歯車は嚙み合う―⑬―
午後4時1分 ロックとブルースのマンション
「一平、前々から疑問に思っていることがある」
「ロック……それ聞いても良いかもしれないけど、傷に障らない?」
ロックが気難しい顔で言うと、同じく気難しい声で応える一平。
「……二人共、仲良くなってなによりだね……少し前まで喧嘩していたとは思えないね」
サキの二人への一言は、嬉しそうだ。
しかし、ロックは笑顔の裏にある何かを感じ取る。
――言ってることと考えていること、絶対に違う!!
サキから漂う笑顔。
見る者によっては、穏やかな春風を思わせる雰囲気を感じるだろう。
だが、ロックはそれが、春の地面から立ち上る炎――“陽炎”――を思わせ、安心できない。
そして、普通に接することも憚られる。
「……ロック、あとは一平だったっけ? 椅子あるから座りな?」
そう促すのが、ブルース。
彼の笑顔はどこかぎこちない。
何故か、彼の善意が“サキの含んだ笑顔”に阻まれる。
ブルースからそう言う言葉が、わざわざ出るのは、ロックと一平が座っていないからだ。
ついでに言うと、二人は正座している。
笑顔のサキの前で。
しかも、薄型受視機の前のフローリングの上に敷かれたカーペット。
二人がカーペットの上に正座する様は、どこか日本の時代劇の最後の場面に出てくる“御白州”を思わせる。
そう考えていると、ソファに座るロックの双子の弟のサミュエルは、曖昧な笑顔だ。
口に出さずとも「ご愁傷様」と言っている様にロックが受け取れるのは、それが家族だからと思うことにした。
そして、彼にべったりしている少女のシャロン。
双子の弟が好きすぎて、その兄のロックの不幸を望むほどの不和にも関わらず、仁王立ちしているサキを恐れて、サミュエルから離れようともしない。
もっとも、この状況の原因はロックと一平だから、サキに対する弁護を申し出るものは誰もいなかった。
「……でも、良かった……二人とも怪我は酷くなくて」
サキの声は、心底胸をなでおろしたような響きだ。
ロックと一平は、“スコット決死隊”との戦いでガレージから逃げた。
しかし、逃亡の途中で“政市会”のメンバーとも遭遇。
激闘で疲れ切った身体で、何人か退けながら、ブルースの契約するマンションにたどり着いたのだ。
一平も連れて来た。
「……時間通りに来たしな」
ロックは無意識に呟いてしまった。
周囲の空気が一瞬凍結したように感じたが、時すでに遅く、
「でも、勉強時間が潰れたよね?」
サキの指摘に、ロックは身体の底から抉られる痛みを覚えた。
ロックの言葉に、隣の一平は焦りで顔色が土気色に染まる。
自分でも意識していなかったが、一平と“スコット決死隊”との連戦は、相当堪えた様だった。
ロックと一平は、部屋に付いた瞬間、どっと押し寄せた疲れに、身体の自由を奪われた。
あと、怪我についても身体のあちこちが悲鳴を上げたので、当然、ブルース、サミュエルにシャロンも総動員で治療に当たった。
サキも加わった。
当然、治療に時間を費やした為、勉強時間が消えた。
治療は終わったが、今回の事態を招いたロックと一平。
そんなサキの無言の気迫に押され、包帯に巻かれながら、正座させられていた。
「……時間に間に合っても、その時に約束したことが出来ないのは、約束を守ったとは言えないからね?」
サキの言葉が――味わったことはないが――麻酔なしで執刀の様な痛みとして現れる。
「……それと、一平も……停学中で喧嘩をしようとは誰も考えないよ……応じるバカもいないけど?」
一平への追及の筈なのに、ロックに、彼への刃に切り伏せられた感覚に襲われた。
「……サキ、アレだ。これは――」
「少年誌とか不良漫画とか、私たちそういう世界に生きていないからね? あと、決闘って手錠はめられちゃうよ?」
一平もサキの一言に切り伏せられた。
“御白州”の裁きから、いきなり死刑に変わった気分をロックは思った。
あるいは証言している間に、エスカレーターと化した絞首台に乗せられたというのに似ている。
隣の一平も、似た感覚を味わっているのだろう。
背筋を伸ばして正座しているが、顔からは生気が抜けていた。
「二人とも申し分は?」
サキの柔らかな言葉に、ロックは、
「……申し訳ありませんでした」
「……すみませんでした」
一平は言い終えると、カーペットの上で横になった。
サキの「よし」と言う笑顔に、ロックは安堵して、ソファを挟むようにしてあるテーブルの前の丸椅子に座る。
「さて、どう切り出せばいいのかな……」
ブルースが言い出すと、一平とサキも席を探し始める。
ロックを中心に丸椅子が二つあったので、二人がそそくさと座った。
「……“ブライトン・ロック社”は、白光事件についてどう対応したの?」
サミュエルが質問をすると、
「“ブライトン・ロック社”を始めとした、様々な企業が“白光事件”に対して、上万作市を支援した。昏睡状態の治療も含めてな。その甲斐あって、緩解している者も増えている」
ブルースが立ちながら、話す。
どこか、口調としては戸惑っているのもある。
「しかし、ハチスカの告発によると、“ブライトン・ロック社”は事件以前から上万作市と関りを持っている。このことに関しては?」
サミュエルの追及の刃を緩めない。
彼と再会した時に、彼が“望楼”の命令で、上万作市一帯で行われていた人体実験についての証人を護衛していたことをロックに話してくれた。
「……今回の動きに関しては、“ブライトン・ロック社”でも一致した対応が取れない。だから、どうにかこっちで動けるように色々しているけど……」
ブルースが、淹れた紅茶をマグカップから一口飲む。
「だから、その間に昏睡状態からの回復者が殺されているのだけど……」
サミュエルがどこか吐き捨てるように言って、ココアを口に入れた。
「俺も疑問に思っているのだが」
ロックは珈琲を一口入れて、
「アンナ、“ベネディクトゥス”という上から数えた方が早い命熱波使いがいるにも関わらず、何もできない。それどころか、俺とサキに依頼されたのが、原田 龍之助とアイツの“命導巧”の確保だが……余りにも、周りのフットワークが遅いのは気になる」
ロックが思案に入る。
――それ以前に、“望楼”以外の、反“UNTOLD”組織の“ソカル”の動きも、だ。
そう考えて珈琲を飲む。
――いや、というよりは……“ホステル”のしようとしていることを待っている?
ロックは考えると、
「それに、昏睡状態経験者が狙われているなら、理由を付けて保護できるだろう、ブルース?」
ロックはそう言うが、ブルースは首を横に振る。
それすらも、上層部は提案しないらしい。
「ロック、お前……龍之助に用があったのかよ?」
驚いた一平から聞かれたが、
「『“政声隊”から足を洗わせろ』とも言われていたけど……」
ロックは言って、思い出した。
一平が“命導巧”を得た理由。
それが、悪い予感として出て来た。
「俺に説得させてくれ」
ロックは予想が当たり、頭を掻きむしる。
「あのなあ……子どもの遊びじゃねぇし、“命導巧”も玩具じゃないんだ――」
ロックは言うが、つい先ほど、玩具のように扱っていたことを思い出す。
気まずさに黙った。
しかし、インターフォンが鳴る。
「今日は千客万来だな」
ぼやきながら、ブルースが来訪者の映像パネルを見る。
「……みんな。色々あると思うが、こいつらの言葉は聞いておいた方が良いみたいだぜ?」
ブルースの言葉に、ロックは首を傾げる。
「どういうこと?」
サミュエルがソファから飛び出す。
彼も映像を見て頷いた。
ロックも好奇心に負けて、画面を見る。
画像に映るのは、人影は四人。
着流しの好々爺、鷲鼻の老紳士がそれぞれ二人。
一人は、扁桃を思わせる吊り上がった目の女性。
しかし、もう一人はロックにも覚えがあった。
小太りで小綺麗な眼鏡の男。
「“政市会”の代表……尾咲!?」
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