表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第二章 Beggar's Banquet

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/257

狂宴―⑥―

「下がってください、早く!」


 喪服を着た女性の前に、サキが駆け寄る。


 彼女は、子供を再度失って、茫然とした婦人をロックから離そうと努めた。


 婦人はサキの言葉に首を素早く上下させながら、立ち去る。


 先ほどの男性の同性愛者のカップルのいた方角でも、悲鳴が上がった。


 抱擁を交わしていた男性の首があり得ない方に、捻じれている。


 いや、()()()()()()()()()()()()()()の様に首が垂れていた。


 ロックとサキの目の前で、抱擁していた男性が光に吸い込まれ、青白く発光。


 愛を注がれていた男性は、ロックが吹き飛ばした銀色の幼児と同じ色に変わった。


 一糸まとわない、人間の四肢と頭部で()()()()()()()


「何……あれ」


 愛を語られていた男性の成れの果てを、“ブラック・クイーン”で両断したロックの内面をサキは呆然としながら問う。


 彼が思考の際に発した言葉――()()()()


 それは、頭部と胴体の割合が()()()()()()()()()、余りにもおかしかったからだ。


 頭部は、扁桃(アーモンド)形。


 加えて、双眼は瀝青(コールタール)の様に鈍く反射していて、加えて扁桃(アーモンド)形である。


「“フル・フロンタル”、”ウィッカー・マン”だ!!」


 ロックは、サキに吐き捨てるようにして答えた。


 “フル・フロンタル”。


 読んで字のごとく、素っ裸(フル・フロンタル)と言う意味を持つ”ウィッカー・マン”。


 単体では、“クァトロの脚力は愚か、腕力では“ガンビーにすら劣る。


 しかし、この二体に負けずとも劣らない特性が、この()()()()()()()()にはあった。


 それがロックとサキの周囲で、グランヴィル・アイランドの中から外への中継を通して、誇示される。


 壁からの帰還者たちの変貌に、来客者の絶叫が穏やかな昼下がりの空気を破壊した。


 揺さぶられた感情の大きな波が、グランヴィル・アイランドの至る所を震わせる。


 誰かの残した携帯端末、屋外受視機(テレビ)から、恐怖が波の様に伝播していく。


 生き別れた父親が銀の腕の抱擁(ほうよう)で、母親だけでなく、姉妹も天の足元に送る過程が端末から流れている。


 泣き叫ぶ乳飲み子であふれて辺土(リンボ)と化したキッズマーケット。


 ジャングルジムの檻に残された幼子たちが、ロックの右前方の受視機(テレビ)から流れる。


 ロックの足下の主なき情報通信端末(タブレット)から、美術館で愛を語り合っていた女性たちの内、一人が銀灰色の扁桃(アーモンド)頭となる様子が映っていた。


 銀の五指で、愛を語られている方を灰燼(かいじん)にする模様が編集無しで配信されている。


 更に、彼が一歩歩いた先の酒場と食堂の受視機(テレビ)から、地元ホッケーチームのロゴの付いたシャツを着た黒人青年が“フル・フロンタル”となり暴れていた。


 息子を止めようとする父親が、青い手で貫かれ、母親や祖母と思しき老婆もその返し刀の露に消えていく。


 “フル・フロンタル”は体形を選ばない。


 太ることも出来れば、細くも出来る。年齢や性別も問わない。


 相手に迫り、近しい人に擬態し、心を()()()にさせた後で()()()()()のだ。


 建物の振動がいきなり、地響きに変換。


 外へ逃げようとする者たちが、一斉に駆けだしてくる。


 人混みの中で、髭を生やした白人男性が子供を突き飛ばして出てきた。


 その子供を中国系の女性がかばうが、後ろから来た扁桃(アーモンド)人形に背後から焼かれる。


 突き飛ばした男は、中国人女性に()()()()()()“子供を模倣した銀人形“に飛び掛かられた。


 銀色の子供の抱擁で、白人の中年男性は、恐怖に染まった客人の顔、一人一人を照らす、青いガス燈に仕立てられる。


 まるで、照らされた彼らを、黄泉路に誘わんとする道標と言わんばかりに。


――こんな、悪趣味な攻撃……。


 ロックは、攻撃者の正体を探す。


 そいつの毒牙からサキを守る為に。


 しかし、今の段階で、()()()()()()()()()()()()()ロックは、自らの甘さを呪う。


 ()()()が、既にサキの前にいたからだ。


 ロックに気付いたのか、サキは戸惑った視線を彼に返す。


 サキの前にいた人物は、


「どうしましたか、サキ=カワカミ。そして、“深紅の外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド”――いや」


 まるで、血に染まる様な赤い薔薇に佇む、不釣り合いな向日葵(ひまわり)の雰囲気を(かも)す女性――エレン=ウェザーマン。


 新調された雨具で、雨の日を楽しむ子供の様な笑顔を作っていた。


 だが、ロックはその姿が、見せかけであることに気付く。


 彼女の眼と唇が、()()()()()()に、鈍く輝いていた為に。


「ロック=ハイロウズ!!」


「サロメ!!」


 石榴の様な紅い唇から放たれた名前に、ロックは叫びながら、象牙色の双眼の女――サロメに、籠状護拳(バスケットヒルト)“ブラック・クイーン”を繰り出す。


 弾丸の様な形をした籠状護拳(バスケットヒルト)は、サロメの白磁の肌に届かない。


 唸り声を、ロックは上げる。


 悔しさを発したからではない。


 それは、喊声(かんせい)だった。


 主に呼応するように、命導巧(ウェイル・ベオ)、“ブラック・クイーンが紫電を散らして鳴動。


 右拳を覆う弾丸は、黒と赤の雷の翼を作る。


 黒と赤の雷の翼が刀身となり、サロメの白磁の右腕の肘を断った。


 剪断(せんだん)の音もなく、彫刻品の様に整った右腕が宙を舞う。


 彼は間髪入れずに、“ブラック・クイーンを逆手に持ち替える。


 刃をロックの右の肘鉄で押し出した。


 “ブラック・クイーンの、翼剣の表面で、サロメの象牙眼は大きく見開かれる。


 鳩が豆鉄砲を食らったようなサロメの顔の顎から右目に掛けて、紅黒の刃がめり込んだ。


 刃の下から、息を漏れる。


 次に出たのは血ではなく、彼女の口端を釣り上げて作った笑みだった。


 サロメの二つに分かれた顔の目に映る、扁桃(アーモンド)人形の群れが、サキを囲い始める。


 だが、“フル・フロンタルが彼女に踏み込む前に、緑色の雷迅が立ちはだかった。


 緑色の迅雷が、銀色の扁桃(アーモンド)人形たちへ疾走(はし)る。


 土瀝青(アスファルト)の大地を抉りながら、銀灰人形を一体ずつ灰燼(かいじん)にしていく緑迅雷の旋風(つむじかぜ)


 雷を含めた風が、走り去った後にサキはいなかった。


「サキ、ケガはない?」


 キャニスが、緑の迅雷の軌跡から離れた場所で、サキを背に話している。


 ブルースは見届けると、虚空に刃を向けた。


 半月に反れた刃が、空中から飛び掛かってきた“フル・フロンタル”を捉える。


 ロックは、自分の右手から延びる“ブラック・クイーン”に顔を向けた。


 黒と紅の翼剣に、貫かれたサロメ。


 彼女の顔から、象牙眼と石榴の唇の輝きが消え、扁桃(アーモンド)の頭と扁桃(アーモンド)の双眼の銀人形が腕と脚をだらしなく伸ばしている。


 ロックは右側へ、銀人形を振り落として、


「ブルース、何を手間取っていた?」


「女子トイレを探していたんだよ……そしたら、何を見つけたと思う?」


 ロックの言葉に、ブルースが叫んだ。


()()のエレン=ウェザーマンの遺体だ!!」


 ロックへの回答とついでに、ブルースは、時計回りの(こけ)色の竜巻になる。


 銀人形の胴体に対して、不均等な頭部の亀裂が右下から左上に疾走。


 右半身を引き戻した勢いで、左のショーテルで銀色の細腕の肘を斬った。


 更に、右腰を入れた回転に、手首に捻りを加えた(こけ)色の斬撃を乗せる。


 ブルースと向き合った、“フル・フロンタルは右脚を残したまま、胴を分解した。


「ロック、例の熱源……本当に見えないの!?」


 キャニスは叫びながら、トンファー型命導巧(ウェイル・ベオ)、“ラスティ・ネイル”を突き出す。


 両腕に装着された肘の長さ程の一対の杭が、彼女の細腕から同時に打ち出され、二体を貫いた。


 杭は目を潰すような閃光を放ちながら、眩い火花が銀人形を灰燼(かいじん)に変える。


「”ウィッカー・マン”なら、何処かに熱源があるのは間違いない。この場合、隠されていると考えた方が良い!!」


 ロックは吐き捨てるように、叫ぶ。


 彼は、腰に付けていた命導巧(ウェイル・ベオ)で、“リア・ファイル”を活性化させた時、何も見つけられなかった。


 サキと見た男性の同性愛者の恋人たちの会話で、話しかけていた方が明らかに“()()()()()()()()”を()()として認識。


 先ほどの子供の遺族である母親も、()()()()()()という精神の深いところに、踏み込まないと見られない反応だった。


 “フル・フロンタル”は、標的を狙う為に擬態を行う。


 しかし、実際のところ、誰かを殺した後に生存を偽造し、会話の希薄な共同体で居留守を行うのが限界だった。


 人間関係に踏み込めるまでの擬態は、ロックは見たことは愚か、聞いたことも無い。


 ロックが知らないものを、キャニスやブルースも知る余地は無かった。


「ロック……見えない、あれ?」


 サキから不意に問いかけられ、ロックは彼女の促す方を向いた。

面白ければ、評価、ブックマークをお願いいたします。



© 2025 アイセル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ