真実―㉚―
「……何がおかしい、三条?」
ロックの目の前の女弁護士の滅多に見せなかった感情の発露。
ロックの凍える夜の湖面を思わせる眼を、彼女の双眸が映しながら、
「いえいえ……日本国憲法ではなく、彼らがやっと対等に扱われるのが……子どもの権利条約って!!」
ロックの食い込む刃が、三条の顎と首の付け根の皮膚を薄く傷つけたのか、僅かに血が出ている。
三条の中に初めから痛覚が無いのか。
それともロック達の論理展開が彼女の笑いのツボを突いて、それを上回っているのか。
サキも三条の桃色のパンツスーツの背後で、彼女の豹変に目元が引きつっている。
ブルースも二振りのショーテル型“命導巧”:“ヘヴンズ・ドライヴ”の鍔の銃口の射程を三条に合わせた。
サミュエルも鎌の刃の内側の山土師に注意を向ける。
鍔なし帽の猿顔の活動家も、三条の反応を見たことないのか、目を剝いていた。
サミュエルの“命導巧”の間合いにいる尾咲も同様で、反日と括る仮想敵の反応に言葉が無いようである。
嗤う三条の眼がロックの背後も映した。
一平、龍之助も事態に対処できず、目を合わせるに留める。
シャロンも“祭壇”の入り口で、振り向き様に、三条の意図を量りかねていた。
「それでしたら……子どもの権利条約には、精一杯感謝しないといけませんね……あなた達が彼らを無傷で連れて来てくれたのですから」
笑いが落ち着いた三条の言葉に、
「テメェ……どういうこ――!?」
三条に真意を問うが、ロックの息が止まった。
彼女の双眸が映す者達に、ロックも目を向ける。
三条の眼に浮かぶのは、堀川 一と秋津 澄香の二人だった。
桃色のパンツスーツの女の視線を受け、堀川達も怪訝な顔を見せた。
シャロン、サミュエル、ブルース、一平と龍之助も三条の言葉の意味が分からず、戸惑っている。
“バタリオン・ピース”の狼と牛の擬獣達も、首を傾げていた。
そんな中、彼らの眼がロックとサキを映す。
蒼白となった彼らの顔が。三条の意図を知ってしまったことを告げていた。
「ロック、サキ……どういうことだ? 三条は何を仕掛けた!?」
龍之助が矛槍型“命導巧”:“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の穂先を、三条に向ける。
「原田 龍之助……それは、“あなたのお友達”が一番知っているのではないですか?」
桃色のパンツスーツの女の蠱惑的な言葉に応えるように、白い少女――“レン”――が浮かぶ。
彼女の眼に、龍之助と共に赤い少女――“アイ”――の鏡像が映っていた。
彼女は、妹の“レン”と向かい合う。
ロックの眼に映る“アイ”の一言は、自分たちが想像していたものとかけ離れていた。
『あなた……誰なの?』
赤い少女の強張った瞳は、自らの片割れに向けるものではなかった。
『ようやく……気づいたか……』
白い少女が口を開いた。
その言葉に赤い少女の顔から、血の気と言えるものが消えていく。
『まさか……私は!?』
空中で頭を抱えこむアイ。
アイはおろかロック達も妹と思っていた白い少女の口が、下弦の月を作る。
“レン”という名の笑顔の仮面を纏う少女の眼の輝き。
それが、青緑色に染まった。
苦しむアイを見下ろす、“レン”だった少女の装いが相貌とお揃いになる。
「おい……アレ、三人の少女の中で死を司る奴――!!」
一平の絞り出した言葉に、ロックは息を呑む。
二人の少女たちから香る、四つの香草の匂い。
匂いと共に、ロックに頭痛が走った。
「ロック……これは!?」
サキも頭を抱え、三条の背の向こうで膝を突いた。
「これは……周りを見てみろ!?」
龍之助に言われ、ロックは頭痛を堪えながら周囲を見渡す。
“祭壇”の機械に覆われた内装が消えていた。
『……あれ、ここは……?』
柔らかい少女の声が聞こえた。
ロックは周りを見ると、卵の殻を思わせる楕円の樹脂に覆われている。
樹脂を触るのは、両手だった。
「これは……誰かの視界を通している映像か?」
ブルースの言葉に、
「じゃあ……それは、誰の――!?」
シャロンが真っ青になって、突如として現れた両手の先を凝視する。
樹脂を触る両手は、白く瑞々しい。
両手と樹脂の向こう側に、卵の楕円が出っ張る何かが見えた。
その中で蠢く影を見ると、
「アイ……か?」
少女の格好にロックは訝しがるが、
「いや……違う」
龍之助が隣で被りを振ると、
『……レン。私の妹』
憔悴しきった“アイ”が口を開く。
「ちょっと待って……これは、“アイ”の視界ってこと!?」
サミュエルが眉を顰めると、
「みんな、見て!! レンが!?」
サキの叫び声に、ロックはレンに眼を向けた。
“フィンヴェナフ”と刻まれた楕円の樹脂の内側を、アイの双子の妹が叩いている。
『ねえ、アイ……怖いよ!! 助けてよ!!』
『わからないよ、私も怖いよ!!』
樹脂越しに向かい合い、恐怖を吐露する双子の姉妹。
二人の視線からの直径の中心には、大きな人型があった。
「待て……あの文字……ここ、“祭壇”じゃねぇのか!?」
一平が、感情と共に吐き捨てた。
血を分けた少女が、互いに楕円形の中に閉じ込められている。
その様子を見せられて、誰も平静でいられる訳がなかった。
無論、ロックも。
『リュウちゃん……助けて、助けてよ……』
龍之助が、姉妹を呼ぶ自分の声に歯を食いしばる。
どうにもできない過去に、彼が矛槍を砕かん勢いで力を入れていた。
『何か、来る……来ないでよ!?』
アイを覆う樹脂越しに見える巨人から、青白い光が滲み出る。
滲み出た光が、アイとレンのいる卵型の容器に伸びた。
『苦しいよ……アイ、助けてよ!!』
『レン……私も痛いよ、怖いよ……助けてよ!!』
アイの視界を覆う青白い光に、レンの容器もその餌食となっていた。
不意に、ロック達の視界が光に包まれる。
“祭壇”はおろか、巨人も苦しむレンの姿もない。
ただ、大きな影が現れる。
影は少年を描いた。
眼鏡を掛け、綺麗な短髪。
そして、鋭く真っすぐな瞳を持っている。
「これは……龍之助!?」
サキが叫ぶと、一平と本人が頷いた。
「これ……アイの視界だよね……」
シャロンの言いたいことに、ロックは理解してしまう。
その答えが、真っ青に立ち尽くす赤い少女――“アイ”――で示されていたことを。
『そう……お前は、生きている。死にゆく、妹を見捨てて……意中の少年を望み、生き残った』
レンを象った存在が、宙に浮かび“アイ”を見下ろす。
『私のことは……“ルイ”かな……。死んだレンの身体を元にこの姿を作った……』
青緑の少女の“ルイ”の眼は、どんな鏡よりも綺麗に輝き、項垂れる“アイ”を映し出す。
彼女の蒼白な顔を見て、
『レンも……龍之助が好きだった。でも、アイがいつも彼の隣にいたから――』
『止めて!!』
近づく“ルイ”に、“アイ”が悲鳴と共に離れる。
『それなのに……レンは恐れながら死んだのに、あなたは“リュウちゃん”を夢見ながら――』
“ルイ”の糾弾に、“アイ”の拒絶の叫びが“祭壇”を覆った。
龍之助の顔は、姉妹の気持ちを思わぬ存在から知り、呆然と“アイ”を見つめる。
どう処理していいか分からない。
そんな彼の視線に耐えきれなくなり、
『見ないで……私を見ないで!!』
青白い光が“アイ”から放たれる。
“ルイ”も呼応するように、同じ光を華奢な身体から放出。
二人の光は、別々の方向へ流れていく。
光の行き先は、堀川と秋津だった。
「これは……?」
「何……これ、どういうこと!?」
“アイ”の光が堀川を包む。
秋津は、“ルイ”の光に覆われていた。
二人が苦しみ出すと、
「何が起きているの!?」
「“バイス”……これは、どうなってんだ!?」
サキと“バタリオン・ピース”の“ライト”が叫ぶ。
余りの出来事に、“ライト”の両腕の力が緩むと、山土師と尾咲の二人が拘束から抜けだした。
「……“パトリキウス”。これは、どういうことだ?」
“政市会”と“政声隊”の構成員たちも目の前の事態で混乱している中、“バイス”の声が響いた。
ロック達ですら、何が起きているのかの把握も難しい状況の中で佇む、牛型の擬獣の男の視線。
“ソカル”の首魁――赤毛の“パトリキウス”――が、無から現れた。
面白ければ、リアクション、評価、ブックマークをお願いいたします。
© 2025 アイセル




