真実―㉜―
「……身体が……何かが這いずって――!!」
「助け……て……」
ロックの眼の前で、青白い光に覆われた”政市会”と青緑の光に包まれた“政声隊の苦悶の声が溢れていく。
堀川と秋津にそれぞれ送られる光が強くなるにつれ、構成員達が性別と世代を問わず一人ずつ倒れていった。
「何が起こってんだ!?」
「代償を取られてんだ……“ヘルター・スケルター”が“命熱波”で、“政市会”と“政声隊”の“命導巧”を通して力を使っていたからだ!!」
一平が戸惑うと、ロックは堀川と秋津に向かい、三条に流れる二つの光を見て吐き捨てる。
それから、堀川と秋津に流れる、二色の光を見て、ロックの中で最悪の考えが浮かんだ。
「……男女……まさか、“ヘルター・スケルター”の狙いは!?」
「子を成すこと……ですよ」
ロックの戸惑いに、三条の声が聞こえる。
振り返ると、ロックの目の前にいた筈のピンクのパンツスーツの女の姿がない。
声の場所を探すと、三条の華奢な身体は地表より離れ、宙を浮いていた。
堀川と秋津を通したそれぞれの光が、三条を包み
堀川と秋津の中心を結ぶ位置で、ロック達を見下ろしている。
「“子供を作る”……だと!?」
一平の三条に向けた叫び声が祭壇に響いた。
「平均“3000グラム”前後……この数字の意味が分かりますか?」
三条の問いに、ロックは首を傾げる。
サキ達も怪訝な視線を彼女に送ると、
「ここ10年でこの国で生まれた新生児の平均体重ですよ!!」
三条が叫ぶと、両腕を“祭壇”の天井に向けて広げる。
「アインシュタインの“質量熱力等価式”によると、一円玉1グラムで、火力発電所の発電量の1日分……そして、新生児一人で8から9GWhで火力発電所の発電量は8年分!!」
恍惚とした三条の天を仰ぐ声を中心に、大きな陽炎が揺らいだ。
三条の後ろに出てきた陽炎は、大きな人の形を作る。
ロックの鼻孔が、“四つの香草の香り”に支配された。
「“へルター・スケルター”……姿を現したか?」
口を開いたのは、ホステルに寝返った“七聖人”――ケンティガン。
瞋怒の刻まれた皺が、三条から放たれる光に照らされた。
しかし、どの光よりも鋭い彼の眼光を放つ相貌は映す。
扁桃の形をした頭部と両肩と胸部が、無から這い出てくる姿を。
「“スターマン”……あの時と同じですね、ブルース?」
三条の見下ろす視線に、ブルースが睥睨で返す。
「……ブルース、三条の言葉を聞いてからでしか判断できないが――」
「……ああ、三条も“白光事件”に居合わせていた!!」
ロックの胸中にあった悪い予感を否定したかったが、ブルースの一言はそれを許さない。
「“センセー”……何だよ、アレ!? どういうことだよ、子供って!?」
“ライト”が“パトリキウス”に正面から問う。
その姿勢は、今にも彼を正面から掴み、凶事を止めたい気持ちに溢れていた。
「“へルター・スケルター”は“白光事件”で学んだ……ただ、身体を乗っ取るだけでは不十分だと。男と女の宿主から熱力を得て、それを交配させることで子供を作ることを……」
「“パトリキウス”……そこまで知るなら、何故このようなことに手を貸す?」
牛男の擬獣――“バイス”が、ライダースーツの“ライト”を“パトリキウス”から引きはがす。
彼の背が、“ライト”に頭を冷やす様に伝えるものの、“パトリキウス”への追及の視線を緩めない。
「“へルター・スケルター”の復活……それは、上万作症候群に罹る住民の寛解も意味するから……ですよね?」
指摘したのは、鍛冶 美幸だった。
扁桃型の眼の色を象牙に染め、赤毛の男を映す。
彼女から生じる感情は何処か、悪戯を見破る子どもの笑顔を思わせた。
「住民の意識に入ったのが、そもそも……“白光事件”での負傷だからか……」
ロックは舌打ちをするが、
「でも話が見えない。それなら何故……回復した住人が殺されなきゃいけない?」
「それは、体外受精――否、“リア・ファイル”を使った卵子凍結手術で生まれたからだよ」
龍之助の困惑に、サミュエルが応える。
「果実や植物を育てるのと同じだよ……却って、候補者が多いということは、その分“熱力”の行き先も多くなる――つまり、先細りする」
「ああ、“ヘルター・スケルター”の望む相応しい宿主に、熱力を送るために、“ケンティガン”と“コロンバ”が殺していた!!」
ブルースが“象牙眼の魔女”と対峙する。
その言葉に、ロックは歯を食いしばり、サキ達は青白くなっていた
「そうだ……“B.L.A.D.E.”地区の住民でも、未だに昏睡状態から回復をしない重篤な者がいる」
“パトリキウス”の口から出た内容に、“ライト”が唖然とする。
その言葉を噛みしめる様に、口を開閉させる“ライダースーツ”の青年。
ただ、ロックの隣のサキは疑問に思ったのか、
「……でも、何で“へルター・スケルター”のためにそこまで――」
「“へルター・スケルター”が入ったのは回復のため……でも、入ったら最後……出るのにも膨大な熱力を要するから……じゃないの、“パトリキウス”?」
シャロンが、サキの疑問に対する推察を“パトリキウス”に叩きつける。
「その為には、そいつ等の策に乗るしかなかった……復活しないと、目覚める為の熱力も得られないからな!!」
薄桃色の少女の一言に、大鉄槌型“命導巧”:“サウンドチェイサー”を“パトリキウス”が、“コロンバ”、“ケンティガン”と鍛冶 美幸に向ける。
言葉なく、されど鋭い眼差しは肯定を示していた。
赤毛が業火を思わせ、眼の輝きも怒りの色で爛々としている。
「オイオイ……これでも、俺らはちゃんと殺す奴は注意して選んだぜ……“へルター・スケルター”のお望みを傷つけず、“B.L.A.D.E.”地区の住民にもなるべく手を出さず――」
「私たちのいる場所の目と鼻の先で騒いだだけじゃなく、数人単位であっても殺したのなら、どっちも変わらん!! 命導巧を三条と同様に、“政市会”にも流しておきながら、見苦しい言い訳だな!!」
“コロンバ”がポンチョから両掌で“パトリキウス”を制する動作を見せるが、赤毛の“七聖人”の怒りは収まる様子が無い。
「“コロンバ”……お前ら“ホステル”も“へルター・スケルター”復活の目的が、“リリス”復活の熱力目当てなら、分が悪いんじゃないか?」
ブルースの言葉と視線に、ロック達はある方向へ向かう。
ロックの視界には、“へルター・スケルター”――と言うよりは、それを含めた“スターマン”――の前で浮遊する三条がいた。
「お前等が、“へルター・スケルター”の熱力目当てなら、あの三条はお前等にとっては目障り……違うか?」
ブルースの視線の刃が、“ホステル”の面々に向かう。
「……痴れたことを、ブルース……我々は“リリス”の為に“熱力”が必要だが、“へルター・スケルター”の復活については我々の知るところではない」
「というよりは、その為の熱力と引き換えに、“へルター・スケルター”とかの知識や“命導巧”を提供したのは俺たちだけど、それらをどうするかについては“大和保存会”とその関係者次第だけどな?」
重量感のある声の“ケンティガン”と、軽薄な“コロンバ”の言葉にロックは愕然とした。
――つまり、“へルター・スケルター”の利益を受けるものが、この場にいる者以外にもいる!?
ブルースもその内容を想定していなかったのか、言葉を失ったようだ。
サミュエルとシャロンも、予測していなかった告白に眼を合わせる。
「だって……俺たちの必要な熱力って、リリスの回復に必要な量だけであって、命を作るほどじゃねぇしな?」
「ただ……独り占めは、見ていて良い気分ではないですけどね? 少なくとも、あなたも“ヘルター・スケルター”への熱力を送る為に“コーリング・フロム・ヘヴン”を“政声隊”に与えていましたしね」
“コロンバ”の言葉に同意する鍛冶が象牙眼を、ピンクのパンツスーツの女に向ける。
無言で、“ホステル”の構成員からの視線を受けた“ケンティガン”が空から杖を出した。
左腕に掴むと、杖の先を空中で愉悦に浸る三条に向ける。
「あらあら……残念ですね。熱力を分けることが出来れば良いのですけど――」
「そんな気、毛頭ないだろ……“サロメ”、“破宴の乙女”」
赤毛の男――“パトリキウス”の敵意の瞳で、二人の女の仇名を呼ぶ。
「さっさと、“ヘルター・スケルター”を召喚しろ……住民たちの目覚めの為に」
「テメェ!!」
ロックは“パトリキウス”に立ちはだかる。
“命導巧”:翼剣“ブラック・クイーン”を順手に構えた。
赤毛の男の大鉄鎚を持つ右手の力が、強まる。
「退け……」
「堀川と秋津はどうなる!?」
ロックの詰問に、“パトリキウス”は鼻を鳴らすと、
「住民の命とそいつ等を量るのは適切でない。加えて、この場では相応しくない」
“パトリキウス”が一歩踏み出すと、翼剣の切っ先をロックは突き出した。
「答えろよ……」
「貴様は、苦しむ住民たちを無視できるのか?」
“パトリキウス”の言葉に、意外な人物が声を上げた。
「“センセー”……コイツ等のことも、少しは考えてやってくれ!! 確かに、“B.L.A.D.E.”地区の皆には元気になってほしいけど……こんな仕打ちないじゃねぇか!?」
“ライト”が半身半獣の身で、ロックと“パトリキウス”の間に割って入る。
ただ、ロックは、彼の言葉の意味を量りかねた。
「待て……“ライト”、お前……このこと、全く知らなかったのか!?」
龍之助のロックの胸中を代弁した叫びと、眼鏡の奥の鋭い眼光が狼型の擬獣の青年を映す。
「話さなかった……こういうことが起こるのは眼に見えていたからな」
“パトリキウス”の眼の輝きが、ロックの前で僅かに揺らぐ。
「あなた達は、本当に面白いですね……自分の為と思って戦っている……でも、その実……他人を使って自分を正当化している。滑稽ですね……」
含み笑いをして、空中から見下ろす三条。
「そういえば、ロック=ハイロウズ、こう言いましたね……堀川さんたちを指して『こんな国、とっとと滅びろ!!』と……じゃあ、戦ってみなさいな……彼らの為に、“上万作の住民”を殺してみなさい!!」
三条の蔑みの視線が、“紅き外套の守護者”の見上げる視線を映す。
彼女の双眸の中のロックは、翼剣を無意識に逆手に構え、立ち尽くしていた。
天空の三条の喉笛に食らいつかんとする、獰猛な碧眼の輝きを研ぎ澄ましている。
しかし、ロックの中で“パトリキウス”の眼の輝きが、過り出した。
「ロック……惑わされないで」
彼の右隣りにいた、蒼白い刃を持つ少女――サキの一言がロックに響く。
「対立させられているけど……その大元は、“ヘルター・スケルター”を使おうとする悪い奴らだから!!」
サキの持つ“命導巧”:“フェイス”の切っ先が、青白い光と青緑の光を宿す三条 千賀子を捉える。
その刃にロックの顔が映ると、
「そうだな、サキ」
ロックは鼻を鳴らす。
彼は翼剣を構え、前傾姿勢となった。
「やれやれ……シンプルなことだけどな」
「この状況の元凶に近いヤツに言われたくないけど、煽り散らす三条を倒した方が最適だね」
苔色の外套の戦士――ブルース・バルト――と飴色のジャケットを纏うサミュエル=ハイロウズがロックの隣に立つ。
二刀のショーテルの放つ翠色と、小麦色に輝く大鎌の刃が桃色のパンツスースの女に向けた。
「スミちゃんと堀川を助けないと!!」
「お、堀川の名前をやっと覚えたか、シャロン?」
薄桃色のトレーナーと滑輪板で武装したシャロンに、橙のパーカーと両手に炎を宿した“命導巧”を構える一平が続く。
「それは良いことだな。あと、俺たちも、応えないとな!!」
そんな二人を見て、口の端を吊り上げた龍之助が、矛槍型“命導巧”の矛槍を突き出した。
「あらあら……これは、どうしたものでしょう?」
「“ヘルター・スケルター”と心中する時の遺言でも考えてろよ?」
三条の言葉に、ロックは吐き捨てる。
「“ヘルター・スケルター”についてなら、残念ながらお帰り願うぜ!! 堀川と秋津も助ける!! “ソカル”だろうが“ホステル”だろうが、“大和保存会”だろうが、邪魔するなら叩っ斬るぞ!?」
ロックは“パトリキウス”、鍛冶 美幸と“ホステル”の刺客二人に、斬閃にも似た視線を送る。
「あらあら……怖いですね」
そういう三条には感情の昂りが落ち着いたのか、口調は平静となっている、
彼女の視線の下に、集うロック達。
彼らの眼に宿る戦意の輝きが、三条と彼女の後ろで輝く青白い巨人を捉えていた。
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