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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第二章 Beggar's Banquet

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狂宴ー⑮ー

「アンタも“リア・ファイル“を使っているなら……」


 ライラの眼に(きらめ)きが戻った。


 その眼に作為は無いが、サキを守るための()()が宿っている。


 ロックの周囲で巻き上がった瓦礫(がれき)の中で、スパンコールのような(きらめ)きが混じった。


――まさか、フォトニック結晶を極小のレベルで砕いていたのか!?


 息を呑んだロックの視線に、ガレアの女戦士の眼光がぶつかる。


「ヴァージニア……!!」


 声を出した時には、サキの周囲に光が(きらめ)き始める。


 無数の粒子からの光の刃が、ロックの背後を抉った。


 灼熱が体幹から続けて全身を蝕み、脳から激痛が全身に伝わる。


 激痛は痛覚を麻痺させ、ロックの脳は重力に落ちる感覚しか感じえなかった。


 重力の(くびき)から解放され、足が頭と反転。


 頭から海に落ちていく。


 その上には、サキを守る二体の守護者。


 彼女たちは、落ちていくロックを見下ろす。


「サキに危害を加えないとか言いながら、殴りまくってバカみたい!」


「でも……あの人の力。何かが……」


 別々の反応を示す二人の守護者が、グランヴィル・アイランドのヨット乗り場に降り立つのが、ロックに見えた。


 ライラの敵意は、ロックという命に係わる、お節介焼きを退けた優越感で作った(さげず)みの眼差しに染まっている。


 眼差しに映るロックは自分を、天から落ちてきた天使の姿へ不意に重ねた。


 しかし、ヴァージニアは現状に疑問を持ちながらも、ロックのことは既にないかのように話している。


 二人の対話が遠ざかるにつれ、ロックの内で、


『貴方は常に手が届かない。今もこれからも。そして、未来永劫ね!!』


 サロメの呪詛(じゅそ)が、パイプオルガンの演奏の様に響きあう。


 雨の音が聞こえなくなるほど、その声が大きくなり、力が入らなくなった。


 手の力が失われたまま、“ブラック・クイーン“が離れようとした時、二体の守護者に引き連れられたサキの姿が映る。


 ロックが苦し紛れに見たサキの横顔。


 何も分からず、寝ているかのようで、その均整な横顔は先の行事のために作られたものを思わせる。


 だが、()()()()()()()()()()がロックの心を掴んだ。


 彼女の頬を伝う雨粒。


 それが、涙の様に見えた。


 それに気づかない幻の守護者。


 虚像を滴る雨粒が、その体に波紋と小さな花火を作りながら地に還っている。


 ただ、サキは見ず、ロックに目を据える。


 ロックの視線が、二対のそれと交錯し、目の裏に光が宿る。


 光は像を作り、人を描き世界の断片を描き出した。


 断片の中にいるのは、三人。


 一人は、光と血に染まりながらもロックを抱きしめる少女。


 一人の少女の背後には、二つの影。


 影には、象牙色の星が二つと紅い石榴の三日月が一つ。


 そして、もう一人の顔も、影の上半分が割れ、吊り上げた笑みを浮かべていた。


 海面を打ち破り、水が弾けるが、その音はロックの耳に届かない。


 水の冷たさも感じなかった。


 ただ、大きな()()が、彼に伝わる全ての感覚を消し飛ばす。


 彼の中を流れるのは、高炉で溶かされた銑鉄(せんてつ)か、地脈を巡る溶岩か。


 はたまた、自らの血の脈動そのものか。


 目の前を雨と共に落ちる、“ブラック・クイーン“を見て、一際大きくなった()()が思考を遮断。


 紅黒い光が、ロックの体から一斉に噴き出た。


 ロックの頭の中の思考は、血色に染まり、激痛がのたうち回る。


――止めろ……!?


 彼の頭に、かつて()()()()()()()()()()()()()(よぎ)る。


 ダンディーで、失った悲しみと共に上げた咆哮で、血に染め上げた路地。


 ただ、破壊を行う()()()()に涙を流した少女。


――あの時……とは、違う!!


 ロックは、過去を振り払う様に、右腕を突き出した。


 海中を漂うブラック・クイーンを手に取り、血の色の光に包まれる。


 ロックの周囲を、血色の光が水の壁を築いた。


 壁はブラック・クイーンの籠状護拳(バスケットヒルト)を中心に、水の渦を巻きあげている。


 中心に力を感じ、熱と電気がロックの全身を駆け巡る。


 彼の体から電子が励起(れいき)、ブラック・クイーンを左から右へ振り上げた。


 水飛沫(しぶき)と電流の奔流が、フォルス川で紅と黒の爆発を打ち上げる。


 ライラとヴァージニアは、その爆心地にいるロックに茫然とした。


 ロックは、茫然とする彼女たちの二対の目に焼き付けた、自らの会心の笑みを見る。


 二人の守護者の目に映るのは、紅黒い竜巻とその中にいるロックと、彼を囲む沸騰し切った水だった。


 水の沸点は摂氏百度だが、海水の沸点は、それよりも高い。


 ライデンフロスト現象の様に破裂せず、熱力(エネルギー)を長く維持し、その形を保つことを可能にするのだ。


 熱力(エネルギー)量は、ロックの体を浮かせる推進力を与える。


 荒れ狂う海がロックを守る様に覆い、聖書の海獣の様な咆哮を上げながら、赤黒い竜巻が突き進んだ。


 巻き上げられた波が、サキの守護者の眼の中で、赤黒い龍の体を作る。


 ヴァージニアの(やじり)が、ロックのいる赤黒龍の(あぎと)めがけて放たれた。


 だが、届く前に、灼熱の波風に遮られる。


 ライラの剣が、ヴァージニアの前に出て、ロックを突き刺さんと伸ばした。


 しかし、光の刃が海の熱力(エネルギー)によって消える。


 だが、サキに近づけさせんと、体全てを張ってロックに突っ込んできた。


 刹那、ロックは、渦の中で一回転。


 その海の渦が、大きくなるや否や、赤黒い胴体をのたうたせる。


 グランヴィル・アイランドの近くで停泊しているヨットを壊しながら、サキの”命熱波(アナーシュト・ベハ)”の守護者に迫った。


 紅黒い龍の胴体の(むち)を、ヴァージニアが受ける。


 攻撃を防ぐ為に出したフォトニック結晶が、光を散らして砕かれた。


 ライラも加勢するが、その身を削られていく。


 ロックはそれを見て、力を加える。


 渦が三人を巻き込みながら、グランヴィル・アイランドのパブリック・マーケットを進んでいく。


 赤黒い竜巻が、魚をまき散らし、美術館の絵画や彫刻もそのあとに続いた。


 ロックを纏う海水が、剣を覆う。


 そして、紅黒い海竜の尾の一撃として、守護者たちに放たれる。


 力が可視化され、電気熱量が血の様に四散した。


 ライラはジャケットと剣、ヴァージニアはガレアと胸部装甲を剥がされ、力の奔流による爆発に巻き込まれる。


 光に変わり、ロックの前に広がった。


 光の中で力を失い、生まれたままの姿を晒しながら消えていく二人の守護者。


 その中の一人、ヴァージニアと目が合う。


「まさか……あなた。いや、これは――!」


 鎧が弾け飛び肌を露わにした、弓使いの守護者の叫びが消える。


 ヴァージニアが消え、サキの前に現れる光。


 光がロックの前で爆発し、視界と言葉が閃光に覆われた。



 ※※※



 雨天からの雫に頬を打たれて、ロックは目覚めた。


 そう気づいた時、彼の背中に激痛が走る。


 微かに鼻腔(びこう)(くすぐ)る鉄と肉の焦げた匂いに、顔を(しか)めながら目を開ける。


 だが、全身を駆け抜ける激痛で、(まぶた)は半開きに終わった。


 その代わり、右の頬と腹が濡れていることに気付く。


 雨音と共に駆け付ける、ブルースの足音が響く。


 彼の眼に映る、俯せて居る紅い外套(コート)を纏ったロック自身。


 何かを言っているようだが、聞こえない。


 激痛が感覚の全てを支配されている間に、ブルースに仰向けにさせられた。


 転がる視点の先に、サキがいた。


 彼女はエリザベスによって、抱えられている。


 制服が雨に濡れ、肌が浮いてきたので、エリザベスはジャケットを被せていた。


 だがロックは、そんな二人に目を見開いた。


 エリザベスがサキを抱えている背後にいる、一人の女の存在。


 二人を見下ろした彼女の顔が、弧を浮かべる。


 つまり、笑顔。


 まるで、雨と夜の帳に浮かぶ下弦の月。


 弧月が、サキの体に向けて近づくと消える。


 ロックは、光の中でヴァージニアの()()()()()()の先が、頭の中で反響した。


『これは、()()の罠よ!!』


 弧なる嘲笑を浮かべた女の影に、ロックの意識が暗転する。


 雨に冷えた体に伝う冷気と、頬に伝う涙の温かさを感じながら。

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© 2025 アイセル

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