敵対―⑫―
午後6時7分 上万作市 伊那口地区内
「ハチスカさん、時間を取ってすみません」
そういって、助手席に座る男が口を開く。
ハチスカを拾った時は、陽が出ている時間帯だった。
しかし、夜の帳が降り始めていたので、男は遮光眼鏡から丸眼鏡に替えている。
見たところ度が入っていないようなので、伊達眼鏡だろう。
「いえ、お気になさらずに……でも、ここは?」
ハチスカは小型演算器の入った服を抱えながら、周囲を見る。
運転席に座る、肌の浅黒い男の駆るワンボックスカーは、寂れた商業地区から、団地の立ち並ぶ路地を走っていた。
「まだ伊那口です……検問も潜り抜けなきゃいけないし、あとは尾行……特にB.L.A.D.E.地区の連中に見つかったら面倒ですから」
“政声隊”と“政市会”による、“UNTOLD”を使った乱闘騒ぎの混乱で、交通事故が発生。
渋滞と同時に、検問が敷かれた。
“望楼”から寄こされた協力者は、検問を避けながら移動する必要があった。
そして、ハチスカは丸眼鏡の男に、聞きなれない単語を聞き返した。
「B.L.A.D.E.地区……アルファベット五文字は、こちらで台頭している5つのチームの頭文字から取られています……いずれも、“白光事件”の被害者本人、あるいは当事者の多い地域です」
そう言ったのは、運転している浅黒い肌の男だ。
「回復者は増えている者の、そこの地域は未だに“白光事件”による昏睡状態に見舞われている人が多い」
静謐だが、どこか重量を含んだ声色で男は言った。
「すまない……私の加担した実験で」
ハチスカの罪悪感が、視覚と味覚を支配していく。
“白光事件”。
日本の広島、上万作市の研究機関で新エネルギー開発の実験による事故が発端である。
その際、大規模な白い光の柱が上った。
それは、広島県外の国内は愚か、韓国やロシアといった国外からも見えるほどの大規模なものだった。
事態の異様さに、中国地方に駐留している在日米軍、自治体の要請を受けた自衛隊が出動。
政府は事故を調査する対策チームも結成。
様々な機関を動かしたにも関わらず、事故の原因は不明。
しかし、影響を調査した際、一部の住民を中心に“奇病”が確認された。
それが、上万作と伊那口を中心に発生した、一部の住民に見られる昏睡状態である。
「確か、医師にしても……なぜ、昏睡状態になっているかもわからない、でしたっけ?」
助手席の遮光眼鏡の男が、運転席の男に確認を取ると、浅黒い男は深く頷いた。
ただ、その報告を知るや、ハチスカは“白光事件”の影響と自分の実験の因果関係があると確信していた。
否、それが疑える根拠があるにもかかわらず、目を瞑り耳を塞いでいた。
「……普通の医師では説明できるはずもありません……私たちの深く知る技術、本来だったらあり得ないものが発祥なのですから」
ハチスカが言葉を継ぐ。
その事実が、ハチスカの頭と全身を鉛のように動きを奪うが、
「先生……それでも、私たちを通じて“真実”を陽の当たるところに公表しようとした……伊那口生まれとしては、希望が持てます」
浅黒い運転手の不器用だが力強い言葉。
ハチスカの罪悪感に蝕まれた心への軽さを覚えた。
「……欲望で実験に手を染めたことは変わらない……でも、ありがとう……まだまだ、道半ばだけど……」
ハチスカはそう言いながら、言葉に迷うと、
「そうですね! これからの予定としては、伊那口経由で西区に出て、ヘリポートに向かいます……。本部は、先生を広島県内に置いとくのは得策と考えているので、県外に出ます」
良き愛国者でありたい“政市会”。
加えて、良き日本人でありたい“政声隊”。
どちらも、他人をダシに善人でありたい者たちが目を付けている。
しかも、ハチスカの知る世界の技術を手に迫る以上、ハチスカの告発への立場を問わず敵でしかない。
それに、実験を行った側も手ぐすねを引いて待っている。
広島にいる時間は、ハチスカの命のカウントダウンと同意語だった。
「……なんだ、明るくなって」
「あれは……ヘリポートじゃねぇか!?」
浅黒い男と丸眼鏡の男が口々に言う。
しかし、彼らから二の句が告げられることはなかった。
ハチスカの左右を挟み、流れた血によって。
――何が――!?
ハチスカの目の前。
車の窓越しに見えたのは、男。
ポンチョを纏う、細い人影。
しかし、その顔は仮面舞踏会の“笑顔”を思わせる、無機質さ。
炎が男の背を照らし、影を帯びている。
その影が、触手のように伸び、ワンボックスカーの前に座る”望楼”の二人を貫いた
影を見た瞬間、ハチスカの胸に灼熱が宿る。
胸に抱えていた小型演算器を驚きのあまり手放した。
その際に右手で掴むが、その時に左胸を影が貫いたのだ。
鉄の味と赤い吐息が出るや否や、大きな力に引き寄せられた。
フロントガラスの割れた衝撃が背中に伝わると、ハチスカの視界に広がる天地が逆転。
頭の下に広がる、夜の闇でコールタールに染まる土瀝青。
そこに、絶命した“望楼”の二人を乗せた車。
霊柩車と化した、それは運転手の手を離れて直進。
炎に包まれたヘリコプターに突っ込んだ。
炎が火種を含み、爆発音が大きく轟く。
ハチスカは、影の引き寄せが描く放物線の頂点に達すると、一段と強い力に再び引き寄せられた。
土瀝青を舐めると、目の前に揃った両脚。
ポンチョ姿の細い男が立っていた。
仮面舞踏会の笑顔で、
「ハチスカさん……宮仕えの立場上、同情するぜ?」
「……コロンバ……」
ハチスカは鉄の味にまみれた口から、辛うじて吐き出した。
コロンバの仮面舞踏会か、サーカスのピエロ染みた笑顔。
どこかハチスカの憎しみを、コロンバというポンチョの男は称賛か勲章の様に受け取っている。
そんなハチスカの心を読んだのか恭しく、頭を深々と下げた。
笑顔のコロンバに、影が何かを渡す。
ハチスカはそれが、バックアップに取っておいた親指大の記録装置だった。
「……さっき探したら、面白いものを見つけたからな……あれの、バックアップだろ?」
男の声はどこか楽しそうだ。
男が左の人差し指で示すのは、燃える車。
その中で灰や塵と化している、小型演算器を含んでいるのだろう。
彼の右手の黒い影を帯びた球体。
影は血を滴らせながら、球体に戻っていった。
「でも……寝ている間は色んな夢見るんだろうけど、せめて寝床は一つが望ましくてね」
コロンバの悪戯めいた笑みが、意識と命を失いつつあるハチスカに向けられた。
胸への一撃の致命傷から、車から引きずり出された衝撃だろう。
炎に染まるヘリコプターと車を前にしているのに、体に寒気が生じる。
息を吐くのも絶え絶え。
生命活動が尽きようとしていたハチスカの眼の前に、もう一人いた。
コロンバの前に立つ、人の形をした何か。
花びらを重ねた、花鎧の人型。
性別は分からない。
花鎧は、コロンバから、親指大の記録装置を受け取る。
『なぜ、俺だ……渡すならほかにいるだろう?』
ハチスカの意識は失いつつあるが、会話は聞こえた。
それは、ハチスカの意思を蔑ろにされたというよりは、真実を白日の下に晒せない。
その後悔の方が大きかった。
「俺が持っていても意味がないからな……頼まれたのは、ハチスカの処理だけだ。“政声隊”は愚か“政市会”が持っていても手に余る」
コロンバがポンチョを揺らしながら、肩をすくめ、
「それに、“ブライトン・ロック社”と“ワールド・シェパード社”……あんたは、不満がある。持っておけよ……あんたなら、上手く使えそう。それだけだ」
『俺が使うのは……守るためだけだ』
炎を背にした二人の会話が、ハチスカの見た最期の風景だった。
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