狂宴―⑥―
「下がってください、早く!」
喪服を着た女性の前に、サキが駆け寄る。
彼女は、子供を再度失って、茫然とした婦人をロックから離そうと努めた。
婦人はサキの言葉に首を素早く上下させながら、立ち去る。
先ほどの男性の同性愛者のカップルのいた方角でも、悲鳴が上がった。
抱擁を交わしていた男性の首があり得ない方に、捻じれている。
いや、火の勢いで焼け落ちそうな蝋燭の様に首が垂れていた。
ロックとサキの目の前で、抱擁していた男性が光に吸い込まれ、青白く発光。
愛を注がれていた男性は、ロックが吹き飛ばした銀色の幼児と同じ色に変わった。
一糸まとわない、人間の四肢と頭部で成り立っている。
「何……あれ」
愛を語られていた男性の成れの果てを、“ブラック・クイーン”で両断したロックの内面をサキは呆然としながら問う。
彼が思考の際に発した言葉――成り立つ。
それは、頭部と胴体の割合が人間のそれと比べて、余りにもおかしかったからだ。
頭部は、扁桃形。
加えて、双眼は瀝青の様に鈍く反射していて、加えて扁桃形である。
「“フル・フロンタル”、”ウィッカー・マン”だ!!」
ロックは、サキに吐き捨てるようにして答えた。
“フル・フロンタル”。
読んで字のごとく、素っ裸と言う意味を持つ”ウィッカー・マン”。
単体では、“クァトロの脚力は愚か、腕力では“ガンビーにすら劣る。
しかし、この二体に負けずとも劣らない特性が、この人型の出来損ないにはあった。
それがロックとサキの周囲で、グランヴィル・アイランドの中から外への中継を通して、誇示される。
壁からの帰還者たちの変貌に、来客者の絶叫が穏やかな昼下がりの空気を破壊した。
揺さぶられた感情の大きな波が、グランヴィル・アイランドの至る所を震わせる。
誰かの残した携帯端末、屋外受視機から、恐怖が波の様に伝播していく。
生き別れた父親が銀の腕の抱擁で、母親だけでなく、姉妹も天の足元に送る過程が端末から流れている。
泣き叫ぶ乳飲み子であふれて辺土と化したキッズマーケット。
ジャングルジムの檻に残された幼子たちが、ロックの右前方の受視機から流れる。
ロックの足下の主なき情報通信端末から、美術館で愛を語り合っていた女性たちの内、一人が銀灰色の扁桃頭となる様子が映っていた。
銀の五指で、愛を語られている方を灰燼にする模様が編集無しで配信されている。
更に、彼が一歩歩いた先の酒場と食堂の受視機から、地元ホッケーチームのロゴの付いたシャツを着た黒人青年が“フル・フロンタル”となり暴れていた。
息子を止めようとする父親が、青い手で貫かれ、母親や祖母と思しき老婆もその返し刀の露に消えていく。
“フル・フロンタル”は体形を選ばない。
太ることも出来れば、細くも出来る。年齢や性別も問わない。
相手に迫り、近しい人に擬態し、心を素っ裸にさせた後で本性を現すのだ。
建物の振動がいきなり、地響きに変換。
外へ逃げようとする者たちが、一斉に駆けだしてくる。
人混みの中で、髭を生やした白人男性が子供を突き飛ばして出てきた。
その子供を中国系の女性がかばうが、後ろから来た扁桃人形に背後から焼かれる。
突き飛ばした男は、中国人女性に庇われていた“子供を模倣した銀人形“に飛び掛かられた。
銀色の子供の抱擁で、白人の中年男性は、恐怖に染まった客人の顔、一人一人を照らす、青いガス燈に仕立てられる。
まるで、照らされた彼らを、黄泉路に誘わんとする道標と言わんばかりに。
――こんな、悪趣味な攻撃……。
ロックは、攻撃者の正体を探す。
そいつの毒牙からサキを守る為に。
しかし、今の段階で、そう考えるしか出来なかったロックは、自らの甘さを呪う。
そいつが、既にサキの前にいたからだ。
ロックに気付いたのか、サキは戸惑った視線を彼に返す。
サキの前にいた人物は、
「どうしましたか、サキ=カワカミ。そして、“深紅の外套の守護者”――いや」
まるで、血に染まる様な赤い薔薇に佇む、不釣り合いな向日葵の雰囲気を醸す女性――エレン=ウェザーマン。
新調された雨具で、雨の日を楽しむ子供の様な笑顔を作っていた。
だが、ロックはその姿が、見せかけであることに気付く。
彼女の眼と唇が、象牙色と石榴色に、鈍く輝いていた為に。
「ロック=ハイロウズ!!」
「サロメ!!」
石榴の様な紅い唇から放たれた名前に、ロックは叫びながら、象牙色の双眼の女――サロメに、籠状護拳“ブラック・クイーン”を繰り出す。
弾丸の様な形をした籠状護拳は、サロメの白磁の肌に届かない。
唸り声を、ロックは上げる。
悔しさを発したからではない。
それは、喊声だった。
主に呼応するように、命導巧、“ブラック・クイーンが紫電を散らして鳴動。
右拳を覆う弾丸は、黒と赤の雷の翼を作る。
黒と赤の雷の翼が刀身となり、サロメの白磁の右腕の肘を断った。
剪断の音もなく、彫刻品の様に整った右腕が宙を舞う。
彼は間髪入れずに、“ブラック・クイーンを逆手に持ち替える。
刃をロックの右の肘鉄で押し出した。
“ブラック・クイーンの、翼剣の表面で、サロメの象牙眼は大きく見開かれる。
鳩が豆鉄砲を食らったようなサロメの顔の顎から右目に掛けて、紅黒の刃がめり込んだ。
刃の下から、息を漏れる。
次に出たのは血ではなく、彼女の口端を釣り上げて作った笑みだった。
サロメの二つに分かれた顔の目に映る、扁桃人形の群れが、サキを囲い始める。
だが、“フル・フロンタルが彼女に踏み込む前に、緑色の雷迅が立ちはだかった。
緑色の迅雷が、銀色の扁桃人形たちへ疾走る。
土瀝青の大地を抉りながら、銀灰人形を一体ずつ灰燼にしていく緑迅雷の旋風。
雷を含めた風が、走り去った後にサキはいなかった。
「サキ、ケガはない?」
キャニスが、緑の迅雷の軌跡から離れた場所で、サキを背に話している。
ブルースは見届けると、虚空に刃を向けた。
半月に反れた刃が、空中から飛び掛かってきた“フル・フロンタル”を捉える。
ロックは、自分の右手から延びる“ブラック・クイーン”に顔を向けた。
黒と紅の翼剣に、貫かれたサロメ。
彼女の顔から、象牙眼と石榴の唇の輝きが消え、扁桃の頭と扁桃の双眼の銀人形が腕と脚をだらしなく伸ばしている。
ロックは右側へ、銀人形を振り落として、
「ブルース、何を手間取っていた?」
「女子トイレを探していたんだよ……そしたら、何を見つけたと思う?」
ロックの言葉に、ブルースが叫んだ。
「本物のエレン=ウェザーマンの遺体だ!!」
ロックへの回答とついでに、ブルースは、時計回りの苔色の竜巻になる。
銀人形の胴体に対して、不均等な頭部の亀裂が右下から左上に疾走。
右半身を引き戻した勢いで、左のショーテルで銀色の細腕の肘を斬った。
更に、右腰を入れた回転に、手首に捻りを加えた苔色の斬撃を乗せる。
ブルースと向き合った、“フル・フロンタルは右脚を残したまま、胴を分解した。
「ロック、例の熱源……本当に見えないの!?」
キャニスは叫びながら、トンファー型命導巧、“ラスティ・ネイル”を突き出す。
両腕に装着された肘の長さ程の一対の杭が、彼女の細腕から同時に打ち出され、二体を貫いた。
杭は目を潰すような閃光を放ちながら、眩い火花が銀人形を灰燼に変える。
「”ウィッカー・マン”なら、何処かに熱源があるのは間違いない。この場合、隠されていると考えた方が良い!!」
ロックは吐き捨てるように、叫ぶ。
彼は、腰に付けていた命導巧で、“リア・ファイル”を活性化させた時、何も見つけられなかった。
サキと見た男性の同性愛者の恋人たちの会話で、話しかけていた方が明らかに“ウィッカー・マン”を恋人として認識。
先ほどの子供の遺族である母親も、息子の死に目という精神の深いところに、踏み込まないと見られない反応だった。
“フル・フロンタル”は、標的を狙う為に擬態を行う。
しかし、実際のところ、誰かを殺した後に生存を偽造し、会話の希薄な共同体で居留守を行うのが限界だった。
人間関係に踏み込めるまでの擬態は、ロックは見たことは愚か、聞いたことも無い。
ロックが知らないものを、キャニスやブルースも知る余地は無かった。
「ロック……見えない、あれ?」
サキから不意に問いかけられ、ロックは彼女の促す方を向いた。
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