落とし前―⑲―
――今、“タニグク”には!?
ロックは、砲撃を放った蛙を彷彿させる“装甲車両”と周囲を見渡す。
褐色肌で、90㎝の大太刀――“イペタム”――を構えるロックの姉弟子の斎藤 凜華。
そして、桃色のトレーナーと右手に滑輪板を抱えたシャロンが、目を丸くしていた。
彼女たちの背後には、元“政市会”の堀川 一と元“政声隊”の秋津 澄香が続く。
凜華に続く様に、警官や救命隊員たちも駅前広場を展開している。
凜華達も、逃げる途中で、放置されていた負傷者たちの救助を手伝っていた。
だが、いずれも、“タニグク”の突然の起動に眼を奪われている。
ロックは、運転席に目を向けた。
フロントガラスが反射する紅い外套と翼剣を右の逆手に持つロック自身の姿以外が見えない。
つまり、無人。
ロックは驚く間もなく、後ろへ飛ぶ。
“タニグク”の上部を飾る、全ての小型砲塔がロックに向いたからだ。
ロックの足元の土瀝青を爆轟が抉る。
土煙が立ち上り、ロックに紫電の槍が飛んだ。
黒地のシャツに大きく“力”の一文字が書かれた“政声隊”の暴力装置――“力人衆”が、青緑のトルクを纏って、ロックに紫電を放つ。
ロックは、翼剣型命導巧:“ブラック・クイーン”を突きつけた。
紫電の槍がロックの放った“磁向防”で、掻き消える。
しかし、攻撃の時に食らった衝撃で、後退させられた。
第二射が放たれようとした時、ロックは籠状護拳を覆う鍔から半自動装填式拳銃――“イニュエンド”を取り出す。
“雷鳴の角笛”によるナノ強化された弾丸を、磁場に載せて発射。
“ワールド・シェパード社”の“電子励起銃”より小型ではナノ加工された二発の飛翔体が、ロックの正面の“力人衆”の男一人を吹っ飛ばした
「ロック、逃げて!!」
サキの声に反応して、ロックは走り出す。
蒼白い閃光に向けて、走るロックの外套を青緑のトルクの男からの紫電が舐めた。
しかし、その後にロックを捉えた筈の電位差の槍は彼を横切り、抜けていく
「サキ、遅いんだよ!!」
「しょうがないでしょ、光発生させるのに時間が掛かるから!!」
サキと守護者とも言える二体の“命熱波”の女性の放つ光――“ブルーライト”――が、青緑のトルクを纏う“力人衆”の一団の眼を反射する。
サキ達による認知誘導で、“力人衆”のロックへの攻撃を逸らしたのだが、
『光を浴びる前に放たれたのは、流石に無理ですね』
『当たったら、それはお前がノロマなだけ』
鶏冠の兜の“ヴァージニア”と“短髪”の“ライラ”という、サキの守護者からの辛辣な口撃にロックは黙る。
やり場がないのもあるが、ロックとサキの間で発生した爆音が理由だった。
避ける寸前、サキの眼に映る“タニグク”。
その砲台が一基、ロックに向いた。
“タニグク”と向き合うロックを覆う土煙を、青白い双椀が払う。
ロックと“タニグク”の間に割って入った“政市会”会員の羊の頭蓋を模した命導巧:“スウィート・サクリファイス”に宿る青白い炎。
タンクトップを着て、褐色肌の大男の幽玄なる輝きを放つ双椀――その右拳が、ロックに向かう。
翼剣型命導巧:“ブラック・クイーン”に“イニュエンド”を納め、籠状護拳に纏った右拳による反撃で、ロックは迎え撃った。
大男の右直拳撃にロックは左に反身を切り、右拳に腰の回転を乗せる。
ロックの籠状護拳越しの拳は、褐色の大男の左頬骨を砕いた、
しかし、大男の影に隠れた“タニグク”の砲撃が、ロックに迫る。
ロックが翼剣型命導巧を構えたが、砲撃の空気を焼く熱が先に彼の鼻先をなぞった。
しかし、唐突にロックの前を更なる熱が覆う。
ロックを焼き尽くさんとした“タニグク”の砲撃が、橙の炎の混じった爆轟が遮った。
「ロック、アレ……何で動いてんだよ!?」
“爆衝烈拳”という爆轟を纏う衝撃波で、“タニグク”の一撃を防いだ一平が叫ぶ。
“タニグク”の放たれた砲撃が、ロックと一平から見て一時の方向へ向きを変えた。
ロックに奇襲を仕掛けた、“政市会”の集団が“タニグク”の姿なき敵意の身代わりに選ばれる。
“政市会”会員の集まる場所に、爆轟の柱が立ち、数人吹き飛んだ。
「……ブルース、聞きたくないんだけど……あれ、完全な“無人自動車両(UGV)”!?」
サミュエルが“政声隊”会員――氷を纏った男たち――を三人、大鎌型命導巧:“パラダイス”の金色の軌跡の下に切り伏せる。
ブルースへの忌々しさを隠そうともしない口調と共に放たれるサミュエルの視線の先には、“タニグク”。
「負傷者を守るための拠点にして搬送車として完全自動走行となるというのを、ナオトから聞いている……だが、その中のコンピューターは完全にプロテクトされていて、外部からのコントロールは受け付けないはずだ!!」
サミュエルに答えつつ、ブルースが“政市会”の灰色を基調とした刺青を右にした男からの右手の“芝打”の一振りを躱した。
刺青男が、ブルースに踏み込む。
ブルースは、刺青男の左から右への切り払いに、“ヘヴンズ・ドライヴ”の左のショーテルの刃を下にして防ぐ。
彼が膂力を刺青男ごと、“芝打”の衝撃を押し返した。
刺青男の舌打ちと同時に、ブルースの右手のショーテルの斬閃が真上から疾走る。
刺青男の“政市会”会員の頭から下腹部まで刻まれた“エメラルド”の閃光が、爆発。
彼は、その熱力に煽られ意識を失った。
――……そういえば!?
サミュエルとブルースの言い合いから、何故か秋津の一言をロックは思い出す。
『リカコさん、マキナさん……カンタさんと一緒に、山土師さんに何かされていた!!』
それを思い出すと、ロックの前で言い争いをしていたブルースとサミュエルが、跳躍。
肉体の肥大した猪の様な豚鬼と化したリカコの炎の吐息が、鎌を持つポニーテールの青年と、二刀のショーテルで構える苔色の外套のいた場所を焼いたからだ。
一平も、リカコに続いて、銀鏡の大猿に変貌したマキナの白い吐息に向け、右拳の“ライオンハート”の火球が放たれる。
逃げた先がマキナの間合いだった、サミュエルとブルース。
彼らに振り下ろされる寸前だった氷に覆われた両腕の槌が、炎に弾かれた。
衝撃に、上体を逸らせながら蹈鞴を踏むマキナに、サキの“フェイス”の蒼白い片刃が追撃。
しかし、サキの全身を覆うほどの紫電が、彼女の目の前で炸裂した。
「ロック、来るぞ!!」
龍之助の声で、ロックは眼の前に意識を集中させる。
紫電が放たれた大元を探すと、それは“タニグク”だった。
“タニグク”の表面にサキの姿が映る。
ロックは、彼女の無事をひそかに安堵した。
だが、彼の眼前の“タニグク”が、いきなり走り出す。
黒い鋼鉄の蛙の滑走に生気はおろか、人による操作を感じない気持ち悪さを覚えながら、迫る“タニグク”の突進を、ロックは左へ避けた。
ちょうど、走り抜ける“タニグク”をロックと挟む形で立つ龍之助。
彼の矛槍型命導巧:“セオリー・オブ・ア・デッドマン”による加圧水流が、運転席の窓ガラスを貫いた。
人影もない運転席で明滅する演算機仕掛けの、操作盤が覗く。
そして、操作盤から一際大きな紫電が上がり、“タニグク”が土煙を上げるほどの急ブレーキを突然掛けた。
急停止する“黒い蛙”の側で、ロックの眼を焼くほどの閃光が運転席から上がる。
「……これは!?」
思わずロックは声を出した。
彼の眼の前にそびえたつ、高さ3mほどの人型。
全身が細く、銀鏡色に包まれている。
巨人の両手を覆う青緑の紫電は、全身でその色を反射していた。
『ころ……す、おま……えら……を……』
ロックは、その声に聞き覚えがあった。
野太く、絹を引きちぎった様な声。
銀鏡色の巨人が3mから、ロック達と同じくらいのそれになる。
その姿は、黒縁眼鏡で幅が広く、妙に肌艶の良い男。
「……カンタ!?」
ロックの姉弟子が、忌々しさの篭った口調で吐き捨てる。
上半身裸で下半身を下着一丁で覆う男――カンタ――の両目に映るロック。
彼の眼を覆う、恨みに満ちた青緑の紫電が紅黒色の外套を覆う自分の鏡像をかき消した。
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