落とし前ー⑦ー
「……水を差す様で申し訳ないんだが?」
恥ずかしさで頭が炉心溶融を起こしかける、堀川に掛かる声。
“紅き外套の守護者”という二つ名を持つ、ロック=ハイロウズだった。
その金髪碧眼の同級生も、どこか視線の着地点を探しあぐねている。
「ロック……そういうの、あまり気にしない方がいいんじゃ……」
キャミソールとサシュベルトの少女、河上 サキがロックにオブラートに包みながら言う。
――河上、それ……絶対フォローになっていない。
「……青春だな……」
「見ていて安心するな……」
橙色のパーカーを着て、同色に髪を染めた斎藤 一平がしみじみとしているがこちらを直視できていない。
眼鏡をした、スリムフィットのデニムを履いた原田 龍之助も一平と視線を合わせつつ、赤面していた。
――赤面するくらいなら、直視してほしいかな……。
叫びたい気持ちを押さえつつ、隣の秋津を見る。
秋津の視線は、龍之助の方へ向いていた。
どこか、秋津の中で諦めの色が入っている様に見える。
しかし、そんな物憂げな色に気がかりになっていると、不意に大きな音が鳴った。
その音に、堀川も空腹感を覚えてしまう。
ロック達の視線の終着点として、その音の出所を探ると、
「……ごめんなさい」
秋津だった。
彼女の一言で、その探求を一同は止める。
「実を言うと……僕も」
照れながら、堀川も言った。
「しょうがないよ……サンドイッチ店で、話すことが多かったし、食べられなかったし……無理もないよ」
堀川の言葉に、秋津の顔が暗くなる。
そんな彼女に堀川は「ごめん」と小さく詫びた。
「おい、弟弟子……それと、ブルース」
堀川達に凛とした声が掛かる。
声は、両目に星屑のメイクを施した褐色の女性――確か、ブルースが凜華と呼んでいた――がプラスチック製のタッパーを手にしている。
その中には、俵型のおむすびが詰められていた。
そんな凜華に二人の少女――サキのクラスメートの日焼けで短髪の金城 キョウコ、長髪で前髪を切り揃えた六星 アカリ――も並んでいた。
「“腹が減っては戦が出来ぬ”……だからね」
凜華は、バツが悪そうに言うと、六星が近づいてくる。
ビニール袋から、殺菌効果のあるウェットティッシュの入った円筒を堀川へ差し出す。
思わず一枚手に取り、お礼を小さく言う。
それから、彼女は隣の秋津にウェットティッシュの入った円筒を前に出した。
秋津は、物憂げな顔からどこか吹っ切れた顔になり、六星から一枚貰う。
それから、ロック達にウェットティッシュが渡ると、金城から麦茶のペットボトルを渡された。
彼女の抱えるコンビニのビニールシートには、“アルティザン”で巡り合った人数分のペットボトルが入っている。
金城が他にペットボトルを渡しに行くと、
「悪いね、何の具もないけど……」
突然、凜華に言われて突き出されたタッパーのおにぎり。
堀川は口から考えられる限りのお礼を言って、ウェットティッシュで両手を手早く拭く。
使い終わったウェットティッシュを制服のブレザーのポケットに入れて、一つ取った。
口の中に広がる塩味の優しさを飲み込み、麦茶で流した。
冷えている麦茶が、汗や涙で水分が枯渇していた身体に染み渡る。
「……美味しい」
「本当に、生き返るね」
堀川の安心感に、隣の秋津も肩の荷を下ろした様な声で言った。
「何個でも、食べられるくらいだね!!」
秋津の元気で明朗な笑顔に、堀川は再度目のやり場に困る。
そんな彼を見て、秋津も気恥ずかしさを覚えて、視線を堀川から避けようとする。
堀川は、話題を変えることにした。
「でも……本当に、食欲をそそる香りがするよね……」
「……それ、もしかして……ハーブの様な香り!?」
秋津が叫んだ。
「そう、それだよ!! よく分からないけど、パセリ、セージとローズマリーとタイムかな……最近匂うんだけど、でも、みんな――」
堀川の言葉は先を紡げなかった。
同意していた秋津も、言葉を失う。
ふと、目が合ったロックとサキ。
二人の険しい視線に、堀川と秋津の“匂い”についての会話は遮られた。
「お二人さん」
快活な少女の声が聞こえて来た。
桃色のトレーナーを腿まで覆った少女が、両手でビニール袋を広げる。
その中には、使われたウェットティッシュが無造作に入っていた。
少女に促されて、堀川はおにぎりの前に渡されたウェットティッシュを思い出す。
堀川が手を拭くのに使ったウェットティッシュをポケットからビニール袋に入れた。
秋津もそれに倣うと、
「ありがとう」
「こちらこそ……えーっと?」
アルティザンにいたことは覚えていたが、名前を聞くのを堀川は失念していた。
滑輪板を駆って、ビルの屋上から襲撃したオーツと言う男に立ち向かった。
それを思い出すが、お礼を返す間もなく、彼女はロックや他の人たちからウェットティッシュを回収していく。
「シャロンだよ? 彼女の名前は」
唐突に掛かった声に、堀川は思わず声を上げた。
秋津も想定していなかったのか、驚いた顔をしている。
「ごめん……僕も話してなかったね」
桃色トレーナーの少女の名前を教えた青年の姿に、堀川は戸惑った。
“アルティザン”の遠目で分からなかった。
しかし、顔を見てみると、思わずロックの方へ視線を向ける。
「僕はサミュエルで、あっちは双子の兄のロック……色々苦労掛ける方で覚えてね」
後ろに髪を一房に束ねたサミュエルの穏やかな顔に、堀川は戸惑う。
“アルティザン”の襲撃での彼は、双子の兄のロックと負けず劣らず、鋭い眼付をしていた。
どちらからも戦士としての凛々しさを感じていただけに、堀川はその落差に内心で驚く。
「……一言余計だ」
ロックの耳に入っていたようだ。
乱暴な一言だが、その口調にはどこか柔らかいものを感じる。
双子の兄に言葉を返さずに笑うと、サミュエルが堀川の右手を指す。
自分の右手を見ると、麦茶のペットボトルがあった。
その中にあった麦茶は、堀川は既に飲み干していた。
空のペットボトルをサミュエルは手に取り、同じく秋津のも回収。
それから、ビニール袋を持つ金城の下へ歩き、サミュエルがペットボトルを放る。
ウェットティッシュの詰まったビニール袋をシャロンが六星に渡すのを見届けると、ロックと目が合った。
そして、彼の視線が隣の秋津にも向けられる。
来いという意味らしく、秋津と共にロックの方へ移動した。
「これからどうする?」
ロックが切り出した。
双子の弟のサミュエルとシャロン、河上 サキと原田 龍之助と斎藤 一平がロックに視線を向ける。
それから、警察官と話していたブルースも合流した。
「……少なくとも、生身で突入とは行かないよね……」
サミュエルが言うと、彼の指す方角――駅前広場――へ堀川たちは目を向ける。
“政市会”と“政声隊”が激しく衝突しているのか、その攻撃の余波で巻き上がる粉塵で広場の視界は悪い。
加えて、その中で時々明滅する炎と青緑の電撃。
更に言うなら、青白い光と共に叫び声も轟いている。
「……守りながらというのも、無理だな……」
原田 龍之助は眼鏡の表面を反射する攻撃の光を眼に焼き付けるように、眼を瞑り、腕を組む。
口調は重々しく、溜息が混じっていた。
「……行けたとしても、堀川と秋津の言葉を聞く雰囲気じゃないしな……」
斎藤 一平は夜空を仰ぎながら言うと、
「……行くなら、車が必要だね……」
河上 サキが見渡して言う。
「……じゃあ、借りるしかないけど……」
サミュエルが周囲を見渡しながら言うと、
「……おーい、サミュエル……その台詞で、警察車両に目を向けるなよ――」
ブルースの口調は穏やかだが、どこか制するようだ。
その理由は、背後からの丸顔と卵頭の刑事二人組からの視線だろう。
しかし、刑事の眼の中には、サミュエルに限らず、車両を探し回る堀川たちの視線も捉えていた。
「……それってさ、協力が得られて丈夫だけど、警察車両でないものなら良いんじゃね?」
斎藤 一平の言葉は良い考えのように見えた。
――でも、そんな都合のいい車両って……?
堀川は考えて、秋津を見る。
彼女の向ける視線の先を、ロック達も見つめていた。
堀川は疑問に思い、彼らの視線に合わせる。
ブルースと刑事二人の視線も集めていたのは、犬耳兜の“ワールド・シェパード社”の社員だった。
彼が驚きの声を上げようとすると、
「頼む貸してくれ!! あとでナオトにはよく言っておくから!!」
ブルースが引き合いに出したナオトと言う人物を、堀川は良く知らない。
ただ、“ワールド・シェパード社”の社員にとっては、逆らってはいけない存在らしい。
現に、ブルースへの反論の言葉を“ワールド・シェパード社”社員は出しかねているようだった。
だが、ブルースの一言と堀川たちの視線の重圧は途切れない。
それらに、耐えられなくなった社員は、装備していた無線に連絡を入れ始めた。
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