歯車は回り出す―②―
4月19日 午後4時33分 上万作学園 視聴覚室
原田 龍之助が入ると、見知った顔が揃っていた。
「おう、龍之助!!」
ブレザーを着て眼鏡を掛けた自分を青年――斎藤 一平――の笑顔が、出迎えた。
「……停学の割には、元気そうだな」
龍之助の呆れつつも、どこか安堵した声に
「そら……病気もないし、ケガしたわけでもないしな」
「……まあ、バカなだけだ」
紅い外套を着た金髪碧眼のロック=ハイロウズが窓際で鼻を鳴らす。
「一平は意外と頭が良いぞ」
「意外と……それだけか?」
龍之助の言葉に、一平が不平を漏らすと、
「超が付くんでしょ?」
キャミソールを着た河上 サキが、笑って訂正する。
一平が調子に乗り、それをサキが笑った。
ただ、一つ違うのは、
「ロック……しばらく慣れないだろうが、我慢してくれ」
「……まずは、空気になることを心がけてみる」
龍之助の一言に、ロックが頭を抱えた。
是音台高等科学研究所の戦いがあったのが、4日前。
その深部である“祭壇”が崩落。
その上にあった“是音台広域災害”――龍之助たちが知る、“白光事件”――の記念碑の設置された公園もその道連れとなった。
突然の事故で、周辺の地域の平穏な夜が、突如として騒々しいものと化す。
幸いにも、二つの政治団体――“政市会”と“政声隊”――の争いの過激化に備えていた警察による交通整理が行われた。
消防車や救急車が誘導を受け、是音台高等科学研究所と周囲に駆け付けることとなった。
被害の状況、事故による怪我人――あるいは死亡者――の有無という調査が行われる。
当然、“ワールド・シェパード”社も“遺跡”のある場所での事故であるため、派遣された。
龍之助達は、ブルースの“ワールド・シェパード”社と警察の協力者の誘導を受け、崩壊した“祭壇”のある研究所を抜けることができた。
是音台の事故であるため、周辺の施設――特に上万作学園は、生徒の安全を考え、その翌日を休校とした。
龍之助達も、学校を休むことになった。
「まあ……休んだら、休んだで、色々大変だったしな……」
一平の一言に、空気に重量感が増した。
サキの述懐する顔に影が宿る。
龍之助達が是音台から、上万作市街に戻った時、アカリとキョウコに出迎えられた。
当然、カフェ“アルティザン”の主人で一平の姉の凛華も。
彼女たちの眼が、龍之助たちの顔を察したのか深くは聞かれなかった。
是音台へ、龍之助たちと一緒に向かった堀川と秋津の不在についても。
ただ、その沈黙も含めて、帰る場所があること。
龍之助はその事実にありがたみを感じた。
そう考えていると、龍之助は、共に苦難を乗り切った人物の不在に気づく。
ロックが龍之助の視線に気づいたのか、
「サミュエルとシャロンは、仕事だ……今日は来られない」
ロックの双子の弟と、彼と一緒にいた少女。
“望楼”という存在は、“政声隊”にいたころに名前は聞いていた。
サミュエルとシャロンにハチスカを運び出した時の運転手たちが、初対面である。
初めて会った時が、喧嘩というか戦闘状態だったことに龍之助は気まずさを覚えていた。
確かに、彼と何回か肩を並べもしたが、あくまでその場の勢いが大きい。
――……一度、謝っておかないとな……。
そう考えていると、扉が開いた。
茶色のジャケットと白いパンツを纏うブルースが携帯用の薄型演算機を右脇に抱え、教壇に立つ。
「みんな、揃っているようだな」
「遅い。アカリとキョウコ、待たせてんだから早くしろよー」
「教員としての仕事もあるんだよ……停学生」
一平の異議に対して、ブルースが応酬する。
ロック、サキに一平も本来なら学校にはいない。
だが、今回の報告会に三人も出ることになった。
キョウコとアカリの二人には、残念ながら参加資格は無い。
だが、サキが出てくることもあって、放課後も待つと言ったのだ。
「加えて……参加者の時間もあるから、考えてくれよ」
ブルースが電源を入れると、龍之助は教室の中心の席に座った。
三人掛けの席の右端に龍之助、一平、サキと続いて座る。
ロックの方は、動こうとせず、教壇を睥睨していた。
ブルースが手際よく投影機と映写幕を準備し終えた頃に、担任の和泉守 杏菜が入ってくる。
ブルースと目を合わせると、彼女が後ろの席に座った。
映写幕にブルースの設置した小型演算機の映像を映し出す。
三人の人物が映し出された。
「龍之助……元気そうだな」
長髪の男性は知己にして、恩人の橋本 ナオト。
カナダのバンクーバーの時差が17時間なら、昨日の午後11時のはずだ。
深夜近くでも仕事をしているナオトの様子を想像してしまい、恐縮。
恩人へ曖昧に返してしまう。
サキと龍之助が苦笑し、龍之助は我に戻る。
演算機のデスクトップに映る画面のナオト以外の人物を眼にしたのも大きい。
一人は白人の老人だ。
もう一人の方は、画面越しとはいえ龍之助の息が止まりかける。
内閣官房長官の伊藤 定雄。
サキから前以て、会話ばかりか実際に会ったとは聞いていた。
しかし、受視機や、電脳世界からの伝聞と、実際に眼にした時の差は埋められない。
現に、一平の方を見ると興奮のあまり、目と口の動きが落ち着いていない。
改めて、国家を担う一員としての風格を感じ取った。
四角の輪郭に、柔和な笑みを伊藤が浮かべると、
「皆さん、お忙しい中、集まっていただきありがとうございました」
伊藤の一言で、全てが止まった気がした。
「我が国において、“UNTOLD”という未知なる武器が出回り、市民の安寧が脅かされつつあります」
伊藤の口調は重い。
しかし、
「その中でも、原田 龍之助さんが無事でいてくれたことは、安心できることです」
いきなり自分の名前を持ち出された。
龍之助の中に込み上げるものがあり、その言語化が追い付かない。
ただ、安心できると言われ、
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
何とか絞り出せたが、壇上に立つブルースが笑顔を浮かべる。
一平とサキも、
「よく帰って来たな」
「おかえり」
歓迎の言葉を言ってくれて、胸が熱くなった。
「しかし……我が国を取り巻く事情は注視していくべきでしょう」
伊藤の声に、改めて、空気が引き締まる。
「”UNTOLD”が“政治を取り戻したい市民の会”と“政治に声を張り上げ隊”……この二つの電脳政治団体に流入し、各地でそれによる事件を起こしました」
伊藤の言う様に、広島の上万作市で起きた“政市会”と“政声隊”の衝突は、色々な影響をもたらした。
当然、是音台高等科学研究所の戦いに加わらなかった者たちは、“電脳右翼”と“電脳左翼”問わず、警察や“ワールド・シェパード”社に拘束された。
ブルースとナオトが、それぞれに親和的な勢力のあらゆる干渉――“ワールド・シェパード”社日本支社の振志田支社長すらも――を徹底的に排除するとのことだ。
また、電脳世界では、“電脳右翼”と“電脳左翼”――それぞれの悪事が、ここ数日で晒されることとなった。
それぞれの団体に親和的な著名人やマスメディアが彼らを擁護すると、良識的な者たちの怒りを買っていた。
そんな騒ぎにも関わらず、これらの団体の指導者とも言えた“政市会”の尾咲 一郎、“政声隊”の山土師 靖の行方も知られていない。
二人が違う団体でありながら、共通して“死神”の依り代だった。
龍之助たちが知った事実以上の情報は、電脳世界を探しても無かった。
「二つの電脳政治団体の衝突は――国内外を問わず――様々な勢力からの耳目も集めました」
“命導巧”という兵器と、“命熱波”使いという精鋭を“政市会”に提供した“ホステル”と、単独だが“遺跡”と技術を“政声隊”に提供した三条 千賀子による暗躍があった。
そう言った脅威に対し、伊那口を中心にした、電脳政治勢力に追われた者たちで構成される”B.L.A.D.E.”地区と”UNTOLD”の犠牲者の保護を掲げる“ソカル”、サミュエルとシャロンの所属する“望楼”もいた。
二つの政治団体の衝突を利用しようとする者たちに対し、街の為に立ち向かう者たちと協力出来た。
混沌とも言える中で僥倖とも言えたろう。
「ロックさんとサキさんの活躍で、“電脳政治団体”が封印を解いた“ヘルター・スケルター”への、再度の封印が出来たこと……この功績は無視できないでしょう」
視聴覚室に行く前に、龍之助がロックとブルースに“死神”について聞いてみた。
彼ら曰く、“ヘルター・スケルター”は死んでいない。
“命熱波”という熱力の塊が入っていた器――“スターマン”――が壊れたというのが、ロック達の認識らしい。
“ワンダーウォール”で形なく彷徨い、現世への干渉手段がないから、しばらくは大丈夫とのことだ。
「同時に、犠牲者の尊い命が失われたことも忘れることも出来ないでしょう」
是音台高等科学研究所での戦いに加わった、“政市会”と“政声隊”――それぞれの構成員の遺体の回収は困難を極めていた。
人型の炭塊となり果てたもの。
現場の保全すらも困難を極め、警察は彼らの身元確認に手を焼いているとのことだ。
上万作市に行った者たちの消息を問う掲示板を、“ブライトン・ロック”社が電脳世界に設置。
官民が協力して、身元確認に臨んでいる。
しかし、龍之助の中でも、最も心残りとも言えることがあった。
――堀川、秋津……。
龍之助たちと知り合い、両団体の極論とも言える正義に立ち向かうことを選んだ二人の少年と少女。
三条の歪んだ野望に利用された二人の姿は、未だに知られていない。
遺体が見つかっていないことが、安心できることだろうか。
「それでも、“UNTOLD”による争乱に、あなた方は勇気を持って立ち向かいました。我が国もこの犠牲を出さないよう、政治としての役割を果たさなければならない……上万作の悲劇を繰り返さないために」
伊藤の力強い言葉に、龍之助は現実に引き戻される。
「だからこそ、皆さんの力を貸してください……国民を“UNTOLD”の脅威から守るために!」
伊藤の言葉に、堀川と秋津の背を思い出す。
彼らの様な犠牲者を出すべきではない。
龍之助が、自分の力の持つべき理由を確信する。
しかし、龍之助の戦うべき理由が揺らいだ。
「それが、テメェの筋書きか……伊藤?」
窓側の席からのロックの視線。
その鋭さは、映写幕の向こうも貫かんほどだった。
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