歯車は回り出す―①―
4月15日 午後10時42分 是音台高等科学研究所
「エヴァンス……もう少しだ」
オーツに抱えられるエヴァンスに応える気力は無かった。
彼が彼女の右脇に入りその腕を首に覆い歩いている。
それによる振動で、彼女が目を覚ましたのもあった。
声も出ない最も大きい理由を挙げるなら、彼女の周囲に点在する“黒い人型”だろう。
「……エヴァンス、周りは見るな」
ダグラスの背が高く、オーツの寸胴な背格好なのもあったのか、印象が残らない。
しかし、彼の低い声や体躯の纏う雰囲気に、不思議と安心感と言えるのをエヴァンスは感じることが出来た。
是音台高等科学研究所の最深部――“祭壇”前――の戦い。
エヴァンスは“スパイニー・ノーマン”――“スコット決死隊”の指す“紅き外套の守護者”ことロック=ハイロウズ――の反撃に遭い、失神していた。
その後、オーツ自身も攻撃に遭い、気絶したという。
それは、“スパイニー・ノーマン”によるものではなかった。
ただ、いきなり自分の右腕を回すオーツに運ばれている自分で、意識が目覚め始める。
覚醒しきっていないエヴァンスの意識が認識したのは、青白い炎を纏う巨大“ウィッカー・マン”。
その周囲だけでなく、洞穴にいた活動員たちも燃え上がった。
“政市会”も“政声隊”の何れも、巨大“ウィッカー・マン”の扁桃型の双眸と全身から垣間見えるのと、同じ色の炎に。
「……これから、どうしよう……」
エヴァンス自身でも驚くほど、自分の声が弱弱しい。
“ブライトン・ロック”社にいた時期、“スパイニー・ノーマン”と名付けた青年によって、エヴァンスを含めた“スコット決死隊”の面々は土を付けさせられた。
“ブライトン・ロック社”に追われ、元“七聖人”で構成される“ホステル”に彼らは拾われる。
ダグラスと彼の弟の“ディンズデール”達と共に、エヴァンスも元“七聖人”の“ケンティガン”と決闘する権利を賭け、“ホステル”の側で働いていた。
極東の地である日本に、エヴァンス達が来た時、状況が変わった。
彼らの仲間であるホーテスキューが倒され、“ワールド・シェパード”社に捕らえられる。
それから、シリックとディンズデールも続いた。
「……“ホステル”も、タダで済ませる筈が無いわ」
上万作駅前広場で、“ケンティガン”によって、呆気なく殺されたダグラスの姿がエヴァンスの頭から離れない。
喉から突き出た“リア・ファイル”により、血に染まったダグラス。
“ケンティガン”に限らない。
“サロメ”はおろか、“コロンバ”も“ホステル”にいる。
“ケンティガン”に負けず劣らず、自分たちを殺す手段があるだろう。
自分たちが思い至らない、残酷な方法で。
様々なネットワークも持つ。
彼らの持つ異能による脅威もさることながら、社会的にも逃れることは出来ないだろう。
“スパイニー・ノーマン”への復讐は、エヴァンスにとって、今となってはどうでもよくなっていた。
ただ、これからどう切り抜けるかを考えると、頭が痛かった。
「逃げるぞ」
オーツの一言に、エヴァンスの意識は不安と絶望の螺旋から離れた。
「どこまでも逃げるぞ……誰も、俺たちを縛ることは出来ない。いや、させない」
オーツの力強い言葉に、エヴァンスの鼓動が高まる。
“スコット決死隊”にいた時、オーツが交渉役だった、
ダグラスとディンズデールは兄弟揃って、戦闘狂。
シリックが割と中では常識人寄り。
ホーテスキューは、エヴァンスが思うに影が薄い。
だが、“スコット決死隊”の窓口にして、支柱はオーツだった。
そんな彼にある信頼を覚えたが、エヴァンスを運ぶオーツの足が止まる。
是音台高等科学研究所の入口。
ロックによって開けられた穴の前に、一人の女が立つ。
エヴァンスはその女を知っていた。
「“命水女”……和泉守 杏菜」
オーツが口を開いた。
“ブライトン・ロック”社の“命熱波”使いの女だった。
星空の光に照らされる外を背後に、彼女の双眸がエヴァンスを抱えるオーツを捉える。
彼女の眼は、研ぎ切った刀を思わせた。
オーツの視線が、応える。
頭蓋の大きさの分銅型“命導巧”:“アンダー・プレッシャー”が、和泉守 杏菜に向かった。
オーツの眼の闘志が、杏菜に向く。
右腕をオーツの首から解くと、エヴァンスは残る力を足に意識した。
和泉守 杏菜に目を向けた瞬間、彼女の息が止まる。
“命水女”と言われた女の双眸に映る、オーツの身体。
その首から上が、消えた。
彼の首が放物線を描き、和泉守 杏菜の眼の前に落ちる。
オーツの分銅型“命導巧”も、主人に倣って是音台高等科学研究所の床に続いた。
――何が、何が起きたの――!?
エヴァンスはオーツから離れ、生温かいものを感じた。
それは、オーツの首から出た血。
噴水の様に出ると、雪の様なエヴァンスの肌と衣服を赤く染めた。
その生きていて、今死んだ証を浴び、エヴァンスから力が抜ける。
血の池に腰を落とし、和泉守 杏菜の眼を見た。
ただ、彼女の眼が映すのは、5人の人影。
五対の眼が、エヴァンスに向いた。
「……何よ、あなた達……何なのよ!!」
「あんた……聞いたことが無いのか?」
恐怖で上擦るエヴァンスの声に、和泉守 杏菜の平静な声が是音台高等科学研究所内に響く。
エヴァンスに向ける和泉守 杏菜の眼差しには、無知を笑うというよりは、何処か憐れみが混じっていた。
「……“ベネット家”を」
和泉守 杏菜の言葉に、エヴァンスの全身から血の気が引いた。
「そんな……彼女たちは、まだ……試験段か――!!」
「もう、動けるよ」
和泉守 杏菜の眼が、暗がりの中の5人組に向かう。
その一人の持つ、右手の剣。
そこから、まだ新鮮な血が垂れていた。
身体中に駆け巡る血を、エヴァンスは感じた。
恐怖を抑えるために、両手がその震えを抑えようとする。
ただ、掌に付いたオーツの血を悪戯に、全身に塗り付けるだけに終わった。
「そして、終わりました」
暗がりの人影の持つ剣が、凛とした女の声と共に上がった。
その切っ先から、血が一滴垂れた。
「……あれ、アレ――!?」
エヴァンスの初めに感じた違和感は、首だった。
違和感の正体を探るために、彼女は両手で思わず首に触れる。
途端に、視線がズレた。
思考は許さない。
硬質な床の冷たさを覚えた。
エヴァンスの目に映るのは、自身の首のない体。
血に染まった自分の肉体を見ると、視界が傾く。
是音台高等科学研究所の天井を眼にしたエヴァンス。
窓から差し込む星空と共に、眼元の温かい雫を感じる。
夜よりも深い闇が、エヴァンスの意識と命に幕を下ろした。
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