歯車は噛み合う―⑨―
一平は、足元への一発目の射撃を、後退して避ける。
二撃目は、彼の頭を狙うが屈んで、彼らからひたすら間合いを離した。
ロックはこの光景を見て、腹の底から怒りの炎で熱せられた溶鉱炉が爆発寸前となる。
「『他所見するな』だったか、“スパイニー”?」
ダグラスの拳から伸びた白銀の刃が、ロックの懐を捉える。
ロックは籠状護拳で受け、ダグラスから離れる。
そして、一平と背中合わせになり、
「エヴァンス……テメェ、“ナノリボン”で、“政市会”会員どもを操っているな!?」
ロックの一言に驚いたのか、背中合わせの一平は言葉でなく、息を漏らした。
「ご明察……“スパイニー”、“雷命の蔦”……あなたのおかげで、こんな使い方が出来るのよ」
エヴァンスの嗜虐めいた笑みに呼応するように、静電気の勢いが増した。
二人の“政市会”会員の男が、杭を背に刺されたかのように起立。
電気が走り、身体を弛緩させた。
「……こんなの、聞い……て……ないよぉぉぉ」
「……痛……い、よ……」
男たちから痛みによる涙が、二対の眼から溢れ出る。
「こいつら、傑作よね……“政声隊”を多人数で、泣きわめくほど追い込んでおきながら、追い込まれたら子どものように泣きじゃくるんだよ!?」
エヴァンスは二人の苦痛を、最高の娯楽見つけたかのように、弾けて笑う。
「僕は常々思うんだけど、“政声隊”にも言えることだけど、『自分が世界を背負っている』と思い込んで、やることは数に言わせた弱い者いじめだよね……“政声隊”を相手にしても、“政市会”を味方していても、どっちも等しく燃えれば、みな同じだよねーー」
ダグラスが、笑いをこらえながら、ロックと一平を見下している。
しかし、二人の男性が股間を濡らしたところで、ダグラスは失笑。
エヴァンスは嫌悪感を隠そうとせず、
「うわ、汚い」
両脚の電撃を放った。
二人は一際大きく弛緩させる。
全身の血が沸騰した様に、赤紫色となり絶命した。
「……こいつら!!」
「一平……撃てるか?」
一平は、ロックの一言に振り返る。
一平の目に映る、ロックの眼。
炎を受けて、煌いていた。
「ダグラス、エヴァンス……お前らも“政市会”と“政声隊”、そう変わらないぜ?」
毛皮の長外套の男と白いハーフコートの女は、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になると、
「……何かにつけて理由を付けないと、何もできないところがな!!」
二人の刺客の顔に嚇怒が宿る。
そして、一平の“ライオンハート”から、同じほど赤く輝く“爆轟咆破”の二つの炎が、彼らに迫った。
ダグラスは勝ち誇った笑みで、”銀の血蜜”の銀色の刃を振る。
斬閃は炎となり、一平の攻撃と衝突する刹那。
ロックは、“ブラック・クイーン”の柄から半自動装填式の拳銃型命導巧、“イニュエンド”を取り出す。
銃口が火を噴くと、二つの炎をさらに包みこむ爆炎が発生した。
ダグラスとエヴァンスは、驚きのあまり口を開ける。
しかし、声は出ない。
その代わり、口から炎が出た。
炎はダグラスの身体を覆い、エヴァンスはその残り香を口に含んでしまう。
やがて、炎がダグラスは外から内。
エヴァンスは、内から外への炎に喘いだ。
「……何が起きた、ロック?」
一平が戸惑うと、二人の炎が結びつき、爆轟を放った。
空気を揺らすと、
「……“リア・ファイル”で作った、サーモバリック爆弾だ」
ロックは答える。
サーモバリック爆弾。
燃料帰化爆薬の発展形でもある、気体爆薬である。
サーモバリック爆弾は、三段階の爆発現象からなる。
まず、固体から気体への爆発的な相変化。
次に、分子間の歪みによる自己分解による爆発。
最後に、空気との酸素との爆燃による爆発。
ダグラスの“ザ・ネーム・オブ・ザ・ゲーム”による”銀の血蜜”は、スーパーテルミットを使う。
しかし、物質の燃焼は――過程はどうであれ――常に酸素が求められる。
ロックは、彼の攻撃の酸素を全て奪うほどの爆弾を“リア・ファイル”の疑似物理現象“供物を味わう舌”で生成したのだ。
一平の爆轟咆破も必要だったのは、エヴァンスも倒すためだ。
ロックがダグラスを倒せても、ナノリボンで誰かを操れるエヴァンスは厄介だ。
一平の炎を媒介に、エヴァンスも巻き添えで火達磨にしたのだ。
「一平、逃げるぞ!?」
ロックが“ブラック・クイーン”に“イニュエンド”を収め、走り出す。
一平が思い出したように続いた。
ダグラスとエヴァンスは、現時点で死ぬことはない。
それどころか、死ぬ寸前で“リア・ファイル”による再生で、強化されてくる始末だ。
しかし、二人の間に大きな炎の塊が、降り立つ。
「……こいつら……」
ロックの前にいる炎の塊。
人型となっていくが、それは一糸まとわぬダグラス。
喉がランプか何かを思わせる、銀と橙に点滅している。
ロックが後ろを振り向くと、一平の先にいた炎の塊が女の形――エヴァンスを作り出した。
「……“スパイニー”!!」
「熱い……熱いわ、お前ら!!」
ダグラス、エヴァンスの口々の怨嗟が、ロックと一平を捕らえる。
ロックは、息を漏らす。
ダグラスに恐れをなしたわけではない。
彼よりも、大きな人影を見たからだ。
二メートルほどだろうか、それは手の甲を振ってダグラスを吹き飛ばした。
「ロック、なんだありゃ!?」
背後の一平に、再び目を向けると、疾走する人型の風がエヴァンスを切り裂いた。
「こいつら……擬獣か!?」
ロックの目の前の風は、人の形をしていたが、犬耳が生えていた。
手足の爪も人よりも大きく、鋭い。
ロックの目の前の、大男は牛の角が生え、牛の毛並みに覆われていた。
「……何それ?」
「……端的に言うと、獣人だ……“リア・ファイル”由来の」
リア・ファイルを使う方法としては、主に命熱波と“命導巧”を用いるものがある。
しかし、“リア・ファイル”を何れも介さずに使える者が稀にいる。
例えば、発火能力者や念動力を扱う、“エクスキューズ”がそれである。
しかし、人体を強化する上で、“リア・ファイル”を介して動物の形態を模倣する者は、擬獣と呼ばれている。
「恐らく、“ソカル”だ。こいつらともことを構えているなら、話は早い。一平、逃げるぞ!!」
ロックが一平に呼びかけると、
「“スパイニー”!!」
ダグラスの叫び声が後ろから響いた。
しかし、牛男と狼男が、半“ウィッカー・マン”二人に攻撃を仕掛けてから、声が遠のいていく。
炎で焼かれるガレージを、ロックと一平は抜けていった。
面白ければ、評価、ブックマークをお願いいたします。
© 2025 アイセル




