真実—①―
4月15日 午後7時27分 是音台高等科学研究所への道中
横の窓から見える風景にロックは舌打ちする。
「街が……めちゃくちゃだね……」
そう言うのは、隣に座るサキだった。
彼女の眼に映る自分の姿を見て、ロックは頷く。
「そうだな」
唸る様に声を出してしまう。
ロックは内心苦々しく思いながら、二の句を嚙み殺した。
「車も多いな……」
「騒動に加えて、ラッシュアワーもあるしな……」
運転席と助手席に座るライダースーツを着たライトと橙色のパーカーの一平が前方で広がる風景に吐き捨てた。
“是音台高等科学研究所”はロック達の通う上万作学園よりも、山奥にある産業用地に建っていた。
しかし、その途中の道にロック達はいるのだが、
「郊外だもんね……」
ロックの後ろで秋津 澄香の溜息が車内を覆う。
是音台地区自体は、山を切り崩して作られた団地や住宅地が密集していた。
そこから発着するバスは、上万作駅を経由して、市内に繋がっている。
駅に至っては、在来線、特急線に加え、市内電車も完備されていた。
極めつけは、車による通勤ルートも市内と直通。
どうしても、帰宅の混雑は避けられなかった。
「それに、救急車や警察も……」
同じく後部座席からの堀川 一が言う。
車のフロントライトや街灯に混じり、緊急車両を示す赤い光がロックの眼の前で明滅していた。
「是音台も、今回の衝突で無関係とまではいかないようだからな」
ロックは溜息を吐いた。
上万作駅前の広場で、“政市会”と“政声隊”を交えた乱戦をロック達は切り抜けた。
しかし、両団体の首魁と言える者たちは、既に是音台高等科学研究所の方へ向かっていた。
それを戦闘の時に知ったものの、ロック達はそこへ至る足が無かった。
そこに彼らの猛攻から逃げる様にしていった、“政市会”と“政声隊”の最後尾。
それぞれの所有するワゴン車を、ロック達は奪うことに成功した。
『ただ、その衝突が、是音台高等科学研究所の付近なら、まだ分かる気がするが……』
龍之助の声が、ロックの携帯通信端末を同期させた“近距離無線通信装置”の車内スピーカーから流れる。
ルームミラーの後方から見える、後続車両。
運転席と助手席のそれぞれに座る耳が隠れるほどの茶髪の男――バイス――とブルースを映す。
ブルースの運転への不信に加え、彼以外で運転免許を持っている者がいなかった。
極めつけが、ロック達9人が現地まで向かう手段も皆無。
今回の政治団体の争いを収めんとしたB.L.A.D.E地区の一つ――“バタリオン・ピース”に所属するライトとバイスが運転免許を所有していることを知り――ロック達が“渡りに船”と言わんばかりに――彼らに運転を頼み込んだ。
そうして、ライトの運転する車に5名――ロック、サキ、一平、堀川と秋津が乗車。
ブルース、サミュエル、シャロン、龍之助がバイスの運転する車に同乗している。
そして、向こう側の音声は、ブルースの携帯通信端末を通して送られていた。
「確かに……“政市会”と“政声隊”の目当てが、“白光事件”に関するものなら……」
サキが横で首を傾げる。
ロックも情報は多く得ている訳ではない。
ただ、政府によって、事故の起きた周辺施設を事故分析の拠点としつつ、産業用地として再出発をさせたことは聞いていた。
「それなら、簡単なことじゃないか?」
ライトが言うと、車が前進した。
フロントガラスを見ると、塞いでいた車との距離が離れている。
交通を誘導する警官をロックは横目に見て、
『“移動する政治活動”だから……か?』
バイスの静謐な声が、近距離無線装置対応のスピーカーから流れる。
「そうか……“移動する政治活動”だから、どうしても、デモを目的地で起こす必要がない」
助手席の一平が頷くと、
「うん、“政市会”はどっちかと言うと、行進することで正当性を訴えていたからね……」
元“政市会”である、堀川が答える。
スピーカーの近くと、同じく向こう側から、サキと龍之助の小さく納得する声が聞こえた。
『つまり、警察が点在して、渋滞を引き起こしているのは……デモが動いているから、それを潰す反対活動も動いているから、別々で対応しなければならないということか……』
サミュエルの声が聞こえると、
『住んでいる人たちには、迷惑な話だよねー』
シャロンのうんざりとした声が、スピーカーから伝わる。
「デモについては別の機会に聞くとして、ブルース……“政市会”にしろ“政声隊”にしろ、“へルター・スケルター”の復活が目的なら、アイツ等は制御する術は見つけた、と言うことか?」
ロックが問うと、自分の身体が大きく前後した。
サキ、一平に堀川も、同じ目に遭ったのか、戸惑いの声を上げる。
「悪い、前から救急車と警察が来た」
ライトが短く詫び、ハザードランプを付ける。
ハンドルを軽快に切って、車を側路に移動させた。
「って、緊急車両でも法定速度は守れよ!!」
彼が吐き捨てた。
“バタリオン・ピース”の協力者の青年の駆るワゴン車。
その前方から警察に先導される様に、救急車と青い乗用車が横切る。
確かに、ロックから見ても、尋常ではない速さだった。
――あれは?
ロックは、青い乗用車の後部座席に目を向ける。
その後ろには、紫トレーナーを着た男と刺繡付きのジャンパーを着た男が乗っていた。
三台の車は、是音台から都市部へ向かう道を最高速度で走り去っていく。
――確か、上万作学園で……。
ロックは思考を中断させる。
ライトが、車を側路から発進させたからだ。
バックミラーを見ると、後続のバイス車も同時に動き出す。
『ロック、“へルター・スケルター”をアイツ等が制御出来るかについては……分からない』
「ブルース、じゃあ……“政市会”も“政声隊”も是音台へ何の為に行くのか分からないんだけど……?」
ロックの疑問を隣のサキが、代弁する。
“政市会”――厳密に言えば、その背後にいる“大和保存会”の菅原――は、“へルター・スケルター”が、真の民主主義を実現させる“神”と言っていた。
“政声隊”の場合は――こっちは、三条の言を借りれば――“平和の女神”とまで呼んでいる。
そういう風に言えるなら、使えるということ。
その筈に思えたが、
「ついでに言うと、去り際……どっちも『手に入れる』とも言っていたんだけどな……」
一平が頭をかきむしりながら言う。
しかし、返ってきたブルースの言葉は、
『いや、“へルター・スケルター”を使う必要はない』
彼の言葉に、ロックは首を傾げる。
彼に限らず、ライト車に乗る者たちも、ブルースの真意を測りかねた。
バイス車の居合わせたのも同じ気持ちだったのか、戸惑いの声がスピーカーから流れる。
『要は、“へルター・スケルター”自体が、主なき“命熱波”だ……』
ブルースに言われて、ロックは思わず声を上げた。
「要は、高熱力の塊だから……現界させるだけでも、兵器になりうる!!」
「ということは、ある種の炉心溶融を引き起こせるってことか!?」
一平も叫んだ。
“白光事件”の際、その名の如く極東に近い国々から、“白い光”が見えた。
その貯蔵する熱力の強さは、推して知るべし。
『或いは……それを起こせる熱力を必要としているか……』
『なら、サロメ達の“ホステル”が“政市会”と背後の“大和保存会”とよろしくやっているのも頷ける!!』
ブルースが断定を避け、サミュエルが推理を発展させる。
“大和保存会”も“遺跡”を手中に収めていた。
“ホステル”の手引きがあったのも、納得と言える。
隣のサキが、耳を傾けて、暗い顔をしている。
その理由を、ロックはよく知っていた。
『リリスの復活……そういえば、バンクーバーで相当ダメージを負っていたから!!』
スピーカーの向こう側のシャロンの言葉。
それは、ロックにとっての苦い思い出として蘇った。
己の精神の奥に佇む“命熱波”の戦友の喪失。
その犠牲で手に入れた、辛い勝利を。
ただ、ロックの表情を眼にした、一平が首を傾げる。
どう反応していいか分からず、視線を前方に固定する運転席のライト。
後ろの堀川も。
スピーカーの向こう側からも、カナダの戦いに立ち会った者たちの戸惑いの空気がこちらに流れ込む。
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