歯車は噛み合う―⑭―
午後4時12分
ロックの向かいにいる、四人の人物。
彼らの内、一人がソファに座っている。
深く腰をかけず、ただ背筋を伸ばす着流しの老人。
そんな彼を囲むのが、鷲鼻の老人、扁桃の吊り眼の女、小太りの男。
小太りの男は、“政市会”の代表の尾咲 一郎だ。
「……なるほど、あなたが関わっていたか……」
隣のブルースが強張らせて言う。
「“政市会”の尾咲と鍛冶、広島というよりは、“中国地方”のフィクサーの胴田貫 剛介。そして……」
ロック、サキ、ブルースに一平がソファを空席にし、周りに立つ。
サミュエルとシャロンは後ろの食卓に座っていた。
6名の視線の先には、リビングの入り口のソファ。
ソファに座る老人を囲む三人の来訪者。
「“大和保存会”会員の菅原 辰雄」
ブルースの剣を思わせる鋭い声に、ロックは息を止める。
「……“大和保存会”、確か、日本最大の極右勢力だったよな?」
一平が言って、睥睨。
「……ほう、あなたのような若い方が我々をご存じですか?」
菅原は少し身をかがめて言う。
一平の様な活気の良さに好感を抱いたようだ。
「……時代錯誤な明治時代の大日本帝国憲法の復古に、教育勅語を幼稚園で歌わせて、自衛隊を軍隊にしようとしている悪趣味さしかわからないけどな」
一平が鼻を鳴らして言うと、着流しの老人が笑った。
尾咲が肝を冷やした顔となり、鷲鼻の剛介が歯ぎしりをしている。
「……でも、妙な組み合わせに思えるんだけどな……」
一平の言葉に、ロックは首を傾げていると、
「一平……それ、正解だ」
ブルースが言うと、
「本来、“政治を取り戻したい市民の会”――通称、“政市会”――と“大和保存会”は一緒になることはない。それどころか、“大和保存会”は、“政市会”の過激路線を蛇蝎のごとく嫌っている」
ロックはブルースの語った内容を思い出した。
“政市会”は論敵に現実世界で押しかけ、憎悪表現も辞さない。
その姿勢から、至る所から訴えられていたはずだ。
それは、右派論壇も例外ではない。
「待って、ブルース……それなら、何故、こいつらが一緒にいるの?」
サミュエルが言うと、
「話してくれるというか、何と言うか……サキと一平ならわかるんじゃないか?」
ブルースに促された二人。
サキが、
「胴田貫って、確か県議会議員に……」
「それだけじゃない……俺たちの学校にもいるぜ」
一平の言葉に、
「どういうことだ?」
ロックは疑問を口にするが、一平が口をぽかんと開けた。
サキも目を丸くしている。
ブルースは頭を抱えていた。
しかし、鷲鼻の老人――胴田貫 剛介――の目付きが鋭い。
そして、歯軋りの音も聞こえて来た。
「……ロック、大乱闘の時に、お前が首を絞めた奴いたよね?」
一平の一言に、ロックは、薄い茶髪の高校生にそんなことをしたのを思い出した。
「……ああ、もしかして……あの茶髪のサルガキか?」
「サルガキとはなんだ!?」
そう言って、鷲鼻の老人は顔を赤くしていった。
「そう顔を赤くすんなよ、猿ジジイ……赤いのはケツだけにしとけよ?」
ロックの言葉に剛介は押し黙る。
というよりは、剛介が言われた言葉を、咀嚼すればするほど煮え立つ怒りに、憤死しかねないのを押しとどめている様に見えた。
ロックが溜息をつくと、
「要はバカ老人のバカ孫……つまり、そいつが両団体をくっつけたということか」
「まあ、そういうことだ」
ブルースが頷いて、
「加えるなら、そのバカ孫が“政市会”に入っていて、『孫の団体だから贔屓にして』、と言う感じじゃない?」
サミュエルが頬杖で気だるそうに言った。
尾咲と胴田貫の二人が、真っ赤になるが、
「……兄さんほど短気じゃないけど、そのおこぼれに預かろうとする豚眼鏡の腕一本か足一本で手打ち……で来たというわけでもないようだけど……?」
サミュエルの視線が、“政市会”の尾咲に向かう。
尾咲はこの場から逃げ出しかねないほどに、腰が引けていた。
剣呑な雰囲気に関わらず、菅原老人が弾けたように笑い出す。
「……爺、何がおかしい?」
ロックは好々爺に目を向ける。
彼の眼に映るロックの視線は、射貫くほど鋭い。
「……なるほど、欧州を救ったというだけありますね」
菅原老人は、息を整える。
そこで、扁桃の眼の女性――鍛冶 美幸――が口を開いた。
「我々はこの国に“真の秩序”をもたらす為に、協力しています」
ロックは思わず怪訝な声を出す。
ブルース達も同じで、お互いに顔を合わせ始める。
「そう、我々はこの国の真の民主主義と市民を体現させることで一致しました」
「真の秩序をもたらす存在……その追及です」
菅原老人と剛介が口々に言うと、
「それは、日本に伝わる神の実現」
尾咲が誇らしげに言うと、
「……日本の神って、お前らがよく人を殴るのに持ち出す“世間体”じゃねえのか?」
ロックがぞんざいに吐き捨てると、菅原はかぶりを振って否定。
「あなたもご存じのはずです……ダンディーの空で遭遇した、天空の神、“天之御中主神”のことを」
ロックは思わぬ言葉に、頭が真っ白になった。
「おい、ロック!!」
「止めろ!!」
ブルース、一平に制され、ロックは我に戻る。
ロックは拳を菅原に仕掛ける為に、邪魔となっているテレビの前のテーブルを蹴飛ばしたようだ。
サキが、ロックの腹を抱えて止めていた。
ロックは三人に大丈夫であることを伝え、離れた。
菅原以外の“政市会”メンバーの尾咲と胴田貫老人が、目を丸くしている。
「“天之御中主神”……確か、日本の神話では目立ったことはしてなかったはず」
「いや、伝承は無くても、祀られているところがある。確か伊勢神道にその流れがあった気が……」
一平とブルースが菅原に向けて言うが、
「テメェら……どこまで知っている?」
ロックは衝動を抑えながら、菅原に問う。
「あなたの力……欧州では“ケルヌンノス”として知られ、あなたの力をもたらした存在の記録がありました。そして、その力をもたらす存在が、世界各地にあります」
菅原、鍛冶、胴田貫と尾咲の眼に映るロック。
怒りと共に、両脇をブルースと一平が固める。
「あら……てっきり、ロックと言う方はそのブルースと言う方から言われていたはずですが……それが、この街にあることを」
菅原は好々爺としているが、その奥に日本刀を思わせる鋭さを秘めて言った。
「……確か、“ヘルター・スケルター”と呼んでいた筈ですが?」
ロックは息を呑む。
サキは驚きのあまり口を空け、一平は怪訝な顔を浮かべた。
動じずにブルースが、
「お前たちは何をするつもりだ……“ワイルド・ハント事件”の再来を起こすつもりか?」
「違います……秩序をもたらしましょう。この国と、そして世界を平和にするために……我々とあなた達と共に」
菅原の笑顔からの提案に応えたのは、意外な声の主だった。
「お断りします」
河上 サキがロックの前に躍り出る。
「あなた方の様に、人の生まれとかで人を神輿にするような人たちと手を結べません」
サキがピシャリというが、菅原は続ける。
「しかし、あなたは地自労や電脳左翼を敵としている……我が国の――」
「我が国と言いますが、あなたたちの言う敵は“まともな日本人でありたい”とも願っていました……そのために、その道から逸れた人を神輿にし、時に排除してきました。はっきり言って、電脳右翼も電脳左翼も、どう違うのか、わかりません」
サキの凛とした視線と共に、
「“政市会”は、“他者を蔑んででも、日本の美意識に固執したい人たち”。“政声隊”は“弱者を助けて良い日本人と言う理想像を演じたい人たち”。どちらも、自分と言う人間が無いということで言えば、同じに見えますね?」
尾咲と胴田貫 剛介は、血が吹き出んばかりに顔を真っ赤にしている。
菅原 辰雄に至っては、笑ってはいるが微かに冷気を漂わせていた。
しかし、鍛冶 美幸に、サキは息を呑む。
彼女の眼は象牙色、唇は柘榴を思わせる色に一瞬変わった。
「どこの誰が吹き込んだサル知恵か、わからんが、引かねぇなら……“政声隊”もろとも“政市会”もぶちのめす」
ロックはサキの前に躍り出る。
「……僕からしたら、国の為に何か出来る人はハチスカの様な気がするね。そんな彼を狙ったというなら、僕もお前等と手を組むつもりはない!」
サミュエルが言うと、シャロンは舌を出した。
ブルースと一平も沈黙と鋭い視線を送ったのを見ると、菅原はため息を吐いて、
「分かりました……あなた方の意見としましょう」
好々爺はソファから立つと、他の三人が続いて部屋を出ていった。
玄関の閉じる音がして、
「ロック……あれは……」
「サロメ……関わりはしないが、見ているということだろう?」
サキの隣で、
「少なくとも、あそこで暴露はしなくていい。そんなことをしたら、相手は出方を変える。そうしたら、狙いも分からなくなる」
ブルースがロックの代わりに答えた。
一平が隣で全身から力を抜いていると、
「みんな、大変!!」
シャロンが携帯通信端末を取り出して、叫んだ。
「何か……“ハチスカの文書”ってのが、出てきている!?」
ロックは眉をひそめ、サミュエルも携帯通信端末を操作。
「……電脳右翼と電脳左翼……どっちも、互いが持っているって、言い張っている!?」
サミュエルの携帯通信端末を見ると、電脳右翼の短文投稿サイトのアカウントが出て来た。
画像をブルースが見ると、
「この近くだ!! 投稿時間もすぐだ!!」
ロックの見た画像。
それは、“スウィート・サクリファイス”を構えた者の背後からのもの。
そして、向かいに立つのは、炎を発生させた“コーリング・フロム・ヘヴン”の人型を携えた電脳左翼だった。
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