落とし前―⑫―
堀川の胸に頭を寄せる秋津の顔に、“政声隊”の集団の放つ雷鳴が照らされた。
キャミソールとサシュベルトを纏う河上 サキ。
彼女が雷鳴の切っ先に、彼女の凛とした黒髪と似ても似つかない、炭化させられる。
恐らく、秋津の脳内で巡らされているであろう最悪の思考を、堀川も行った。
しかし、堀川の思考も、彼の視点から伺える彼女のそれ。
どちらも裏切られた。
河上 サキの前に突如として正八面体の結晶が現れた。
彼女と同じ背ほどのものが、一つではなく、三つも。
結晶群が、青緑の人型からサキを狙って放たれた雷撃の全てを受け止める。
『“ライラ”、上空!!』
『分かってるよ、“ヴァージニア”!!』
サキの後頭部から、浮いて現れる、鶏冠の兜を被った鷹の眼の凛々しい女性。
そんな彼女を“ヴァージニア”と呼ぶ、つぶらな瞳をした女がサキから飛翔する。
“ライラ”と言われた女性の肉体は均整のある肢体だが、少女を思わせる顔立ちのアンバランスさを併せ持っていた。
彼女のつぶらな瞳が捉えるのは、組織立った白い人型の群れの放った氷。
光の細剣となった右腕を左から右に振り、夜を灼いた。
サキを狙った氷塊たちに、光が疾走る。
光に刻まれた氷の一つ一つ、全てが炸裂した。
刻まれた氷に映る、鶏冠の兜の女――“ヴァージニア”。
彼女の作った、三つの正八面体の結晶から雷撃を放った。
扇の中心から端まで広がった“政声隊”の足元に降り注いだ氷から、紫電が現れる。
刹那、上空と地上からの電位差の槍が、白いトルクと青緑のトルクの集団を貫いた。
倒れ行く、白と青緑のトルクの“政声隊”に、サキは駆け出す。
白髪交じりの中年男性が、彼女を迎え撃つ。
赤いトルクを輝かせながら、右手で炎の拳を振りかざした。
しかし、サキの蒼白い光刃の方が速い。
右からの横殴りの斬撃で、白髪交じりの男の胴が爆発。
僅かに衣服を焦がしながら、サキの一撃で吹っ飛ぶ。
白髪交じりの男をかき分けるように、赤いトルクを纏う女が二人、躍り出た。
女性二人は、二十代前半。
眼元の黄色をベースにしたアイメイクと、顔を覆うファンデーションが明るめなのが、二人を分ける。
ファンデーションの明るい女の方が、一歩止まり、火球を放つ。
サキの動きが鈍ったのを狙い、黄色いアイメイクの女が炎を纏った平手打ちで続いた。
しかし、大振りに空いた彼女の胴に、サキは左回し蹴りを放つ。
アイメイクの女の右半身がくの字に曲がると、サキは空かさず、右の蹴りで彼女の腿を狙った。
一撃が命中し、間髪入れずに、脛が二撃目を食らう。
サキの蹴りの連撃で生じた痛みに、アイメイクの女が膝から崩れた。
サキの接近戦に目を奪われた、明るめのファンデーションの女。
彼女が、正気を取り戻し、二撃目の火球を出す。
サキの構えた、機関銃の付いた大きな片刃が火球を照らす様に蒼白く輝いた。
蒼白い爆発がファンデーションの女の上半身を覆い、火球が消える。
サキの不可視の衝撃で、仰向けに倒れた。
サキに攻撃を放つために、離れた赤いトルクの“政声隊”が二の足を踏み始める。
彼女の放つ蒼い攻撃か、接近戦の足技に恐れをなしたのかは定かではない。
そんな彼らを黙らせたのは、サキではなかった。
『邪魔です!!』
鶏冠の兜の淑女――“ヴァージニア”の凛とした叫びが広場に木霊する。
彼女の声に呼応するように、二つの正八面体の結晶が、サキの横を突っ切った。
赤いトルクを纏った集団の先頭に立つ、パーマをした中年女性と、野球帽の鍔を後ろに被った二十代の男に、二つの正八面体が狙いを付ける。
見たことない二つの結晶に、追い回される男女。
彼らの後続も、それらに追い立てられた。
“政声隊”のうねる様に逃げて作られる人波の壁。
その向こう側で、“政市会”が止まる。
彼らと敵対する団体の仕留め損ねた、河上 サキを見据えていた。
“政市会”の中から出て来た一人の男がサキに狙いを定めて、“政声隊”の人波の壁に突っ込む。
右手に持った警棒で、“政声隊”の老若男女を問わずかき分けながら進む。
一番手の男は三十代の整った顔立ちで、髪を後ろにし、額を出していた。
その彼を先導者に、“政市会”の面々が“政声隊”の人波の河に乗り出す。
堀川の目の前で、オールバックの“政市会”会員と、彼を代表にした者たちの眼に河上 サキを据える。
しかし、彼らの眼に映っていたのは、彼女と三つ目の正八面体の結晶だった。
堀川の前で、短髪のつぶらな瞳の女性――“ライラ”が笑顔を“政市会”会員達に向けた。
『みんな、お疲れ!! そして……おやすみ!!』
笑顔が不敵なものに変わり、“ライラ”の右手が、眩い光を放つ。
その光が、“正八面体の結晶”に注がれた。
正八面体の結晶が輪郭すらも霞む光度となり、光条が放たれる。
その一撃目はオールバックの男に晒された。
“スウィート・サクリファイス”と特殊警棒が閃光に晒され、光の伝播により結晶が爆発。
飛ばされた破片で、オールバックの男は腹と頭に受けて倒れる。
熱力を含んだ光が、“政声隊”を追い回す“二つの正八面体”にも宿った。
それは、人波に足を止め、オールバックの男に続いた“政市会”会員たちにも、降り注ぐ。
サキ達の光から伝える熱力の衝撃による結晶爆弾の破片が直撃して、“政市会”会員たちは足から崩れた。
あるいは、それによる爆砕の衝撃で吹っ飛ぶ。
無論、正八面体に追い回されていた“政声隊”たちも、光による破壊熱力で、その後を追った。
“政市会”と“政声隊”を蹂躙する欠片が、堀川を映す。
星が広場にでも落ちたかの様に、輝くサキ――というよりは、彼女に付き添う二人の女性――の出した結晶が光を受けて、乱反射。
しかし、その欠片の一部がサキと彼女に迫る影を映す。
トルクを纏いつつ、黒地に白一文字で書かれた“力”というシャツを着た老若男女の一団。
そして、双椀に羊の頭蓋と右手に警棒を手にして、背広を着た男とパンツスーツの女の集団。
どちらも、ロックとサキよりも身体の大きさで言えば、両集団に分があった。
「“力人衆”!!」
「“政市会”のは……見覚えあるけど……まさか!!」
秋津の叫びに、堀川は見たことのある顔を見て驚いた。
「政経塾!! 民自党だけじゃなく、“大和保存会”に近い政治塾もいる!!」
胴田貫から、“政市会”に民自党関係者が入り始めているというのを堀川は聞いていた。
彼は眼を疑いながら、政市会陣営のメンバーを改めて見回す。
「やっぱり……“大和保存会”の関係者のいるって評判の大学からも来ている……剣道や武術で成績を残している奴らだ!! よく見たら、進路で貰ったパンフレットで載っていた自衛隊関係者もいる!?」
堀川が叫ぶと、ふとシャツを掴まれる。
彼の胸元で秋津が唇を噛み締めた。
「……大丈夫だから」
どこか力なく呟くと、二つの団体の精鋭が河上 サキに向けて歩き出す。
肩で風を切るように歩くのが、“政声隊”。
同じような歩き方をする者もいたが、“政市会”は背を伸ばして、重量のある歩みだった。
河上 サキを前にした、二つの政治団体の武闘派たち。
彼らの歩みが止まる。
“政声隊”は荒れ狂う水流を受けて、下がる。
炎の咆哮が“政市会”の行進を遮った。
「サキ、ここは任せろ!!」
「お前……凄い暴れっぷりじゃね?」
河上 サキを背に、二つの政治団体に対峙する二人の青年。
眼鏡を掛け、細く強靭な青年――原田 龍之助――が、矛槍の切っ先と鋭い眼を“政声隊”の“力人衆”の眼に孕む敵意へ向ける。
橙色のパーカー、炎で煌く手甲を両手にした斎藤 一平が、“政市会”の腕利き達に、挑発的な眼光を放った。
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