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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第四章 A Night For The Knives

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刃夜―⑥―

 白い室内灯はその寒さで凍った空気により、その輝きが一段と映えている。


「UNTOLDの保管施設という話は聞いていたけど……ブルース、ここはこんなに寒いものか?」


 ナオトの言葉が示す様に、視界は白い蒸気が立ち込める白一色。


「液体窒素が噴出している。強化外骨格のヘルメットの酸素の残量を確認しろ」


 白い霧は液体窒素ではない。


 液体から気化した時に、冷やされた空気だ。


 空気中の酸素が、液体窒素に触れて白い煙として圧縮。


 窒素が多くなり、呼吸困難に陥る。


 ブルースの背後でナオトが犬耳(かぶと)を被りながら、


『ブルース……君は、大丈夫なのか?』


()()()()()()()()()()()()()()()()……酸素もある程度、作ってある」


 命導巧(ウェイル・ベオ)、正確にはブルースの”命熱波(アナーシュト・ベハ)”で陰イオンを操作。


 その電気分解で予め酸素を、二丁のショーテル型命導巧(ウェイル・ベオ)、“ヘヴンズ・ドライヴ“の弾倉に入れておいたのだ。


「欲しければ一発やるけど?」


 振り返りながら、ブルースは“ヘヴンズ・ドライヴ“を突き出す。


 彼の背後には、銀色の犬耳の(かぶと)に覆われたナオトがいた。


 右手には、まるで背骨の様に連なる(むち)がある。


『狙っていないよね?』


 右掌で(むち)の取手を見せながら、両手を上げた。


 苦笑しつつブルースは、白い煙に包まれた部屋を背に、“ヘヴンズ・ドライヴ“の酸素入りナノ銃弾を放つ。


 ”命熱波(アナーシュト・ベハ)”で作り出した酸素を確認し、ブルースは地下に続く白い世界を歩き出した。


『そういえば、鬼火についてだけど……』


「自然発火現象だろ……起こしている奴は、見当が付いている」


 背後のナオトに、ブルースは歩を止めずに答えた。


「ヘンリー=ケネス=リチャーズ……発火能力を持つ”エクスキューズ”」


 ”エクスキューズ”。


 本来、ロックやブルース、キャニスは、疑似人格“命熱波(アナーシュト・ベハ)“の力を引き出す為に、命導巧(ウェイル・ベオ)という武器を使う。


 その命導巧(ウェイル・ベオ)には、もう一つの役割がある。


 それは、”命熱波(アナーシュト・ベハ)”を使う際に発生する、余剰次元展開の熱力(エネルギー)から能力者を守ることだ。


 “エクスキューズ”の場合、命導巧(ウェイル・ベオ)を持たない。


 “命熱波(アナーシュト・ベハ)”を酷使することで、余剰次元発生の熱量の物理変換を行うのだが、


「”エクスキューズ”は、分かりやすく言うと……手で、銃弾を“銃なし“で放てる。しかし、弾丸の発射薬や燃焼ガスは、体から作られる。攻撃する際もダメージを負うから、体の再生機能を()()して、結果的に“リア・ファイル“が回復機能を奪う」


『生きる為に能力を使うことで、死への階段を一段飛ばししているという意味か?』


 ナオトの一言にブルースは頷き、続けた。


「回復エネルギーを得る為に、暴食になる。場合によれば、”ウィッカー・マン”と同じ様に人をエネルギー変換して自分のものにする」


 ブルースは、言葉と足を止める。


 彼の前にあるのは、エレベーターだ。階数を示す電光板は、“B6“で止まっている


「エレベーターでしか、地下に行けない」


『地震が起きたら、出られないじゃないか?』


 ブルースはB6の鍵盤を押して、


「最下層のB6には、研究棟から市内へ繋がる非常口がある。しかし、これも電子管理されているので、使用した場合は、記録に残り、俺を含めた関係者に送られる」


 使われていれば、任務は『()()()()()()()()』に変わり、地下へ潜る必要もないだろう。


 階数が早く減少し、到着を報せる鈴の音が冷気で、反響する。


 ブルースは開いた昇降機の扉に入り、ナオトの搭乗も確認し、“B6“の鍵盤を押した。


 滑車の音が響くとナオトが、


『そういえば、“鬼火“ケネスは……”ウィッカー・マン”の様に、エネルギーを食べると言っていたけど……そうでない場合――つまり、命導巧(ウェイル・ベオ)使いは?』


 ナオトの犬耳(かぶと)を通した疑問に、


「俺たちのことなら、大丈夫。命導巧(ウェイル・ベオ)が“リア・ファイル“の調整をするし、人を殺さなくても、“リア・ファイル“の粉末の入った水や食事を取っている。俺たちに過不足はない」


 ブルースの言葉に納得し、ナオトは矢継ぎ早に、


『でも、現に、ケネスは逃亡し、バンクーバー市内で潜伏していた。それは、ある程度目立たず、()()()()()()()()()()()()()()()()()”が使われている……という意味じゃないのか?』


「少し前のワイルド・ハント事件で、命導巧(ウェイル・ベオ)も無くなる。使い手も死ぬか、サロメ側に回る。その時の騒動で、当然、生命維持用の“リア・ファイル“はなくなっている」


 ブルースの語る事実に、ナオトの顔が曇った。


 欧州を滅亡から救ったのは、深紅の外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイドというのが一般認識である。


 だが、何事も一人で大義を成しえることはない。


 ワイルド・ハント事件が、人々の目を引いたのは英国の主要都市に、未確認飛行物体――“救世の剣“とサロメ達が呼ぶものが現れたからだ。


 世界を作り替える程の熱力(エネルギー)を発生させ、“ホステル“が望む存在の復活を目論み、阻止に払われた犠牲。


 その中にナオトの親友も含まれていたことをブルースは、よく知っていた。


 また、“救世の剣“の起動にロックが使われ、彼の愛した少女がその破壊と同時に、彼を守る為に命を差し出したことも。


 ブルースも含め、あの事件に立ち会った者たちは世界を守る為の代償に、己の半身と言えるものを失っていた。


『発火現象だけど、()()()()()()()()()()ことがある』


 ナオトの言葉に、ブルースは振り返った。


『端的に言うと、()()()()()()()


 昇降機が止まった振動で、揺れる。


 電光板の表示は“B6“。


 昇降機に乗る前は、少し体を震わせる寒さだったが、ブルースの心身にまで達していた。


 ブルースは、口から白い息を出しながら、昇降機のシャッターの向こうを見据え、


「話は後でじっくりと、地獄の寒さを楽しみながら聞こう」


『……休暇が今すぐ下りても、“憂いの国“は願い下げだね』


 ナオトは、(むち)を構えた。


 右脚を下げ、半身を切る姿勢を取った。


 昇降機の前に続く長い通路。


 液体窒素で圧縮された空気の白煙をかき分けながら、”ウィッカー・マン”:クァトロが二体突進してきた。


 一体目と鉢合わせを交わす直前、ブルースの眼前で、クァトロの顔面がXの字に割れる。彼のショーテル――“ヘヴンズ・ドライヴ“――の交差斬りが、四足歩行の疾走を止めた。


 斬撃によって、全身を弛緩させる銀灰色。


 ロックから教えられた“クァトロ“の左胸の急所に、銀色の骨が突き刺さり、倒れる。


 ブルースは、銀細工の刺突がナオトの(むち)から放たれた分銅であることを視認した。


 銀騎士の攻撃に倒れた一体目を、二体目が飛び越える。


 爪の二連撃が、ブルースの頭部を捉えた。


 銀灰色の前脚の爪を前屈みで躱すと、ブルースは背を向けながら上体の腰の発条(バネ)を跳ね上げた。


 背中越しに突き上げられる、“クァトロ“の下顎。


 そこから掛かる衝撃が銀色の四本足の全体が天井に衝突した。


 ナオトから放たれた(むち)が、“四つん這い“の首に纏わりつく。


 呻きの様な駆動音を漏らしながら、“クァトロ“の胴体は銀騎士の(むち)(さば)きで天井から引き剥がされた。


 ブルースは二刀のショーテルで、(むち)に引かれる”ウィッカー・マン”を両断した。


 無論、左胸を含めることも忘れない。


「聞こうか?」


『今聞くことかい?』


 後をいつか言うのを忘れていた。


 ブルースの反応に、ナオトは面食らいながら、


『あそこにあるのを見れば、早いと思う』


 ナオトからブルースに指し示されたのは、扉が大きく開いた小部屋。


 開かれた扉の向こうに、机、冷蔵庫にいくつかの椅子のある部屋――休憩室だった。


 ブルースがナオトに言われるまま入ると、液体窒素と空気の白煙が、生活臭ごと家具類を覆った風に思える。


 菓子や果実類にも霜が降り始め、バナナはその中で異質な明るさで映えている。


 生活空間が冷凍保存された中、防寒服に焦げ付き、熱で解けたプラスチック製繊維が焼けた肉体と接合している――()()()()炭塊が二つ。


『鬼火事件は、市街地で起きていた人体自然発火現象と言われているが……』


 ナオトの説明に、


「この遺体は、体内の放電とプラズマによるものだ。”ウィッカー・マン”によって殺されるのと同じだ。自然発火は、ケネスの場合、マイクロ波照射だから、どうしても皮膚表面の水分を振動させ、皮膚が泡立つ」


 ブルースは、部屋の遺体と化学凍結された生活用品を手袋越しに確認した。


『今回の遺体は、殆どが体内電流からやられたもの。しかも、地下だ』


 ナオトの推測を、ブルースは聞きながら遺体を触り、見渡す。


 鬼火とかで騒がれている事件は、”ウィッカー・マン”と繋がっている可能性が高いと考えた方が早かった。


「それに加えて、入り口は一つしかない。実験棟の避難口に使用形跡もない……」


 そのことに、ブルースも疑問はあった。


『なら、”ウィッカー・マン”は何処から来た?』


 ナオトの(かぶと)越しの声の電子音声を背に、ブルースは立ち上がる。


 休憩室を出ると、順路を足早に駆け、一室に踏み込んだ。


 一際、大きな白煙が密集していた場所には、“液体窒素“と書かれた金属筒が立ち並んでいる。圧力計は全て、赤色の扇に針を指し、金属筒は何れも原形を留めていなかった。


 ナオトの足音がブルースの耳に響いた時、人型の炭塊を二体確認。


 しかし、他の人型の炭と違うのは、


『穴が開いている……』


 遺体を見ても、”ウィッカー・マン”から乗られたことによる衝突の形跡や、前脚が掛かった形跡もない。


 それぞれの人炭には、喉と腹に穴が開き、焼かれた人体と防寒服の境界が炭と煤になっている。


 よく見ると、それは()()()の穴だった。


『言いたくないけど……デュラハン起動、サキちゃんに関わる騒動に、発火事件。全てが無関係というのは難しいかもしれない』


「或いは、何かの布石か……?」


 ナオトの推察に、ブルースも推理を出す。


 これらの出来事は、”ワールド・シェパード社”や“ベターデイズ“、バンクーバー市内の反”ブライトン・ロック社”の派閥を超えた何らかの意思が、見え隠れしていた。


()()()()()も良い方法があるぜ?」


 ブルースは部屋を出て、顎で示したのは、冷気を吐き続ける実験棟の扉である。


「あの部屋にいる馬鹿に聞けってこと!」


 ブルースは言って、腰を入れた右回し蹴りで、扉をぶち壊した。

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© 2025 アイセル

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