対峙―⑨―
ロックは驚き、周囲を見渡す。
「もしかして……ロック、匂い?」
サキが話しかけてくる。
しかし、周囲はその内容に首を傾げた。
ブルースは眉をひそめる。
「そんな……無粋な名前で呼ぶとは」
三条が心外と言わんばかりに、大きく呟き、
「“アイレーネー”……平和をもたらす存在として、相応しいものはないでしょう?」
「バカ言え、こんなに死人を出しておいて、平和もクソもあるか!」
ロックは、三条に“命導巧”:“ブラック・クイーン”を構える。
「……ロック=ハイロウズ、コスタリカと言う国をご存じですか?」
三条に言われて、中央アメリカの国のことを思い出す。
だが、彼女の言う平和とその国の繋がりが見えないことに戸惑うと、
「確か、“常設軍”を持たない国だな」
一平が躍り出て言う。
冷静な口調だが、“命導巧”:“ライオンハート”の銃口からは炎が煌いていた。
「ご名答です……あなたは意外と頭が良いですね」
三条はそんな一平の炎など見えてないかのように、続ける。
「では、持たないけど『持つことは出来る』というのは?」
三条の言葉に一平もそこで言葉を出さない。
というよりは、その内容に戸惑い、出すべき言葉が言葉にならないようだった。
「……コスタリカの憲法として、軍隊を明記しないという意味では日本と似ていますが、明確な違いは……憲法とそれが成り立たない状況です」
三条の言い回しはどこか、どこかの歌劇歌手を思わせる。
直立不動の彼女を覆う両腕が、彼女の内なる情熱を表している様に動いていた。
龍之助と“赤い少女”――アイと彼が言っていた――は苦しみと共に、目の前のレンと言う名の“白い少女”と対峙している。
黒いシャツの“力人衆”――“政声隊”の荒事専門集団――は“コーリング・フロム・ヘヴン”のトルクから出る人型を待機させつつ、アイとレンという少女の出現に戸惑っていた。
“政声隊”については、三条の背後にいたメンバー達――10代の若者たち中心のS.P.E.A.Rの代表の秋津 澄香を含めて――も、二人の少女の乱入という状況を上手く受けれられていない。
三条の攻撃に巻き込まれた“政声隊”――または、エヴァンスの攻撃の煽りを受けた“政市会”――のメンバーは、薄紫色の牙による応急処置を受け、アイ、レンと三条から離れた場所にいた。
応急処置を受けた者は、それぞれ、頭部、腕部に脚部に包帯を巻かれている。
殆どが成人で、薄紫色の牙の装備――榴弾発射機付の携帯型騎兵銃――くらいしか無いにも関わらず、包帯は全員に行き届いている。
ロックが疑問に思っていると、見つけたのが、駐車場で破壊された職員の車に割れた庁舎の硝子。
もしかしたら、戦闘の間に足りない救急道具を拝借したのかもしれない。
しかし、薄紫色の牙のバラクラバも焦げ目が目立ち、薄紫色のシャツや黒いパンツスーツから生傷が微かに見える。
拝借したモノの他に、自分のも使ったのか、バラクラバから見える凛とした彼女の眼は疲れが見え隠れしていた。
“政市会”側も、二人の少女の出方を見ている。
“エヴァンス”は彼女が取り込んだ青白い光を取られ、意気消沈していた。
レンは、彼女の横取りしたものを取り返し、満足したのか視線をアイに戻している。
その間に、オーツと“政市会”会員の男を脅し、一緒に蹲ったエヴァンスをその場から動かした。
そして、離れた場所で鍛冶と一緒に、エヴァンスは眼に涙を溜めながら、二人の少女の対峙を見ている。
“政市会”の堀川も共に。
「……待って、平和憲法が成り立たない状況……そんなのあるの?」
サミュエルが三条に食って掛かる。
「そもそも、現在の国際情勢って戦争がしにくくて、せいぜい内戦か紛争どまりじゃない……好き好んで周辺地域挑発する盗人猛々しいロシアや中国辺りでも、戦争なんて馬鹿な真似しないのに?」
薄桃色のパンツスーツを纏った三条は、その眼に映るサミュエルに首をかしげる。
「……サミュエル、あるぜ」
ブルースが首を振って言う。
「国家の危機……戦争に限らず、暴動や地震のような災害など憲法の維持が逆に国家運営に支障をきたす時だ。憲法は、刑法や契約法のような個別の事案の法律というよりは、国家の骨格だからな」
「その通りです……可もなく不可もなし、ですね……ブルース=バルト」
三条が肩をすくめて言うと、
「でも……ブルース。国家の危機に至るとして、じゃあ肝心の治安維持機関は何処になるんだよ?」
一平の疑問に、サキがはっとして答える。
「……一平、軍隊だよ……緊急時に市民を徴兵する制度が、確かコスタリカで認められていた」
サキの言葉に、一平が驚いた。
「“市民兵”か……お前等“政声隊”のような“|小難しい市民《ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーズども》”が好きそうなやつだな……テメェの正義を振りかざし放題だ」
ロックは吐き捨てる。
「しかし、日本国憲法はどの国家の硬性憲法とは到底相容れられない、戦力の不保持――所謂、“9条”――を掲げていたはずだ。加えて、徴兵制と言うよりは“志願制”で、訓練のない市民の入る余地がない……つまり、市民兵に権力が認められる余地もない筈だが?」
三条を問い詰めるが、ロックは自分の言葉に違和感を抱いた。
三条の薄い笑みが、苦虫を嚙み潰したようなロックの顔を映す。
「クソが……今の世界情勢で言う戦力じゃなければ良い……“ワールド・シェパード社”と“ウィッカー・マン”を始めとした“UNTOLD”による軍事化なら、9条を削除する必要はない」
ロックの言葉に、サキの顔が蒼白になった。
一平は驚愕し、サミュエルとシャロンの二人はため息を吐いた。
後者の二人は、三条の言葉にあまり驚かなかった――というよりは、予測仕切っていたように見える。
「……ブルース、そりゃ……電脳右翼や“大和保存会”も“UNTOLD”を欲しがるワケだな!! 9条に関して言えば、右派でも扱いに手を焼いてるんだからな!!」
ブルースがロックの言葉に神妙な顔で頷いた。
「分かっていただけたようですね」
三条の表情から感情は見えないが、声からは安堵が伝わる。
「“アイレーネー”……平和をもたらし、そして平和も守る……無論。この国を!!」
三条が恍惚な顔を晒すが、
「三条、そんなに出した方が良い存在なら、何故初めから使わない?」
ブルースの言葉に、三条の顔から恍惚の顔が消えた。
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