落とし前―㉔―
――何であの姿をまた……?
ロックは、少なくとも“タニグク”という武装車両にずっと籠っていれば安全だと考えた。
カンタの青緑の電人となった時と今の姿を比べ、ロックの中で違和感が生じる。
だが、ロックは龍之助に従い、その場を離れることにした。
同時に目の前の龍之助が、跳躍。
二人の間に、氷塊が降り注いだ。
『何で、こうなるのよ!! 何でこんな目に遭うのよ!!』
叫びながら広場を氷塊で覆わんとする、銀鏡の大猿人――マキナ。
“政声隊”の武闘派である“力人衆”を巻き込みながら、ダグラスの放った“驢馬の一噛み”に氷塊を放つ。
炎で溶かされながらも、大小様々な氷の塊がダグラスの放った銀ナノ粒子ジェルの“しゃれこうべ”に降り注いだ。
“驢馬の一嚙み”は、氷の重圧に潰される形で穴だらけの土瀝青の広場に消える。
「オーツ、エヴァンス!! “スパイニー・ノーマン”を狩る前に、大掃除と行こうか!?」
ダグラスの大号令が掛かった。
毛皮の外套の“命熱波”使いの戦叫に、苔色の外套を纏ったブルースが応える。
「ロックばかり、少し寂しいね……ダグラス!!」
「ブルース……あなたには色々世話になったけど、それほど感傷を覚えないんだよね……」
二振りのエメラルド色に煌くブルースのショーテル型“命導巧”に、ダグラスの左腕の蜂の針の手甲の一突きが迎え撃った。
「少なくとも、離脱したミズ・サンジョウの気持ちがよく分かるよ……どっちつかずで、八方美人の器用貧乏だからね!!」
銀ナノ粒子のジェル交じりの刺突と、ブルースの左のショーテルの斬撃が交わる。
ダグラスの“スーパーテルミット”の炎が、自身とブルースを包み込んだ。
その爆轟に呼応するように、リカコの咆哮が広場に轟く。
炎を口から放とうとした、巨猪人が一歩下がった。
「全く……千客万来だな!!」
巨猪人――リカコ――の足元を抉る、龍之助の矛槍型“命導巧”の加圧水流の一撃。
炎を口の中で咀嚼しながら不敵な笑みの龍之助を、リカコの全身の鏡面が映し出す。
龍之助とリカコの対峙を見ながら、周囲をロックは見渡す。
駅前広場で動けなかった負傷者の救助は、姉弟子の凛華、堀川と秋津の助力もあって完了したようである。
シャロンも動いてくれたおかげで、救助をする人間の負傷者も見当たらなかった。
現に、彼女の召喚している“剣の狼”が前に立ち、凜華、堀川と秋津と警察や野次馬を広場から遠ざけている。
“政市会”と“政声隊”のそれぞれのメンバーは、駅前広場の縁に当たる場所に立っている。
シャロンの召喚した“狼型の異形”の得体の知れなさとロック達の攻撃の壮絶さに、動けないのか。
それとも、両団体の“規格外”とも言える隠し玉による共倒れを避けているのだろうか。
あるいは、弱った方を叩こうと考えているのか。
無論、ロック達も含めて。
ロックは、混戦とした状況を整理し、休むための思考を中断。
暴れるマキナを抑える、一平の炎の榴弾とサミュエルの砂塵の一擲が途切れるのを見たからだ。
オーツの駆る頭蓋骨大の分銅型“命導巧”が、一平とサミュエルに放たれた。
二人が分銅に向くとマキナは、彼らの背後を狙う。
「あの野郎!!」
ロックは走り出した。
跳躍をすると、順手に翼剣を振り下ろす。
“迷える者の怒髪”による墳進火炎の刃が、大猿の背後を斬った。
「兄さん!?」
「ロック!?」
サミュエルと一平が驚くと、
「二人とも、オーツに集中しろ!!」
間髪入れずに、ロックは翼剣を逆手に構えた。
リカコが背後へ振るった氷の爪を、ロックは“籠状護拳”で受ける。
『どうして……ヘイトはいけないのに、差別はいけないから声を上げているのに!!』
“籠状護拳”で押し出し、ロックはマキナから間合いを離した。
逆手に構えた紅黒の刀身の切っ先を、水蒸気が包む。
白く噴き出したそれは、大地を穿った。
“穢れなき藍眼”による、空気中の水蒸気を融点に状態変化させた熱力による推力と右殴りに翼剣を振るう。
「強いヤツのかざす“正義”に媚び諂って、大義名分を借りて殴る、テメェの様なヤニクズに聞く耳を持つ奴は、誰一人もこの場所にいねぇよ!!」
ロックを覆うマキナの両手の氷爪は砕け、破壊熱力が大猿人の巨体を揺らした。
“穢れなき藍眼”の熱力に、ロックの身体は重力の軛から解放される。
間合いから離れようとした大猿人の顎に向けて、ロックは右回し蹴りで追撃。
蹴り上げられた大猿人の顎にかかる力が、巨体を沈めた。
鏡面の皮膚が、宙を舞うロックを映す。
背後では、サミュエルの散弾銃の銃口に大鎌を付けた“命導巧”:“パラダイス”による“金砂波刃”の一振りを放つ。
「貴様、中々やるな!!」
「まさか……僕達を倒さずに、兄さんに勝てると思ってた……歩く寸胴鍋さん?」
オーツの“アンダー・プレッシャー”の二つの分銅を、ナノ粒子による研磨剤の金色の鎌が薙ぎ払った。
彼の放った鎌による砂嵐に隠れた一平が、怒りの籠ったオーツの懐に潜り込む。
“磁向防”を展開するオーツ。
しかし、一平の炎を込めた両手の手甲型“命導巧”:“ライオンハート”の踏み込みが速かった。
オーツの築いた不可視の壁が、一平の拳撃で歪む。
そして、一平の連撃による受け止めきれない衝撃も、オーツの顔を歪めた。
一平が右直拳撃を致命打として仕掛ける。
だが、彼とサミュエルの足元に紫電が走った。
「一平、サミュエル。避けろ!!」
ロックは、“ブラック・クイーン”の幅広で肉厚な柄から、半自動装填式拳銃型“命導巧”:“イニュエンド”を取り出す。
銃口は白いハーフコートと、銀鏡色の両脚の女性――エヴァンス――を捉えた。
“雷鳴の角笛”による、ナノマシン:“リア・ファイル”により作られた電機体によるレールガンを放った。
二発のナノ加工弾丸が、エヴァンスの身体を覆う“磁向防”と衝突。
ロックの警告で避けた一平とサミュエルは、すれ違いで放たれたエヴァンスの“雷命の蔦”の猛攻を避ける。
しかし、エヴァンスの攻撃は大猿人のマキナを覆った。
立ち上がろうとした銀鏡の大猿が、紫電に絡み取られる。
「“スパイニー”、逃がさないわ!!」
エヴァンスの目鼻の凹凸のしっかりした美貌に含まれる怒り色の瞳が、藻掻き苦しむ大猿のマキナからロックに叩きつけられた。
ロックは“駆け抜ける疾風”の神経強化による超移動で、エヴァンスに追い打ちをかけた。
攻撃の先手を取ろうとするが、エヴァンスの放つ紫電の蛇が同時にロックを迎え撃つ。
――間に合わない!?
上万作区役所における、エヴァンスの吸収を思い出す。
“政市会”と“政声隊”、それぞれの犠牲者から熱力を食らい尽くした。
“命熱波”使いであるロック達の場合、多少は耐えられるだろう。
“政市会”側の“スコット決死隊”と“政声隊”の放った“ウィッカー・マン”の出来損ないとも言える三人組。
これらを交えた三つ巴の戦いでは致命的だった。
「ロック、右に避けて!!」
サキの声が聞こえ、ロックは言われた方向へ側転を行う。
電撃の蛇と蔦が、ロックのいた場所を食らい尽くした。
しかし、エヴァンスの視線の先にいるのは、
「サキ!!」
ロックとサキを間違えるほど、エヴァンスは朦朧としていない。
少し前に行った“ブルーライト”による認知誘導。
サキはそれをエヴァンスに仕掛け、ロックと入れ替えたのだ。
「“ライラ”、“ヴァージニア”……彼女を討って!!」
二人の“命熱波”の守護者がサキの前に躍り出る。
それぞれの守護乙女の眼の輝きは、全ての少女の憧れる宝石のそれから、剣を思わせる闘争心に変わった。
「テメェ……自分の身を犠牲にすんじゃねぇよ!!」
鶏冠の兜の射手――“ヴァージニア”の右手の弓から、閃光が放たれるのと同時に、ロックはエヴァンスへ“駆け抜ける疾風”で最高速度まで加速を掛ける。
エヴァンスが左側へ避けようとするが、二人目の守護者――“ライラ”の突き出した右手の刃が阻んだ。
ロックの逆手にした翼剣の“籠状護拳”の一撃と“ライラ”の右手の剣。
二つの攻撃がエヴァンスを交差した。
“磁向防”を挟んで、一撃と一刃に揺れる銀鏡の脚の女戦士。
二人の攻撃の衝撃が、エヴァンスの両脚が地上から離れた。
“雷命の蔦”の蔦蛇が、サキの目の前から消える。
“ヴァージニア”の光の一擲が、エヴァンスに命中。
“磁向防”で、ロックと“ライラ”の攻撃を防いでいたエヴァンス。
しかし、“ヴァージニア”の攻撃が最後の一藁だったのだろうか。
その一擲を受け、彼女を覆う“磁向防”が消える。
ロック、“ライラ”と“ヴァージニア”の攻撃を受けたエヴァンスの“ウィッカー・マン”化した銀鏡の両脚が弾け飛んだ。
宙にいたエヴァンスの身体は、弧を描きながら土瀝青の荒波に沈む。
『ウゲェ……お前なんかと攻撃決めたくなかった!!』
“ライラ”が右腕に付いた汚いものを振り払うかのようにした。
『でも、二人ともナイスでしたよ……ロックも、サキに迷惑を掛けなかったですし』
どことなく、棘のある“ヴァージニア”の言い回しだが、ロックは無視する。
そして、彼はサキに目を向けた。
「サキ、テメェ……《倒せると分かって》》!?」
「でも、ロック……助けてくれたでしょ?」
悪戯めいたサキの笑顔に肩を竦めるが、ロックはサキから離れる。
サキの顔にも緊迫が走り、後ろへ飛んだ。
二人のいた場所に土瀝青の粉塵が巻き上がる。
ロックの耳朶を、路地に散らばる瓦礫の破砕音が叩いた。
『お前らさえいなければ!!』
ロックの眼前に砲台の一つから煙を吐きながら、迫る“タニグク”。
土瀝青を砕き、背後からロックの耳朶を響かせる足音。
「私たちは、みんなの為に……差別を強いる不条理に立ち向かっていたのに……どうして、邪魔するのよ!!」
――確か、リカコ……!!
銀鏡の巨猪人と化した“政声隊”の一人を思い出した。
“タニグク”の操縦席の硝子には、龍之助の攻撃から逃れ、巨猪人のリカコが向かっているのが映る。
彼女の破壊の足音が、ロックに迫ってきた。
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