敵対―⑬―
4月15日 午前5時27分 船の墓場 上万作市と伊那口の境界
――まだまだ、かよ……。
斎藤 一平は、前を見据える。
色褪せ、表面の傷ついた机。
その下に、掌より少し大きな珈琲缶が落ちていた。
珈琲缶から立ち上る、硝煙。
一平は、缶を拾い上げる。
珈琲缶は、命中して穴を開けると言うよりは、その脇を抉ったという表現が相応しかった。
――あの時は上手くいったけど……。
一平は両手に付けた得物に目を落とす。
肘にまで達する、手甲。
“ライオンハート”という名前らしい。
手甲と一体となった軽機関銃の銃身からは、珈琲缶とお揃いの硝煙を吐き出していた。
――まあ、当てやすかったのは人が的だったし……何より素人だった。
一平の脳裏に浮かぶのは、先日の上万作学園の校門での乱闘。
“政市会”と“政声隊”に囲まれたロックを助けた時を思い出す。
だが、
――今の力じゃ足りない!!
それより前の記憶を遡る。
妙な一対の鉄球を操る男と龍之助の戦い。
そして、それ以前に戦った、妙な武器を持った二人組。
――龍之助は、もっと強い。
今の自分では、隣に立つどころか正面に立つことすら、儘ならない。
だから、助けられない。
そう思考する一平は、内の焦りに蝕まれていることに気づいた。
両腕を広げ、新鮮な空気を入れた。
春のこの時間となれば、朝日は顔を出していた。
しかし、太陽の位置はそれほど高くない。
身体を包む、冷涼な空気を吸う。
脳に浮かべるのは焚火。
薪を動かしつつ、火種に空気を入れる。
そして、火の弾ける音を思い浮かべた。
鮮やかになった炎の色が、自らの脳裏を染め始める。
――さて、身体を動かして――!?
一平の背筋に走る、鋭く冷たい感覚。
下半身の軸を中心に、瞬時に振り返った。
考えるよりも速く、右手甲に付いた銃口を突き出す。
「鋭くなりましたね」
一平の目の前に立つのは、“インヴァネス・コート”を着た男。
首筋までの長さの後ろの髪、前髪を切り揃えた20代くらいだ。
一平は、彼との対面は初めてではない。
しかし、会えば会うほど、沼というよりは月夜の海を思わせる深みを感じた。
「なあ……あんた、いつも思うんだけど、普通に声掛けらんねぇの?」
一平は身体を支配する冷気を、吐き出すように言った。
ついでに、警戒感から来た徒労感も追い出すように努める。
「……僕としては普通にしているんですけど……何を話せば良いのか?」
「普通にこの時間なら、『おはようございます』とかで良くない?」
“インヴァネス・コート”の男のぼやきに、一平は頭に浮かんだことを言うが、
「言おうとすると力んでしまうというか……」
「待て待て待て……根本的なこと聞くけど、いつからいたの?」
インヴァネス・コートの男の答えに恐る恐る一平は聞いてみたが、
「……3分ほど前でしょうか?」
「話しかける時間、長くね!?」
男の回答に、一平の声は思わず上擦った。
「ついでに言うと、相手を妙に警戒させてしまうと考えてしまい……」
「人に力んでいるのが伝わっちゃってるよ、それ!?」
下手な大人よりも深みを感じさせる男の思わぬ告白。
それに、一平は思わず頭を抱えた。
「――俺、コミュ力って有って無いようなものは、教えられないんだけど……というか、何の用……その告白に来たの?」
一平はインヴァネス・コートの男に聞いた。
一平の経験上、男が悩みを打ち明けに、わざわざ早朝からこんな場所に来ることが想像できない。
「いえ……訓練。どうかな、と思いまして?」
インヴァネス・コートの男が指すのは、硝煙の冷めない、一平の両腕に付けた手甲。
「ああ……特に、不調とかじゃないけど……」
「……使いにくい、ですか?」
一平の言葉をインヴァネス・コートの男が続くが、
「使いにくいというよりは、使いどころが広がらないというか……戦略の幅が広げられない、のかな?」
一平は言葉を選びながら、言った。
「つまり、珈琲缶の真ん中を撃とうとしても、逸れるっつうか……」
「反動ですか……例え、拳に装着するとしても銃ですから避けられませんが……“針に糸を通す”並みの無茶をしてませんか?」
インヴァネス・コートの男の目に映る一平は、眉間にしわを寄せている。
「龍之助は……あいつは、道具や技術を過信しない……色んな戦い方を研究するような奴だ」
一緒にいたから、わかる。
龍之助は学んだ技術は大体使ってみて、すぐに長所と短所を分析した。
そして、すぐに自分のモノにする。
「あんたから、この武器……”ライオンハート”を貰った。そこは感謝している。ついでに、いい場所も教えてくれたしな」
一平と“インヴァネス・コート”の男の周りを、廃棄され潰された車が囲む。
どこかの引き払ったガレージ跡地のようだった。
そう考えるのは、“船の墓場”がB.L.A.D.E地区という行政の空白地域に面しているからだろう。
当初、一平たちのいる場所の一帯は、海の見える景色が評判で、港も活気に満ちていた。
だが、“白光事件”により転機が訪れる。
それにより、住民たちの大半は昏睡状態に陥った。
日本政府により、事故の調査を行う委員会が設立。
そう言った住民たちを治療、経過観察をするために、上万作の一部と伊那口が隔離された。
安全性の確認のため、異常のない住民も県外に避難せざるを得なかった。
しかし、それは同時に上万作の一部と伊那口が、人の住む場所ではないという誤ったメッセージを送ることになる。
漁師やヨットの所有者などは、風評被害を受け、生活ができなくなったこの地を離れざるを得なくなった。
当然、その影響は小売り業、車関係に行政等のインフラ関係にも影響が及ぶ。
それらが離れた空白地域をB.L.A.D.E.というそれぞれのアルファベットを翳すチームが支配下に収めた。
その結果、平和を重視する住民から無視され、人の寄り付かない場所を作り上げた。
だが、5つのチームも、一帯に全てに目や耳をつけている訳でもない。
よって、一平は、誰にも目を付けられない修練場を目の前の男から得ることになった。
「誰もいないから、この武器を使って、訓練もできる。バイト帰りだけど」
「確かに。そして、新聞配達ですからね」
“インヴァネス・コートの男”が、一平の言葉に頷いた。
もっとも、父と姉から許可されたアルバイトが、新聞配達だけなのだが。
服飾、スーパーにファストフードも出来たが、そちらは昼から夜なので、学業に支障が出る。
特に勉強の時間が確保できない。
友人たちとの時間も減る。
必然的に、それらの支障のない範囲で出来るのが、新聞配達だけだった。
「知り合いの眼につかないからな……でも、あんたからこれだけ与えてもらってんだから……龍之助の眼を早く覚まさねぇと……」
目の前の男から貰った、武器と修練場。
すべてが、龍之助に通じる。
だが、成果が自覚できない。
あの時、弱さから拒絶してしまった友に応えられるのか。
それがわからないのが、一平の焦りの大本だった。
「しかし、初めての時でも“スコット決死隊”の二人を退けられたのは、見事でしたが……」
“インヴァネス・コートの男”の言うことも、一平は分かる。
筋はあるというのも。
だが、
「時間が無い……そうこうしている間にも、アイツとの距離は開くばかりだ」
一平が思い出すのは、あの時の弱さ。
「強くなって……アイツを肯定する……もう逃げない」
“インヴァネス・コートの男”の眼に映る、一平の鋭い眼差し。
男はため息を吐きつつ、
「……あなたの望みに応えられるか分かりませんが、一つ方法があります」
インヴァネス・コートの男の一言に、一平は首を傾げた。
「誰かと戦えば良いです……龍之助君の予行演習で」
「いや、相手がいないだろ……あの時の大乱闘だって、メインと言うよりは、後方支援だったし。それに相手は素人集団。龍之助は格闘戦の達人だぜ?」
“インヴァネス・コートの男”は、あっさりと言う。
龍之助との事情を話したら、彼は二つ返事を待たずに“ライオンハート”をくれた。
しかし、物分かりが良いが、どこか事情に疎い。
そんな一言を男から言われて、一平は思わず頭を抱えた。
「……いるじゃないですか、先日あなたと一緒に戦っていた人が」
「……もしかして、ロックのこと?」
一平が思い出したのは、先日SNSの連絡先を交換したクラスメイトである。
「確かに強いけど……俺と同じ――」
「“命熱波”を持っていて、“命導巧”も使えますよ……龍之助君と同じく」
“インヴァネス・コートの男”の言葉に、一平は息を呑む。
“リア・ファイル”というナノマシンがある。
それにアクセスできる特殊な人格をベースにした体内電気が“命熱波”。
そして、その力を引き出せる武器が“命導巧”という。
目の前の男から教えられたことである。
「じゃあ、ロックの馬鹿力は“命熱波”による強化で」
「本当の実力は底知れません……ついでに、武器のタイプも龍之助君と同じ接近戦です」
一平は“インヴァネス・コートの男”の言葉を聞き入っていた。
言葉を反芻すればするほど、奥底の闘争心の励起を感じる。
しかし、一平の中に疑問が残った。
「あんたが何でそこまで知っているのかはわからんけど……どうすりゃいいんだよ? 実は、喧嘩は売られたことはあるけど、売ったことはないんだよ」
一平は告白に恥ずかしさを覚える。
“インヴァネス・コートの男”の顔が若干、困惑の色に染まった。
しかし、男は、
「でしたら……私の名前を使ってください。彼、飛びつきますよ?」
これまた突拍子のない内容に一平は、肩透かしを覚えた。
しかし、現状打破が、それしかないのもよく考えたら事実だったので、
「わかった……“リーネア”は交換しているから、連絡できないわけではないしな……」
それから一平は恥ずかしそうに、
「実をいうと、俺もアンタの名前……聞くの忘れていたからな……名前、なんていうの?」
名前を聞くよりも、一平の事情を深く理解してくれた。
加えて武器もくれた、物分かりの良すぎる男。
インヴァネス・コートの男は喜々と、
「“ベネディクトゥス”です……ロックは、絶対に来ますよ?」
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