歯車は嚙み合う―①―
4月15日 午前10時23分 ワールド・シェパード社 日本支社 地下
山土師 靖は、目の前にある何かに思わず目を見張る。
「三条さん、これは……」
「振志田さん――支社長の樹二さん――から、言われた例の“遺跡”からの出土品です」
弁護士の三条 千賀子は、桃色で統一したパンツスーツを纏い、澄んだ声で言う。
周囲の空気の冷たさは、部屋の管理をしている“ワールド・シェパード社”の兵士の視線とも無関係ではないだろう。
部屋の管理と山土師と三条への警戒感もあって温度計の数字よりも余計に低く感じた。
山土師の眼の前にそびえ立つ、巨大な西洋の騎士甲冑を思わせる人型。
身長は5m、肩幅が3mほどだろうか。
銀鏡の皮膚に覆われた頭部と四肢だが、特に目を引くのが、
「右腕は……鶏?」
銀鏡の騎士の右腕の肘から手までが、大きな鶏の頭となっている。
その鶏冠の部分に30cmほどの大きな穴が開いていた。
鏡の様な表面に映る山土師。
ビーニーを被り口髭に覆われた彼の顔に、驚きとも呆れとも取れない表情が浮かぶ。
「鶏の部分は、砲撃と鶏冠は槌として使うみたいです」
「……なんか、砲撃は戦闘にしても、三条サン、こんな槌で戦えるの?」
三条の言葉に、山土師は自分の顔を銀鏡の騎士の表面に近づける。
魚眼レンズのように映る顔の角度を変えながら、
「……槌の部分は伸縮するみたいです。間合いを調整できますし、槌は岩盤も砕けることを考えれば、発掘用でも使えそうです」
「それが発掘物として出たなら、皮肉だね」
山土師は三条の言葉への皮肉に、自分でシニカルな笑みを浮かべた。
しかし、誰も反応しなかったので小さく舌を打つ。
山土師と三条が“ワールド・シェパード社”の日本支社にいる理由は、支社長から呼ばれたからだ。
無論、先の乱闘騒ぎによる“政治に声を張り上げ隊”の被害の確認である。
しかし、
「ただ、時間は待たされているけどね」
山土師と三条は待ちぼうけを食らっていた。
「“スコット決死隊”の本国への輸送がありますからね……支社長はそれの対応に追われているのかと」
「確か……今、”政市会”にいる奴ら――つまり、命熱波使いの仲間だっけ?」
三条の言葉に、山土師は思い出した。
3月末から4月の初めにかけて、“政市会”側が命熱波使いを雇った。
「ええ、ダグラスの弟、ディンズデール。それとリーダーのシリック……私たちの命熱波使い――原田 龍之助――に倒されましたけど」
「ついでに言うと、“スコット決死隊”を倒したもう一人が、命熱波使い……乱闘に参加していたけどな」
奇妙なことは重なり、原田 龍之助と二人の“スコット決死隊”と戦っていたところに、龍之助の友人を名乗る男が乱入した。
結果として、スコット決死隊のディンズデールとシリックの二人は倒された。
原田 龍之助と一緒に戦っていた男がいることについては、山土師も耳にしている。
しかし、それが“地自労”で悪評が広まっている斎藤 一平とは思いもしなかった。
それを知ることになったのは、先日の大乱闘で病院に担ぎ込まれた“地自労”に入りたての、若い組合員からだ。
「警察で引き取ることは出来ないから、“ワールド・シェパード社”が預かることになりましたからね……」
三条の言う様に命熱波使い、命導巧の扱いはTPTPの管轄に入る。
「そりゃ……罪刑法定主義に含まれないからね。民間にお鉢が回る」
そもそも、法律が“UNTOLD”を想定している訳がない。
「だから、渡瀬政権が戦争できるように、現憲法の穴を突く形で色々やっているけどな」
山土師が吐き捨てるように言うと、
「乱闘と言えば、山土師さん……“張り上げ隊”、”S.P.E.A.R.”についてですが……」
「病院に担ぎ込まれた奴らで、抜け出したいと言ったのが何人かいる……地自労関係者からもな」
山土師が、地自労関係者の何人かが当日中――研修中にもかかわらず――に組合を抜けたと言うのを聞いた。
特に、山陰の河竹市やその近辺からである。
加えて言うなら、役場も辞めたいと。
「……山陰の地自労関係者から、『こんな活動を想定していなかったら訴える』、と息巻いていますね」
「そん時は、三条サン頼むわ」
からからと笑いながら、山土師が言った。
しかし、三条はため息もつかなければ、笑いもしなかった。
「しかし、それでしたら……他の団体はどうでしょうか?」
「“張り上げ隊”は“力人”で対応している。後は、S.P.E.A.R.はリーダーが抜け出したがってたから……」
三条はその先から、山土師に聞かなかった。
無論、どちらにしても、議論が白熱して手が出た。
しかもやむを得ずに。
その結果、抜けたい声は鳴りを潜めている。
「それにしても、ロック=ハイロウズ……厄介な奴だぜ」
山土師がその名前を出したのは、今回の“張り上げ隊”側の動きと無関係ではない。
「病院に担ぎ込まれたのもには政市会もいますから、そちらからも脱退を望む人が増えているのは皮肉です」
三条の指摘するように、“政市会”からも離脱者が増えていた。
これが意味することは、
「憎悪表現や差別的言動への反発を、“紅き外套の守護者”――ロック=ハイロウズ――が行った。“政治に声を張り上げ隊”のANTIFAと一致するという考えも出ていますね」
そう、欧州滅亡の危機から救い、カナダを巻き込む“バンクーバー・コネクション”を、河上 サキと共に解決した“紅き外套の守護者”――ロック=ハイロウズ。
彼の前で、電脳左翼はおろか、電脳右翼も同類と見做された。
「……気に入らないな」
山土師は“正しさ”を追求する。
人種差別は許されない。
人と仲良くしなければならない。
人の嫌がることをしてはいけない。
これらは、すべて正しい。
だから、山土師がそれらの正しさを訴えるためには、対立者が必要だった。
つまり、電脳右翼である。
そいつらの数が減り、同じ立場になってしまったら、
――俺が正しくないじゃん!!
山土師と仲間たちの訴える平和の正当性が消えてしまう。
騒いで、電脳右翼を追い出せなくなる。
山土師の中で、苦々しさが口の中で広がっていった。
「……キムさん、支援者の振志田 義一さんに弟の樹二さんも、かなり懸念していますしね……」
その中の在日韓国人の名前が浮かび、山土師の口の苦々しさが増した。
金 鏡淳。
反差別のネットワーク“居場所作り隊”の代表者だ。
彼女は現在、上万作市の現状を伝えるためにドイツに行っている。
しかし、UNTOLDを使った徹底的な活動の為、“ブライトン・ロック社”と“望楼”の二派から追われていた。
正しさを訴えれば訴えるほど、敵は増えていく。
しかし、味方も減っていった。
「そういえば振志田さん……支社長さんの方からも提案されていましたが、使ってみては?」
三条の唐突な言葉に、山土師は首を傾げる。
三条の視線は、銀鏡色の騎士甲冑に注がれていた。
「これ、面白いですね……甲冑の中は人が一人は入れますね。しかも、中で女性が作業することを想定している為か、妊娠している女性の保護や体力維持の機能も付いているらしいです」
山土師は突然の情報の奔流、三条のペースを把握できずに、内心戸惑った。
山土師自体、三条との付き合いは長くない。
それこそ、振志田兄弟を通じて紹介された。
“UNTOLD”の平和利用が出来る人材として、知識が深い。
同時に、力もあった。
しかし、感情を表立って出さないためか、何に興奮するかもわからない。
掴みどころがなかった。
――軍でもなければ、原子力でもない……か?
少し前に、振志田兄弟から言われたことである。
“UNTOLD”故の利点で、持続可能性を考えれば、これを使うことは平和にも繋がる。
渡瀬政権よりも有利に使えるかもしれない。
山土師が考えていると、扉が開いた。
室外の眩しい光と共に、
「ちょっと、あなたたち!! 話したいことがあるんだけど!!」
そう言って、見張りの兵士二人を、怒りで跳ね除ける勢いの人物。
人工的に染めたのか、茶髪のショートカットの女性――確か、地自労の雑賀 多恵――と山土師は思い出した。
二人の兵士が、怒り狂う女性を羽交い絞めにしていると、共についてきた二人の男性組合員が彼女を引きはがそうとする。
「ああ、彼女なら適任でしょう」
三条の澄んだ声が、地下の一室に響いた。
見張りの兵士二人が唖然としていると、
「あなたたち、ウチの組合員を何だと思っているの!?」
その隙をついて、雑賀 多恵と二人の男性組合員が入ってきた。
呆気に取られていたが、山土師は三条の一言で我に返る。
そして、
「雑賀さん、ちょうど良いところへ」
「我々もお話をしたかったのですよ」
三条が笑顔を作り、山土師も続いた。
二人が並び、雑賀と組合員に向き合う。
雑賀たちは、怒りを表していたのに、歓迎される意図を想定していないようだ。
現に彼女たちは面を食らっていると、その怒りの顔が青く染まった。
山土師の口端まで裂けそうな笑顔と三条の上から現れた双腕を、三対の眼が捉えてしまった為に。
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