刃夜―④―
「サキが、白光事件の生存者というのは知っている?」
「生存者というのは聞いたが、深くは聞いていない。関わっていたとは言っていたが、どれほどだ?」
サミュエルに疑問にロックがうろ覚えながら、答えた。
サミュエルに促されて、シャロンが電子情報端末を目の前に置く。
液晶画面に映る日本人の男女をサミュエルが示した。
「厳密に言うと、関わっていたのは彼女の両親の方が、ね。カワカミ博士……夫婦ともどもAI研究、特に“2045年問題“の研究と克服に力を入れていた」
示された端末に表示される情報は、技術的特異点の克服方法としての一つの提案だった。
人工知能の問題として、深層学習の汚染が挙げられる。
最近、人工知能によるSNSの応答の結果が、“人権思想の否定“と“人類史上最悪の独裁者の礼賛“だったというのは有名な話だろう。
また、欧米の開発者中心で電脳空間が作られた為、祖母と検索したら白人しか現れなかった事例と枚挙に暇がない。
それらを予言していたカワカミ博士は、こういった。
『機械はあくまで機械でしかなく、使う側によれば、益にも厄にもなる』
AIも人間と共に学ぶ存在にするため、AIの蓄積された学習データと人間の意識を常に同期させる。
その同期で更新させたデータを、ビッグデータにして保管。
そうすれば、誤った判断をさせず、知識を更新し常に人間を学びながら、AIも使いこなせるとした。
「その手段として、“リア・ファイル“。ムーアの法則の限界でもある、熱の発生による半導体の発展の妨げもなくなる」
ロックは一息ついて、珈琲を一口含む。
「同時に、熱力伝達にも役に立つから、発電や環境問題の解決にも繋がるわ」
何時の間にか、ジェニーがフィリップから受け取った珈琲を飲みながら、ロックの考えを引き継いだ。
「そのエネルギー開発の実験に、サキの両親が関わっていた。日本政府肝いりの実験でもあったけど、事故に続けて、翌年の震災もあって色々混乱しているって話よね?」
「日本の運動家によって現政権批判のために、悲劇のヒロインに担ぎ上げられそうになったかと思えば、国益主義者の日本復興の象徴にもされかけたらしい。周囲もその被害を受けた。しかも、“ヒロシマ“を引き合いに出される始末だ。事態の推移を重く見た政府が、”ワールド・シェパード社”へ秘密裏に、カワカミ博士の親類や関係者を近隣の自治体に避難させた。サキと友人も例外じゃない」
ジェニーに話題を振られたフィリップは、鍛えられて隆起した黒い両腕を組みながら、溜息を口から吐きだした。
少数派の置かれている現状に良い思いをしないのは、フィリップも同じだ。
圧力を加えようとする者への反抗の為に、出自で英雄視される。
当事者ではなく、“神輿“として担がれることしか選択肢を与えられない。
断れば、圧力を加えるものとは違う理由――正義に反するものとして――で攻撃される。
ロックの二つ名、“深紅の外套の守護者“も欧州解放と同じ奇跡を起こすとも持て囃されている。
だが、“ウィッカー・マン“と肉弾戦で戦える存在を社会は何処まで、受け入れられるのか。
サキも、安い倫理観の餌食となるのか。
「兄さん、サキのことは気にしない方が良いよ」
ロックは、サミュエルに言われ、意識を戻した。
「サキの境遇と僕たちのそれは似ている……けど、それだけだよ?」
クリームやマシュマロで溶けた、ココアをサミュエルは飲み干して言う。
「それでも、アイツは――」
珈琲の苦味も噛み締めながらも、ロックは口を開けた。
「今度は誰の代わり? 僕たちの妹のレナ……それとも、サロメがレナに似せて作らせたファン?」
サミュエルの止まぬ追撃に、ロックは口から出た反論を押しとどめる。
返せず、弟の一言に言葉を無くしたのは、ロックがどこかでそう考えていることを自覚していたからだ。
ロックは、弟のサミュエル、妹のレナ、両親、そして何回かやって来る親戚や、近所の年上の幼馴染のジェニーと変わらない日常を、バンクーバーで過ごすことに疑いは無かった。
しかし、”ウィッカー・マン”が出現してから、全てが変貌した。
「サミュエル。その言い訳はしない。だが、今までの生活、全てが仕組まれていた。仕組まれていたことを知っていた”ブライトン・ロック社”は、サロメ達“ホステル“も防ぐことが出来た筈だ。”ブライトン・ロック社”も、全て見ていただけで、目の前の親父やお袋を死なせた。レナは、今も生きているのか……分からない」
最後の一口を、ロックは飲んで、
「“ホステル“に、”ワールド・シェパード社”……”ブライトン・ロック社”。全てを知る立場で、幸せに暮らしていた奴らの生活を破壊しておいて、生き残った奴らに“一つの道“しかないように見せ、そいつらを引き込む。俺たちの世界には考えられない力を示す。それに魅せられると、人間ではなくなる」
”ウィッカー・マン”の白銀の皮膚に映し出された、炎を背に笑う男。
ロックの帰るべきバンクーバーの風景は、“UNTOLD“に魅入られた者達の傲慢さで灰に消えた。
その怒りを胸に、常に思い出すのは、最後に遺したファンの言葉。
『あなたという人間の物語は、終わらせない。私は命をあなたに繋げたい……誰の為でもない、あなた自身が、この世界で生きて欲しいから』
口を乾かせながらロックは、
「“深紅の外套の守護者“……そんなもんじゃない。一人殺しても楽になる訳が無い。むしろ、“リア・ファイル“の力は、命を粗末に扱わせる魔力がある。“命熱波”使い、”ウィッカー・マン”に”UNTOLD”……それに、サキを縛らせたくないだけだ」
「サキは『縛られたくない!』って、そう言ったの?」
サミュエルの乾いた言葉が、問いかける。
双子の証である、青い湖面の眼が、ロックの噛み締める顔を冷徹に映した。
「叫びたいんだ。でも、言えない程疲弊している。リリスや周囲がアイツを神輿……最悪、生贄にしようとする奴らが周りにいるからな」
ファンの託したロックへの遺言。
彼女は、その中に“自身の名前と願いを含めなった“。
自分が生きる為に、命はあること。
だから、“私は生きたい“。
ファンは単純に口にすることすら、許さなかった。
――それが、分からないのに戦うのは、自殺と同じだ。誰かに使われて、それで終わりだ。
「だから、サキは人間だ……人間として死なせる。リリスやサロメ……”ブライトン・ロック社”も含めて、周りの好き勝手にはさせない」
ロックは、サミュエルに向けて、重く口を開く。
「例え、サキを人間として生かす手段が“死体“……でも? いつも通り、受け入れないという丁寧な説明をありがとうね、兄さん」
ロックの目の前で、サミュエルは盛大に溜息を吐き、情報通信端末を手元に戻した。
その様子を傍で見ていた、フィリップがサミュエルから情報通信端末を回収する。
区画の違う受信局に基づいて、契約会社も選定。
当然、端末もその都度、新しいものを用意する。
用途ごとに道具を整えるという基本を行うことで、“望楼“は身元が明らかになることを防いでいた。
同時に、今使っていた端末は別途保管し、その後手順に従って破壊する。
ロックは、自身の携帯通信端末に転送された資料をブルースとエリザベスにも送信した。
「ロック、サキちゃんって女の子に首ったけなんだ……」
ジェニーの一言を聞いたシャロンは、サミュエルに抱き着く。
弟の右腕にしがみ付いた彼女は、左目の下を左手で伸ばし、舌を突き出す。
サミュエルと一緒になる為に、ロックをサキへ宛がうつもりなのだろうか。
取り敢えず、抗議として鋭い視線を返しておいた。
シャロンと言う少女は、ある理由からサミュエルと一緒に行動をしている。
しかし、彼との接し方は、人から見れば恋仲に見えるが、実際は彼女の一方通行だ。
好意を向けられている当の本人に聞いても、彼女への思いは大抵はぐらかされる。
“恋は盲目“と言う慣用句からすれば、ロックはシャロンの視界に入らない筈だ。
しかしロックは、最近、自分の立ち位置を自覚し始めた。
例えば、馬の後ろ脚が綺麗に入る場所では、と。
「いや……ジェニー。違うだろ。文脈読め、便所紙……の製作者」
「人は見たいものしか見ないから……カエサル曰く。まあ、書くのは勘弁してあげるけど、取り敢えず、あなたの都合関係なしに会わせなさい。二人でいるところ見かけたら、積極的に声を掛けるから」
恋仲を既定路線に、私的空間の侵食も辞さない醜聞記者根性を、幼馴染の女性は隠そうともしなかった。
ロックは抗議の声を上げようとしたが、それを呑み込む。
周囲は、それを囃し立てる真似をしない。
サミュエル、シャロンの二人が、ロックの眼差しの変貌に気付いたからだ。
カウンターを挟むフィリップとジェニーの息を呑む音が、響く。
「恋する者の邪魔をする奴は、馬の後ろ脚……の雰囲気の様ですね」
象牙色の眼と石榴色の唇の女――サロメの、ふざける様な陽気な声に反して、周囲の空気が敵意で引き締まる。
彼女の羊の角と、上半身の前面を隠した、ほぼ全裸の容姿も目を引いた。
しかし、ロックが一際目を引いたのは、彼女の隣の人影だった。
象牙色の眼の隣に立つ男の血の様な紅い目は、肥沃な河を席巻した王国を死に追いやった嵐を連想させる。
首なし騎士の割れた胴体から出た短髪の偉丈夫の名。
ロックの口から、無意識にそれが漏れた。
「アンティパス……」
アンティパスは、ロックの呟きに沈黙を守る。
だが、彼の右手にある槌の様な穂先の大剣の鈍い煌き。
それが、言葉の代わりにロックへの敵意を表している様だった。
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