落とし前―⑰―
――間に合うか!?
ロックは翼剣型命導巧:“ブラック・クイーン”を構えて、堀川と秋津の方角に駆けた。
しかし、駅前広場の中心部に向かうロックの足元に火柱が立つ。
思わず後退ると、青白い弾丸がロックの紅い外套の裾を撫でた。
右側を見ると、赤いトルクを纏った“政声隊”の男が三人、炎の拳を纏っている。
黒いシャツに白い文字で書かれた“力”の一文字――“力人衆”という“政声隊”の武闘派達。
いずれも、上半身が逆三角形で鍛えられている。
それぞれ、緑に染めた髪、角刈り、サングラスと言う特徴だった。
左には、“政市会”の会員が4人。
前衛に顎鬚で巌の様な体格の男と、強靭とも言える細身の男が背広を纏っていた。
“命熱波”封じの警棒――“芝打”を、二人は右手に持つ。
彼らの後ろにいる二人の女は、黒いパンツスーツを着ていた。
それぞれ、項の垣間見える短髪に眼鏡、切れ長でイヤリングを付けている。
二対の腕には、“スウィート・サクリファイス”の眼窩に青い炎が灯っていた。
“政声隊”と“政市会”の七対の視線が、ロックに注がれる。
いずれも、ロック達の戦う理由である堀川と秋津への道を塞いだことへの優越感に満ちていた。
そんな彼らの視線に映るロックの背後。
ブルースとシャロンは青緑のトルクの連中からの雷撃の雨に晒され、その隙を突く“政市会”会員に阻まれる。
一平、サミュエルは“芝打”で雪崩れ込む“政市会”会員に足止めを食らっていた。
龍之助は彼らに加勢しようとするが、白いトルクの“政声隊”の繰り出す氷の攻撃が塞ぐ。
彼は、矛槍型“命導巧”:“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の“加圧水流”で、彼に降り注ぐ氷塊を破砕。
しかし、“政市会”の“スウィート・サクリファイス”と“政声隊”の炎の攻撃に進めない。
いずれも、ロック達にとって、取るに足る相手ではない。
だが、彼らの集団戦はロック達の機動力を確実に奪っていった。
――クソッタレ!!
ロックは“翼剣”を逆手から順手に持ち替える。
“芝打”を持つ強靭な男と緑に染めた男の炎の拳が、思案するロックに襲い掛かった。
彼らの眼に映る翼剣に、紫電が孕む。
“頂砕く一振り”による原子配列を操作し、地球上でもっとも硬い金属の刃に変えた斬閃が疾走った。
その際の熱力が見えない爆轟を作り、二人の刺客を薙ぎ払う。
しかし、そんな彼らの背後。
“政市会”の後衛の女二人の“スウィート・サクリファイス”と、“政声隊”の男二人の火の玉がロックに放たれた。
「いいから、どけよ!!」
ロックは逆手にして、翼剣の腹でそれぞれの攻撃を受ける。
“磁向防”を発動させ、炎と青白い弾丸をかき消した。
しかし、彼らの攻撃による衝撃によって、後退させられる。
歯を食いしばるロックが、四対の眼に映った。
彼の姿を見て愉悦に浸る二派の構成員の眼に、蒼白い軌跡が刻まれる。
――あれは!?
彼らの目に映るそれにロックは声を出さなかった。
彼女の動きは速い。
しかし、堀川と秋津への悪意が一斉に、彼女に向かった。
「河上さん!?」
堀川の胸元に寄せていた秋津が叫ぶ。
彼女の眼に映るサキが“タニグク”に目掛けて疾走。
キャミソールとサシュベルトの少女に、羊の頭蓋から青白い光が放たれる。
サキは、それに対して何もしない。
それどころか、ロックの眼から見ても、攻撃を気にせず速度を上げていった。
“政市会”会員からの攻撃が当たる。
ロックを始め、誰もがそう思っていた。
秋津は涙を滲ませ、眼を逸らす。
だが、堀川の眼に映るサキは違った。
“スウィート・サクリファイス”の青白い弾幕が、サキを横切っていく。
彼女の肌はおろか、キャミソールすらも掠らない。
そして、彼女の背後からの“政市会”会員の攻撃も走った道を刻むだけだった。
赤いトルクと青緑のトルクを纏った“政声隊”のメンバーが、サキに狙いを定める。
だが、火球と雷撃は、彼女の華奢な身体を刻まない。
誰もがサキを眼にしていながら、誰も彼女に攻撃を浴びせられない。
サキを狙うのをあきらめた両派は“タニグク”と堀川達に照準を向ける。
「二人とも“タニグク”に入って!!」
サキが、堀川達と合流して叫ぶ。
彼女の勢いに押されて、堀川と秋津は対“ウィッカー・マン”用装甲車両の“タニグク”の開いたドアに駆けこんだ。
始まる一斉砲火。
“政市会”の青白い弾丸と、“政声隊”の炎と雷がサキと“タニグク”に降り注いだ。
「いくら、対“ウィッカー・マン用”って言っても、あれだけの攻撃を受けたら――」
シャロンが、“政声隊”の青緑のトルクを滑輪板に乗って突進して、倒す。
しかし、彼女の懸念――それに同意していたロックも含め――が、目の前で繰り広げられる光景で否定された。
それぞれの攻撃が放たれる。
しかし、サキはおろか“タニグク”にも当たらない。
ひっかき傷すらない。
ただ、攻撃の矛先はサキ達を超え、囲っていた二派――“政市会”と“政声隊”――に向いた。
放たれた火球が“タニグク”を囲う様に、爆発。
電撃や青白い弾丸も、飛び交った。
互いに放った攻撃が、“タニグク”の周囲で、ロック達を狙う者たちの同士討ちという形で展開される。
“タニグク”への攻撃が思いもよらない結果となり、ロックの行き先を塞ぐ“政市会”と“政声隊”が呆然と立ち尽くす。
そして、遅れて“白いトルク”を纏った一団の放った氷が上空に出来た。
氷塊は上から落ち、大きく平べったい対“ウィッカー・マン”用装甲車両の屋根から下を揺らす。
――……そういうことか!?
ロックは、サキとその“守護者”である二体の“命熱波”――“ライラ”と“ヴァージニア”――に囲まれた光を見て、理由を確信した。
19世紀のドイツ出身の生理学者にして物理学者のヘルマン=フォン=ヘルムホルツは、検流計を使った蛙の反応時間を、電流を流して計測。
結果、“神経伝導時間”は一秒に付き約100mと判明した。
脳から脹脛までは約20m/秒であり、光の秒速約30万キロの速さを大幅に下回る結果を出した。
また、同時期の北オランダで開業した、同国最初の眼科医のドンデルスも、ある実験を試みる。
フォノトグラフを用いて、「心のタイミング」と「メンタルアクション」の測定を行った実験で人間は“単純作業”に掛ける時間は短いが、複雑なものは時間が掛かることを証明した。
同時に、認知処理の速度が外部の刺激を受けると遅くなることも明らかとなった。
人間の脳の中では、生存に必要な“トップダウン型注意”と“ボトムアップ型注意”の二種類がある。
“トップダウン型注意”は、車の運転や仕事に集中するという、意志によるもの。
“ボトムアップ型注意”は“名前を呼ばれる”、“羽ばたき”、“呼び鈴”と感覚的な刺激への反応を指す。
二つの注意によって、人の脳は常時せめぎ合っている状態にある。
更に言うなら“技術”は発展しているにも関わらず、人間の脳は19世紀に行われた二つの実験から実はそのままであると言われている。
つまり、技術が人間の認知を追い越していた。
それは、第一次世界大戦で飛行機が戦力として運用され、その対策として第二次世界大戦で索敵機が出てきたのに敵機を見逃すことが多く報告されていることからも明らかだ。
極めつけが、社会で普及している携帯通信端末などの電子機器から発せられる460から480nmで人の脳を刺激しやすい波長域の光――所謂、“ブルーライト”――である。
内因性光感受性網膜神経節細胞――ipRGC――は“ブルーライト”に特に反応しやすく、脳の覚醒中枢である“視床下部”へ信号を送る。
その結果、睡眠を促す“メラトニン”分泌の抑制を招き、認知的な注意水準を高める。
つまり、人の“注意力”を意図的に最大限まで引き上げられるのだ。
サキの“命熱波”は、何れも光を使う。
“ブルーライト”の波長を瞬間的に発し、“政市会”と“政声隊”の両派の標的を誘導したのだ。
サキ達ではなく、彼女を囲う者たちを狙う様に。
ロックは舌を巻きつつ、サキのいる駅前広場の中心部に向かった。
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