 頭の痛みで目が涙ぐみ、三半規管を揺らされたのか、恨み言の代わりに出た嘔吐物が唇を濡らす。


 胃液と未消化の食物で遮られたケネスの恨み節が、研究棟に響いた。

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