落とし前―②―
ひび割れた眼鏡の奥に映る、卑屈さに満ちたカンタの目が涙に溢れる。
猛禽か猛獣を思わせる、ロックを映した。
カンタの両眼に映るロックは、自身の獰猛な笑みを見て、更に口端を吊り上げる。
ロックはカンタの顎を再び掴み、右手へ更に力を籠めた。
首への苦しみで瞳孔を細めたカンタは紫電を迸らせる。
鳥の羽ばたきから溢れる翼の様な硝子が、ロック達を映し出す。
彼らの背後では、一平の両腕に付けられた“ライオンハート”が虚空へ火を噴いていた。
彼の援護に付くのは、龍之助。
彼の矛槍は水を紡ぎながら、黄昏時の空を穿つ。
彼らの眼に映るのは、太陽が沈みかけた空が見えるほどの大穴の開いた、“アルティザン”の窓側の席。
“アルティザン”の窓際から見える、向かいの雑居ビルの屋上に立つ男――“スコット決死隊”のオーツ――を一平と龍之助の眼が捉える。
彼の操る、人の頭蓋骨ほどの大きさの分銅型“命導巧”:“アンダー・プレッシャー”による攻撃が、彼の眼下の一平と龍之助を狙っていた。
“アルティザン”内を蹂躙するオーツの二つの分銅を、一平と龍之助がそれぞれ迎撃に回っている。
理由は、彼らの背後にいる四人の非戦闘員――つまり、キョウコ、アカリに、元“政市会”の堀川と元“政声隊”の秋津を守るため。
そんな彼らを見渡せる“位置的優位”に立つオーツにとって、“アルティザン”は絶好の狩場だった。
頭部ほどの大きさをした一対の分銅が、不規則で噛み合わない軌道を描く。
その一つが、キョウコとアカリに向いた。
一平が炎を纏った右拳で、突っ込んできた分銅を吹っ飛ばす。
しかし、彼の爆炎の拳を逃れた、片割れの分銅が一平の右側を過った。
小柄なアカリが前に出て、長身で日焼けのキョウコを覆う。
二人の少女の強張る表情が、分銅の牙に蹂躙されることはなかった。
蒼い斬光を纏った龍之助の“セオリー・オブ・ア・デッドマン”の矛槍の一振りが、オーツの害意の分銅を吹き飛ばす。
だが、龍之助の顔を炎が覆った。
解き放たれた炎は、眼鏡の奥の背後にある蒼い右眼の青年の右頬に触れない。
一平の攻撃で吹っ飛んだ方の分銅を焼いた。
龍之助の眼に映る一平の右手の“命導巧”に、炎が燻っている。
龍之助が、一平に不器用な笑顔を向けた。
一平も龍之助に応える。
そして、彼らを惑わすオーツの分銅型“命導巧”を見据える。
オーツの悪意に呼応するように、一対の分銅が、獲物を眼にした蛇のごとく、もたげる鎌首。
だが、オーツの優位による均衡は長く続かない。
黄金色の旋毛風が、オーツが捉えているであろう“アルティザン”の窓際を覆う。
黄金色の砂ばかりでなく、オーツのぶちまけた“アルティザン”の窓枠や硝子の歯片が旋毛風に運ばれた。
黄金色の旋毛風の担い手――サミュエル=ハイロウズ――が、窓際だった大穴に前進。
散弾銃型“命導巧”:“パラダイス”の銃口を、サミュエルがオーツに向けた。
彼の移動に伴い、黄金色の旋毛風も鳴動。
同じ色の閃光が、サミュエルの“命導巧”の銃口に灯る。
そして、黄金色の旋毛風がサミュエルの前で大きな槍を作る。
苔色と桃色、二迅の風と共に、“アルティザン”の窓際跡から飛翔した。
“アルティザン”店内に轟く爆音を背後に、ロックも右腕からの衝撃を感じる。
彼はカンタを掴みながら、“アルティザン”の入り口を破壊しながら、階段の踊り場に出る。
しかし、勢いが死なない。
ロック達は雑居ビルの階段の踊り場を飛び越え、その上の窓もぶち抜いた。
夜の帳が空の大半を覆い始めた空が広がる。
やがて、地球の重力に従いながら、ロックはカンタの後頭部を土瀝青に向けた。
舗装された道路が爆散。
土瀝青の破片をぶちまける。
人々のどよめきが、ロック達を覆い始めた。
「……バ……ケ……」
「……化け物か……クズに言われることほど、爽快なことは無いな」
店をぶち壊した勢いで舗装された道路に叩きつけられても、言葉を吐き出すカンタ。
「でも……考えてみろよ……今まで、死んでもいい攻撃受けても、今も尚、死なねぇテメェ自身をよ!?」
土瀝青のすり鉢に後頭部が収まるカンタ。
彼の眼に、自分の首を絞め付けるロックが映る。
ロックの眼に映る、カンタから微かに紫電が疾走った。
血に染まった顔面、歯の掛けた口腔内を紫電が明滅。
それらが傷をいやし、歯も生やした。
「俺の眼に映る……テメェを見たな……え、バケモノよぉ?」
ロックは、カンタが自分自身の姿を直視してしまった事実に、思わず笑ってしまった。
「……お前、『お前がLGBTだから嫌われたり、差別されている』と思っているようだが、良いことを教えてやるよ……?」
紫電になり逃れようと、もがくカンタをロックは更に右手に力を込め、
「『お前の様なクズがLGBTや弱者を騙っている』から嫌われてるんだよ!! 事実の捉え方が歪んでんだよ、このクソカスが!!」
声にならない叫びを放つカンタ。
息が掠れ、涙、唾と鼻水を出す。
そんなカンタの声を聴きたいという気まぐれが出て、ロックは右手の力を緩めると、
「殺してやる、殺してやる!!」
「……やってみろよ?」
ロックは再び、右手に力を込め、
「取り敢えず……俺は優しいから、殺さない」
ロックは言うが、
「違うな……殺す奴は決めているから、テメェは殺さない……その代わり、テメェのパートナーを連座としてぶちのめす」
ロックの笑顔に、カンタの顔から血の気が引く。
「“政声隊”も無論、潰す。お前の職場もぶっ壊す。そして、ついでに言うと……“クズ”なテメェを生み、一緒に生活している家族も年齢問わずぶちのめす……遠方に住んでようが、必ず見つけ出す」
ロックは軽い口調だ。
しかし、カンタの頭の中では、ロックによる地獄絵図が現在進行形で描かれているようである。
懇願の声を出して止めようとしても、肝心のロックが喉元に力を入れているので、言葉が満足に出なかった。
「無論、テメェを庇い立てする自称LGBTとそれに与する活動家もぶちのめす……何かにつけて、テメェが『自分はLGBTだ!!』って言うたびに、そいつらに、指ごと手を砕かれるか、顎ごと歯を砕かれるかのどっちかを選ばしてやる……どっちも拒否なら、腰を完膚なきまでに砕いて車椅子生活だがな」
どれも実現可能には程遠い。
だが、言ったことに近いことをロックから先ほど行われた事実を拒否するため、カンタは両腕で耳を塞ごうとする。
しかし、ロックの右脚の鉄板入り革靴が、カンタの左膝を踏みつけた。
膝の皿が割れ、骨の砕ける軽快な音が黄昏時の駅前商店街を奏でる。
カンタの絶叫が、それらに合わせるように響いた。
それらの音に、カンタが両腕を力なく揺らす。
「……おいおい、まだ序の口だよ……化け物。今言った奴らを、何で殺さないか、教えてやろうか?」
ロックは声を枯らすほどの大声で泣き疲れたカンタを、首を右手で持ち上げる。
そして、走りながら、向かいの店舗のシャッターに、巨漢を叩きつけた。
「……それはな、そいつらを後悔させるためだよ……テメェの様なクズと一秒でも一瞬でも関わった不運を嘆き、お前を助けた奴らが苦痛のあまり、最後に『テメェを殺す!!』と言うのを聞くためにな!!」
ロックのカンタに下した判決。
被告である彼の眼元の涙は愚か、口腔内の唾や息すらも枯れ果てていた。
「ついでに言うと、テメェ等のように……過ぎた力で正義を振りかざすのは……“電脳右翼”だろうが、“電脳左翼”だろうが、多数派だろうが少数派だろうが、殺しはしないが、身に余る“力”を手にしたことも“死ぬ気”で後悔させてやる!!」
ロックは、カンタの首を左手で持ち替えて、右手で殴ろうとする。
だが、それを止め、ロックはカンタを背後へ放り投げた。
カンタの目に映る背後。
一対の羊の頭蓋を思わせる武器――“スウィート・サクリファイス”――を身に着けた“政市会”の男達が、ロックに照準を合わせていたために。
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