対峙―①―
4月14日 午後5時46分 上万作市内 上万作市役所
上万作市役所。
その由来は、花の季節を知らずに咲く“時知らず”という別名を持つマンサクから由来している。
2月から3月に小さな花を咲かす、春を告げる植物として知られている。
市役所の入り口は公園ともなっていて、そのマンサクに彩られることで有名だ。
公園の中心には、噴水を中心に遊具が点在している。
役場と公園の同心円状に、飲食店や理容店と言うサービス業が展開されていた。
だが、本来は市民の“憩いの場”は、それとは程遠い喧騒に包まれている。
『デンウヨは、人体実験の事実を認めろー!!』
『人体実験はデンサヨの陰謀だー!!』
ロックの目の前で繰り広げられている、電脳右翼と電脳左翼のシュプレヒコールの応酬。
両陣営の抱える横断幕やプラカードには、認識できないほどの文字の羅列が、互いを突きさす様に書きなぐられていた。
“受精卵”。
“卵子凍結技術”。
“昏睡状態”。
“アメリカの製薬会社による陰謀”。
噴水と市役所の間に集う二つの政治団体の醸し出す空気に、市役所の職員だけでなく、帰宅や下校をする市民が釘付けになっていた。
『ハチスカ文書を渡せ―!!』
『ハチスカ文書は捏造だー!!』
「なんで、両方とも“ハチスカ文書”の存在を言っているの!?」
そう言って隣で狼狽えるのは、腿まで覆う裾をしたピンクのトレーナーを纏ったシャロン。
「シャロン……何でだよ、『ハチスカの文書について争ってる』っってのは、どっちも同じだろ?」
炎色のパーカーを着た一平が、シャロンに問うが、
「電脳右翼も電脳左翼も“ハチスカ文書”って固有名詞を一言一句違わず言っているのがおかしいの!!」
「シャロン、つまり……こいつらは、同じ情報源に踊らされているってこと?」
飴色のジャケットとパンツのサミュエルは、散弾銃に大鎌のグリップを備え付けた“命導巧”:“パラダイス”を構える。
「サミュエル、待て!!」
深緑のコートを着たブルースに制される。
彼も三日月型に反り立った剣――ショーテル型“命導巧”:“ヘヴンズ・ドライヴ”を二丁、手にしていた。
ロックもサミュエルに目を向け、首を横に振る。
シュプレヒコールを上げている電脳右翼に電脳左翼。
電脳右翼の“政市会”は男女の参加者問わずに、“スウィート・サクリファイス”を装備している。
そして、その中に“スコット決死隊”の“命導巧”使い、オーツという背が高く、横に広い男もいた。
一方で、電脳左翼である“政声隊”の暴力装置と言える、黒いシャツを着た“力人衆”も紛れている。
しかし、政市会と見て違うのは、
「首のトルクをしている人と、そうでない人が分かれている……」
キャミソールとデニム、そしてその間を結ぶバックルを模したサシュベルトのサキが言う。
「加えて――!!」
ロックの捉える視線。
“政声隊”の学生版である、二つ結びにした少女でS.P.E.A.R.の代表――秋津 澄香――も中にいた。
その先に、ピンク色のパンツスーツに身を包んだ、“命熱波”使い――三条 千賀子の姿もあった。
そして、シャツとスリムタイプのデニムを纏った原田 龍之助が矛槍型“命導巧”:“セオリー・オブ・ア・デッドマン”。
「そういうことか……“政声隊”が“武装していない参加者”を三条が人質に取る可能性がある」
「同時に言うと、“政市会”がオーツを督戦隊にしている可能性も否定できない」
一平が言って、ブルースが補足する。
「じゃあ、激突するまで待つ?」
サミュエルが不服そうに吐き捨てるが、
「……いや、“政市会”と“政声隊”の眼を眩ます!!」
ブルースの言葉に、ロックが怪訝に思った瞬間、それは起きた。
市役所と公園の間。
そこは駐車場になっているが、そこから放たれた三つの物体。
政市会と政声隊、そして、両派の間に出来た隙間の三か所に紛れる。
ロックは、それが催涙ガスと気づいた時には、色付きの煙が“シュプレヒコール”の発信源を覆った。
ほぼ同時に煙が上がり、両陣営が刺激性の煙幕に、眼を庇い始めた。
「そうか、“薄紫色の牙”!!」
サミュエルが叫ぶ。
煙幕を巻いた黒いパンツスーツに薄紫色のバラクラバと同色のシャツに身を包んだ、細い肢体の女性が携帯式小型騎兵銃を片手に、上空へ撃った。
まず、“政市会”で銃声に慣れていない参加者が、背を向けて走り去る。
それから、“政声隊”の一般参加者も、我先にと集団をかき分けて逃げ出した。
しかし、
「逃げるな、やっちまえ!!」
恫喝するオーツが鎖分銅型の“命導巧”:“アンダー・プレッシャー”を取り出す。
「サキ、俺と一緒にオーツを止めるぞ! ロックはサミュエル、シャロンと一緒に三条!! 一平は、お望み通り、龍之助に行ってこい!!」
ブルースが吠えて、ロックは駆け抜ける疾風で強化。
神経を強化した神速の速度で、“政声隊”の陣地に飛び込んだ。
「催涙ガスだ!! 炎を使うな!!」
“力人衆”の額が広く細い眉毛した男が叫んだ瞬間、ロックは順手で翼剣型“命導巧”:“ブラック・クイーン”を三条の頭上へ振り下ろした。
三条の頭上に突如として現れた石碑。
それが、ロックの翼剣の一撃を食い止めた。
「……あら、デモという意見の主張の場で武器を振り回すとは……日本国憲法を読まれた方がよろしいと思いますよ?」
三条の感情のない声が石碑の影から、聞こえてくる。
「……じゃあテメェは武器はあっても抜かない精神を学べ!! “武士道”の勝海舟の下りを読むことを勧めるぜ!!」
ロックは頂砕く一振りによる分子配列により、刀身を強化した。
その際の衝撃波を三条の前に展開して、“政声隊”を吹き飛ばす。
トルクを纏った参加者と黒シャツが宙を待った。
三条は、衝撃に飛ばされたにもかかわらず、後方へ一歩分下がる。
「……“武士道”……欧米人が読む日本の書籍として、典型的ですね」
「日本国憲法よりも古典だからな……」
ロックが口の端を吊り上げ、三条と向き合う。
しかし、彼女の側に、集った者の纏うトルクは白色。
「そういうことかよ!!」
“コーリング・フロム・ヘヴン”の氷の人型は、炎や雷の様に火を起こさない。
黒シャツとそうでないもの、それぞれから白い人型が現れる。
その冷たい目線は、ロックに集中していた。
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