真実—⑮—
――クソッタレ!!
ロックは“駆け抜ける疾風”で神経の反応速度を上げた。
目の前の炎を避け、天井に飛ぶ。
身体を一回転して、右足で天井を蹴った。
ロックの跳躍から生じた衝撃波により、自ら出した炎に覆われる姿を眼にして、奥へ突き進む。
すれ違った“政市会”と“政声隊”がそれぞれ、立っていた。
ロックの“疑似物理現象”による超高速移動を視認できない所為か、二人は「何が起きているのか?」すら把握できていない。
“政市会”の尾咲・菅原一派と、“政声隊”の山土師たちの乗ったエレベーターの行き先へ通じる階段を見つける。
ロックは地へ降り立つと、再度“駆け抜ける疾風”の超反応と超神経強化による右の蹴りで更に加速した。
ロック達を想定しつつ、彼そのものを見逃す滑稽な両政治団体の構成員を縫う様に前進。
階段の入り口の前には、緑トルクを纏う大柄な女性が立っている。
彼女の傍らに立つ青緑の人型の“アンペア”から、紫電が放たれていた。
彼女の眼はロックと焦点があっていない。
恐らく、ロック達が突入した時の“政声隊”の放った“ブレイザー”の炎を先攻と思ったのだろう。
矢継ぎ早に、“アンペア”の雷撃を放ったのだ。
皮肉なことだが、一撃目の炎はロックを外したが、
――俺に当たりそうだけどな!!
ロックは“磁向防”を発動しつつ、右腕を前にして両腕を突き出す。
大柄で筋肉質な女に、ロックは全身の体重を掛けて突進した。
傍らの“アンペア”が立ち消え、女の方は何が起きたか理解できないまま、腹から空気を吐き出す。
ロックの体重と加速度の乗法の熱力により、彼女と共に、地下へ通じる階段の踊り場に突っ込んだ。
筋肉質な女は、ロックの突進の勢いで手摺に背中を叩きつけて止まる。
ロックは踊り場の中心で、前のめりから立ち上がった。
「……まあ、突き抜けたところで……見逃してくれねぇよな?」
階段の入り口を振り向くと、漸く、彼らは理解した様だった。
ロックに出し抜かれた両政治団体の構成員が、階段の入り口と通路の境界線に立つ。
性別や世代を問わず、それぞれの得物を手にロックへの妨害と言うよりは、殺意に眼を輝かせていた。
――“磁向防”は使えない……か?
基本的に、物理攻撃や化学反応による攻撃を防ぐ、“命熱波”発生時の結界である。
ただし、衝撃による身体への損傷は除いて、だが。
加えるとしたら、息継ぎと同じである。
ロックは例えるなら、水泳をして水面から顔を出し、今は水の中の状態だった。
タイミングがズレると、一溜りもない。
彼らの眼に、ロックの背後に青白い電流が映った。
ロックは振り返り、跳躍して後退する。
先回りしていた“政市会”会員の右腕に、特殊警棒の“芝打”が洞窟の暗がりで青白く明滅していた。
ロックを追う地獄の獄卒の持つ鬼火を連想させながら、一人ずつ階段から登ってくる。
“政声隊”も特殊なトルクである、“コーリング・フロム・ヘヴン”の赤、白、青緑の三色の人型を伴い、踊り場の影の部分から出て来た。
地下に先行していた構成員たちと、通路にいた者たちの眼がロックを捉える。
階段から登る者たちと踊り場に潜んでいた者たちの眼の中に映る“紅き外套の守護者”の姿が、閃光で一瞬消えた。
ロックは振り返ると、通路側から大きな爆音が発生する。
その中から、鋭い斬閃が躍り出た。
天井が広がる地下階段の踊り場で描かれる頂点が、ロックに立ちはだかる“政市会”会員に着地して放物線を描く。
狼の擬獣、“ライト”の爪が階段から上ってきた“政市会”会員に、両手の爪の斬閃を見舞った。
暗がりで眼を潰すような閃光が疾走り、“政市会”会員たちは“芝打”の青白い光の明滅と共に倒れる。
通路側の異変に感じた黒シャツの男――“政声隊”の荒事専門集団の“力人衆”――が、ロックに向けて氷の両拳を構えて肉迫。
足の裏と通路に用意した氷による滑走で、瞬時に間合いを詰めるが、
「遅いな……」
ロックにたどり着く寸前で、黒シャツ男が苔色の風に阻まれる。
苔色の外套を翻しながら、ブルースが二刀のショーテルを振るう。
黒シャツ男の腰のベルトを左の剣で斬り、パンツを落とした。
黒シャツの男が羞恥に晒される。
「不思議とありがたみがねぇな……歩く悪趣味」
「ロック、ギスギスしてきたからユーモア、ユーモアね?」
ロックは視線で突き刺そうとするが、ブルースの顔は鉄壁の笑顔に躱される。
ボクサートランクスが露わとなった怒りをブルースにぶちまけようと、黒シャツ男が飛び掛かった。
だが、男の両脚がズボンで引っ掛かると、
「下の情けない山、晒すなよ?」
ブルースが両手のショーテルの刃を消すと、瞬時に外套の下に隠したホルスターに“命導巧”を収める。
前のめりになった黒シャツ男の顎に、右肘鉄の一撃を放った。
言語化できないほどの情けない声を出し、黒シャツ男が大の字で倒れる。
「お笑いと言って、下半身に持っていく英国仕草……モンティパイソンから変わらんな」
「北欧ネタがないだけ、まだ穏便だろ? 調子はどうだ?」
ブルースの返しに、ロックは呆れつつ、肩をすくめる。
状態については、ロックの態度でブルースが問題なしと見たのか、これ以上聞いてこなかった。
ロックは踊り場に待機する“政声隊”に目を向ける。
ブルースの乱入に、“政声隊”の面々が警戒し、間合いを見ながら後退していた。
「おっしゃー!! 一網打尽!!」
「僕たちもやられかけたけどね!!」
ロックの背後で、通路で倒れる政治団体の構成員を足で除けながら、一平が出て来た。
隣にいるサミュエルだが、両耳を指で弄りながら、不平を漏らす。
「ちょっと、耳に悪いけどね」
「まったく、下手したら共倒れだよ!!」
「だが、あの中では身動きも取れなかったからな……」
サキの声は、サミュエルよりは内容は柔らかいが、同じく耳の違和感で顔が若干青い。
シャロンに至っては、頭に残った何かを振り払わんばかりに、全身を揺らしてガニ股で、歩いていた。
龍之助の口調は、状況的には割り切れないが、身体を襲う不快感を隠せていない。
ロックは、各々の表情から判断して、
「一平……お前、何使った?」
一平に問うが、返ってきたのは炎の榴弾だった。
数発の燃焼現象を一纏めした榴弾が、ロックへ攻撃しようとした“政声隊”メンバーを吹き飛ばす。
「ああ、“爆衝烈拳”ってやつだよ……炎に炎とかだと、巻き添え喰らうだろうし」
一平の答えとしては密閉された空間での火炎による、共倒れを避けたのだろう。
「だからと言って、爆轟の衝撃波を狭い場所で使うバカがいる!? “磁向防”を使える“命熱波”使いだったら、炎、氷や雷撃は防ぎながら行けるって思わない、普通!?」
シャロンが感情を露わにして、一平に詰め寄る。
状況から判断して、“爆衝烈拳”で、一平が突き抜けようとしたのだろう。
ブルースと“ライト”が、高速移動で倒していこうと思っていたのだろう。
「だが、暗がりで全く見えなかったし……シャロン、サミュエルもあまり――」
「それも正しいから腹立つの!!」
「やった馬鹿もだけど、一平の行動を予測して突き抜けたブルースも特に!!」
龍之助が、“望楼”出身の二名の怒りを宥めようとするが、彼らの矛は収まる気配がない。
爆破事故で一番厄介なのは、物理的な裂傷ではない。
爆轟による衝撃波による、体内への損傷だ。
耳の様な三半規管から意識を奪い、下手したら肺にも損傷を負う。
サミュエルとシャロンの怒りも尤もだった。
「みんな、大丈夫!?」
「何と言うか、大胆だね……」
長髪を二房に分けた少女の秋津と、小綺麗にした堀川が遅れて、踊り場に抜ける。
彼らが茶髪の大男“バイス”に伴われて、周囲をマジマジと見つめる。
恐らく、戦闘をしている中で、最後列で二人を護っていたからだろうか。
一平との距離がある者たちに比べて、割を食わなかったようだ。
「ってか、遠足じゃねぇんだぞ……」
「良いじゃねぇか……」
ロックのため息に、ブルースが笑いながら、ショーテル型“命導巧”を構える。
「左右問わず正義に踊らされている奴らよりは、自分があってな!!」
ブルースに言われて、ロックは翼剣:“ブラック・クイーン”を構える。
踊り場にいる“政声隊”は勿論、階段から上ってくる“政市会”会員も視界に入れ、
「違いない!!」
ブルースの眼のロックは、獰猛な笑みを浮かべる。
立ちはだかる者たちの背後に広がる深淵を思わせる、地下洞窟の暗がり。
その奥で、機械に浸食された洞穴に蠢く輝きをロックは見た。
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