不和―⑨―
赤い少女――アイ。
ロックの眼前の龍之助の肩の上で、夜に照らされる海の波のように揺蕩っている。
彼女は周囲の視線に、後ろめたさを覚え、俯いた。
ブルースが口を開き、
「……正確には、双子の姉妹で……アイと」
「レンだ……」
龍之助がブルースの言葉を継いだ。
サキ、一平、キョウコとアカリが、龍之助の言葉に戸惑っていると、
「アイとレンは……小さい頃に遊んだことがあった……是音台高等科学研究所に親が勤めていて……」
「そういえば、お前の親って研究者だったよな……?」
一平の問いかけに、龍之助が頷いた。
「ああ……ただ、父も母も研究所で働き詰めだったから、よく着いて行っていたからな……」
龍之助は俯いているアイにと視線を交わす。
俯いた彼女が微笑み返し、龍之助の顔が少し軟化した。
「どうしても、一人になってしまうから……その時に出会ったのが……」
「アイと……レンってこと?」
サキの言葉に、龍之助が頷いた。
ブルースが口を再び開く。
「確か、原田夫妻は日本では当時としては珍しいナノマシンの権威だったからな……」
「そうだ……ただ、アイとレンは……どこの子どもかが分からなかった……」
龍之助が記憶の中に潜り込むあまり、深く思案した。
「……ブルース、もしかして……アイとレンは、体外受精で生んだんじゃない?」
シャロンが問いかける。
ロックは身体の奥から嫌悪感、敵愾心が込み上げるのを感じた。
だが、傍にいるサキの視線でどうにか抑える。
各々の顔色に曇りがかると、ブルースの視線が鋭くなり、
「そうだ。ハチスカ博士による……“リア・ファイル”を使った“卵子凍結手術”だ……」
「結局、絡んでいたわけだ……」
サミュエルの穏やかだが、怒りのあまり歯を食いしばり、ブルースに吐き捨てた。
ただ、ブルースはサミュエルの感情に構わず、
「アイとレンは……体外受精で作られ、育てられていた……父親からは精子を、母親は子宮を提供されただけで、研究所の教育担当によってな」
ブルースの眼に映るロックと他の面々。
怒りに染まるロック。
サキは、あまりの凄惨な内容に震えるキョウコを抱いている。
サキの友達のアカリも、彼女の両手を押さえていた。
サミュエルとシャロンは動かないが、鋭い敵意の視線でブルースを見据える。
一平と龍之助は、どう感じていいのか分からず、顔を青くしていた。
だが、一平が重く口を開き、
「あのよ……ブルース、“へルター・スケルター”に子どもを提供するつもりはないって言ったよな……アイとレンでおびき出して、どうするつもりだったんだ?」
彼の一言に、ロック達は正気を取り戻す。
命を軽視した行為に対する怒りは傍に置いて、ブルースを見た。
「……さっきも言ったように、“へルター・スケルター”に“遺跡”のコントロールを奪われたということは、“遺跡”内の“ウィッカー・マン”や“命導巧”も使われかねない。最悪、“遺跡”外にも影響を与えかねない」
ブルースが天を仰ぐように、言葉を選びながら話した。
「初めは……“ホステル”からの提案だった。それから、“ワールド・シェパード社”と“望楼”の協力も得て、“へルター・スケルター”をおびき寄せて封じ込めることにした」
“望楼”の言葉が出た瞬間、ロックの弟のサミュエルと相棒のシャロンが目を強張らせた。
それから、苦虫を嚙み潰したような顔を作る。
ブルースの言葉に、ロックの脳裏にある光景が浮かんだ。
それは、彼の心の奥にいた“洗礼者”と言う男。
彼を慕う短髪の少女に、スカーフを巻いた細面の男――“アンティパス”。
――これは……?
ロックは戸惑いながらも、ブルースの話を傾聴する。
「未確認の“命熱波”の名前は、文字通り――大混乱から取られた。そのために、“ブライトン・ロック社”、“ワールド・シェパード社”も持てる戦力の全てを投入し、協力することで一致した」
ロックの周りでどよめきが生じた。
「封じるって……どうするつもりだったんだ?」
龍之助が疑問を呈すると、
「“ホステル”から、巨大“ウィッカー・マン”を提供してくれた……名前は、“スターマン”」
「……ブルース、“召喚”と言っていたが、“へルター・スケルター”は何処にいたんだ?」
一平が当然の疑問を呈すると、
「……“リア・ファイル”は体内電気を励起させる……でも、励起させるための“熱力”が必要になる……」
サミュエルが口を開いた。
「そして、“リア・ファイル”のその”熱力”を得る場所は……この四次元世界に封じられている、“余剰次元”……それを、“リア・ファイル”を使ってこじ開けて、僕たちは命導巧を使えるんだ」
「つまり、次元の壁に干渉をする……ということは――!?」
龍之助が言葉を失う。
「ああ……その折りたたまれた次元の壁の向こう側……“ワンダー・ウォール”だ」
ロックはブルースを睨むようにして言った。
「その通り……“リア・ファイル”が次元を超える門となるから、“スターマン”も通る」
「その“スターマン”に、“へルター・スケルター”を封じ込めるために“命熱波”使いや“ワールド・シェパード社”も加わった……無論、攻撃を加える為に」
ロックは、作戦の概要を整理してみた。
「……でも、ブルース。作戦通りにいかなかったんだよね?」
サキがその先を促した。
「何が……起きたんだ?」
龍之助が訝し気に問うと、
「……“命熱波”使いの一人が、裏切った」
ブルースの一言に、周囲の気温が下がった。
ロックの脳裏に現れたのは、“洗礼者”の記憶。
アンティパスを自ら手に駆け、それをあざ笑う短髪の少女の場面だった。
「……リリスか?」
ロックの吐き出した言葉に、サキは息を呑んだ。
そして、彼女の“命熱波”――短髪の少女のライラも出て来た。
『そう、私にリリスが乗り込んできてバプトとアンティパスを殺すように仕向けた……そして、私も……』
ブルースが、“ライラ”の言葉を待たずに頷くと、
「待て……それだったら、アイとレンはどうなったんだ!?」
龍之助が飛び出さん勢いで、ブルースに向けて前のめりになる。
一平に制され、それを見たブルースが続けた。
「……“へルター・スケルター”が要求した肉体は、二つ。だから、身寄りがない“リア・ファイル”の卵子凍結実験で生み出された子ども……この場合は、アイとレンという双子だった」
マグカップに入った紅茶をブルースが一飲みして、
「“ホステル”の狙いは、“へルター・スケルター”が“スターマン”から乗り移る際、双子から出た”命熱波”の熱力だった……その正体と意図は分からない。ただ、“へルター・スケルター”が現界して、双子を乗っ取っている中での裏切りは、呉越同舟だった団体の協力関係にヒビが入った」
ブルースが瞼を閉じ、両眼を撫でる。
その思案している光景が、想像を絶するのか、時間を掛けて瞼を開けた。
「“ブライトン・ロック社”の中でも、今回の作戦に不満を持つ者たちが離反したり、“へルター・スケルター”の熱力に取り込まれる者もいた。“ワールド・シェパード社”や“望楼”でも同じようなことが起きた。だから、その中で“へルター・スケルター”の意思に染まらなかった者たちで、“へルター・スケルター”の入った“スターマン”を攻撃し、“ワンダー・ウォール”の中に押し込んだ」
ブルースの絞り出すような言葉に、ロックは言葉を失った。
「……それで、どうなったの?」
サミュエルがブルースに急く様にして言った。
「当然、死傷者多数……“ブライトン・ロック社”は、“へルター・スケルター”を封じ、命を落とした“命導巧”と適合していた“命熱波”使いを回収。そして……“命熱波”使いの本体から、“命熱波”を別の肉体に移植した」
「まさか……」
ロックは立ち上がり、ブルースの襟元を掴んだ。
彼の眼の中のロックに、怒りと悲しみの色が混じっている。
「……そうだ、ロック……お前に“命熱波”を移植させた……“洗礼者”をな……」
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