落とし前―⑨―
ブルースの檄に応える様に、“タニグク”の上下開閉式の扉が
堀川の隣と向かい、それぞれの扉が開いた様は、どこか、大空へ飛び立つ翼を思わせた。
右手にスピーカーを手にした堀川より先に、ロック、サキと一平が“タニグク”から出る。
「ロック……スキーアっだっけ?」
「“磁向防”!! とにかく、お前の場合は“ライオンハート”の方が威圧として効果的だから、俺とサキが“磁向防”を張った後、妙な動きをするやつがいたら、ぶっ放せ!!」
紅い外套を纏い、右手に翼のような剣を持ったロックと、長い黒髪で片刃と機関銃の付いた武器を左手に持つサキが車の外で、それぞれ左腕を突き出す。
二人の前で、青白い光の炸裂、炎の爆轟、氷の衝撃と雷鳴が視界を覆った。
「テメェら、どっちも黙れ!!」
一平の怒号と共に、肘関節まで覆う手甲から火炎が放たれた。
数発放たれ、こちらに攻撃を放った者たちを吹っ飛ばす。
向かいにある跳ね上げ式ドアの先にも、“政市会”と“政声隊”による攻撃の弾幕が張られていた。
サミュエル、龍之助とシャロンが片腕を突き出しながら、不可視の壁により、両政治団体の構成員の攻撃を遮る。
「堀川君、行こう!!」
一平の攻撃が止んで、秋津が叫んだ。
堀川は答えない。
だが、秋津の力強い声に思わず、自然と左手を出した。
彼女は彼の手を右手で掴み、二人で“タニグク”の外に出る。
ロック、サキ、一平の前に広がる、駅前広場は、建造物の瓦礫と車の残骸に覆われていた。
“政市会”会員は“スウィート・サクリファイス”を。
“政声隊”のメンバーは、赤、白、青緑の輝くトルクを灯しながら、その場を動かない。
両団体の眼の中に、ロック、サキ、一平の三名が映っている。
やがて、彼らの視線が堀川達に向いた。
ロック達に限らず、“タニグク”の姿に警戒感を抱く“政市会”と“政声隊”。
『“政市会”のみんな、攻撃を止めてくれ!!』
堀川のスピーカー越しの声が、沈黙に包まれた駅前広場を覆った。
“政市会”と“政声隊”の性別はおろか、様々な世代の加入者が堀川の言葉に戸惑う。
『“政声隊”も……みんな武器を下ろして!!』
続く秋津の声に、駅前広場で攻撃を交わしていた、両陣営が二人に視線を傾け始める。
事の推移を見守る上万作市民や警察も環状交差点の中心を占める“タニグク”を囲むロック達と、声を発した堀川たちの姿を認め始めた。
『みんな、周りを見て!!』
堀川はメガホンを前に、広場を見渡す。
彼の眼には、疑念に満ちた両陣営の一員達が見える。
同時に、彼らの争いによって破壊された路地に、通勤時に止められた車両の残骸が駅前広場に覆われていた。
『みんな、怖がって震えて……傷ついている人たちが見えないの!?』
秋津の悲しみの籠る声と、涙を含んだ眼に映る駅前広場の光景。
帰宅の途に付いていた学生、会社員や様々な人が駅前に点在していた。
店舗に入り、身を隠す者。
そこに入れず、瓦礫を影に身を潜めている者もいる。
そして、何人かは“政市会”と“政声隊”のどちらが先かは定かではないが、彼らの攻撃の巻き添えを受け、動けなくなっていた。
『僕たちは、この国の未来に不安を持つから、集まって声を上げていた……それなのに、なんでみんな、周りの人を傷つける真似をしているんだよ!!』
上万作の橋上駅。
その広場を臨める窓から人混みが見える。
そこから見える何対もの眼は、“政市会”と“政声隊”の当事者だけでなく、言葉を吐き出した堀川自身と秋津、蛙を思わせる黒い車両“タニグク”の周囲で警戒するロック達の姿も映しだした。
彼らの眼は、日常の舞台に突如として現れた異質なものへの警戒の色が浮かぶ。
『私たち、“S.P.E.A.R.”も“政治に声を張り上げ隊”も……渡瀬政権の独断ともいえる政治に異を唱えていた筈……それなのに、どうして集団で意見の違う人を追い回して、酷い言葉を投げかけるの!?』
堀川は、隣の秋津に目を向ける。
彼女の横顔は、初めて対話をした時に見せた、社会の理不尽に泣き崩れる少女の物のそれではなかった。
『確かに、僕たちにとって納得できないことはあるよ!! 正義は必要だよ!! でも、それを理由に人に暴言を吐いたり、暴力を振るって良い理由にはならないよ!!』
堀川はスピーカーで叫ぶと、
「じゃあ、その紅い奴らはどうなるんだ!! 俺たちはそいつらにぶちのめされたんだぞ!!」
「そもそも、そいつらが“渡瀬政権”を始めとした理不尽と戦うと言ってたら、こんなことしてねぇよ!!」
「“電脳左翼”が黙ってりゃ良かったんだよ!!」
異議を唱えた者の顔がわからない。
夜の闇と、舞い上がる粉塵で見えない。
異口同音の不平と不満が、堀川と秋津を守るロック達に向き始めた。
苔色の外套を着たブルースが“タニグク”から足を踏み出すのが、“政声隊”の“力”と描かれた黒シャツの中年男性の眼に映る。
『いい加減にして!!』
堀川の隣にいる、秋津の声。
それは、悲しみと理不尽を問うものではなく、明確な怒りの色だった。
『“紅き外套の守護者”と、その仲間たちのこと……みんな……何を知っているの!?』
秋津の凛とした怒りの声が、駅前広場に轟いた。
『みんな、彼らのことを何も知らない……それどころか、正義を理由に……彼らを自分たちの側に従えようとする!! 彼らがどんな目に遭ってきたか、誰か一人でも耳を傾けたの!?』
秋津の涙交じりの怒号が、夜に染まりつつある駅前広場に響いた。
彼女の横顔の向こう側で、瓦礫が動く。
“政市会”と“政声隊”の攻撃に巻き込まれて、瓦礫の下敷きになった男性。
店舗に籠っていた何人かが、外に出て、彼を覆う瓦礫を除けていた。
助ける者の中には、男性や女性もいる。
違いは些末なものだった。
それは、正義すらも。
『自分たちの正義を押し付けて、無理やり『従え』って言われたら、誰だって怒るよ!!』
秋津の声には、質量が籠っていた様だった。
“スウィート・サクリファイス”を覆った集団と、首にトルクをした集団。
秋津の気迫に圧されたのか、彼らが後退る。
そして、彼女の叫びは、瓦礫に覆われていた男性を引きずり出す人たちと、彼を迎え入れる救急隊員を全く妨げない。
秋津の一言がきっかけか、救急隊員が広場に入り始める。
縁で横たわる人や、瓦礫を背にしている人たちに駆け寄った。
言い切って感情の堰が壊れ切ったのか、秋津の顔には大粒の涙が流れている。
堀川の中で言いたいことは、もはや無い。
秋津に全てを言われてしまった。
ただ、広場の中心で、立つ少女。
堀川はただ、彼女の頭から抱き寄せる。
彼女のぬくもりを感じると、堀川の眼から熱いものが流れ出た。
「……なんだよ、テメェら……デキてたのかよ?」
“政市会”なのか“政声隊”なのか分からない、悪意の一言。
それが、堀川達の前で鎌首をもたげた。
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