歯車は噛み合う―⑥―
「“スコット決死隊”……ダグラス=スコット=クレイ……」
ロックはうんざりして、目の前の男――ダグラス――に吐き捨てる。
しかし、ロックの嫌悪感を無視しているのか、あるいはそれを確認出来て満足しているのか、燃える廃車を背にダグラスは胸を張っていた。
胸元を開けたシャツを囲むように、胸元を開けた茶色の毛皮の長外套を纏うダグラス。
彼の右手には獅子の頭を模した手甲。
そして、左手には、針の突き出た手甲が装着されていた。
胸を張り、見下しながら、ダグラスは笑いを噛み締めている。
「ちょっと……少しはゆっくり歩きなさいよ!!」
炎に見向きもしない、腿の丈までの白い外套の女が乱入する。
女の両脚は、白いコートを反射する銀色に染まり、炎色にも染まっていた。
二人の男も彼女に続き、羊の頭蓋の銃型“命導巧”スウィート・サクリファイス“を装着している。
「……エヴァンスもかよ」
ロックは天を仰いだ。
ロックにとって、恐らく実の弟の次くらいに世界で最も会いたくない者たちだ。
「こいつらの武器……そういうのを扱う槍使いや二刀流の奴らがいた気が……」
隣の一平が呟く。
ロックは、一平の一言で不吉な何かを感じ取った。
「君か……ディンズデールとシリックを倒してくれた、ガキは!?」
「……いや、コイツらの仲間を叩きのめしたの、お前だったのかよ!?」
ダグラスとロックは、ほぼ同時にツッコミを入れた。
“スコット決死隊”の六人のうち二人が、上万作学園でサキに紹介した時点で、“ワールド・シェパード社”の日本支社に二人捕まったことは知っていた。
まさか、この喧嘩魔が絡んでいるとは、思ってもみなかった。
「変な奴らだったよな……『”スパイニー”がどうのこうの』で戦ったけど、弱かったな……」
一平が、ロックはおろか、ダグラスも関せずに、その時の様子を思い浮かべていた。
一平は、パーカーのポケットに手を入れながら、「今日の天気」が気になる感覚で言葉を繰り出す。
そんな彼の一言一言に、ダグラスとエヴァンスは押し黙っていた。
怒りに震えながら。
「……一平、そこまでわかるならコイツらの紹介はいらないな……弱くて変な奴らで良い」
ロックは肩をすくめていうと、
「ちょっと……“スパイニー”、あんた……もう少し、説明したら?」
「じゃあ……殺しておいた方が良かった死に損ないども」
エヴァンスの抗議に、ロックは“翼剣型命導巧”:“ブラック・クイーン”を構えると、
「じゃあ、早速殺し合ってみるか、スパイニー!?」
ダグラスが左の針の付いた手甲を突き出した。
「前の二人組と、こいつら……さっきから、スパイニーって言っているけど……ロックのこと?」
一平が今気づいたように言うと、
「あのやり取りで、今この場にいる誰でもなければ、俺が『人違い!!』って始めからツッコんでるわ、バカ!!」
ロックは叫ぶようにして言うと、右手の“ブラック・クイーン”からナノチタニウム製の刃を展開。
それを合図に、ダグラスが突っ込み、エヴァンスが飛翔した。
エヴァンスは一平を標的にする。
ダグラスの獅子型手甲の拳撃が、ロックの左頬を捉えた。
ロックは右逆手に持ち替え、籠状護拳による拳で応戦。
ロックとダグラスの右拳が、“命導巧”越しにぶつかり合う。
衝撃が拮抗し切り、ロックは跳躍。
斬り上げながら、水の鋸を発生させる穢れなき藍眼で、渦を巻いた右回し蹴りでダグラスの左頬を抉った。
蹴りの衝撃で大きく後ずさる、180cmのダグラス。
そして、二人の“政市会”会員が、宙にいるロックへ“スウィート・サクリファイス”を構える。
ロックは“ブラック・クイーン”から“イニュエンド”を取り出す。
ダグラスと二人の“政市会”会員に向け、それぞれ銃を撃った。
二発の銃弾が、目の前で炸裂。
水蒸気の煙幕をまき散らした。
定めに濡らす泪。
水の沸点は100℃で状態変化を起こす。
しかし、それは安定して熱した場合の話だ。
水を常温から一気に加熱した場合、“ライデンフロスト現象”が発生する。
熱したフライパンに水滴を垂らしたら、水球を作り、横滑りするのが身近な例だろう。
水が熱せられ、接触する部分から膜を作り、水蒸気が水滴の下から対流して推力を得ることが理由だ。
同時に、水はこの時、超高熱を含み膨張する。
ロックは、それによる煙幕を張ったのだ。
ダグラスと二人の“政市会”会員が、視界を奪われ、狼狽える。
「なにコレ!? 何が起きたの!?」
上空で、銀色に輝く両脚を曝しながら、エヴァンスは超高熱を含んだ水が弾けた爆風に飛ぶ。
エヴァンスの攻撃に備えていた一平も虚を突かれ、
「一平、逃げるぞ!!」
ロックに言われて、一平が後ろから続いた。
「ロック、どういうことだよ!?」
「よく周りを見てみろ!! 4人の相手と戦える環境か!?」
ロックに促されて、一平は周囲を見渡す。
一平もようやく、気づいたようだ。
ロック達は四方に囲まれた廃車で、先ほど戦っていた。
しかも、ガレージ自体が入り組んで迷路となっていて、順路も三人が通れるかくらいの狭さである。
一対一ならどうにかなるだろうが、“命熱波”と“命導巧”を持ったのが二人もいたら、機動力を失われることこの上ない。
「それと、ダグラスと言う“毛皮のエリマキトカゲ”……攻撃だが、シャレにならない」
ロックが一平に話していると、“政市会”会員がガレージに駆けこんできた。
両腕の“スウィート・サクリファイス”がロックと一平に向けられる。
そして、熱風がロックの背中を舐めまわした。
「一平、左だ、避けろ!!」
ロックは叫び、一平の上から覆いかぶさった。
一平の戸惑いの声と共に、熱波と轟音が響く。
ロックが振り返ると、炎の塊が疾走。
塊は、ロックか一平を覆うほどの大きさ。
ロバか何か生き物の頭蓋骨を思わせるが、それが口を大きく開けた。
その姿を見て叫ぶ、政市会会員たち。
「お前ら、逃げろ!!」
ロックが叫ぶ。
しかし、彼らの内の一人が耳を傾けた時には、既に炎の咢の一飲みに終わっていた。
政市会会員が、火達磨となり、走り回る。
しかし、何人かは叫びながら荼毘に付された。
「……なんだよ、これ……」
一平の顔から血の気が引いていく。
「“驢馬の一嚙み”……ダグラスの“疑似物理現象”だ」
ロックと一平は、大きなしゃれこうべの炎の軌跡の大本に目を向けた。
火の海に包まれたガレージを背景に、咆哮を上げるダグラス=スコット=クレイ。
それは、ロックへの恨みと共に、拘束を解かれた歓喜を思わせた。
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