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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第四章 A Night For The Knives

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刃夜―⑦―

 視界に広がるのは、白い蒸気に包まれた大きな部屋。


 八体の人の形をした炭が点在し、硝子(ガラス)柱が、立ち並ぶ。


 その奥にある一際大きな二柱の間から臨む大型電子端末は、まるで神話を描いた遺跡の石碑の様に見えた。


 電子機器の石碑の前に男が立っている。


 黒いトレーナーのフードで頭を覆い、ローマ数字のIIIの字が腹部から脇に掛けて白く塗られている。


 トレーナーの男の首に掛かるローマ数字のVIIIを象った金色のネックレス。下半身を覆うトレーニングパンツには、黒に炎のペイントが施されていた。


 フードの間から見える男の顔の左半分と左手は、彼を挟む様にして立つ、二体の“ウィッカー・マン:クァトロ“と同じ銀鏡色の輝きを放っている。


 液体窒素による白煙が充満する部屋に立つ彼の後ろで、大きな裂け目を負った二本の硝子(ガラス)柱がブルースの眼に入った。


――キャニスとアンティパスを奪ったのか!?


 ブルースは心の中で、狼狽し、黒の上下に、それぞれ白と赤に彩られた男の周囲を確認。


 トレーナーを着た三白眼の男は、ドアを蹴破った自分を見ていなかった。


 ブルースは、“ヘヴンズ・ドライヴ“を構え、右足で駆ける。


 超加速で、男の視線の先にいるナオトの腹部を右腕で抱え、硝子(ガラス)柱の陰に隠れた。


 トレーナーを着た男の視界から逸れると、ナオトの立っていた位置が爆発。


 爆散した白い空気から放たれた、氷の欠片がブルースの首筋を撫でる。


「相変わらず、会話も出来ねえのか、ブルース?」


 柱の広間の部屋から、冷気に包まれた男の怨嗟(えんさ)が広がった。


「お前の()()()だけは、未だに慣れなくてね。ヘンリー=ケネス=リチャーズ!!」


 ナオトを離すと、ブルースは軽口で応える。


 二人のいるところは、ケネスから見て右側である。


 ケネスの背後の二柱より大きくはないが、それでも部屋の中での存在感を訴えるには十分な柱が列を作っている。


 八本の柱が八列。


 ブルースとナオトは、研究棟の入り口の隅にある二柱に、それぞれ背を預けていた。


「目を見て話さない。口から大事なことも話さない……相変わらずだな」


 ケネスの口から出た、落胆と歓喜の入り混じった嘆息が、部屋の冷気に混じる。


 ブルースは沈黙を保っていると、


『知り合いの様だけど、何があった?』


 隣のナオトが、考えるブルースの隣の柱の影から問う。


 ブルースは入口、ナオトは研究室の隅の壁に、それぞれ目を向けていた。


 銀騎士が右腰から短剣を取り出す音が聞こえる。


 左腕の籠手に装填しながら、犬耳(かぶと)越しの視線が更なる説明を求めている様だった。


「軍にいたアイツに、”エクスキューズ”の気が見られたので監視対象に置いて、()()していた」


 ブルースは説明するが、ナオトから怪訝な口調は消えなかった。


『その治療。彼が同意した……形じゃない……ようだね?』


 銀騎士は、右腕の手甲に付けた射出式短剣の接着のあそびを確認。


 遊ばせた金属と装甲の腕部分の衝突する音が、ブルースに『まだ言っていないことがあるだろう?』という疑問詞に聞こえた。


「軍隊で”エクスキューズ”の力が目覚めたから、やり返したんだよ。チャヴとか言いやがるからよ。だから焼いてやった。中々快感……正に、“Whizzo(サイコー)!!“だぜ」


 ケネスが思い出しながら、歓喜で上体を逸らしている様に、ブルースは右親指で指しながら、


「あんな風に自然発火現象を起こせる奴の凶器、殺意に“未必の故意“だのを立証していたら、推定無罪の原則が吹っ飛んで、魔女狩りが起きかねない。かと言って、殺せもしない。虐めていた奴らも100%悪いから、軍を辞めさせて、俺が面倒見ていた」


 ブルースの隣で、柱に背を預けるナオトは(むち)を弛ませ、手首を利かせている。


 その動作は、ブルースに『話を逸らすな』と本題を急いている様に見えた。


「治療にはリハビリがある……UNTOLD関係の実験でな。それから、能力査定と格好つけた暗殺にテロ。精神不安定になった仲間も密告させた。地獄だぜ……」


 ケネスの一言で、ナオトはブルースへの追及を止めた。


 だが、ブルースは微かに感じる冷気に、柱越しのナオトから殺意の視線が混ざった様に感じつつ、


「おかしいな……お前の様に、生活苦や虐待を受けていて、そのリハビリが嫌いな“エクスキューズ”には、新しい身分と生活に困らない金、それから仕事や高等教育という選択肢が与えられていた筈だが?」


 ブルースは、ショーテル“ヘヴンズ・ドライヴ“二丁を手に、柱の影からケネスの前に出る。


 少なくとも、あの様な体質を持つケネスを初めとした“エクスキューズ”が、普通の生活を送れる訳がない。


 ケネスの顔を覆う銀灰色の皮膚は、“超微細機械(ナノマシン):リア・ファイル“の侵食である。


 持ち運び可能な電子演算器のリチウムイオン充電池は、充電し続けると、充電池は劣化する。


 その回数も五〇〇回で、上限を増やすことは出来ない。


 石灰石の(ひび)に、マンガンや鉄などのイオンを含んだ液を入れると、枝状の忍石(デンドライト)を作るのと同じ原理で、電池内の金属イオンが負極を中心に細い枝状に発生する。


 ケネスの顔と体を侵食する“リア・ファイル”は、その忍石(デンドライト)に当たり、使い続けることで広がり、死の危険が高くなる。


 命導巧(ウェイル・ベオ)は“リア・ファイル“の放充電を行う弁の役割もある。


 “エクスキューズ”の“命熱波(アナーシュト・ベハ)”の一致するものを探しつつ、一般社会でその能力の悪用を防ぐ為に、”ブライトン・ロック社”の監視下に置かれていた。


 監視も兼ね、生活支援等がケネスにも、手厚く支給されていたのだが、


「ふざけんじゃねぇ!! 何で、俺の“ウィゾ・バター“が否定されなきゃなんねぇんだ! アイツらが悪いのに、なんで俺が逃げなきゃならねぇ!!」


「とまあ、あの通りだ。鬱屈した劣等感に、金と教養を与えても、他者排除の口実にしかならん。都合のいい部分しか聞かないし、聞き分け良いように見えて、生活苦で高校じゃなくて、全寮制の軍隊学校に放り込んだ母親への“お礼参り“と言わんばかりに、再婚相手の愛人ごと焼き殺した。刑法でも裁けない上に、精神不安定だから、ロンドン暴動で発生させた喧嘩の中で死なす予定だったが……」


 ブルースは柱の影のナオトに向き直し、喚き散らすケネスを顎で指すが、


『それで……その顛末(てんまつ)が、これかい?』


 呆れた口調で、ナオトがブルースへ溜息を吐く。


 ブルースの途切れた言葉の続きは、ケネスによって吐き捨てられた。


「ああ……同じ、チャヴとレッテル貼られた奴から、暴動に見せかけて殺されそうになったぜ。目隠しさせられて、腹だけでなく頭と延髄を何度も殴られ、下腹部も潰されそうになったが、何とか生き延びたぜ……“リア・ファイル“によってな!」


 ケネスの笑いが最高潮となり、空間が歪む。


 空間に出来た揺らぎは、八つ。


 水蒸気を含んだ液体窒素を吸い込むと、銀鏡色の“四つん這い”に変わった。


『“クァトロ“……”ウィッカー・マン”がどうやって、ここへ!?』


 ナオトの困惑が、研究棟に響いた。


 ブルースは、その正面にいる元凶のケネスを見据える。


 ケネスの嗜虐に満ちた視線に、ブルースの思考が急回転した。


「まさか……空間転位か!?」


 空間転位。


 口にしたブルースも、目にしたことは片手の指で数えるほどしかない。


 それもその筈で、移動は、「()()()()」――つまり、()()()()()()()()()との、()()()()でしかない。


 しかも、転移場所へ送る熱力(エネルギー)量だけでなく、転移場所が受け取る熱力(エネルギー)量も必要――つまり、“リア・ファイル“自体が必要だった。


 “リア・ファイル“の熱力(エネルギー)の源を考え、ブルースは血の気を引きながら、叫んだ。


「まさか……移動の際のエネルギー、お前を通して、()()()()()で代用させたのか!?」


 理論上、アルミニウム1グラムで、約60基の火力発電所の熱力(エネルギー)を得られ、人間の体重換算では発電所の生産する電力に充てても、お釣りが来るほどだ。


 ”ウィッカー・マン”は、人間へ攻撃するときに、青い炎を発する。


 それは、情報量を強制的に変換した熱を使って、死にいたらしめるからだ。


 ハーバーセンターの地下研究施設にいた人数は、12人。


 彼らを使って、”ウィッカー・マン”を召喚すること自体、造作もないことだった。


 “リア・ファイル”で、人間を熱力(エネルギー)に変換することが出来れば、猶更である。


『だが、それでもおかしい。エントロピーはどうなる。転移させたなら、目の前のケネスはどうだ。ケネスが移動できる程の熱力(エネルギー)量を得られないと、成立しないんじゃないのか!?』


 ナオトの疑問はもっともだ。


 熱力学の第二法則(エントロピー)は、熱力(エネルギー)量に限らず、何かをしたら生じる結果だ。


 ()()()()()()()()ということは、必然的に()()()()()()ことを意味する。


 車が、燃料に準じて走れるのと同じ様に、過程無くして結果は無いのだ。


 “リア・ファイル”の熱力(エネルギー)量が”ウィッカー・マン”を送れる水準に達しても、その道が無いと絵空事に終わる。


 だが、


「エントロピー……それがあるんだよ、二人の命導巧(ウェイル・ベオ)使いだ。二人の“リア・ファイル”を介して、“命熱波(アナーシュト・ベハ)”の放つ熱力(エネルギー)量を終点にして自分を転移させたんだ!」


 ケネスの能力である自然発火。


 それは、視線から発したマイクロ波を用い、熱源と助燃材を疑似物理現象で作り、爆発させる。


 単純な熱力(エネルギー)の入出力量は、”命熱波(アナーシュト・ベハ)”を命導巧(ウェイル・ベオ)で調整させる、ブルース達よりも“エクスキューズ”であるケネスの方が多い。


 ケネスは、自らの肉体を熱力(エネルギー)量の波を調整する“弁“となり、熱力(エネルギー)量の溢れる”命熱波(アナーシュト・ベハ)”使いに向けて、転移させたのだ。


「つまり、バンクーバー市内を騒がせた自然発火現象は、ケネスと”ウィッカー・マン”の移動の為の熱源を提供する為に画策されたってことだ!」


 ブルースが吐き捨てる様に言うが、


――しかし、それだけの為に、この馬鹿(ケネス)を送るのか。アンティパスとキャニスの奪還……ケネスのエネルギーだけで出来るのか?


「何、うだうだ言ってんだ……ケツに火を点けるぞ?」


 ケネスの言葉に、思考を中断したブルースは前傾姿勢で駆けた。


 ブルースの立っていた位置が、白い光を放ち、黄土色に輝いて爆発。


 彼は、“ヘヴンズ・ドライヴ“の作る超微細機械(ナノマシン)の刃を消し、左肩から地に伏して回転する。


 背後に視線を向けると、ナオトの姿は見えなかった。


 入り口に並ぶ硝子(ガラス)柱八本が、白煙に覆われている。


 白煙の揺らぎを感じると、上半身を時計回りに捩じった。


 ブルースの右手の“ヘヴンズ・ドライヴ“から再度現れた半月刃が遠心力を得て、“クァトロ“の左胸部に食い込む。


 切れ目から音が発生すると、左に向けて一直線。


 左胸の急所を振動させながら、“四つん這い“を両断した。


 金月刃雷(コラン・ジャラナッフ)


 単振動させた、“リア・ファイル“の刃を、“ヘヴンズ・ドライヴ“に乗せて攻撃する疑似物理現象で、ブルースの放った斬撃がそれである。


 単振動の刃は、液体窒素と水蒸気の霧を晴らし、その背後に潜んでいた“クァトロ“を炙り出した。


 ブルースは、背後から来た“四つん這い“を、交差斬りで左胸部に単振動を送り込む。


 二刀の斬撃を受け、倒れる“クァトロ“。


 しかし、その屍を乗り越える、“四つん這い”がもう二体。


 その背後で、ケネスが佇みながら、恨みのあるブルースではなく、視線を別に向いていた。


 ケネスの視線は、入り口から二列目の四柱を捉える。

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© 2025 アイセル

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