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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第三章 A Greek Gift

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32/257

策謀の夜―②―

3月21日 午後3時35分

ホテル ウェイブ・スウィーパー 大会議室 

カナダ・プレース・ウェイ 


 

 そのホテルの名前は、ケルト神話の光の神、“長腕のルー“の持つ船から付けられた。


 波は愚か、音も立てない“静波号ウェイブ・スウィーパー“の名から、平和と平穏を望んだのだろうか。


 だが、ロックの目の前では、名づけ親の思いから余りにもかけ離れた光景が広がっている。


 彼の遠目に映る、大会議室の約三分の二を占める、一つの大きな長机。


 机を囲む、背もたれ付きの椅子に坐する人々の眼は、ただ一点に集中していた。


 投影機(プロジェクター)で流れる、グランヴィル・アイランドの風景。


 ただし、初めに()()()()()()()()()()()()程、原形を留めていなかった。


 本来、週末は一層、人込みで賑やかとなる筈のパブリック・マーケット。


 人混みのいるべき位置には、()()()()と形容するしかない人型の炭塊が、駆け足の姿勢のまま地面に伏している。


 乳飲み子だった炭を抱きながら泣いている親。


 その逆もまた、多かった。


 ロックは、長机に座るナオトに目を向ける。


 長髪の銀騎士は、目を逸らさず、投影機(プロジェクター)に映る惨劇を直視していた。


 しかし、整った顔は、義憤を隠し切れず、体の震えとして表れている。


 ロックは、ナオトの怒りの源泉を理解していた。


 “惨劇を創作した者“だけでなく、“()()()()()()()()()()()()“への“狡猾(こうかつ)さ“にも打ち震えていることにも。


「今回の惨劇は、”ブライトン・ロック社”との同盟関係が招いたものと見ていいでしょう!」


 投影機(プロジェクター)を映す為に、薄暗くした部屋で声を上げたのは、カイル=ウィリアムス。


 刈り上げた金髪の傭兵は声と共に、東洋系の銀騎士へ視線の矛槍を向けた。


 長机に座る者たちは、”ワールド・シェパード社”の関係者に限られない。


 バンクーバー市政府、B.C.ブリティッシュ・コロンビア州政府両関係者だけでなく、警察や軍に、TPTP提携国の代表や関連企業の幹部も出席している。


 今回の会議は、グランヴィル・アイランドでの大惨事の結果と、”ウィッカー・マン”の市街地の侵入を緊急の議題として、開催された。


 ”ウィッカー・マン”に関係する騒動で、“壁“の安全性が揺らぐ事態にバンクーバー市の利益共有者(ステーク・ホルダー)たちが、腰を上げた次第である。


 治安維持に関する問題は、基本的に警察や軍の施設で行われる。


 しかし、“壁“の向こう側に警察本部があり、その奪還も困難である為、ホテルの会議室が使われていた。


 無論、予算は”ワールド・シェパード社”、市・州両政府から出ている。


 バンクーバー市は、この結果、TPTP加盟国の企業のMICEによる利益と広告効果を得ることになる。


 しかし、誰もがこの状況を甘受している訳ではない。


 警察は、この状況下で銃火器が悪用されることを恐れ、武器の回収を機密理に行ったことがある。


 無論、”ワールド・シェパード社”に依頼して。


 ただ、この時に()()()()()()()()()()()()()()()として、市民団体や報道機関から徹底的に批判されることになった。


 現在のバンクーバー市警の装備で回収できなかった分は近隣の自治体を所管する警察、政府に隣国から借り、カナダ軍も警邏に加わることになった。


 同時に、”ウィッカー・マン”に太刀打ち出来る組織として、”ワールド・シェパード社”の地位も上がり、活動に協賛する外資の影響力も相対的に強くなった。


 ”ウィッカー・マン”対策の会議の主導権は、地元の行政機関と治安維持機関からTPTP提携国、その関連企業に譲渡する羽目になる。


 差し詰め、警察はバンクーバー市警全体が、“ウェイヴ・スウィーパー”支所に“()()()()()”と言っても、間違いではなかった。


 カイル=ウィリアムスが投影された画面の光を受け、大きな影を揺らして吼える。


「そして。それを強固に叫ぶハシモト専務によるものとして!」


 カイルの糾弾に、ナオトが立ち上がる。


「ロック、止めろ」


 ふとブルースの声が掛かると同時に、ロックの右肩に力を感じる。


 気づけば、左足を一歩出していた。


「ここで出たら、俺たちもお陀仏だ」


 ブルースの一言に諭され、彼は推移を見守る。


 グランヴィル・アイランドでのサロメ、サキから現れた二体の”命熱波(アナーシュト・ベハ)”との戦いの後、ロックは泥の様に二、三日眠っていた。


 “リア・ファイル“が損傷を回復していた所為か、目覚めた後の高熱にうなされたが、今朝には引いていた。


 しかし、傷の回復度合いの変化が激しかったのは、ロックの隣で、壁にもたれ掛かっているブルースの方だった。


 ロックから熱が引くや否や、同じく寝込んでいたブルースも回復に向かう。


 極めつけは、ライラとヴァージニアとの激戦で負った傷で、()()()()()()()()()()()、嘘の様に。


 血液などの生体標本(サンプル)を、ロックとブルースは提供し、専門機関による検査の結果待ちである。


 ロック達を手負いにした、当のサキは今も眠り続けていた。


命熱波(アナーシュト・ベハ)”たちが、サキから生命熱力(エネルギー)を全て奪う前に、強制的に打ち消した反動が来たのだろう。


 ロックも、初めて”命熱波(アナーシュト・ベハ)”で暴れた時、返り討ちに受けた後で、止めを刺したのは睡魔だった。


「カイル隊員。”ウィッカー・マン”対策においては、我々はやっと一歩踏み出せる状態となりました。それは、”ブライトン・ロック社”との協力関係なくして、成しえるものではありませんでした。バンクーバーのインフラも、彼女たちの尽力無くして――」


「協力……背信関係の間違いでしょう、これをご覧ください」


 カイルの促す先に、映像が流れる。


 場面は、グランヴィル・アイランドの船着き場である。


 そこに映るのは、グランヴィル・アイランド内に設置されたバンクェット。


 それよりも、大きくなったものと対峙する、紅い外套(コート)の戦士。


 ロックが巨大な女神像を壊した瞬間、光が走る。


 バンクェット像の中にいた、サキ。


 ライラとヴァージニアという、“命熱波(アナーシュト・ベハ)”を二体引き連れて、現れた場面だった。


「あなたは、サキ=カワカミに何かがあることを知っていた。それを知りながら、今回の留学を受け入れた。違いますか?」


 ナオトの表情が強張る。


 その経緯は、半ばロックたちも関わっているので、反論が出来なかった。


「それだけでは、ありません! これは、サキ=カワカミの射撃訓練です」


 カイルは更に、次の映像を出した。


 映像は、物陰に隠れた”ウィッカー・マン”を避けるための訓練である。


 ”ウィッカー・マン”ではなく、それっぽい四足歩行のロボットを使い、訓練生に構えさせるというものである。


 映像で、サキは壁に差し掛かった後に、背後を向けた。


 彼女が、偽”ウィッカー・マン”に銃口を突きつけた場面で終わると、他の訓練生の反応が映し出される。


 何れも、左右だけでなく前後、上からもロボットを出した後、反応できずに突き飛ばされる。


 あるいは、上から覆われていた。


「我々が戦うのは、人間の理解を超えた何かです。それに対しての訓練として、人間の反応時間の限界を超えるよう、訓練ロボットのAIの深層学習は調整を受けました。彼女はそれに対して、迅速に反応できた。先ほどの映像を見れば明らかでしょう!?」


「それは、言いがかりです!!」


 眉目秀麗なナオトの顔に、怒りが灯る。


「我々の訓練内容やマニュアルは、まだ改定もされていません。深層学習(ディープ・ラーニング)のデータの見直しも行われていない。加えて、深層学習(ディープ・ラーニング)に基づいた訓練内容の客観的評価――数値の分布も偏りが大きく、正規分布すらできていません。我々のマニュアルの改定の遅れと、訓練の不備を、彼女に押し付けないで貰いたい!!」


 ナオトが吼えた。


 ”ウィッカー・マン”から守るための人員の確保で、アメリカ本社にいる隊員を無暗に呼びつけるわけには行かない。


 警察や軍隊に提供できる情報ばかりか、訓練できる人員も限られている。


 訓練結果や内容を増減するにしても、分析結果が少なすぎる。


 しかも、人員は原則、現地調達か()()()しかない。


 サキの場合、その試験は日本国内で行われた、筆記と実技の統一試験によるものである。


 だが、偏差値で判断出来る程、回数は行われていない。


 現地で雇った人材に関しても、基本的に――教授する側の人員不足の状況も鑑みて――語学と実技訓練は、雇った後の実地に頼らざるを得なかった。


 加えて、業務内容故に、昼夜不定期となりがちである。


 志願者は、生活困窮(こんきゅう)者、女性の単身親世帯に加え、帰化したものの()()()()()()()()()()()()移民二世も多い。


 同時に()()()()も、ほぼ()()で継続雇用の成績が少ない。


 加えて、作業標準書に記載されている訓練内容は、対症療法的な是正がやっとで予防と改善、検証までの過程の承認も追い付かない現状だった。


 しかし、カイルは酷薄な笑みを浮かべる。


「マニュアルの改定は滞り、訓練の有効性も疑問もある。認めましょう。しかし、そう想定外を何度も持ち込まれては困りますね」


 短く髪を、切りそろえた傭兵が、反撃と言わんばかりに次の動画を投影。


『みんな、このままでは倒せないわ。せめて、一撃で行動不能にするのよ。“クァトロ”は左胸部、“ガンビー”は胴体の中心を狙って!!』


 投影幕に映る場面に、ロックの背筋が凍る。


 サキが”ワールド・シェパード社”の面々に弱点を教えている場面だった。


 動画は、地上ではなくサキを見下ろす形で撮られている。


――ドローンを飛ばしてやがったか!?


 ロックは歯を食いしばり、内に吐き捨てた。


 壁の向こう側へ、”ワールド・シェパード社”は”ウィッカー・マン”の活動を抑制する為のEMPドローンを送っている。


 自爆用のドローンの他に、自分たちの戦闘状態を撮影出来る、()()()()丈夫な機種を持っていても、不思議ではない。


「何故、サキ=カワカミは知っていたのでしょうか? いや……この動画の前も見てもらいましょう」


 カイルによる次の動画で、シーモア通り(ストリート)のロックたちの愚痴が盛大に再生される。


『それもそうね。弱点くらいガブリエルに聞いても罰は当たらないんじゃない?』


 キャニスの愚痴と動画が、流れた。


 映像は、キャニスの路地に立つ姿を捉えていたことから、現場の隊員からだろうか。


 市、州関係者に加え、加盟国家の関係者のいる暗がりから、騒めきが流れ始める。


 しかも、続けて放映されたのは、


『馬鹿野郎、そいつは”ウィッカー・マン”だ!!』


 救急隊員が担架に乗せていた日本人――ケンジ――を巡って、もみ合いを起こしていたグランヴィル・アイランドの一場面だ。


「そもそも、カワカミ隊員にしか見えないものが、そこの()()()()()()()()にも何故分かるのでしょう。更に言うと、この事実を何故、マクスウェル社長は、我々に話さそうとしなかったのでしょうか、ハシモト専務?」


 その視線が全て、ナオト=ハシモトだけでなく、その背後にいるロック、ブルース、エリザベスにも注がれる。


「これでは、我々は何の為の協力関係か、分かりません。私たちの()()をいくら、彼女たちに差し出せば良いのでしょうか?」


 カイルの言葉に、ロックは歯を食いしばる。


 4年前の”ウィッカー・マン”占拠に対処する為に、バンクーバーでは警察や軍隊が投入された。


 しかし、()()()()()()、まして()()()()()()()()()()()存在に、治安維持機関が手も足も出せる訳がない。


 政府の要請を受けて、”ブライトン・ロック社”の“命熱波(アナーシュト・ベハ)”使いと”ワールド・シェパード社”の隊員たちが抵抗して、市街地から遠ざける“壁“を作ることに成功した。


 ”命熱波(アナーシュト・ベハ)”で”ウィッカー・マン”を殺すことは出来るが、それが追い付かない程、大量だったので”ワールド・シェパード社”の力も頼った。


 どちらも犠牲が出たことには変わりない。


 しかし、サキに関しての事情は、単純に損得で片付けられる問題ではなかった。


 下手をすれば、先の()()()()()()()()()()()()()()が起きる。


 そのことを考えて、サキのことは機密にするしかなかったのだ。


「お待ちください」


 疑惑の追及を制したのは、女性の声だった。


「しかし、彼らは私たちバンクーバー市民の為に戦いました。もし、”ウィッカー・マン”と協力関係にあったなら、私たちをその場で殺すことも出来たのでは?」


 異議の声は、オラクル語学学校の校長、自然の沼の様な黒髪を持つカラスマによるものだ。


「そもそも、”ウィッカー・マン”に損得勘定は愚か利他主義を理解できているかもわかりません。カイル隊員の言うのは、何れかを理解できている前提では?」


 ロックは、カラスマの言っていることを理解している。


 カイルの糾弾は、ロックとサキの奇行の意図を”ウィッカー・マン”が、わかる前提だ。


 それなら、わざわざ倒さなくても、目の前で大袈裟に振舞って、一体も傷つけずに追っ払えばいいだけの話である。


 二人と”ウィッカー・マン”の関係が明らかでない内は、カイルの言いがかりでしかない。


 仮に事実とした場合でも、検証を行う慎重さを要する。


 現時点では、ロックとサキへの疑いは、カイルの疑心暗鬼の内でしかなかった。


 だが、ロックは()()()()()()()()()()を警戒する。


 彼の横にいるブルースとエリザベスも歓迎から程遠い態度だ。


 ロックは、隣のブルースとエリザベスと共に眼光を研ぎ澄ませながら、カイルとは違うカラスマからの()()を見定める。


「我らは()()()を理解する必要があります。それで、彼らに攻撃を加えるのは()()()として恥ずかしい限りです」


 彼女の言葉に、沈黙させられる黒い権威の人波が“()()()()()()()”に唸る波の様に見える。


 打ちひしめく波の中心のカラスマ。


 ロックの隣のエリザベスが、微かにカラスマの紡ぐ口の動きを、合わせ始める。


 彼女が思案に入る時の(くせ)だった。


 カラスマの沼の様な目から紡がれた言葉に、ロックは()()()()()を確信した。


「”ブライトン・ロック社”の皆さん。この様な状態で我々は”ウィッカー・マン”を倒すことはできないのは事実。貴女方とも、穏便な関係を続けていくために、乗り越えるべきものがあると思います――つまり、”ウィッカー・マン”と協力関係にない“証拠“として、あなた方の知る資料の全てを提供してはいかがでしょうか?」

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© 2025 アイセル

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